俺の彼女は何故かいつも幼馴染に寝取られしまう。だが俺は、幼馴染に彼女を寝取られることに言葉にできない幸せを感じていた
ある日のこと、急に彼女から大事な話があるとファミレスに呼び出された。
悪い予感がした。こういう時は、大体別れ話を切り出されると相場が決まっている。
そして案の定、俺より先にファミレスに来ていた彼女は暗い顔で席に座っていた。
「賢人くん、私他の人を好きになっちゃったの。だから私と別れてほしいの」
ああ……またこのパターンか。なんで毎回こうなるのか、俺には理解できない。
ドリンクバーから飲み物を持ってきて、席についた途端にこれだ。全く嫌になる。
俺と付き合った女の子は皆、別れる時に口を揃えていつもこう言う――他に好きな人ができたと。
「ま、待ってくれ! 俺のことを嫌いになったわけじゃないんだし、そんないきなり……」
口ではそう言うものの、結末は分かりきっている。どんなに引き留めても、彼女の意思は変わらないだろう。
彼女は自分の飲み物に口を付けてすらいない。ただコップを置いてるだけ。彼女には話し合いをする気なんてさらさらないのだ。
「ごめんなさい。確かに賢人くんのことは嫌いじゃない。でももう無理なの」
「そんな……」
淡々と俺との関係の終わりを告げる彼女は冷酷だった。別れを悲しむ俺と比べ、彼女は涙一つ浮かべていない。
「さよなら」
そう言うと彼女は席をたった。俺と目を合わせることもなく、彼女は自分の分だけ会計を済ませ、そそくさと店を出ていった。
「くそっ!」
俺も会計を済ませ、彼女の後を追った。元カノに粘着するストーカーのように。
ただ俺はもう彼女と寄りを戻すつもりはなかった。
彼女の決意は固い。いくら言葉を並べたてたところで、もうどうしようもないことは分かっている。
なら何故彼女を追いかけるのか――。
答え合わせがしたい。ただそれだけだ。
彼女が一体俺以外の誰を好きになったのか? その人物に俺は心当りがある。
きっとあいつに違いない。俺の推測が当たっているなら、これから彼女はあいつに会いに行くはずだ。
「やあ、佐奈ちゃん。ちゃんと賢人とはお別れできたかい?」
物陰に身を潜めながら忍び足で彼女についていくと、そこにはやっぱり奴がいた。
はっきりと顔は見えないが雰囲気で分かる。俺は幼い頃から奴の姿を目が腐るほど見てきた。間違いない――山井歩だ。
疑惑が確信に変わる。彼女は歩に唆されたのだ。俺と別れろと。
歩は中性的な顔立ちをしていて、異性にモテた。それはもう、周囲の人間が嫉妬で狂ってしまうくらいに。
歩は俺に彼女ができる度に俺の彼女にちょっかいをかけてきた。最終的には自分のものにした。
俺と歩の付き合いは長い。歩は人のものを奪い取って、喜びを感じるような奴ではないと俺は知っている。
歩と俺は旧知の仲――いや、それを越えた幼馴染という関係なのに、歩は何故嫌がらせのようなことをするのだろうか。
昔はこんな殺伐とはしていなかった。冷えきってはいなかった。だからこそ分からない。どうして歩は俺の恋人を寝取るのか。
「うん、バッチリ!」
酷いものだ。俺の彼女だった女は、俺と別れたばかりだというのに、平気な顔で歩とホテルの前で待ち合わせをしている。
「そうかい。じゃあ行こうか」
「ウフフフ、楽しみだね」
爛々と目を輝かせて歩と手を繋ぎたす俺の元彼女。彼女に対して憎悪を通り越して、呆れの感情を抱いたのは言うまでもない。
彼女は人目も憚らず、歩と一緒にホテルへと足を踏み入れていった。
馬鹿な女だ。歩に遊ばれているというのに。
女なんて信じられない。全くどいつもこいつも……。
★☆★☆★☆
この光景を目の当たりにしたら、100人が100人首を傾げることだろう。
「なんでこんなことするんだよ!」
本当に不思議なものである。俺の彼女を奪った歩が、俺の部屋にいるのだから。
「そんなに怒らないでよ。賢人の彼女をボクが寝取ったのは賢人の為なんだから」
「ふざけんな!」
歩は飄々としている。まるで自分は何も悪くないかのように。
「そもそもなんで俺の部屋に勝手に上がりこんでるんだよ!」
普通、彼女を奪いとった男の部屋に入ることができるだろうか。暴力沙汰になってもおかしくないというのに。
「なんでって…………幼馴染の家に遊びに行くのに理由がいるのかい? それにおばさんに挨拶したら、何事もなく賢人の部屋に入れてもらえたよ」
「お袋のやつ……」
幼馴染という関係は思いの外やっかいだ。俺の両親は歩のことをとても可愛がっている。それこそ血の繋がった実の子供のように。
親父やお袋からしたら、歩は俺の仲の良い幼馴染でしかない。俺の彼女を寝取っているなんて夢にも思っていない。
歩は遊びに来たように見せかけて、毎回こうやって寝取り自慢をしてくる。俺が声を荒げても、俺の両親はただ騒いでるだけだと認識する。
俺と長い付き合いであるが故に、歩はそのことを理解している。だからこそ本当に質が悪い。
「賢人は毎回ボクが悪いって言うけどさ、ボクがちょっと誘惑しちゃっただけで、靡いちゃう女の子の方にも問題があるとは思わない?」
「それは……」
ふざけたことを抜かす幼馴染を殴ってやりたい気持ちはある。お前が唆すのがいけないんだと、胸ぐら掴んでやりたい。
「ボクが何もしなくてもどのみち彼女達は浮気してたよ。悲しいなぁ……。ボクはそんな悪い女を賢人から遠ざけたのに、感謝してもらえないなんて」
でも、それはできない。親のこともあるが、それ以上にこいつは――。
「いい加減気付きなよ。賢人、君はボク以外の女の子と付き合うことも、結婚することもできないんだ」
歩は女なのだ。男の俺が彼女に暴力を振るうようなことがあれば、俺が社会的に終わってしまう。
俺に彼女ができる度に、歩は男装をして彼女達に近付いていった。女であることを隠して。
男の俺よりも女の歩の方が女の気持ちがわかる。だが、それを差し引いても幼馴染は相手の懐に入り込むのがとにかく上手かった。
男の格好をした歩はイケメンそのもの。ハンサムで性格のいい幼馴染のことを、元カノ達は理想の男子であると錯覚した。
「もう止めよう。何回やっても同じことだよ。ちっちゃい頃に言われたことをいつまで気にしてるのさ」
歩は昔からずっと俺の傍にいた。どこへ行こうにも決して離れなかった。家にいる時も、学校に行く時も、遊びに行く時も。
幼馴染が俺の視界から外れることが、稀と言っていいくらいだった。
そのことを小学生の時の友人達にからかわれた。お前ら夫婦みたいだなと。
「どうしてボク以外の女の子とキスしようとするの? エッチしようとするの? ボクたちのことを理解していないクズどもが、馬鹿なことを言っただけじゃないか」
「それだけじゃねぇよ……」
俺自身、ストーカーのように付きまとう歩のことを煩わしく感じていた。別に歩のことを嫌いではなかったが、俺は彼女から距離を取ろうとした。
だが無駄だった。歩は離れようとしたその分、距離を詰めてきた。むしろ悪化してしまい、トイレにさえ付いてこようとしてくる始末だった。
もはや恐怖でしかなかった。親父やお袋にそのことを訴えても、歩と仲がいいとしか認識されずなにもしてもらえなかった。
壁となってくれる存在が欲しかった。だから俺は彼女を作った。
でも――歩はその壁を全部壊した。
「アハハハ! おかしいよね。ボクたちは夫婦みたいなんじゃなくてもう夫婦なのに、あいつらホント馬鹿だよね」
「だからっ……!」
「賢人、恥ずかしがることなんてないんだ。あいつらとはもう顔を会わせることなんてないんだし」
歩は勘違いをしている。俺が彼女から距離を取ろうとしている理由を。
決して照れ隠しなんかではない。ただ純粋に歩から離れたいという俺の気持ちを、彼女は分かってくれない。
それに俺は今まで付き合った子達を、幼馴染から俺を守ってくれるだけの存在として見ていた訳じゃない。本当に好きだった。
彼女達に好かれるために、容姿に気を使ったり、体を鍛えたり、バイトして高い香水を買ったりと努力をした。
その様子を、歩は俺の近くで見ていたはずなのに――。
「キミとボクは結ばれる運命なんだよ。それにボクたち体の相性もバッチリだったじゃないか」
「あれはお前が無理矢理したんだろ!」
それは初めて俺に彼女ができた日のことだった。
俺は歩に恋人ができたと報告した。だからもう今までのようにはいられないと伝えた。
歩は頷いた。彼女ができたことを祝福するかのように、にこやかに笑っていた。
ようやく理解してくれたのだと俺は安堵した。これでもう付きまとわれることはないと胸を撫で下ろしていた。
しかしその晩、俺は歩に寝込みを襲われた。
目が覚めた時には既に手遅れだった。両手足をベッドの端に縛り付けられ、まともに体を動かせなかった。
歩は俺の初めてを悉く奪った。「賢人と初めてを交換できて嬉しいよ」なんて言って、恍惚な表情を浮かべながら、狂ったように腰を振っていた。
「そうかなあ……ボクにはキミがあれを望んでいたように見えたけど」
「そんなわけないだろ!」
「分かっているよ。賢人はボクと離れたくて、彼女を作った訳じゃない。本当は何があっても自分だけを永遠に愛してくれる存在が欲しかったんだろ?」
「何を言ってるんだ……」
何があっても俺だけを愛してくれる存在? そんな人いるわけがない。だってお袋は――。
「ボクがそれになってあげるよ。というかなりたいんだ。疑心暗鬼に陥った賢人の心を癒せるのは、ボクしかいないんだ。ボクはおばさんみたいには絶対にならない」
「!?」
「ショックだったよね。おじさんが亡くなったのに、おばさんは1年もしない内に新しい男を連れてくるんだもん。これだと本当におじさんのことを愛してたのか、疑いたくなるよね」
「ああ……」
俺の親父は俺と血が繋がっていない。お袋の再婚相手だ。
血の繋がった父――お父さんは、俺が小学生になる前に交通事故で亡くなった。
お父さんとお母さんは自他共に認めるおしどり夫婦だった。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに。
幼いながらも覚えている。お父さんとお母さんがよく夜中にプロレスをしていたことを。
お父さんはお母さんを愛していると言っていた。お母さんもお父さんを愛していると言っていた。なのに――。
『この人が、今日からあなたの新しいお父さんよ』
受け入れられなかった。受け入れたくなかった。戸籍上そうなるのかもしれないが、納得できるものではない。
俺にとってお父さんはたった一人。だから俺は、お母さんが連れてきた男をお父さんではなく、親父と呼ぶことにした。
お母さんもお袋と呼ぶことにした。お父さんを愛していたお母さんではなくなって、別人になってしまったから。
確かその時からだ。歩が俺から離れなくなったのは。
「あ……歩は本当に俺だけを愛してくれるのか? お袋みたいにお父さん以外の男を好きになったりしないのか?」
「もちろんだとも。ボクには君以外の男は道端の石ころにしか見えなかった」
「嘘をつくな! お前は綺麗だ! 美人だ! 彼氏だってその気になれば簡単に作れる! 俺がいなくなったら別の男を好きになるに違いないんだ!」
そうだ。そうに違いない。口ではそう言うくせに、どうせ後々寂しくなって他の男に縋る。お袋のように。
お袋だけじゃない。俺の元カノ達だってそうだ。
歩から寝取られた後、彼女達は歩が女だと分かると、歩と別れた。
だが、俺と縒りを戻そうとする女は誰一人いなかった。俺のことを好きだと言っていたのに。
皆新しく彼氏を作った。彼氏を作った後は、顔を会わせるどころか連絡さえ取れなくなった。俺の存在を消し去ろうとした。
「最初に言っておけばよかったね。もし万が一キミが死ぬようなことがあれば、ボクも死のう。ボクにとって賢人がいない世界なんて価値がない」
歩はずっと俺から離れなかった。当て付けのように俺が彼女を見せびらかしても。
俺がどんなことをしても、歩は俺を見限るようなことはしなかった。それどころか、俺を取り戻すために彼女を寝取った。
彼女の異常な行動は全て俺に対しての愛情。本当は嬉しかったんだ。歩が男装までして、俺から女を払いのけたことが。
歩は俺に自分の愛を示してくれた。もう疑わなくていい。自分の気持ちに素直になっていいんだ。
「歩……愛してる!!」
「ああ……嬉しいよ。ずっとその言葉が聞きたかった。ボクも愛してるよ」
俺は幸せだ。俺だけを愛してくれる存在――歩に出会えたのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました。