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演技派JK、本気の恋をさせてみた。

動画投稿サイトでチャンネル登録者数10万人を超える映画レビュアーの伊川イツキは生粋の映画オタクだ。

古いオタクのイメージとは違って、イツキにはたくさん友達がいる。根は明るく、人付き合いも悪くない。映画を見て、友達と遊ぶ毎日に充実感を得ていた。

だからそれ以上は望まなかった。彼は未だに恋愛経験がない。そのままでいいと思っていた。

しかし、イツキに初めて恋愛映画ブームが来ることで、その考えは変わった。

続けて見ていくうちに徐々に恋をしたいという気持ちが芽生えてきたのだ。

そこに自分のことを気になっている女の子がいると聞いたイツキはその子を口説くことにするのだが、なぜか告白する前にフラれてしまう。

 映画は特別なものだ。

 一つの作品につき約二時間。娯楽に費やすには長く思えるが、普通に生きていたら得られない人生をたった二時間で簡単に追体験することができると考えれば、娯楽には収まらない価値があると言えるだろう。

 だから僕は映画が好きだ。更に言えば映画館で見る映画が好きだ。

 視界いっぱいの画面はすごい迫力で、様々なシーンが脳裏にしっかり焼き付いていく。それから全身に染み入るように波打つスピーカーも家庭では決して味わえない。

 映画館で見る映画はまさに宝である。ここに来れば間違いなく貴重な時間を過ごすことができる。

 だからデートは迷わず映画館にした。間違いないはずだ。

 ……間違いないはずだった。


「あなたのこと好きじゃないから」


 リオは唐突に言った。びしゃりとコップの水をかけられたように思った。

 それまではその日見た映画の感想を語っていて、あるシーンがどうしても引っかかってしまったので一緒に見た彼女がどう思ったか問いかけたのだ。

 しかし、その口から出てきたのは僕の期待した答えではなくて、脈絡のない死刑宣告だった。


「なんて?」

「だから、あなたのこと好きじゃないの」

「うんうんうん。いきなりどうした?」

「あなたのこと好きじゃないの」

「botかな?」

「だからもう誘ってこないで」

「え、ちょっと待ってよ!」


 彼女は言いたいことだけを冷たく言い放って、僕の制止なんて気にも留めずに去っていった。

 あまりのショックに頭の中には何も浮かんでこない。ただ冷房の風がやけに冷たくて、コップの中身はそのまま残っているのに服がびしょびしょに濡れて重くなったように感じる。周囲の冷たい視線がチクチクと全身を刺してくるので、僕は慌てて会計を済ませて外に出た。

 それから呆然としたまま歩いて帰った。

 なぜあのようなことになったのかなんて考える余裕はなかった。楽しかった思い出が走馬灯のように浮かんでくる。と言ってもアプローチを始めたのは最近のことで思い出は少ない。だから何周も同じことばかりが頭の中を駆け巡っていた。

 初めてのデートは三ヶ月ほど前、話題の恋愛映画を見に行った。

 女の子と二人きりで出かけたのはこれが初めてのことだ。今まで心の中でひっそりと思うことはあっても、その気持ちを相手に伝えたことは一度もなかった。真っ正面からアプローチをするのも初めてで、何をしていいのかもわからなかった。だから終始これまでにないくらい緊張していて、映画を見ている間は隣の席に座る彼女に気を取られ、映画の内容なんて一つも頭に入っていかなかった。

 僕は映画好きを公言していたから、まさか緊張して映画を観ることに集中していなかったとは恥ずかしくて言えず、断片的な記憶を頼りにそれらしいことを並べるのに必死になった。

 その日の夜は後悔で眠れなくてベッドの上で悶えた。道半ばで引き返すことはできないと攻め続けた。

 リオは一年生の時のクラスメイトで、その頃から親交が続いているグループにいた。休日はそのメンバーで遊ぶことも多くて、二人きりで出かけるタイミングは取りづらかった。メンバーの誰かが予定が合わなくて集まらないことになった時に誘った。

 映画館に行って、近くの喫茶店で感想を言い合って、他愛ない話をしながら家まで送る。

 リオを送るためのいつもの帰り道。今は横にいないのに無意識でこの道を辿っていた。

 今日は告白するつもりだったのだ。ちょうど今、この場所で。

 だからショックも大きくて、気がつけば日が沈んでいた。


「ちょっと、なにしてんの?」

「え?」

「え、じゃないわよ。こんなところでぼーっとして危ないでしょ」


 そこにはクラスメイトのユイが俯く僕を下から覗き込んでいる姿があった。

 ユイも同じグループにいて、二年生に上がってクラスメイトになったのは彼女だけだった。

 二人で話す機会も多く、僕は一番仲が良かったから喜んでいたのだけど、ユイは他の人たちとも遊びたがっていた。休日にまた集まるようになったのは彼女がきっかけだ。

 リオと話す機会が増えたのはそれからで、そのうちにリオが僕を好きなのだと知った。そう言って焚きつけたのはユイだった。


「おい、リオが僕のこと好きだって言ってたの、あれ嘘だったんだな!」

「は? 嘘じゃないし」

「だって好きじゃないって本人に言われたぞ!」

「ああ、フラれたのね」

「告ってすらないよ!」


 フラれたという事実を言葉にして突きつけられて腹が立ってきた。そもそも好きだって言うからアプローチしたのに、なんで告白もできずにフラれなくちゃいけないんだ。

 苛立ちを募らせている僕を見て、ユイはため息を吐いた。


「どうせ映画ばっか行ってたんでしょ」

「そうだけど?」

「デートでいつも同じことするのってどうかと思う」

「なんでだよ! 映画見るの楽しいだろ!」

「いくらなんでも退屈するよ」

「しないし」

「それはあなたが映画好きだからよ!」


 いつも映画しか誘わないから、僕は嫌われてしまったと言うのか。それはユイが映画好きじゃなかったから相性が合わなかっただけじゃないか。だったら僕は別に悪くない。


「ならいっか」

「それよ!」


 ビシッと風切り音が鳴りそうな勢いで僕を差した。その表情は険しくて、その指先はまるで拳銃のような恐れを孕んでいる。僕の考えが否定されると心臓が吹き飛びそうなくらいに跳ねた。


「……なんだよ」

「あなた、リオのこと本気じゃなかったんでしょう」

「は?」

「付き合えそうだったから」

「そんなことない!」

「そんなことあるって。リオのこと好きじゃないからちゃんと考えなかったんでしょ。一緒にいて楽しめているのか、何をしたら楽しんでくれるのか」


 核心を突かれた。また心臓が跳ねる。

 確かに自分のしたいことばかり押しつけて、どこに行きたいかなんて聞いたこともなかった。

 映画は至高のエンタメだ。だがその内容には僕だって好き嫌いがあって、それと同じようにそもそも映画を好きではない人がいてもおかしくない。

 話している時は笑ってくれていたけれど、あれも愛想笑いだったのか。そう思うと寂しい。


「そんなの、わかんねーよ」


 これ以上は考えたくなくて、不貞腐れて視線を外して呟いた。

 自分が愛されることばかり考えず、まず誰かを本気で好きになったらどうなのか。

 正論だ。僕は可能性があれば誰でもよかった。そんな気持ちでうまくいくはずがない。

 もうわかっているが、心の奥の方では映画を否定されたことが悔しくて仕方ない。この話の本質はそこですらないというのに。


「そうね……」


 恋なんて映画の中でだけでいいのかもしれない。

 そもそも映画館以外でどこに遊びに行ったらいいのかもわからない。自分には向いてない世界だった。帰って映画を見よう。

 

「ちょっと待ちなさい」

「もう十分わかったって僕が悪かったんだろ」


 僕は恋愛の世界に見切りをつけて、映画の世界に帰ろうとした。ユイはその肩を掴んで引き戻そうとする。

 気になっていた人に僕自身も大好きな映画も拒絶されて、その上行動を責め立てられて、こんな苦しい思いは二度としたくない。


「そうじゃなくて、今度の土曜日空けておいて」

「なんで?」

「デートに行くの」

「なんで!?」

「わかんないみたいだから、わからせるの。どうやって恋に落とすのか、その身を以って知るのよ」


 ユイは僕の腕に抱きついて上目遣いで言った。


「あなたに本気の恋をさせてあげる!」

「なんでぇぇぇぇぇ!?!?!?」


 こうして僕は好きな女の子に振られた傷も言えないままに、別の女の子とデートをすることになったのだ。

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