ストリーマー2話その2
ストリーマー2話その2
朝6時。
八起き亭で¨出勤前定食¨を頼むと、モーニングサービスで、おばちゃんが豆を挽いたコーヒーが出る。
高城がコーヒーを飲んでいると、高知新聞が配達された。
おっちゃんが受け取って、1面を見た。
「おいおいおいおいおいおい?麟太郎。写真載ってるぞ。総額12億の巨大イベント。県の経済効果は年間2億円。県在住YouTuber高城麟太郎さん(32)がゲストで招待…えふぴーえすふゅーちゃーってなんだい?」
「ゲームを作ってる会社。そのイベントがなぜか、高知空港の公園に来るんだ」
「へぇ~驚いた。かあちゃん聞いたか?ふゅーちゃーが来るってよ」
おばちゃんが厨房から出て来て、新聞を見た。
「うさんくさいね。わざわざ高知に来て、何たくらんでるんだか…腹黒知事がここまで笑ってさ。麟太郎気をつけな」
「何を」
「利用されないように」
おっちゃんが¨出勤前定食¨を運んできた。
フリーランスゲームクリエーター能登島秀彦は、2カ月前にFpBと技術提携契約を結んだ。脳無線ラン技術の提供をする代わりに、車載タイプの流体コンピューターを無償提供された。
能登島は、車に機材を載せて作業する。元F1ドライバーのチャーリーを2代目ドライバーに雇っている。
車両も提供された。
FpBが用意してくれた、駐車場付きの一戸建てに滞在している。高知空港から1時間の場所に有る。
FpBフューチャー開催期間中は、会場に張り付きになる。流体コンピューターに慣れなければならない。しかし、脳無線ランの性能は倍のスピードであがって行く。
イヤホンタイプのウォークマンの仮ケースも、専用の耳クリップタイプに小型化した。
これをYouTubeストリーマーの高城麟太郎にカスタマイズしなければならない。
脳無線ランは、手足の動かない障害者向けに能登島が開発した。
脳の視覚野 聴覚野 言語野に無線ランでアクセスしVR空間の身体を動かす。他の運動野などは連動する。障害者はVR空間で動く手足を得る。
FpBは、ボディシミュレーターの開発を中止し、脳無線ラン開発に切り替えた。
FpBフューチャーでの脳無線ランデモンストレーションは、脳によるダイレクト操作と言う新時代の到来を告げる事になる。
日曜日11時。
能登島はチャーリーの運転で、高城の自宅玄関に横着けした。スマホで電話すると高城が出て来た。
格闘家の体格をした、鋭い目のスカルフェイスが現れた。
運転席の後ろに有るハッチから乗り込んでもらう。
「初めまして能登島です」
高城は、後部車内を埋め尽くす松本零士ワールドの機材にたじろいた。
「じゃあ。これを…」
能登島は、輪になった脳無線ランルーターを高城の両耳に掛け、クリップで耳たぶに留めた。
「では。両耳の耳たぶを、長押しでつまんでください。それで操作ロックが解除されます」
ヒュンと音がする。
「脳無線ランを起動します。目を閉じてください」
LOADINGの文字が浮かぶ。
「気持ち悪かったり、息苦しくなったら目を開けてください。それで、シャットダウンします」
文字が消えて、視界が開いた。
砂浜で椅子に座っている。
「動かないでください。現実の身体に行く信号を、流体コンピューターに迂回させます。これで、VR空間で動いても現実の身体は動きません。高城さんにカスタマイズして行きます」
SCANの文字が浮かび、数秒で消えた。
「では。立ってみて下さい」
高城は椅子から立った。
「嗅覚と触覚、聴覚の感度を上げます」
磯の香りがして、波の音がする。風が髪を揺らし、頬を撫でる。
「歩いてみて下さい」
砂浜に足が取られる。
振り返る。
「摺鉢山?硫黄島か」
「FF3の硫黄島マップです。M1903を出します」
左手に狙撃銃が現れた。
「実銃の感覚を思い出して下さい。リコイルは実銃の50%から行きます」
構えると、肩に懐かしい感触がした。
右側の板状のレバーを上げて、ボルトを引く。逆操作で入れて構え、頬付けする。
トリガーを引くと軽い衝撃が肩にくる。
「リコイル100%にします」
ボルトを引くと排莢される。
戻し撃つ。
「じゃあ。目を開けて下さい」
能登島の車の中だ。空中にshutdownの文字が浮かぶ。
消えると、能登島は耳から脳無線ランルーターを外した。
「製品版は、このカスタマイズを自動で10秒で出来るようにします」
「リコイルコントロールが、実銃ですね」
「若干、違うレベルまで来てると思います。M1903はグアムで実銃撃ってるんで、感触も寄せてます」
「製品版の完成は、いつ頃です?」
「調整自体は、13カ月で完了します。問題は厚生省の認可ですね。海外は認可がいらない国も有るんですがね…FpBがなんとかするって言ってます」
「プレイヤー側の端末は?」
「流体コンピューターを作ってる下村電子部品がもう、タブレットサイズの試作品を作ってるんです。価格も3万円を切るらしい。ハードはもう、下村電子部品の一人勝ちだ。安くライセンス生産契約する話も出てる」
「何もかも過去になるんですね。突然」
「この波に乗るしかないでしょう。乗れようが乗れまいが」
しかし。過去の既得権益者達に、この波は見えない事を。能登島も高城も知らなかった。