はじめての
そこらでよく耳にする言葉、『やればできる』『努力は報われる』他にも色々あるけれど、それらははっきり言って嘘っぱちだ。実体験した本人が言うのだから間違いない。
はっきり言ってどん底…私が今生きていられるだけでも奇跡なのだ。
親は10年前に亡くなった。丁度その頃世間は大混乱を起こしており、まあ…両親が亡くなった原因でもあるのだけど、『迷宮』と呼ばれるものが現れ始める。亡くなったのは私の親だけじゃない。あまりにもひどい惨状…対応は追いつかない。
最低限の生活保障、6歳にも満たなかった私はただ…生かされていた。
世間はそんな私を置き去りにし回り続ける。『迷宮』の運用も軌道にのりはじめ、冒険者になる人も絶えない。
安定した収入には程遠いが、行動を起こした分は確実に実になるのだから。
なんでこんな話しをしているのかと言うと、家の庭にいつのまにか穴が空いている。暗くて奥はよく見えないが、『迷宮』の可能性があるのだ。
昨夜あった地震がこれを作り出したのだろう。
基本冒険者になるのは自由だ。なろうと思えば誰でもなれる。『迷宮』に入り、スキルとステータスを貰えばいい。
だけど私は冒険者になる気にはなれなかった。両親を死に追いやった元凶だったから。
でも庭に『迷宮』が出来てしまったのなら話しは変わってくる。報告と管理の義務が発生してしまったのだ。
「はあ…」
私はスマホを手に取り『迷宮管理省』へと連絡を取った。
2時間ほど経った頃だろうか。家の外が騒がしくなる。少しすると玄関のチャイムが鳴った。
玄関を開けるとツナギを着た見知らぬ人が。その背後には同じ服装の大人達が5人ほど…1人は女性だろうか?
「『迷宮管理省』からきました。迷宮だと思われる場所はどちらに?」
「…こっちです」
玄関を出てぐるりと家を壁に沿って歩き、庭のある家の裏側へ。そこには本来ならある物干し場を飲み込んで出来た穴が、口を開け不気味な雰囲気を醸し出していた。
「まずはゲートを設置しろ」
「「はっ」」
ツナギを着た2人が持っていた機材を下ろし、作業を始めた。とても慣れているのか手際が良い。
「えーと家主はどちらに?」
そんな様子を眺めていると1人だけいた女性が話しかけてくる。
「ここには私しかいません」
「あー…そう、ならしかたないわね。少し話しを聞いて貰えるかしら」
「はい」
少し面倒だと思いながら私は耳をかたむけた。話によるとこれから中の調査をするにあたり、1人同席することになること。私しかいないので私がいくしかない。その後、『迷宮』だった場合管理をどこがするのか決めるらしい。『迷宮管理省』がするのか、家主である私がするのかということなんだろうが、はっきり言って私は『迷宮』になんて興味はない。管理してくれるのならそれで構わないと思うんだけど…それってつまり家の庭にずっと誰かがいることになるんだよね? それはそれで気分がよろしくない。
「準備完了しました」
「わかった。では一緒に来ていただきますので、電子機器は自宅に置いてきてください」
電子機器…私が今身に着けているのはスマホくらい。これを置いてくるのか。せめてちゃんと理由を教えて欲しい。もちろんだめだというから置いてくるけども。
それぞれの準備が整うと1枚のカードを渡された。
「持っていなければこちらを」
「はあ…」
『冒険者登録カード』と表面には書かれている。
「手を出してちょっとだけちくっとするよ」
「…っ」
かなり強引に私の手をとり指先に針を刺してきた。ぷくりと血が丸く浮き上がり、さらにカードのくぼみに押し付ける。指をどかした後のカードには血はついておらず、指先の傷も消えていた。ちょっとした不思議体験だった。
「落とさないように首からさげ、服の中へ入れておくといい」
周りの人を見ると誰もが首からチラリと紐が覗いている。相変わらず説明が足りないのが気に入らないが、大人しく指示に従う。逆らうと怒られたりして無駄に時間を使うだけだから。
「よし、では調査を始める。予定時間は1時間」
前にツナギが3人、私、その後ろにツナギが2人。女性のツナギはどうやら外で待機のようだ。ぞろぞろと設置されたゲートの前に立ち順番にくぐっていく。赤色のランプが緑になると前の人が入る。するとまた赤に戻る。緑にならないと入れないらしい。私の番がきた。無事に緑に変わったのでゲートをくぐる。なるほど…さっき渡されたカードがないと入れないんだ。つまりなんだ、本人である私の同意なしで冒険者にされてしまったらしい。
穴の先はなだらかに奥へと続いていた。途中足元の角度が正常になった。前と後ろとで明かりを確保しているのでどうにか中の様子が見える。削り取られたような岩肌だ。下り坂が終わったあたりから天井が高くなる。
「…ん? この先警戒せよ!」
先頭のツナギが叫んだ。その時には2番目のツナギもそれに気がついたようだ。でも気がつくのが遅かった…その違和感、すでに私も感じている。まるで何かの膜をくぐったかのような感覚が先ほどした。振り返ると後ろの2人は足を止めていた。
「ぐぅっ」
「かはっ」
「があぁっ」
前の3人がおかしな声をあげ倒れた。目を凝らしてみるけれど何が起きているのかわからない…
「君、早くこっちへ戻るんだ!!」
「ひぐっ」
裏から声がかかるがそれは遅かった。苦しいっ 私は喉を押さえその場に倒れこむ。足音が近づいてくる。だめだこれは…息が…意識が…
近づいてきた足音が止まりそれがおかしな声に変わったのを聞きながら、私は意識を手放した。