第二話 翅飾り
梢から漏れる陽光の中、俺は肩越しに背中を見る。今、翅は出現していない。
どうせあっても飛べないのだから、集中をやめて、というか絶望で出来なくなって翅は姿を表してない。
「飛べないとなると面倒ね」
リーフさんは思案に耽り、何かを思い付いたのかドレスのポケットからスマホ大の黒い板を取り出した。
そしてそれを自身の右耳に宛てて話し出した。
もしかして携帯か。
妹は少し上を飛び回って遊んでいる。羨ましい。
嫉妬と羨望の眼差しを妹にやって、また自分の背中から翅を顕現させる。
肩と背中を動かしても翅が動いている感覚は全く無い。ため息が溢れる。
リーフさんに目をやると、もう話は終わったのか携帯を仕舞って俺達。特に飛んでいる妹を呼ぶ。
「今、区長に連絡してタクシーを回して貰ったわ。あと数分もすれば到着すると思うわ」
妹が降りてきたのを見計らって言う。
「カラスさんも、そう落ち込まないで。街に行ったら何で感覚が無いのか、調べることが出来るから」
落胆する俺を元気付けてくれるリーフさん。
その時、身体が妙な感覚に包まれる。その刹那、俺達は森の中から、別の場所に移動していた。
そこは太い藤の様な物で編み込まれた頑丈なカゴだった。
広さは俺や妹、リーフさんの三人が乗ってもスペースが余る程だ。恐らく、あと三、四人は乗れるんじゃないだろうか。
頭上を見上げるとそこには大きなコウモリ似の翼を持つ灰色の鱗で覆われた巨躯のトカゲ顔生物。
ファンタジーの代表的な生物、ドラゴンだ。
どうやら俺達三人はドラゴンが持つゴンドラに瞬間移動した様だ。
ゴンドラから顔を少し出して下を見る。
下には広大は森がある。広さだけで言うなら、樹海と呼称したくなる程だ。
灰色のドラゴンが大きく羽ばたき、直進する。
「これがタクシー?」
妹がドラゴンを見上げながら呟く。
「何で、空を飛べるのにタクシーがいるんですか? リーフさん」
「リーフでいいわよ。それは買い物や引越しの際に大荷物を運んで貰ったり、怪我や病気等で自力じゃ飛べない人のためにあるのよ。あと長距離なら、ドラゴンの方が速い」
「なる程」
大人しく俺も説明を聞いて納得する。
軽く雑談をしていると、大きな塔の様な物が見えてきた。そしてゴンドラから顔を出して見下ろすと、レンガや石造りの家々があった。
街に着いたらしい。確かに速い。物の三分で街に到着したぞ。
街の大きく円形に開かれている所にドラゴンがゴンドラを下ろして着地する。
「さ、着いたわよ」
ゴンドラから降りて辺りを見回す。
広場には様々な人がおり、小さい子供や、十代後半位の少年少女。大人もいて結構賑わっている。
「こっちです」
リーフに案内されて、大きく立派な屋敷に到着し、中から執事風の老紳士が出てきて、俺達を応接室へと案内する。
応接室で立派な革張りのソファに腰を落としす。
このソファ、めっちゃ沈むんだけど。
妹は緊張して、腕を絡めてくる。そしてまた妹の大きい胸が服越しに当たる。
一、二分して応接室に現れたのは、ゆったりとした緑を基調とした着物を着込み、腰まで伸ばした黒髪ストレートの妙齢の女性。
「貴方がたが連絡にあった新人さん達ですね。初めまして。私はここ第三地区の区長を務めておりますリファー・フォールドと申します。あなた方を案内して下さったリーフの姉になります」
それに首肯する俺と肯定の返事をする妹。すぐ後で俺達もそれぞれ自己紹介する。俺は当然ここでもカラスと名乗る。
それから小難しい話になるが、要約するとこうだ。
この街アイルンに住んで貰うから、住民登録や居住区の手配。あと、この世界アルヴとアイルンの規則や法律の説明。
あと俺達が新人で十代半ばということで、ここの区が運営する学院にも通ってもらうとの事。
「さて、ここまでで何か御質問はありますか?」
特に質問は無い。妹も無いようだ。
訳が分からず来た世界で、ここまで至れり尽くせりにしてもらって、感謝しかない。
「それでは次に、カラスさん。貴方は御自身の翅の感覚が無いと聞いています。こちらに翅を見せて貰えませんか?」
区長の言う通りに俺はソファから立ち上がり背を向け、意識を集中し翅を出す。肩越しに出たのを確認する。
なんで、出すのは出来るのに感覚が無いんだよ! 心中でそう嘆きつつも区長に翅を見せる。
背後から区長の詠唱の様な声が聞こえる。
「スキャン」
区長の声が応接室内に響く。
何をされてるのか、背を向けているから全くわからん。
「これは!」
区長の驚く声。それに重なる様にリーフの声もする。妹はどうなっているのかわからず、不安げな声を出している。
「あの、何かわかりました?」
聞くと区長は声から察するに神妙な面持ちをして答える。
「カラスさん。貴方はショックを受けるかもしれませんが……貴方の翅には一切の感覚器官がありません」
どういう事?
半ば思考を放棄して疑問を口にする。すると区長は俺の背中。肩甲骨の少し上に手を置いて続ける。
「本来ならここから翅にも向かって、神経回路や魔力回路等が伸びているのですが、カラスさんのは、翅に本来ある筈のそれらの回路や器官が一切無く、まるで装飾品の様に翅が付いているだけなのです」
聞かされた衝撃的事実。
せっかく手に入れた空を飛べる翅は、ただの飾り物。
僅かな希望が絶望に変わった。




