不穏な影
梅雨が明け始めた頃、僕は学園のカフェで優雅なティータイムを嗜んでいた。
魔術剣士学校には食堂があり、その一部がカフェスペースになっている。食堂は、勉強をしたり、友達と談笑したりする学生で常に賑わっている。その喧騒から離れたレトロな喫茶店の様な落ち着いた雰囲気が、とても落ち着くのだ。僕は、ここが割と好きだ。
まったり自作のプロテインを味わっていると、外がやけに騒がしい。目を向けると、そこにはベリー•フロンタルさんが歩いていた。流石は王女様、歩くだけで様になる。
すると、彼女は僕に気づいたのか、こちらへ一直線に歩いてきた。そしてカフェスペースに入るなり、僕の隣の席に腰をかけた。
周りの視線が、一気に注がれる。これでは優雅にティータイムとは行かない。周りが注目する中、
「ごきげんよう、マスル様。ご一緒してもよろしくて?」
「ご、ごきげんよう……。てかもうご一緒してるよね?」
「うふふ、細かいことはよろしくてよ! いつもここでお茶をされているのですか?」
「うん。ここの雰囲気が好きで、よく来るよ。」
「まあ、奇遇ですわね! わたくしも良く来るんですの。レトロな感じがいいですわよね。」
わかってるじゃないの。流石は王女様。紅茶を飲む姿が様になっている。
「それより、どうしてわざわざここに座ったの?」
「ダメですか……?」
「いやいや、ダメじゃないけど! でも、そんなに僕たち交流無かったよね?」
この国を治める王の一人娘が、いち中流貴族の息子と一緒にティータイムなんて、普通はあり得ないことだからね。
「実は、以前からマスル様が気になっていましたの。魔人との戦闘を見ていましたのよ。」
あの時、近くにいたんだ。
「その時の貴方を見て、実に興味が湧きましたわ! あのお姿はどうなっているのですか? 魔法で作られた姿なのでしょうか?」
「ううん、あれは魔法ではないよ。」
「ええ!? でしたらどうやって?」
「筋トレした結果だよ。」
「筋トレしただけ!? でも、いくら筋トレをしたからといって、あんなにも強靭な肉体に成長する事はないんじゃ……。」
「まあ、十五年間頑張ったからね。」
「いや、頑張ってもああはならないですわ……。」
何故か困惑されちゃった。未だ、僕以外に神の領域に到達した人がいないんだろう。理解出来ないのも無理はない。
「しかし、これでさらに興味が湧きましたわ!」
すると、昼食終了のチャイムが鳴り響いた。
「あら、もうこんな時間に。ではマスル様、わたくしは移動教室なのでここで失礼致しますわ。」
「うん、またね。」
「またお話し致しましょうね〜!!」
そう言うと、颯爽に走り去っていった。アクティブだなぁ。
すると、奥から物凄い剣幕で走ってくるマイナがいた。まずい。
「ちょっと!? 探したのよ! お昼ご飯は一緒に食べましょうねって、いつも言ってるじゃない!」
「ごめんごめん。ほら、もうこんな時間だし! 教室行こ?」
怒るマイナを鎮めつつ、教室に向かうのだった。
一方、王城にて。
「(おい、進捗はどうだぁ?)」
「はい、準備は整っております。王女が戻り次第、計画を実行致します。」
「(頼んだぞ。くれぐれも慎重に事を進めろ。)」
「御意。」
「決行は今日の夕方、私がベリーを馬車で迎えに行き、席を外している間に連れ去れ。多少傷ついても構わん。」
「了解。」
男達は去った後、奥から足音がこちらに向かってくる。
「あら、スーピアさん。こんなところで何を?」
「これはこれは、オリス様。ご機嫌麗しゅう。」
「ベリー王女の迎えの時間じゃない?」
「おや? 本当ですな、これはまたお嬢様に怒られてしまいます。それでは失礼。」
男は、小走りで去っていった。
「あの人、時計持ってないのかしら?」
補習からやっと解放され、待ってくれていたマイナと学園を出る僕。辺りはすっかり暗くなっていた。
「本当にあはた、魔法と剣だけはてんでだめね。」
「だって、今まで筋肉しか鍛えて来なかったからさ、魔法とか剣とかやって来なかったんだもん。」
「まあ、貴方は魔法や剣に頼らずとも、やっていけるでしょうけれどね。」
その通りだ! 僕には魔法とか、剣なんていらない! この愛する筋肉達さえあれば、なんとかなる!
そんな事を言いながら帰路を歩いていると、目の前に見覚えのある馬車が止まっていた。王城に行った時に使った馬車だ。てことは、王女様のお迎えとかかな?
すると、奥から物凄いスピードで別の馬車がこちらに向かってくる。
王城の馬車の横に止まると、男が数名出てきて、王女様が乗る馬車の扉を蹴破った。
「おら! 大人しくしろ!」
「なに!? 貴方達!」
「いいから大人しく来てもらうぜ!」
「わたくしが大人しく捕まるとでも?」
彼女が魔法を放とうとしたその瞬間、男が後ろから機械を取り出し、彼女に向けて光を放った。するとなんと、彼女の魔力がその機械に吸収されてしまった。
「そんな!? わたくしの魔力が!」
「へ! 魔法使いなんざこれで一発よ! 暴れられても困るから、ちょっと眠っててもらうぜぇ?」
「い、いやぁ……。」
まずいな、ここは助けるしかない。
「行こう、マイナ。」
「ええ。」
王女様の頭を棍棒で叩こうとしている男を、マイナが剣で払った。
「あ、貴方達は?」
「王女様、下がって!」
「なんだぁてめぇら! 邪魔すんな!」
「女の子に手を出すなんて、この下衆が!」
そう言いながら、マイナは男の体を真っ二つに切り裂く。息を着く間もなく、後ろにいた男の仲間がマイナ目掛けて魔法を放つ。
「死ねぇ! アマァ!」
「しまった!」
魔法はマイナとベリーに直撃した……かのように思われたが、寸前のところで僕の逞しい大胸筋が受け止めた。
「次から次へと……とっとと死ねぇ!」
第二波を繰り出そうとする誘拐犯達。もちろんそんな時間は与えない。すぐさま僕は、奴らの背後に立ち、誘拐犯達の首をまとめて手刀で切り裂いた。これで一件落着!
馬車内部も確認したが、他に仲間はいなかった。
「ありがとう、助かりましたわ。」
「いいよ。たまたま通り掛かっててよかった。」
しかし、妙だ。誘拐犯達が使っていた、謎の機械。王女様に向けた途端、魔力が吸いとられていた。他の仲間も持っていた事から、明らかに彼女用の対策をしていた。王女が魔法使いだと言う事は、世間には隠されているはず。とりあえず、その機械をもう一度彼女に向けてみると、無事魔力が返還された。
「これで大丈夫。もう魔力は戻ってるはずだよ。」
「ありがとうございます。しかし、この方達は一体……?」
「マスル、ちょっと来て!」
マイナが僕を呼ぶ。駆け寄ってみると、マイナが死体を漁っていた。
「こらこら、マイナちゃん。死体なんて弄ぶんじゃないよ?」
「違うわよ! そんな事より、これ見て。」
マイナが示す死体の箇所を覗き込むと、カタボリックの紋章が身体に刻まれていた。ネイザリスにも付いていたものだ。
「この誘拐犯、カタボリックの手のものね。こんな堂々と王女様を誘拐しようだなんて、どうかしてるわ。」
王女様を誘拐だなんて、何が狙いだったんだろうか。そこまで思案していると、学園の方から一人の男が走ってきた。
「ベリーお嬢様!!大丈夫ですか!?」
「スーピア!」
「この人は?」
「私の執事のスーピアですわ。」
「何かあったのですか? この者達は……?」
「実は先ほど、誘拐未遂に遭いましたの。」
「なんと! 申し訳ございません! 少し目を離した隙に……。」
「大丈夫ですわ、この方達が助けて下さいましたし。」
「それは……大変お世話になりました。私からもお礼を申し上げます。」
「いや、大丈夫ですよ。まだ近くに仲間が潜んでいるかもしれないので、気をつけて戻って下さい。」
「大丈夫ですわ! もうさっきみたいに遅れはとりません!」
そう言うと、王女様は馬車に乗り込み、王城の方へと消えていった。しかし、あの男の人ちょっと怪しいな……。少し不安だけど、王女様も相当な手練だ。同じ手は喰らわないだろう。僕とマイナは、家に帰る事にした。
そして翌朝、いつも通り学園のカフェでプロテインを嗜んでいると、また周りが騒がしくなった。
デジャヴだなぁと外を見てみると、王女様はおらず、今度は何をそんなに騒いでいるんだろうと見回すと、
「おい! 王女様が攫われたらしいぞ!」
王女が何者かに攫われたと言う速報が、新聞の記事で大きく載せられていた。不穏な空気が王都内で流れて始めた。




