第四話(最終話) 成し遂げる
自ら囮となって異星人の潜伏先から命がけで智美が持ち帰った情報をもとに、スーパー科学者ジェニファーが地球人類の犠牲なく異星人の危機を救う手立てを考え出し、智美の協力のもと創り上げた成果を手に今度は二人で異星人と対峙する。いよいよ本シリーズの完結編。
東京郊外某所のゴミ屋敷の蝶番が半分外れたドアの間からオレンジ色のつなぎを纏った小柄な女性がにゅっと姿を現した。朝日に直撃され眩しそうに自らの視界を掌で遮る。
「ジェニファーここはどこだ?」
骨伝導送受信機は沈黙したまま。
「おいジェニファー、さっきまでそっちにいたじゃないか!」
ジェニファーが限られた時間内の彼女のミッションに既に没頭していることに気付いた智美は、ゴミ屋敷の臭気に鼻をつまみながら自分の身体を片手でまさぐる。
「チ~、金属製品は全て取り上げられたんだった」
舌打ちしてそうつぶやき、諦めたように溜め息を一つついてから、智美は左右を見回し当てずっぽうで歩き始めた。道行く人に声を掛けて訊ねようかと思ったが、朝の閑静な住宅街におよそ似つかわしくないコンバットスーツ姿のそれも手ぶらの女に、あまり多くない行き交う人々は一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべたり、ハナから露骨に顔をそむけたりして、関わりたくないモード全開で”おかしな奴”から十分な距離を置いて通り過ぎて行く。
「すんなり帰っとけばよかったな」
重ねて舌打ち。異星人の真ん前であまり手のうちを明かしたくなく、瞬間移動能力を使うのをためらったことを後悔する。電柱や道路沿いの家々の住所表示を頼りに自らの居場所を概ね特定し、通行人の流れに乗ってなんとか私鉄駅前に辿り着いた。
「あったあった。一文無しじゃ電車にも乗れないもんな」
智美が駅前広場にある交番に向けて駆けて行く。
「あの、すみません。特殊災害対策庁のものですが、出動中に携行品全てを紛失してしまいまして、本部と連絡を取りたいんですが」
交番前に立っていた中年の警察官は困惑した表情で智美の頭の天辺からつま先まで視線を二回上下させる。智美は彼の目に留まるようオレンジ色のコンバットスーツの左胸に付けられた”SDTU” と花文字で刺繍されたワッペンをこれこれとばかりに引っ張り上げる。
「はいはい良く似合ってると思うよ。こんな可愛らしい隊員さんはご本家にもいないだろうね。だがねお嬢さん、コスプレ趣味を否定するつもりはないが、お披露目は仲間内でやってもらえないかな」
「これそんな似合ってますかね?よく衣装に着られてるって言われるんですけど」
ユニフォームの両肩を摘んでポーズを取るのも束の間。
「いえいえそうじゃなくて本庁に照会してもらえばわかることなんで、連絡をお願いします」
「”おたくの隊員さんが手ぶらで街の交番に駆け込んできたんですけど”なんて、末端の派出所の本官の権限じゃ訊けるわけないでしょ。お嬢さん、ゲームはこれくらいにしておかないと、よく言う公務執行妨害ってやつになるんだよ!」
右手の人差し指を振る警官の口調が強まる。通行人のリアクションと同じ警官の対応に、焦りの混じる半笑いを浮かべ、
「もうしょうがないなあ。じゃあ自分で帰りますんで電車賃五百円貸してください」
右手を差し出した。
「おいおいそれは寸借詐欺というれっきとした犯罪行為だよ。大人をからかうのもいい加減にしなさい!」
興奮した警官の人差し指が今度は智美の鼻先に突き付けられ、わなわなと震えている。
「もう、だ・か・ら!」
プッ、プウ~!のん気なクラクションの音に後ろを振り向くと、自分と同じユニフォームに身を包んだ男が、”SDTU”とボディにオレンジ色でマーキングされたシルバーの4WDの運転席から身を乗り出す。
「お巡りさんすいやせん。イタズラ娘を回収に参りやした」
クラクション同様のオフ状態の彼らしい聞き馴れたゆる~い口調。
「上原君!」
「なりはちっちぇえんですけど、異星人も裸足で逃げ出すとっても強えお姐さんでしてね。ついでに気が短けえときますんで、手が出る前に間に合ってよかったっす」
たぶん今の自分と同じなりで交番の前に立てば間違いなく同じ目に遭うだろう上原の軽いノリに、智美は警官に見えないよう俯いてプッと吹き出す。
「えっ、君、いやあなたはホ・ン・モ・ノ……」
「丘一等陸尉、任務を終え帰還いたします。お騒がせいたしました」
キリリと眉尻を上げて胸を張りコンバットブーツの踵をカシッと揃え直立不動、さっと挙手の礼をする智美に、警官は敬礼も返せず真っ青な顔で身体を硬直させたまま、きれいな回れ右をして颯爽と立ち去る彼女を呆然と見送った。
「お、お勤めご苦労様でした!」
「ただいま。ジェニファーから?」
智美が助手席に乗り込んでドアを閉めると、4WDは霞ヶ関へ向けスルスルと発進した。
「”位置情報データ転送しとくから迎えに行ったげて。ひょっとしたらあの娘、身ぐるみ剥がれて素っ裸で彷徨ってるかもよ”って、おばちゃんそのまま庁内ラボに駆け込んできました。まったくいい大人が二人して何やってんですか?けんか強えのと、おつむがいいのに結託されちゃ、俺たちゃ面倒みきれませんぜ。隊長もカンカンっすよ」
「ごめん。でも彼らイプシロン星系人の素性や目的が解り、一時休戦できた。ここからはジェニファーの出番、彼女ならきっと!」
後頭部がヘッドレストにポンと押し付けられる。上原の運転がいつもより粗いような気がする。
「イプシロンだかパンシロンだか知りませんけど、やっぱ自分で捕まったんですね。ルール無用、無鉄砲バカの雑班のでっけえ姉ちゃんをアメリカへ厄介払いできてホッとしてたのに、今度はクールだったはずの丘さんがこんな危なっかしいことし始めて……」
「しょうがないじゃない役割を引き継いだんだから」
智美がプッと吹き出す。”何言ってんすか?”といつものようにいっしょに笑ってくれると思った運転中の上原の横顔が、やにわに引き締まりこちらを一瞬睨みつける。
「一番哀れなのは高木だ。”丘さんいつもと違ってすげ~ケバキレイで、何か変だと思ってるうちに銃放って飛び出して、俺どうしたらいいかわかんなくて……”って、帰ってきてからこの世の終わりのように泣き崩れてたんですよ!」
高木が実は智美の変貌に気づいてくれていたことの小さな嬉しさは一瞬で、自分の無謀な行動の巻き添えにしてしまったことの大きな悔恨に俯くしかない。
「聞いてくれ丘さん、二度とこんなまねなしですよ!あんた一人の命だなんて思ってるなら、そいつは大きな間違いだ」
前を向いて鋭い目つきの上原の目尻が透明な液体で光っているようだ。仲間たちの心遣いを煩わしく思っていた最近の自分の愚かさに気づかされた。だが一方で今の自分には別の使命が。苦悶の表情の智美。
「上原君……ごめん、みんなにもほんとにごめん。でも私……」
「はいはい、な~んて、レロレロ~!ハラハラするのあいつで慣れてますけど~!偶には俺にもいいカッコさせてくださいよ。体はるのは順繰りに、ねっ!」
上原がチラリとこちらを向いてフニャっと眉尻を下げてペロッと舌を出す。
「上原君、ありがとう。これからもよろしくね……」
目の前に差し出されたごつい拳に自分のそれをぶつける。いつの間に智美の瞳も潤んでいた。
翌日(異星人との約束の刻限まであと48時間)、上司たちへの無断行動の釈明(上原の気遣いで拉致は”不測の事態”で決着)は智美に任せ、ラボラトリーに独り籠り切りだったジェニファーが、始末書作りに四苦八苦のその相棒を呼び込んだ。
「時間がないので結論から、智美、ドナーになって」
ジェニファーによると、糀谷のかつての論文の精査と自らの考察により、地球人類に犠牲者を出さずイプシロン星系人の要求を満たすための課題は二つ。
・人体を傷つけずゲンロンを特定して取り出すこと
・取り出したゲンロンを急速培養し多量に精製すること
糀谷の論文ではゲンロンの存在場所は妊娠活性化状態の日本人女性の子宮内粘膜上と特定しているが、安全な取り出し方の指針が欠如していた。ジェニファーは仮説を立て、内視鏡を利用した極小部分的な粘膜の削り取りでの対処法を見つけ出した。
「でもそれはあくまで私の仮説、誰も試したことはない。彼らの検査でゲンロン保有者だということがほぼ間違いないとすれば、あなたにお願いするしかないの。ゲンロン含有粘膜を取り出すことが出来れば、培養と精製については最新鋭の機器を使えばおそらく問題ないわ」
「もともとこの作戦は私の身体が彼らの追い求める必要条件に全て適合しているから始めたこと。私の体内の生成物でイプシロン星系人の危機が救え、日本に平穏が戻るなら喜んで協力するよ」
仁子から役割を引き継ぎ、一昨日初めてジェニファーの全面的なサポートのもと危険なミッションをやり遂げた。あの時自分は独りじゃなかった。今度は地球人類と異星人の期待を一身に背負って主役を務めるジェニファーを、まさに身をもって助ける出番があることに欣喜雀躍する智美。
「サンクスソーマッチ、サトミ!」
ボリュームたっぷりのジェニファーの身体が華奢な智美を包み込み、互いの頬が触れ合う。
「じゃあ今からいっしょに大学病院に行こう。オペ室は確保した。摘出作業は私がするわ。その間に北川や加藤たちに関係省庁に働きかけさせて、国立生化学研究所にある機器の使用許可を取ってもらっておく。あなたから取り出したゲンロン含有粘膜をそこへ持ち込み、私が抽出、培養、精製する。あと48時間、ギリギリだけど間に合わせるわ」
「なあジェニファー、忙しいとこ悪いが二つだけ質問していいか?」
感動の抱擁を解いて、おずおずと智美が問いかける。
「もちろんよ」
ジェニファーが両手を智美の左右の二の腕にそっと添える。
「一つ、その粘膜摘出手術って、い、痛いのか?」
SDTU隊員として、そしてスーパーヒロインに変身して、様々な責め苦や痛みに耐えてきたはずの智美の不安気な表情に、ジェニファーは笑いを堪えて答える。
「あなた胃カメラって飲んだことある?」
「ない」
「そっか。だとイメージ湧かないかもしれないけど、人間の身体には空洞がありそこへ通じる入り口がある。口、鼻、肛門そして女性にはヴァギナ。そこからカメラ付きの細い管を入れて、子宮の表面をちょっと掬うだけよ。麻酔も不要。内視鏡の管はとても細くてセックスより身体への負担は全然少ないわ。快感もないだろうけど」
ジェニファーが茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。
「あっ、わかったわかったもういい」
智美の白い頬にパッと赤みがさす。
「あら~、智美には刺激的な例えだったかしら?その歳でまさかねえ」
「うるさい!次の質問だ」
「どうぞ」
ついに堪え切れず吹き出し笑いをしながら、右掌を上に向けて相手に差し出すジェニファー。しかしここで智美の表情がキュっと引き締まる。
「ジェニファーは一連の作業中いつ眠るんだ?昨日も徹夜だったよな」
智美と仁子、”相手を気遣う”マインドは二人やっぱり同じなんだと、自らのひとを観る眼の確かさを感じてジェニファーの頬がまたゆるむ。
「三日間くらい眠らずに研究に没頭できなければ、私はコントレラス博士にはなれていないわ。今私の頭脳は新たな課題を与えられワクワクして活性化しているの。睡眠で阻害するのはもったいないわ。どうしても眠くなったらあなたの可愛らしくていかついその肩を貸してちょうだい」
智美が自分の両肩に目をやり一回二回と手で払ってから頷く。
「わかった。無理するなよなんて言えないけど……」
「あ~、どこかで聞いたフレーズね!このステージまで辿り着けたのは、あんな無理をした誰かさんのおかげでしょ」
「今の私には別の力があって……」
「そんなの関係ない。ここにいない仁子も含め私たち三人はチームなのよ。私のまだ見ぬスーパーヒロインとやらは、三人の知恵と力、そして心の体現者に過ぎない。あなた一人が能力と責任を背負ってるわけじゃないのよ。今は私のターン。智美は処置台で私に向かって黙って股を開きなさい!さあ行くわよ」
ジェニファーが拳を掲げる。
「ああ、そうだな」
一瞬の戸惑いの後、全てが吹っ切れたような満面の笑みでゴンと智美が拳をぶつけ返して、二人は病院に向かった。
更に翌日の朝(異星人との約束の刻限まであと24時間)、高いガラス張りの天井から朝の柔らかい光が差し込む国立生化学研究所のひと気のないロビーで、腕組みして所在無げにフロアを行ったり来たりする黒のデニム上下の人影。時々立ち止まるとなぜか自らの股間に手をやり、その何もない掌を覗き込む仕草。
<私の”あれ”は役に立ったのだろうか?>
祈るように自問するのは丘智美。”術後一日程度は念のため安静に”と言われてみたものの、ジッとしていられる性分でも気分でもなく、夜明け前に特殊災害対策庁の仮眠室を抜け出してきてしまった。プシュ~ン、研究棟のグレーの金属製自動ドアが左右に開き、白衣の裾をなびかせてジェニファーが智美に駆け寄ってくる。右手の二本の指を立てVサイン。
昨日ジェニファー自ら操る内視鏡手術で智美の子宮から摘出した粘膜組織を、すぐさまこの研究所に持ち込み高機能遠心分離器を通して高純度ゲンロン酵素株を抽出し、先ほど無事高速培養工程に入ったことを、天才科学者がドナーに知らせる。
「自然増殖フェーズに移るまであと15時間くらいかな。多少の予期しないトラブルはあっても約束の刻限には十分間に合いそうよ」
エレガントを常とするジェニファーがウェーブのとれかけたブラウンヘアを振り乱し、智美に説明を終えホッと息をつくと同時にグラりと身体を傾げる。受け止めた智美がロビーのソファーにジェニファーを座らせる。
「お疲れ様。あとは機械がやってくれるんだろ?少し眠ったらどうだ」
「ダメ、増殖株を彼らに渡せるよう、密閉式耐圧シリンダーを用意しなきゃ」
「魔法瓶でいいんだろ。そんなの私がドンキで買ってきてやるよ。さあ一時間でも、うん?」
右肩が重い。
「ば・か、Zzz……」
両手で慎重にジェニファーの頭を抱えて自分の膝の上に寝かせ、羽織っていたデニムのジャケットをふわりと彼女に掛けてやってから、智美はスマホを取り出した。
(智美さん、うまく行ったんですか?)
海の向こうの仁子の声は心配そうだ。
「ああ、やっぱりジェニファーはタダ者じゃないな」
(やった~!)
仁子の声がいつもの明るさを取り戻す。
(それと智美さん、代ってもらったのに何のお手伝いも出来ずすみませんでした)
膝の上で気持ちよさそうな寝息を立てるジェニファーの横顔を眺めつつ、智美が晴れ晴れとした表情で海の向こうへと語りかける。
「いいや仁子、気持ちは十分もらってるよ。それがなければ私たちはここまで来れてない」
そのまた翌日に日付が変わった夜明け前、約束の72時間まであと三時間を余してオリーブグリーンのタイトスーツを身に纏ったジェニファーと、いつものコンバットスーツ姿の智美はゴミ屋敷の前に車から降り立った。ジェニファーの両腕には軽量合金製全長一mほどの耐圧シリンダーが抱えられている。受け渡しをこの日の出前の時間にしたのは、人目が少ないことと、もし万一異星人と悶着が起きた場合、智美が変身して活動しやすいことを考慮してであった。
「ほんとに二人で大丈夫すっか?」
運転席の上原が心配そうに声を掛ける。
「ああ、大勢で取り囲んで刺激したくない。これは私と彼の約束だから」
「近くで俺たち張ってますから、くれぐれもムチャはなしですよ!」
迎えの車内での上原の涙を想い出して、智美がサムアップして大きく頷いた
「大丈夫よ。か弱い私を傍に置いていては、暴れん坊の智美も好き勝手できないでしょ。危なくなったら、アレ~!って悲鳴を上げてあげるわ。その時はよろしくね、王子様」
あきれ果てた表情で鼻で笑った上原が、サイドブレーキを押し込みグレーの4WDを発進させた。
「さあ行こう」
頷き合った二人は壊れかけのドアからゴミ屋敷の中へと足を踏み入れた。
三日前に智美が監禁されていた部屋で二体のイプシロン星系人と糀谷博士が待っていた。
「約束のものを持ってきた。彼女は……」
紹介しようとした智美の手を押しのけるように、生粋の目立ちたがり屋がずいと一歩前に出る。
「ハ~イ、エブリバディ!私はジェニファー・コントレラス。生物学と宇宙物理学専攻の研究者よ。ドクター糀谷、論文は有益で素晴らしかったわ。そしてこれがこの娘の子宮から取り出して、急速培養精製した純度99.8%のゲンロン酵素よ。今もこのシリンダーの中で自己増殖しているので、この原株させ保持していれば理論的には無限精製可能よ」
「そ、そうなのか。私にはその工程が思いつかなかった。なのでこんな手段で……自首したい」
劣等感と罪の意識に苛まれた糀谷が頭を垂れる。
「ダメダ。キミニハマダスベキコトガアル」
三日前智美が約束を交わした方の異星人が頭部の上辺りから声を発する。
「キミタチニハカンシャスル。タダシソノナカミガ、ホントウニゲンロンナノカカクニンスルヒツヨウガアル。ソレヲコウジヤハカセニマカセタイ。ショヨウジカンハ?」
「半日もあれば!」
消沈していた糀谷の瞳に再び灯がともる。
「抽出、培養、精製工程を今マニュアルにしているの。完成したら送ってあげたいんだけど」
「アリガタイ。ソレモコウジヤハカセアテニソウシンシテホシイ。トイウコトデカレヲワレワレノエージェントトシタイノダガ、チキュウデサバカレルヒツヨウガアルカネ?」
「あなたたちと糀谷博士の関係を知るのは私たち二人とあとは限られた数人だけだ。何とかしよう。ただここでこのままというのはまずい」
智美が答える。
「キミタチノハンダンニカンシャスル。デハコウシヨウ。24ジカンゴモウイチドココニキテホシイ。ゲンロンガホンモノダトカクニンデキレバ。ワレワレハジョセイタチヲココニノコシテチキュウカラタイキョスル。ソノサイコウジヤハカセハベツノアンゼンナバショニウツッテモラッテオク。ドウカネ?」
「委細承知」
相手に通じるかどうか微妙だが智美がサムアップ。
「せっかく地球外生命体とお知り合いになれたのに、これが最後なんて残念だわ。もしゲンロンの増殖に問題が発生したら連絡してね。智美のお股からまた取り出すから。あっでもこの娘、一見若造りだけど結構な歳なのよ。まあ当分子作りの予定はなさそうだけど、何かあったらお早めにね!」
「うるさい!余計なことを言わなくていい……」
智美の頬が紅く染まる。
「あっ、あの~、コントラレス博士ちょっとよろしいですか?」
糀谷が改まった口調で声を掛ける。
「マイプレジャー、何かしら?」
「連絡用に名刺を頂きたい」
ディープグリーンのスーツの懐から、キラリと輝くシルバーの名刺入れを取り出し、糀谷に差し出す。
「あなた方も私の名刺もらって下さらない?そのお手てじゃ受け取れないわね。その可愛らしいベストのポケットに入れてさしあげるわ」
「コレハベストデハナイ。シカシキミノメイシハキネンニホシイナ。シンパイナイ。メイシヲワレワレニムケテクレ」
二体の異星人が同時に片方の鋏をジェニファーに向けると、掃除機のような風が発生し彼女の手から二枚の名刺がひらりと飛んで各々の鋏の間に吸い込まれていった。
「まあ、便利だこと」
目を丸くするジェニファーと智美。
「ワレワレノレンラクサキハ、ボセイニカエッタラメールスル」
満足そうにイプシロン星系人が両腕を天井に向けて上下させる。
「母星からメールだって!すごいわ智美、私は異星人に名刺を渡してメアド交換する最初の地球人よ!」
今にもラテンのノリで踊り出しそうな相棒の肩を背伸びして抑える智美。
「こいつおしゃべりで目立ちたがりやなんだ。許してやってくれ。さあ帰るぞ!」
ジェニファーが足元に置いていたシリンダーを感慨深げに抱え糀谷の両手に託すと、なんとイプシロン星系人たちの赤ベスト状の胸に順に飛び込んで熱烈ハグ。彼らに表情というものはないようだが、明らかに戸惑っているように見える。
「おい、ジェニファー!」
引き剥がそうとする智美に、ジェニファーが異星人に身体を預けたままイタズラっぽい眼で振り返る。
「あなたは経験済みなんでしょ。こんな友好的な接触じゃなかっただろうけど。というわけでハグは地球人で二番目か、ざ~んねん」
初めて変身した時無我夢中で取っ組み合いをしたのは彼らのどちらだったのか?その様子を思い浮かべ苦笑いをする智美の頬にまた赤みが差す。
「なに紅くなってるの?あ~、嫉妬してるんだ~!」
「いいから離れろ!」
ジェニファーが名残惜しそうに一歩二歩と下がり、ふり仰いで彼らと交互に目を合せる。
「たぶん、もう会えないわね。でもこう言わせていただくわ。シーユー!」
「アリガトウ。ゼツメツノキキヲノリコエタラ、イツカマタアオウ」
翌未明、再び二人が訪れたゴミ屋敷はもぬけの殻。”地下室のカギ”の貼り紙とともに外れかけた玄関ドアの裏側ノブに吊るされていたキーでその部屋の扉を開くと、カプセルに入った七名の女性がスヤスヤと眠っていた。
「私たちやったのね」
「ああ、やった!」
ピーポーピーポーピーポー、女性たちを搬送する救急車のけたたましいサイレンをBGMにハイタッチを交わす智美とジェニファー。
「ラスト、変身してファイトする場面がなくて不満でしょ?このお話をお茶の間で観てる視聴者がもしいれば、スーパーヒロインが登場しない回なんてきっとブーイングの嵐よ」
ぎこちないポーズで両拳を顔の前に上げるジェニファーに、思わず笑みをこぼす智美。
「いいや、こんなのも偶にはいいんじゃないか。仁子のやつが書くときっとこんなストーリーになるんだろ」
「まあ!ひょっとして私たち仁子の筋書きを必死に演じてたってこと?」
驚いたようにジェニファーが両手で自慢のビッグマウス覆う。
「ああ、そうだな」
ピクリと右肩を上げツケマ二枚付けの瞼でパタパタと瞬きをすると、イタズラ娘が本性を取り戻し、目的を達しいつものナチュラルメイクに戻った陸上自衛官に人差し指を突き付ける。
「ちょっとあんた、“ああ、そうだな”ってその間抜けな返事何回目?ボキャブラリー少なすぎでしょ。エリート自衛官の名が泣くわよ!」
「ああ、そう……か・も・な」
担架を連ねた救急隊員とすれ違いながら、どちらからともなく肩を組み、満面の笑顔で帰途につく二人のヒロインだった。
「全部済んだよ仁子」
(お疲れ様でした)
いつものガーデンレストランでスマホを手にする智美の脳裡に目まぐるしく過ぎたこの一月半が走馬灯のように甦る。仁子から役割を引継いだ最初の変身でのドタバタ劇、イプシロン星系人との攻防、クマネズミとの激しい格闘、そして決死の潜入。はては我が身を形作る細胞まで提供した。
「事は収まった。もう返すよ仁子」
(このまま続けてもいいんですよ智美さん。だってまだ巨大化もしてないじゃないですか。”大きくなれ!”であの高さから見下ろすと凄い眺めなんですよ。一度はやってみないと)
仁子の言葉が智美の耳朶を優しく刺激する。
「等身大でこんなに苦労しているのに、巨大化なんて。ニーズがなくてよかったよ。そもそも運動能力や体力が優れているだけの私では担えない役割な気がするんだ」
(だからジェニファーがいてくれるんじゃないですか。今回のお二人の息の合った連携プレー素晴らしかったなあ。私も早く帰って三人チームで働きたい。スーパーヒロイン一人じゃ何にも出来ないんです。だから変身するのは智美さんでも私でもどちらでもいいのかも知れませんね)
テーブルに肘をついてスマホを支え、空いた右手でカップを傾け少し冷めた好みの苦いコーヒーを喉に流し込む。
「三人チーム、ジェニファーにも同じことを言われたよ。彼女とバディを組むなんて、少し前なら想像すらしなかった。とてもしんどい体験だったけど、この力を得たからこそ私は仁子の思想に直に触れられ、変われたと思う。少し仁子に追いつけた気がするよ」
(思想なんてそんな大げさなものじゃありませんよ。地球上もそして宇宙でも、生きとし生けるものたちはきっと手をつなげる。それだけです)
智美がカップをソーサーに戻し姿勢を正す。
「なあ仁子、やっぱりこの役割もうしばらく続けさせてもらってもいいかな?」
(ほらほら、スーパーヒロインって一度やったら止められませんよね!私が帰ったらダブルヒロインでがんばりましょう)
「ダブれるのかな?」
(スマホに向かって二人で念じましょう!おじいちゃん女の子大好きみたいだから、一人より二人の方がきっと大歓迎なはずですよ。あっ、もしそうなったら”サトミラマン”じゃだめですね。二人にピッタリのカッコイイ名前いっしょに考えましょうね。日曜朝のテレビアニメのヒロイン二人組みたいに!)
「ああ、そうだな」
(あ~、智美さんまた言いましたね!ジェニファーから聞いてますよ)
「うるさいぞ!」
同時に沸き起こる楽し気な笑い声。日本とアメリカ遠く離れていても心は一つ。名無しの”戦士”は相変わらず名無しだが、”戦士たち”になった瞬間だった。
完




