仮
「ねぇ」
「何?」
「もしかして俺が心配で来てくれた感じ?」
「は?」
職員室のドアの前で、隣に座っている男が話しかけてきた。
「だって、まさか彩芽が進路相談終わってないなんてねー」
「じゃあ椿も終わってない感じか...... 嘘でしょ......」
「うちの生徒会終わってるな」
「一緒にしないで。私はただ何も思いつかないだけだから」
そう、私と彼は生徒会のメンバー。悲しいことに、生徒会長と副生徒会長なのである。
「俺だってそうだよ。ってかそれ以外何があるんだよ」
「プリントの提出し忘れとかじゃないの?」
「全然違うわ。俺も何も思いついていないだけだよ。第一志望から第三志望、全部『大学』って書いたら呼び出された」
私の名前は稲葉 彩芽。そしてこの馬鹿の名前は森山 椿。進路相談の内容として、受ける大学と将来についての作文を書かないといけない。そして私達は、両方とも書けていないというわけだ。
「なんか将来の夢とかないの?」
「金稼ぎたい。そっちは?」
「特に何も」
「「......はぁ」」
2人そろって溜め息を吐く。うちの学校は割と本格的で、作文と志望校用紙と共に、親と先生を交えた3者面談があるのだ。超面倒くさい。
「そっちは親が医者じゃなかったっけ? それでいいじゃん」
「まあそうだけど...... 俺、血を見たら吐く体質」
「うわぁ、可哀想に」
「本当に。親にそれ言ってないんだよなぁ。マジどうしよ」
意外と深い理由があった。プリントの提出し忘れとか馬鹿とか言っちゃったよ。私からアドバイスできることとかも思い浮かばないし。そもそも、アドバイスする前に自分の方をなんとかしないと。
「俺は医学部入るか入らないかーとかあるけど、そっちは将来の夢が決まってないなら適当に国立で良いんじゃねぇの?」
「まあ良いんだけどねー。浪人とか怖いから雪大って書いたら、親と先生から難大受けろって。親の母校で愛着強いんだよ......」
「難大かー。流石天才。俺は雪大ですら微妙に不安だけどね」
「私だって難大受かる気しないよー」
「模試の判定は?」
「B」
「全然良いじゃん」
「モチベが湧かないからどうせ落ちる......」
私の成績は一応学年1位。それに加えて生徒会長。彼と大して変わらないはずなのに、変な補正が入って異様に持ち上げられている。偏見で真面目キャラにされた、それが私だった。
対照的なのが彼。彼は皆と同じ土俵で楽しくやっている。生徒副会長を押し付けられた〜とか文句言っているけど、私としては羨ましいことこの上ない。
「はぁ、もっと適当に受ければよかった...... Bとか絶妙に行けそうで嫌なんだよね」
「そんなに嫌なら嫌だって言えばいいじゃん」
「別に受かるなら良いんだよ。受かるならどこでも良いの」
「まあ、うん、じゃあ頑張れ。吹っ切れ」
コイツに相談したのが間違いだった。
「......はぁ」
「うわっ、幻滅された感じのため息。仕方ないじゃん、人の事情にそんなグイグイ入れねぇよ」
「適当に生きている人には分からないの。どうせ親の反応で決めようとか考えてるでしょ」
「何故分かった。ちょっと良い感じに話題出してみて、その時の親の反応で決める予定」
「「......はぁ」」
一概に自分も馬鹿にできないのがムカつく。他人のことを聞くと情けないって思うのに、自分がその立場になるとただただ面倒。もやーってなって何もできない。
「森山さーん。来てくださーい」
「あ、今行きまーす」
「じゃあ私もそろそろか」
私達は当然別のクラス。去年は同じクラスだったけど、今年は月3、4回ぐらいの生徒会会議でしか話していない。まさか椿が悩んでいるとは思わなかった。
「あ、そっちからありがとねー。その椅子座っていいよー」
「ありがとうございます」
彼女が私のクラスの先生だ。見た目通り近所のおばさんって感じで、マジの方でグイグイ聞いてくる。しかも私を本質ではなく成績で見ている節があるから、正直苦手。
「それで、結局決まった? 親にはどう言われたの」
ギクっと筋肉が強張る。どうしよ、結局相談してない。母の近くで「進路相談の紙提出しないとー」って言ったけど、無視されて終わった。
「なんというか...... こう、相談ってほど深くまでできなくて、親仕事だったし...... その......」
親の仕事のせいです感を出しているけど、実際は父は夜10時には帰ってきていました。疲れているとはいえ、相談しようと思えばできました。罪悪感がすごい......
「あらー。相談できなかったの? 今からでもラインか電話で聞いてみなさい。あ、塾とかある?」
「いや、今日は無いです...... はい......」
本当にこの人は! 罪悪感とか消えた。もうこの人に余計なことは言わせない。仕方ない、どうせなら全部親の仕事のせいにしよう。
「あ、でも親は今仕事中なので......」
「えー、大変ねぇ。親が忙しくて」
「あはは......」
愛想笑いここに極まりし。何から何まで全部嘘です本当にごめんなさい。
「じゃあ明日までによろしくね。あと作文もちゃんと持ってきてね。期限は4日後なんだから」
「はーい......」
××××××
彩芽『相談乗って欲しいんだけど、どうすれば良いと思う?』
椿『俺に聞きます?』
彩芽『だって、クラスの人は全員私が提出終わっているものだと思っているし』
椿『人の人生にあまり口出しできないんだけど』
彩芽『適当でいいよ〜』
椿『じゃあ、あみだくじ』
彩芽『絶対に嫌だ』
家に帰った。もちろんリビングには母も父もいる。もちろん最初は話そうと思った。けど、家に帰ってクーラーが効いた廊下を通った瞬間、面倒くさくなったのだ。
手洗いうがいだけして、速攻2階の自分の部屋に入った。話しかけるのは一旦椿とLINEで作戦を練ってからにしよう。
だけど、このプランには大きな欠陥がある。それは、椿も私と似たような状況で悩んでいること。ダメは2人集まったところでダメなのです。
椿『いっそ松と山梨さん巻き込めば?』
松と山梨さんとは、生徒会の後輩達のことである。
まっくんは生徒会会計の凄い賢い子。面倒くさがりだけど、仕事はちゃんとこなすタイプで、おそらく次期の生徒会長。多分私の相談にも乗ってくれると思う。
2人目は友達の妹、山梨の梨をとってりんちゃん。生徒会では書記をやっている。彼女も私を過剰に尊敬している節があるけど、良い子だしズバッとした性格しているから、他言も幻滅もしないと思う。
彩芽『後輩達を巻き込んでいいものなのかな?』
椿『本当はダメだと思うけど、まあ緊急事態だし』
彩芽『じゃあグループ作ろっか。まっくんのLINE持ってる?』
椿『うん、もう招待し終わった』
もう名前とアイコンを決めたんだ。変なところで仕事が早い。どれどれ...... 名前は生徒会長を支える会 アイコンはまっくんの顔面ドアップ。
......ツッコミどころは沢山あるけど、とりあえず名前だけ31代目生徒会グループに替えて、放っておこう。
1分ぐらい経って、りんちゃんが入ってきた。まっくんはまだ入っていないけど、椿は話し始めた。
りん『参加しました!』
椿『やあやあ。我ら2人は4日後までに進路を決めなければならない。諸君には、生徒会の危機ということで、相談に乗ってもらいたい』
彩芽『ダメな先輩で本当にごめんなさい』
りん『把握です! 手伝います(^^)』
この子...... 偉い! 私感動。
彩芽『ありがと』
椿『んじゃ俺からでいい?』
彩芽『私から始めるね』
隙は一切与えない。
彩芽『簡単に言うと、浪人の可能性がある親の母校の難大と、多分安心して行けそうな雪大、どっちが良いと思う?』
りん『それって私が決めていいことなんですか?』
彩芽『違うの。どっちがいいかを聞きたいわけじゃなくて、どうすればいいかを聞きたいの』
自分でもハイパー面倒くさい人である。後輩になよなよしい会話をするって、微妙に恥ずかしい。
りん『先輩の親と先生はなんて言ってるんです?』
彩芽『難大に行けだって』
りん『先輩は何で難大に行きたくないんです? 浪人の可能性があるから?』
彩芽『そうそう。絶対に浪人とか嫌なの』
私は引きずるタイプだから、メンタルがブレイクすると思う。しかも難大に行きたい理由が一切ない。
椿『落ちるかもだから雪大行きたい! じゃダメなん?』
彩芽『母親にはもう模試の結果を見せちゃったから...... 合格率60%ぐらいの中途半端なやつ』
りん『失礼ですけど、成績が落ちているとか?』
彩芽『落ちてはないけど、上がる気もしない。モチベーションが湧かない』
大学受験が1日しか無いことを何度恨んだか...... 後期がある大学は、調べたけど、遠いか聞いたこともないような大学かのどっちかだった。
椿『嫌味だ』
彩芽『ほんそれ。このメンバーでよかった。分かっているとは思うけど、誰にも言わないでね?』
りん『了解です!』
たしかに人によっては嫌味な発言だけど、椿とりんちゃんなら安心できる。まっくんも、もしかしたら嫌味と捉えるかもしれないけど、それを他言するような人じゃないはず。
りん『それっぽく行きたい学部を説明したらいいんじゃないですか? 雪大にあって難大にない学部です』
椿『天才か』
彩芽『調べたけど、ほとんど被った上に、数少ない被らなかったやつは微妙だった』
椿『悲しすぎる』
まあ同じ国立だしそんなもん。私も最初調べた時ガッカリした。ちなみに、椿の問題は医学部に入るか入らないかなので、これは全く関係ない。
りん『そうなんですね......』
彩芽『でもありがとう。どんどん案を言って言って』
椿『架空の難大の友達を作って、難大の黒い部分を適当に話しまくる』
彩芽『よくそんな案を思いつくね。でも却下。難大の友達と知り合う機会がほぼ0』
仮に話そうとしたら、明らかに不自然な挙動になるだろう。昔から嘘を吐くといった器用な会話はできなかった。
りん『でも友達の兄から聞いた〜とかにすれば、意外といけそう?』
彩芽『私の親は頭固い方だから、人聞きの人聞きを信じはしないかな......』
ー松がグループに参加しましたー
椿『あ、松が来た』
まつ『よろしくおねがいします』
彩芽『早速で悪いんだけど、進路について相談に乗ってください』
椿『俺と彩芽の両方が、期限超えているのに提出できていないっつう』
まつ『えぇ...... だからグループ作ったのか......』
椿『悪いね』
彼がまっくんである。信頼はできる子。相談にどれくらい乗ってくれるかは未知数。
まつ『それで、具体的にはどんな感じですか?』
椿『難大は浪人が怖いから行きたくない。だけど無駄に合格率が高いから、親が難大に入れさせようとしてくる。どうしよう。以上』
彩芽『勝手に代弁されたけど、大体あってる』
まつ『浪人が怖いって言うだけじゃないですか。何を迷っているんです?』
りん『先輩たちチキンだから。素直に言うのが怖いんだよ』
まつ『あぁ、なるほど。先輩たちの家は大変なんですね』
椿『彩芽はともかく何故俺が たち でまとめられる?』
私の扱いがさっきから酷いけど、まあ今回は許そう。否定できない。まっくんも相談に乗ってくれるみたいだし。
彩芽『まっくんの家の親はどんな感じなの?』
まつ『多分...... 僕が行きたい学校のためなら幾らでも金を積んでくれる』
椿『親ガチャ大成功じゃん』
りん『お金云々はおいといて、私の家も、大学を強制は多分しないですよ』
まつ『先輩たちがビビるのも分かりますけど、多分無駄に焦っているだけです』
りん『ちゃんと言えば大丈夫だと思いますよ?』
後輩組が息ぴったりにズカズカ言ってくる。ダメな先輩2人の心をクリティカルヒットしにきている。自分から地雷を踏みにいった。
彩芽『でも、それは最終手段。できれば他がいい』
まつ『なら あみだくじ とかどうです?』
彩芽『なんで男2人はこうなのかなぁ!』
椿『やっぱ松もそう思うよな?』
まつ『フィフティ-フィフティならこれが1番』
りん『2人とも私より頭いいはずなのに、頭悪そう』
全くよ。人の未来をなんだと思っているのか。先輩の急な無茶振りでも真剣に相談に乗ってくれるりんちゃんを見習ってほしい。
椿『でも、あみだくじがダメなら、どちらかに偏っているってことだから、そっちにすればいいじゃないですか』
彩芽『そんな論理的に説明されても...... なんか違うじゃん』
あみだくじって...... そんなものに自分の人生を委ねたくない。理由とかじゃなくて、感覚的に。それで決まったとしても、絶対後悔すると思う。
りん『これもう先輩と私で個チャ使った方が早いんじゃないです?』
椿『それここで言っちゃダメだろ』
彩芽『まあ一応椿の意見も時には役に立つだろうし』
まつ『あの、僕は......』
りん『まっくんは真面目に考えているように見えない』
私も同意見だよりんちゃん。まっくんはなんか力を入れてくれている気がしないもん。
まつ『まあ、実際どうでもいいし』
彩芽『うそ言い切られたんだけど』
椿『むしろその点に関しては森梨さんのが凄いと思う。よく他人事にそこまでしっかり考えられるよな』
男子的には他人の進路なんてどうでもいいらしい。私はそういう相談には乗らなきゃと思うタイプだけど、やっぱ性格の差っていうのは存在するみたい。りんちゃんはどうなんだろう。
りん『3年生の何かで塾が昨日から1週間休みだから、2年生の私は宿題終わって暇になりました』
彩芽『暇なだけだったか。まあそれでもありがたいけど』
りん『まっくんも暇なはずなんだけどねー』
まつ『僕は宿題は均等に分けてやるから』
椿『偉すぎる。俺はその頃前日まで遊んでた』
私たちは全員同じ塾。椿は私と同じ塾にしたし、まっくんも近所で一番レベルが高いところを選ぶなら私たちと同じになると思う。りんちゃんも普通に頭いいし、そんな感じなのかな?
ちなみに、3年生のなんかっていうのは、保護者会のことだと思う。受験の期間のスケジュール管理や、受験期の子供にやってはいけないことなど、受験プランが決まったら教えている。
彩芽『先生誰だっけ?』
まつ『バナナと山本』
椿『バナナかw 最高じゃん』
りん『でも宿題めっちゃ出してきますよっ』
彩芽『山本はあたり枠なんじゃない?』
まつ『あの人はあたり。早弁しても怒らないし』
椿『俺は山本の声聞くと眠くなるんだよなぁ』
××××××
彩芽『・・・今気づいたけど、もう7時だね。ご飯食べないと』
椿『途中から塾の話しかしてないよね』
りん『じゃあ先輩、がんばっ!』
まつ『結局普通に話すの?』
彩芽『まあそうかな...... 頑張る』