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死にゆく者より最後の感謝を

死にゆく時に、自分が大事に思う人に感謝の言葉を遺せるとしたらどうだろうか。

御礼屋なら、あなたのその望みお叶えいたします。

いかなる状況であろうと確実にあなたの思いを遺します。

もし、気になりましたら“御礼屋”で検索くださいませ。

どうぞご贔屓に。


 ちょうど五年前の今日、俺は最愛の人を亡くした。思い返せばその日も確か、今日みたく快晴だった。違うところと言えばここはあまりにも自然が豊かすぎることだろうか。頭に響くほど鳴く蝉も、透き通った小川の上に舞うトンボも、日常では見ることがないものだ。


 俺はバケツに水を汲み、花を持っていない左手で持ち上げた。度々額から流れ落ちる汗を腕で拭いながらいつもの場所へと向かう。


 今となってはこの準備も随分慣れたものだ。思い返せば、俺は彼女の墓参りを一度も欠かした事が無い。別にただの彼女だったし、結婚の予定なんて無かった。ただ、年々彼女のもとに訪れる人が減ってしまうのを見ると、少なくとも当時一番身近な存在だった自分が彼女を見捨てるのうな真似をしていいものか、というある種の責任感を抱いてしまうものだ。それに、俺自身が彼女を失ったことを受け入れられないままでいる事もひとつの原因だ。


 彼女の墓前に立ち、お香を焚き、静かに手を合わせ目を閉じた。


 なあ、街の喧騒からは縁遠いこの場所なら、君は安らかに眠っていられるのだろうか。


 五年前君が命を絶やした瞬間、最期に何を思っただろうか。将来が絶たれることを悔やんだだろうか、ただ迫り来る現実に諦念してしまっただろうか、それとも無力にも君が苦しむ姿を呆然として傍観していた俺を恨んだだろうか。


 彼女の想いも、今となっては確かめようがない。彼女を救えなかった強い後悔は拭っても拭っても消えず、血糊の様にべったりと顔中についたままなのだ。少しでも後悔を薄れさせようと、俺は取り憑かれたように謝罪の言葉を呪文のように唱える。

 

 炎天下の真夏、茹だるような暑さだったはずが、突然周囲の気温が下がった。冷たい、とまではいかないが半袖で居るには肌寒い程だ。じわじわを身体が冷やされていく感覚があまりにも不気味で、俺は帰路に就こうと車の方へと向かった。


 車の方に向かうと、何故か車の前に漆黒のスーツ姿の男が立っていた。真夏にも関わらず上着を律儀に着ているので見ていて非常に暑苦しい。よくいるサラリーマンのようだが、顔はやけに青白く頬は少し痩せておりどことなく不健康そうな男だった。


 俺は恐る恐る男の横を通り車の鍵を開け、ドアに手を掛けた。正直幽霊なんじゃないかとも思って緊張していたが、別に何もして来ないしきっと彼も墓参りに来ただけだろう。


 そう、思いたかった。


御影巳夜みかげみや様でございますか」


 背筋が凍った。どうして、この男は俺の名前を知っているんだ。こんな男は俺の知る限り周りにはいなかった。


「どちら様ですか……?」


 恐る恐る聞くとスーツの男は表情を全く変えずにもう一度


「御影巳夜様でございますか」


 と尋ねてきた。

 声自体に覇気は少しも感じないのだが、どこか重く響くような独特な声をしている。

 話しを続ける為に俺は渋々彼の問いかけに答える。


「……はい」


「ありがとうございます。私は株式会社御礼屋の終始おわりはじめと申します。こんなですが一応代表取締役をしております」


 終から名刺を受け取る。白地に文字が書かれただけのシンプルなデザインのいかにもな名刺だ。


「はあ……。その御礼屋の社長さんがどうして俺なんかの名前を……?」


「それは御影様がお客様だからです」


 新手の勧誘なのだろうか、という考えがふと過った。だが、訪問販売ではなく墓参りに営業してくるというのは聞いたことがない。

 

「御礼屋なんて俺は初めて聞いたんですけど、なんか俺頼みましたっけ」


「いえいえ、滅相もございません。御影様は受取人にございますゆえ、決して商談を持ちかけようとしている訳ではありません。御安心を」


「受け取り?」


「はい、今回お届けに参ったのは、秋山綺里あきやまきり様からの"感謝"でございます」


 ――!?

 その名前を聞いた時、俺は驚きのあまり頭が真っ白になった。

 秋山綺里。男が口にしたのは紛れもなく俺が五年前まで付き合っていた彼女の名前で間違いない。人の口からこの名前を聞くのはいつぶりだろうか、だから一瞬頭が混乱してしまった。


「綺里から俺に……いったい何を?」


「先程も申し上げましたよう、"感謝"でございます」


「感謝を……届ける? 何かの洒落ですか?」


「いえいえ、文字通りの感謝でございます」


 そういうと終は懐から小刀をそっと取り出した。小刀は装飾も全くされておらず、黒檀を基調にした質素な見た目だ。


「っ!? なっ、何してるんですか!?」


 感謝とは名ばかりの復讐に違いない。自分が殺される、そうと決まった訳ではないのに俺の頭は一瞬で全てが恐怖で支配された。


「驚かせてしまい申し訳ありません。御安心ください、この刀は人を切れぬ刀でございます」


 そう言うと終は左手首に軽く振りかぶって小刀を斬りつけた。あの角度、スピードは確実に無事では済まない。

 刃先が手首に当たってもなお、終は依然として涼しい顔をしていた。


「どうでしょう。これで信じて頂けたでしょうか」


「危ないものではないということは、まあ」


「十分です。それでは本題に入らさせて頂きます」


 そう言うと、終の目つきが変わった。強い目力に思わず背筋を正してしまう。


「彼、何処の者か。寂滅し者、錆びゆく体を焼き焦がし奉謝し給え」


 身体が冷えていく。生きた心地がしないほどに体の芯から、心から冷やされていく。

 終は小刀を胸の高さまで持ち上げ、俺の方へと刃を向けた。


「――――――」


 声が……出ない……。

 終は俺をじっと見つめながら一つ息を吐いた。


「始め」


 瞬間、俺は地面に落ちていくような錯覚に陥った。否、俺の頭が地に落ちていっているのだ、体から切り離され自由落下し、そして地面に着くことなく、沈んだ。


……

…………

………………


 気がつくと俺は深い暗闇の中、音もない世界に立っていた。

 手探りの中歩き回ると一つ、ロウソクの灯りが見えた。俺はそこに向けてがむしゃらに走った。


 そこには、微笑む彼女が居た。もう見れないはずの、会えないはずの彼女が。この時を過去どれほど待ち望んだだろうか。


「少し年取ったね、巳夜くん」


「まあね、もう5年も経ったから」


「もう……そんなに経ったんだ。あのね、巳夜くん、時間が無いから早速なんだけど言いたい事があるの」


「……何?」


「私、旅行の帰りで死んじゃったじゃん? 多分、その後警察とかは私は通り魔のせいで死んだって言ってるよね」


「うん。警察からもそう言われたし、俺もそう思ってるよ。走ってきた通り魔に気づかない俺を庇って刺されたって」


「それはね、嘘なんだよ。巳夜くん」


 嘘……? 嘘も何も無いだろう。なんたって俺もその場にいた当事者なんだ。


「私を殺したのは通り魔なんかじゃない、私を狙って殺す為にきた人なの」


「何を……言ってるんだ? 命を狙われてたって事なのか?」


「簡単に言えばそう。だから巳夜くんに……私の事を忘れないでいてくれた巳夜くんに真実を見つけ出して欲しいの」


「どうやって……? 俺は別に警察でも探偵でもないんだ」


「出来るよ。どんな不可能だって巳夜くんは実現してきたじゃん」


「昔はまあ……自分でもよくやったなって思うよ。でも今はただのサラリーマンだ。熱意も何も無い凡人なんだよ」


「正真正銘、これが私からの一生のお願いなの。それでも駄目?」


「分かった……、分かったよ。やってやるよ、綺里が殺された真実を見つけ出してみせる」


「それでこそ巳夜くんだよ。やっと昔の感じに戻ったね」


 そういや、俺も学生の頃は随分と大層な夢を抱いてたっけ。社長になって大儲けしてやるとか、誰も見つけたことがない発見をしてやるとか、何も考えないで突っ走ってたっけ。大人になって、随分とこの感覚を忘れていた。良くも悪くも社会に毒されていたみたいだ。


「巳夜くん、本当にありがとうね。五年も経ったのに私の墓参りに来てくれたり、こんなわがままも聞いてもらっちゃって」


「俺に出来るのはむしろこんくらいなんだよ。綺里から与えてくれた幸せに比べたらちっぽけなものだと思う」


「そんなこと無いよ……。それを言ったら私だって返せないくらいの幸せを巳夜くんから貰ったから。だけどもう、返せないや……ごめんね」


 彼女の目から涙が零れる。顔を歪めることなく涙を流す姿はとても美しかった。


「良いんだ。だからどうか謝らないでくれ」


「そうだよね、これで最後なのに悲しい雰囲気でお別れはやめよう」


 彼女の顔が次第に晴れていく。肩の重荷が取れたのか、快活とした表情だ。よかった、これで俺も悔いなくお別れできる。


「ありがとう、綺里」


「こちらこそありがとう。ばいばい」


「ばいばい。君との約束は必ず守るよ」


 笑顔で手を振る彼女を横目に、意識が遠のいていく。目が覚めたら、彼女とまた会うことは叶わない、そう思うと心の奥から感情が溢れだしてくる。




 意識が戻った時、俺は車の中にいた。車内のむせ返るほどの蒸し暑さに一瞬で目が覚めた。


 ふと、周りを見回して終を探す。経緯は知らないが本当に綺里に会うことが出来たのだ、お礼くらいは言いたいものだがどこにも彼の姿はない。


 名刺を貰った事を思い出し、俺は電話を掛けてみることにした。仕事が忙しいかもしれないが、こんな辺境に来れるほどなのだから大丈夫だろう。


 三コールほどで彼は電話に出た。


「こちら御礼屋でございます。お待ちしておりました、御影様」

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