前世、愚かな死に方をした友には今世は幸せに笑っていてほしいから、全力でヤツをヤろうと思います。
西の国の森境の領主夫人とビビの会話。
二人は仲良し。たぶん。
誤字修正しました。
誤字報告ありがとうございます。
さあどうぞ入っていらして。
ビビ・マイヤー殿。
忙しいところ呼び立てに応じていただき感謝いたしますわ。
……あら、いかがいたしましたの? お顔がひきつっていましてよ? なんで完全装備? 魔力も満タン?
ふふ、おかしなことを。ここは黒の森の境の地、ましてや魔物たちが森から溢れると予言され、それがいつ起こるか分からない地でしてよ?
そして、私はこの地を治める領主の妻。「今」森が溢れても抜かりないように万全の態勢でいることがそんなにおかしいかしら? ほほほ。
そう、元々この地は、日頃からいつ魔物たちとの戦いになっても対応できる森境の辺境の地。ビビ殿も魔物討伐に薬師として加わるためにこの地にお出でになったのでしょう?
あの、愚か者の依頼で。
あら? ビビ殿、そんな深いため息をついて。ため息をつくと若さが逃げていくと言うではありませんか。まあ、あなたは少し年相応になるためにたくさんため息をつけばよろしいわ。二十代の半ばを越えて子どももいるのに十代みたいなお顔だもの。
え、ため息をついて逃げていくのは幸せ? そんな些末なことはどうでもよろしい。
それで、ビビ殿。私に呼ばれた理由は分かっていて?
ええ、先日館の皆に都合してもらった肌を整える化粧水は本当に素晴らしいわ。回復薬の精製に影響のない範囲で構わないから、引き続き納入してちょうだい。
え、新しく化粧油を開発した? もちもちなのにベタベタしない?
……それも頂くわ。おほん、あなたの商売根性も大したものね。全部置いて行きなさい。館の皆で試します。特に手に塗る軟膏は水仕事をする者たちには大好評よ。
それも大事な話なのだけど、本題にたどり着かないわね。今日はもう時間がないわ。
あなた、最近ディリアと仲良くしているそうね?
ええ、そうよ、あなたが今住んでいる家の隣の娘よ。よく飲み屋にも二人で行っていると言うけれど、……最近、ディリアの様子に変わった所はあるかしら?
例えば、元気がないとか。
な、何よ。その「あらあらぁ」とニヤケた顔は。
違うのよ、旦那様や町の爺共のように「リアたん」なんて気持ちの悪い呼び方してないんだからね!
その「はいはいわかってますぅ」って顔、腹立つわね。
で、どうなの?
軽い気持ちで婚活して失敗して落ち込んでいたと思ったら従軍して、あの子ったら本当にその場その場の考え無しで。
しかも、……前の人生をしっかり覚えているんでしょう? 今まで全く話題に出さなかったのに、ビビ殿には話していると言うではないですか。酒場で。
今日、昼過ぎには王都から派遣隊が到着します。もちろんあの男も。
ディリアはあの男について何か言っていなかったかしら?
気持ちが引きずられそうで怖い……と?
そう、あの子は本当に……あの男のせいで人生も命もままならなかったというのに、まだそんな「気持ち」なのね……。
黒の森から魔物が溢れるという国難の前に、一個人の気持ちなど霞のようなもの。ましてや、私は領主の妻です。私たちの背には何万もの無辜の民がいます。この町が滅びれば、西に広がるフリューソス平原も死地となり、民は魔物に殺されなくともやがて餓死するでしょう。
え、フリューソスって? 私はとても真面目な話をしているのに、あなたは本当に緊張感のない……。もう、この町の西側一帯に広がる穀倉地帯ですよ。とても恵まれた大地で、この大陸の食料の大半を担っていると言っても過言ではありません。あなた、この地に来て結構経つでしょうに、勉強が足りませんわよ。
誰かにも同じことを言われた? ならば学びなさいな。
そういえば、旦那様が言っていたわね。ビビ殿と話していると、世間から隔離されたどこぞの山奥から下りて来た人と話しているような気分になると。幼子が知っているようなことも知らないのに、作る薬は一級品。その知識のチグハグさ……まるで異世界からの落ち人様のよう。
ほほほ、笑って誤魔化しても駄目ですわよ。
まったく、あの男は面倒な事情のある者ばかり集めて……。もげろ。そしてハゲろ。
何か聞こえまして? ほほほ。
なんでディリアを気にするのかって?
もちろん、大事な我が領民ですから……ハイハイ、そういうのは要らないのね。では、言いますが、これを聞いたらビビ殿には私の願いを聞いてもらうことになりますが、よろしくて? 内容? それは後で申しますわ。おほほほ。
もちろん、非人道的なことやビビ殿に出来ないことは望みませんわ。
で、お聞きになるのかしら? (ニッコリ)
ちょっと、鳥肌立てながら頷かれたら、まるで私が脅したようではありませんか。人聞きの悪いこと。
で? いかがなさるの? もちろん、ディリアにとっても……とっては、まあ、ええ、意見の分かれる所かしらね、ええ、そうね。悪いようにはならない、はず。ええ、たぶん。
目が半分閉じていますわよ。
で、よろしくて?
そんな悪魔と契約するような覚悟は要らなくてよ。
ディリアからあの子の前世の話はどこまで聞いているかしら。
前世は王兄殿下の婚約者で王兄殿下の魔力が暴走しないように「婚姻の誓約」を結んで側にいた。
前世のディリアは王兄殿下を愛していたが、王兄殿下は何故か前世のディリアを嫌い、王兄殿下が十三歳の時に皆の前で浮気した。
前世のディリアは、じゃあ身を引こうということで、婚姻の誓約はどちらかが死ななきゃ解けないから、十八歳で自ら「病死」した。
王兄殿下はディリアの臨終の際に「愛してるのはお前じゃない」とわざわざ言いに来た。
……客観的に聞いてみるとよりひどいわね。
ディリアはそんな扱いをされたどこに「気持ちが引きずられそうで怖い」なのかしら……あの子の感性も昔から謎ね。
前世のディリアの名は、マーリア・アシューミ。
反応が無いということは、あなた、まさかと思うけれど、この地の領主の家名を知らないの?
……私の名は知っていて? 「オカタサマ」は領主の妻の呼び名です!
私の名はアステ・アシューミ! 旦那様であるこの地の領主はヨルゴス・アシューミ! それくらい覚えておきなさい!
カタカナヨワイって何の呪文ですか。あなたは本当に、全くもう。よくそれで母親が務まりますわね。ああ、だからあの子はあんなにしっかりとして。(納得)
おほん。ディリアの前世は、旦那様の妹のマーリアです。私の生家は隣の領地ですので、マーリアとは友と言える間柄でしたのよ。
マーリアが五歳の時に王兄殿下がお生まれになりやがり、婚約者となって王都で暮らすようになっても、頻繁に手紙をやりとりしたり、私が王都に行った際にはよく会ったりしたものです。
なんですか? そのお顔は。なんでディリアが前世のことを話していないのにマーリアの生まれ変わりだと知っているのか、と?
あなたはそういうところは聡いのですね。
マーリアは十八歳の時、愚かな男のために、愚かな道を選びました。
そして、翌年、私たちの娘として生まれてきたのです。
あら変なお顔なさって。口を閉じなさいな。
今でも覚えていましてよ? 大きな産声を上げて、真っ赤な顔をして、何かを抱きしめようと両手を広げている可愛い姿を。
あの子を抱きしめた瞬間、私にはこの子は「マーリア」だと分かりましたの。
何で分かったかというお話でしたわよね。
ビビ殿、あなたには魔力がほとんど無いそうね。生活の隅々まで魔道具が浸透しているこの国ではかなり苦労しているのではなくて?
魔道具は魔力を流すことで使えるものですものね。
ああ、あなたは息子のユーリが魔力を込めた魔石を身に着けていらっしゃるの。それで魔道具に魔力を流して使用しているのね。
そんな「無力」な状況で一流の薬師として活躍されているからには、あなたにもあるのではないのかしら?
魔力とは全く別の「天恵」が。
ふふふ。警戒していますわね。天恵の話は公表している人もいますが、あまり公表しないものですしね。天恵の力は千差万別で、時に魔術よりも強い力のこともありますからね。
ああ、ビビ殿の天恵を暴こうなどと言う話ではありませんから、そのようにやたらと顔を崩さなくてもよろしい。
私も天恵がありますの。私は「魔力が見える」のです。別に隠してもいませんが、公表して回っているわけでもない天恵です。
ディリアをこの手に抱いた時、魔力の色と言いますか形と言いますか、それがマーリアと同じでしたの。
私も旦那様も我が子が誕生した喜びが一瞬で「恐れ」となりました。
王兄殿下の魔力は現在落ち着いているようですが、もしもこの先、殿下の魔力が暴走することがあれば、マーリアと同じ魔力を持つこの子を、また、奪われるかもしれないと。特に旦那様の恐れようと言ったら可哀相な程でした。
私たちはこの子をアシューミ家から出すこと決断しました。かといって目の届かない所へはやることも嫌でしたので、長く仕えてくれているロロノ夫妻に託し、市井に出しました。
結果、現在、あなたの隣の家の娘というわけです。
私がディリアを気にかける理由はお分かりになりまして?
本人は知っているのか? さて、私たちからは告げてはいませんが、旦那様と町の爺共の様子から察しているかもしれませんね。
町の人たちも気づいているのか、ですって?
それは、そうでしょうね。ディリアと旦那様、一緒に育っていないのに、仕草がそっっっくりなんですもの。
それに、あの子、よく歌うでしょう? それ、アシューミ家に伝わる歌なのですよ。町娘が知るはずのない歌。
町の皆も薄々だとしても気が付いているからこそ、あの子の婚活も失敗したのでしょうしね。……ひと睨みで魔物が逃げていく領主が舅になるわけですのでね。
で、私からのあなたへのお願いですが、二つあります。……一つなんて誰が言いましたか?
あらあら、領主夫人を睨んではいけませんよ。
一つ目は、あなた方親子は、できる限りディリアの側にいること。黒の森から魔物たちが溢れたら、私たちがあの子の側にいることは難しくなります。どうか側に。
自分は魔力も戦闘力もないただの薬師ですって?
もちろん、存じ上げていますわ。そのあなたが、息子のユーリと二人だけで魔物が出る黒の森近くまで入り、薬草採取をし、無事に帰って来ていることもね。
ビビ殿、私はあなたの息子の魔力の高さや、ましてや二人の天恵が何かなど、どうでもよろしい。
あなた方は「生き残る」。その事実だけで結構ですのよ。だから、できるだけディリアの側にいて、あの子ごと生き残ってちょうだい。
二つ目は、この先、何があろうと、ディリアの幸せを後押しすること。あの子の幸せはあの子が決める。けれども、あの子は……臆病だから、背中を押してあげることも必要になるでしょう。例え本人が嫌がっても。あの子の心を暴いてでも。
私がやればいい? そうね。陰ながらですが私もそうしますわ。でも、そんな手はたくさんあってもいいでしょう?
私と旦那様の愛する「リア」は、今度こそ幸せに笑っていてほしいのよ。
さあ、そろそろディリアとの約束の時間ではなくって? なんで知っているかって? ほほほ。酒場で内緒話などできませんことよ? 一緒にあの男を見に行くのでしょう?
では、どうか、よろしく頼みましたよ。
ああ、化粧油も早めに。
私もあの愚か者を迎え撃つ……出迎えなければなりませんし。準備? ご覧のとおり万端でしてよ。町に被害は行かないようにいたしますわ。ほほほほほほ。死ななければあなたの薬で回復できますわ。
……許すことはありません。
ですが、見えるけじめは必要です。
……お楽しみになさって?
ひきつった顔のビビが部屋を出て行く後ろ姿を見ながら、アステは溜息をついた。
異世界からの落ち人は扱いが難しい。ましてや、本人は必死で隠しているが何らかの強い天恵があり、産んだ子は、どこぞの血を引く魔力の強い子。手が離れた上の息子は死に別れた結婚相手の連れ子だというが、その剣捌きは南西の国でも有名だったとか。そしてその上の息子は今、数年前に落ち人に絡んだ騒動を起こした東の国にいるという。
黒の森が溢れる予言がされ、周辺各国からは人的もしくは物資の支援が来ることになっている。
もちろん東の国からも。
王兄殿下は、黒の森が溢れると予言されてから、各国からの応援とは別に、冒険者や研究者など、様々な人材を雇い、時には招聘した。
ビビも薬師として雇われたうちの一人。今日は当のあの男がこの地に到着し、そしてまもなく、北の国の魔術師の子孫が招聘されて来ることになっている。
数十年前、北の国で黒の森が溢れた時、当時の異世界の落ち人様が魔術で森を封じ込めたことは、大陸中が知る事実である。
しかし、北の国の魔術師は不思議なことに、後世に細かい記録を残していない。自分の名前さえも、魔術の誓約をもって流布を禁じた。
唯一、自分の子、そして続く子孫にだけ、黒の森から魔物が溢れた時のための「何か」を残していると言われている。
アステは自然に刻まれる眉間の皺をもみほぐした。魔物だけでも命懸けなのに、次々と厄介事と難題が、この地に集結しつつある気がする。それらが領主である愛する旦那様に降りかかってくる予感がビシビシとしている。
そして、魔術師の予感はほとんど外れることがないのは、アステ自身が身を以て知っていることであった。
ともあれ、まずは、あの愚か者にけじめを。
自分の大切な友の思いと命を蔑ろにし、愛する旦那様と義両親の心に癒えぬ傷を負わせ、何よりも愛しい我が子を手放すことになった元凶。
例え本人が許しても、アステは許さない。
友のため、我が子のため、アステはヤる気に満ちていた。
その「けじめ」を愛する旦那様に横取りされ、一ヶ月にも及ぶ夫婦喧嘩に発展するのは、また別のお話し。
読んでくださり、ありがとうございました。