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お料理騎士道

 ミカ・カルキはお料理騎士である。


 ある日、ミカが王城への通勤の為愛馬を走らせていると、三白眼の幼女メイドが両手をあげて街道に立ち塞がる。

 彼女は道筋のスオサーリ侯爵家の令嬢クリスタのメイドのノーラで、黙って舘についてこいとミカに言う。


 素直について行ったミカが見たものは、窓辺で遠めがねをのぞき込みミカの出勤を待つ侯爵令嬢クリスタの姿であった。

 そして、彼女はミカへの慕情を切々と語るのだった。


 クリスタはミカへの愛を全て語ってから、部屋に本人が居る事に気づき絶叫する。


 そんなクリスタがミカへ依頼したのは、


『キツイ顔立ちのせいで悪役令嬢と勘違いされている私がお学友と仲良くなれる料理』


 で、あった。


 さて、彼はどんなメニューで悪役令嬢の願いを叶えるのか。

 お料理騎士ミカの超絶料理にご期待ください。


 

 その日は春の始まりを感じる、うららかな早朝だった。

 俺は王城へ通勤の途中で、愛馬グレイノーズを走らせていた。

 愛馬が速力を落としたので前方を見ると、八歳ぐらいの三白眼のちびっこメイドが両手を広げて街道を封鎖していた。


「お料理騎士のミカ・カルキ様ですね、私はスオサーリ侯爵家のメイド、ノーラと申します」


 なかなかどうして、目つきが悪くてちびなのに、発する言葉はきちんとしたメイドではないか、と、俺は感心した。


 スオサーリ侯爵家は街道の右手前方にある屋敷である。

 もうすぐ敷地の中の広大な庭園の横にさしかかる所だ。


 俺が王城との通勤に使っているこの街道はタスケ大神殿まで続く往還路で、実家のカルラ家あたりから王都である。

 まあ、王都と言っても、このあたりは畑や牧場が多くて田舎なんだけどな。


「お願いがございます。ご出勤途中に申し訳ございませんが、私についてきていただきたく」


 ふうむ、今日の調理作業はランチからだから、まだ時間はあるのだが、このちびっ子メイドの目的が解らないな。

 俺が迷っていると、彼女は馬のくつわを取った。

 グレイノーズは抵抗もしないで彼女の誘導でスオサーリ侯爵邸の勝手口へ歩いていった。


 見ればちびっ子メイドの手には角砂糖があり、グレイノーズはポリポリとそれをかじって嬉しそうにしていた。

 甘い物は万人の心を溶かすからしかたがあるまいな。

 愛馬が懐柔されては抵抗ができない。


 俺はグレイノースから下りて手綱をノーラに渡した。

 彼女はとことこと歩いてグレイノーズを馬屋に繋いだ。


「では、こちらに来て下さい」


 ノーラは俺の手を引いて侯爵家の屋敷に誘った。

 初めて入る屋敷だが、さすがは侯爵家、隅々まで心配りのある立派な建築だ。

 豪奢ではないのだが、地味に質が高い。

 厨房がどうなっているか見せて貰いたいものだな。


「きょろきょろしないでくださいまし。これからお部屋に入りますがお声をださないでくださいね」


 ふむ。

 ノーラはちびっ子の癖に圧が強いな。

 貴族の出ではないのか? わずかに下町なまりがある。


 ノーラの小さい手に引かれて俺は侯爵家の廊下を歩き、階段を上がって、二階にへと誘われた。


 彼女は俺を見て、唇に人差し指を当てて、ドアを開いた。


「お嬢様、入りますよ」

「ああ、ノーラ、今日は遅かったわね」

「ごめんなさい、お嬢様。今日もミラさまのご鑑賞ですか」


 そう言いながらノーラは椅子を俺の近くに引いてきて、それに乗って俺の口をその小さい手で塞いだ。

 なんなのだろうか、この事態は。


 スオサーリ侯爵令嬢は窓辺の椅子に座り、大きな遠めがねで街道の方を見ている。

 彼女に監視されていたのか、知らなかった。


「今日はミラさまのご出勤が遅いわね、なにかあったのかしら、心配だわ。ああ、ああ、ミラさま、お慕い申し上げておりますわ~」


 ちらりとノーラの顔を見ると、してやったりという顔をしている。

 なんだな、意地悪ちびっ子メイドなのか?


「第三王子ボナンさまの学友で学園時代から、そのお料理の腕前で王侯貴族を唸らせ、騎士爵の身分でありながら王城の厨房長として大活躍なさっておられますのよ。ああ、ミラさま、ミラさま、わたくしはあなた様のケーキを一口食べたあの日から、あなたをお慕いもうしております。どうしたらこの気持ちが伝わるでしょうか。ああ、ああ、ミラさま~~」


 うむむ。


「ミラさまが我が家の前の街道をご出勤なさっていると聞いて、わたくしドワーフの工房から遠めがねを購入いたしましたの、実際に会いに行く勇気はないのですけれども、毎朝ミラさまのお顔を拝見するのが最近の生きがいですのよ、ノーラ」

「存じております」

「ああ、あのハンサムな顔立ち、凜とした姿勢、あなたの姿を見るだけで私の心の奥底はわななき、うずき、波打ちますの、この恋心をどうやってあなたに伝えればいいのかしらっ。夜会でもミラさまは何時も裏方でダンス一つお受けしてくれない、でも、そんな硬派な所も素敵なのっ」


 俺がダンスにかまけていると、紳士淑女のデザートができあがらないからな。

 そういや、夜会なんか、学園の卒業パーティ以来……。

 卒業パーティも料理作ってたな、ボナン王子の奴に言われて。

 

「お嬢様、きっとミラさまに、お嬢様のお気持ちは伝わるかと思いますよ」

「ノーラ、だって、そんな、あのお方は遠くにいらっしゃる……」


 ついに侯爵令嬢は振り返り、俺を見た。

 ほう、キツイ顔立ちだが、とても綺麗なご令嬢だな。


 ご令嬢の口が驚くほどあんぐり開いて。

 そして屋敷を振るわすような大音量で絶叫した。


「なんで、いらっしゃいますのぉぉぉっ!!」


「こんにちは、ミラ・カルキです」

「良かったですね、お嬢様、これで想いはミラさまに伝わりました。おめでとうございます」


 そう言って、ちびっ子メイドはニッコリと微笑んだ。


「「いやいやいや」」


 俺とご令嬢は同時に手を前に出して横に振った。


「想いが届いてもな、身分差があるんでな、ノーラ」

「そ、そうですわ、想いがあっても……、乗り越えられない……、事はあるのですわよ、ノーラ」

「ええっ!! 想いが伝わったらくっついてしまえば良いじゃ無いですかっ!! 誰に、何を遠慮してるんですかーっ!!」


「身分差を乗り越えた愛とか、ありえませんわ」

「気持ちは嬉しいのだが、侯爵家のご令嬢と、騎士爵の次男坊ではなあ。釣り合わないんだよ」

「放浪の騎士と淑女の恋なんて、あちこちに転がってるじゃないですかーっ!!」

「「おはなしおはなし」」

「放浪の騎士とか、普通に何やってるか解らない危険人物だし」

「淑女は愛人を作って浮名を流すと言いますけど、階級差は二段ぐらいまでですわよ」

「なんですかーそれー」


 そう、愛人関係も、身分差をそんなには飛び越えないのだ。

 だいたい上下二段階ぐらいまでだな。

 侯爵と騎士爵だと、間に伯爵、子爵、男爵が入るので四段階だ。


 森番と淑女の肉欲の恋とか吟遊詩などではあるが、実際にあったら大スキャンダルでお家が取り潰されかねない。

 そういうときはどうするかというと、淑女を謀殺して、王宮には病死と届けるのだな。


「ごめんなさいね、ミラさま。ノーラは市井の出なので少し貴族の常識に欠けるのですわ」

「いや、謝る事はありませんよ、スオサーリ侯爵令嬢。お気持ちは嬉しくおもいます」

「ああ、嫌ですわ。私の心に秘めた恋心をミラさまに知られてしまいましたわ。おはずかしい」


 そう言うとスオサーリ侯爵令嬢は真っ赤になってはにかんだ。

 キツイ顔立ちなので気の強い娘かと思ったが、意外に性質は素直だし、常識もあって良いご令嬢のようだ。

 ノーラもご主人の為を思って俺を連れてきただけのようで、三白眼だが、心底意地悪な訳ではないようだ。


「ミラさま、私の事はクリスタとお呼びくださいまし」

「お名前でお呼びしてもかまいませんか?」

「ええ、憧れのミラさまですし、なんら問題はございませんわ」

「ありがとうございます、クリスタさま」

「うふふ、憧れの方から名前を呼ばれると、うっとりしてしまいますわ。それで、お知り合いになったばかりで厚かましいとは思うのですが、わたくしミラさまにお願いがございますの、聞いていただけますか?」

「私に出来る事であれば」


 料理のお願いだな。

 俺の料理は幸せを呼ぶ料理と噂になっていて、時々高位貴族から、こうやってお願いされることがある。


「わたくし、このキツイ顔のせいで学園で悪役令嬢と噂をされてますの、ミラさまのお料理で学友と仲良くなれる料理を作って頂きたいのですが……」

「かしこまりました。この良き出会いの為に、クリスタさまへのお料理を作らせていただきます」

「まあ、嬉しいわ、ミラさまにお料理を作ってもらうなんて、夢のようだわ。ノーラ、ミラさまを連れて来てくれてありがとう」

「いえ」


 ノーラは口をへの字に曲げて、納得がいかないようだ。

 まあ、貴族のルールは一つ一つ覚えて行かないとな。

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