第四話 ココロ・サイドラ
お兄ちゃんが飛び出してから小一時間ほど経った。
私とリーフさんは街の上空を飛びながら、飛び出して行ったお兄ちゃんを捜していた。
翅があるのに飛べない。
それは、空を飛ぶ事を病的なまでに求めたお兄ちゃんにとって、絶望でしかなかっただろう。
死んでまで手に入れた欲しい物が、実は紛い物だと突きつけられたんだ。
「リーフさん」
私は傍で飛んで、一緒にお兄ちゃんを捜してくれているリーフさんに聞いてみた。
「リーフさん。なぜ、お兄ちゃんの翅には精神や魔力の回路が無かったんですか?」
聞けば、分かると思っていた。そうすればお兄ちゃんの翅を治せる。
「そうね。さっき区長の探知魔法で私も見たけど、アオちゃんのお兄さん。カラスさんの翅には本来ある筈の回路や器官が皆無なんです」
それは、さっきも聞いた。
「それ治せないんですか? あと、魔力回路って何ですか?」
神経回路はわかるけど、魔力回路って何? 大体予想はつくけれど。
「また学校でも習うとは思うけど、簡単に説明すると」
リーフさんはそう前置きしてから説明してくれる。
「魔力回路っていうのは、体内にある魔力の通り道のことで、それは私達の翅にもあるの。……一旦降りましょう」
そう言って、リーフさんはゆっくりと下にあるどこかの高台に降り立った。私もそれに続く。
「私達妖精の翅には、神経回路と魔力回路の他にフェインっていう器官があるの」
高台に降り立ち、手近なベンチへ座ってからリーフさんは話す。
「フェインっていうのは、飛ぶための魔力を翅全体に広がらせる器官のこと」
リーフさんは立ち上がり、翅を私に見せる。
「体内の魔力が回路を通ってフェインに。そしてフェインから翅全体に魔力を伝える」
リーフさんのクリアグリーンの翅から緑色に淡く光る小さな粒子が舞う。
「この粒子が翅全体に魔力が伝わった合図。でも、気をつけて」
そこでリーフさんは区切って、真面目な顔つきで言う。
「一度翅全体に魔力が伝わったら、回路からフェインへの魔力供給がストップするの。そして飛んで翅の魔力を使い切るか、飛ぶのを止めたらまた開始されるの」
「翅の魔力が無くなった場合はどうやったら回復するんですか?」
私の質問にリーフさんは即答する。
「大抵の場合はある程度休憩すれば、回復するわ。個人差はあるけどね。あと回復途中でも飛べないことも無いけど……」
そこで一呼吸置き、続ける。
「止めておいたがいいわ。翅だけじゃないけど魔力が尽きたら、倦怠感に襲われて結構しんどいから」
なるほど。
「ま、詳しいことは学校で習う筈だから。さ、多少休憩も出来たし、もう一度空からカラスさんを捜すわよ」
それに頷き、私たちは翅を出して再び空へと飛び立つ。
お兄ちゃん。一体どこに行ったのよ。
上からお兄ちゃんを捜していると、前方に高い尖塔が見えた。それはこの街の中央部にある。シンボルタワーのように感じられた。
その塔はやたらと高く、今私たちが飛んでいる位置もそれなりに高いが、眼前の尖塔はその倍以上に高い。
その尖塔を下から見上げる。陽の光が眩しくて、目の上に右手をかざす。
本当に高い。これ何階建てになるの?
「どうしたの? アオちゃん」
私がホバリングをして塔を見ているとリーフさんが声を掛けてきた。
「いえ、この塔何かなぁって思って」
「ああ。この塔はウィーンと言って、この街のシンボルなの。あと、塔の最上階は展望デッキになってて、皆遠くへ行く時はそこから飛んでいくの」
なるほど。塔に登って高度を稼ぐのか。
「それにしてもアオちゃん。いつの間にホバリングが出来たの?」
リーフさんがそう問いかける。
「何となく。感覚で」
私はそうやってアバウトに答える。実際そうだし。
「すごいわね。新人が一日でここまで出来るなんて」
リーフさん曰く、自在に宙を飛べるようになるまで、最低三日、ホバリングは最低でも一週間はかかるらしい。
どちらもちゃんとした指導者の元でが大前提である。
「アオちゃんは飛ぶ才能があるわね」
リーフさんはそう言ってくれたけど、その言葉。本当はお兄ちゃんが言って貰いたかった筈なのに。
私が貰っちゃった。
「ぉぉぉぉぉぉ!」
突然上から、叫び声と共に何かが降ってきた……いや、落ちてきた。
「お兄ちゃん!?」
声の主はお兄ちゃん。
お兄ちゃんは叫びながら落ちていった。
私は無我夢中で、翅を操りお兄ちゃんの元へ全速力で飛ぶ。
追いつけない。手を伸ばしてもギリギリ届かない。
お兄ちゃんの向こう。レンガ敷きの地面があと数秒後にまで迫る。
「ウィンクッション!!」
誰かの、恐らくは魔法を唱える声が聞こえた。
私たちの落下地点が突如、大量発生した羽毛で埋め尽くされる。
お兄ちゃんは私より先に大量羽毛に突っ込む。その時に羽毛が数枚宙に吹き上げれる。
私は翅を動かし、何とかブレーキをかける。そして羽毛の少し隣のレンガ敷きの地面に足の裏から着陸する。
羽毛の横に立ち、誰がお兄ちゃんを助けてくれたのか周囲を見渡す。
すると、一人の少女が手のひらを前に突き出して近づいてきた。突き出された右手首には白色に淡く光るブレスレットがある。
その人は銀髪のショートヘアで、大きくクリっとした緑色の両目が特徴的な、可愛らしい女の子。
肌は色白で背は低く、とても幼い容姿をしている。
彼女は薄緑色のレオタードワンピースと、その上から白のカーディガンを着ている。
彼女はキレイな桜色をした唇を動かし、幼くも凛とした声音で言葉を紡ぐ。
「ふぅ。何とか間に合って良かったです」
「助けて下さり、ありがとうございます」
頭を下げて、お礼を言う。
それから、羽毛の中からお兄ちゃんが出て来て、お兄ちゃんも助けてくれた彼女にお礼言う。
「どういたしまして。それと、お兄さん。飛行魔力が回復していないのに飛ぼうとしたら、ダメじゃないですか!」
そう言って、諭すようにお兄ちゃんを叱る。
叱られて項垂れるお兄ちゃん。
「あの、本当にありがとうございます。私、アオ・ソラジマって言います。それから、この人は私のお兄ちゃんで」
「カラスと言います」
私の言葉を遮り、そう名乗るお兄ちゃん。
「アオさんにカラスさんですね、覚えました。私はココロ・サイドラと言います」
ココロさんは深々と笑顔でお辞儀をして自己紹介してくれた。




