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第二話 闘う

 アメリカに渡った名取仁子からスーパーヒロインへの変身能力を引き継いだ特殊災害対策庁邀撃班SDTUのサブリーダー丘智美だったが、その立場ゆえに簡単に変身することもできず苦悩の日々。そして無謀な行動で変身してみたものの……


 「これで15件。マスコミは我々の無策と糾弾し、警察は管轄外と知らぬふりだ」

北川SDTU隊長が腕組みして話すのは、特殊災害対策庁内の会議室。邀撃班(SDTU)と異変調査、災害処理班(雑班)が、異星人による連続拉致事件について合同ミーティング中だ。

「この場面いつかあったよな?木下」

上原が小声で囁く。

「そっすか?まあどっちにしてもそろそろ、あのおばちゃんがクリアに解説してくれますよ」

訳知り顔で木下が顎をしゃくる。

「お前大人になったな」

コツンコツンとピンヒールの音が会議室の天井にこだまし、褐色の肌に零れ落ちたウェーブのかかったブラウンヘアを掻き上げながら、モスグリーンレース地のタイトワンピースにシルバーのボレロを羽織ったド派手天才科学者が前方スクリーンに向かう。

「さあ、始まりますよ上原さん」

「異星人個体の特徴や能力については事前配布サーキュラーを参照してね。さて、これまでの全ての事象を検証した結果、この赤ベストヒト型異星人の目的が地球への侵略や人類の大量殺戮ではなく、若い日本人または黄色人種女性の拉致であることは明らかだわ。そして拉致された女性の過半数はその間の記憶を消された形で数日後に解放されているが、残りの女性の所在は不明。ここまで拉致されたとみられる女性の遺体が発見されたという報告はなし。解放された女性の身体に暴行やレイプの形跡はない」

顎に人差し指を充ててジェニファー得意のポーズ。

「私に解っているのはここまでよ」

「おい、そこまでなら俺でも解ってるぜ。期待した俺がバカだったのかよ!」

机を叩いて立ち上がった木下を上原が左手で制する。

「前言撤回だな」

ジェニファーが僅かに膝を折り腕組みしたまま首を傾ける。

「オ~、ボーイ!アイムソーソーリー。じゃあ、私の仮説を聴いて下さるかしら?」

「なんだよ。もったいつけやがって……」

ぼそぼそと呟きつつ木下はドスンと腰を落として不貞腐れたように腕組み。これを見たジェニファーは頷いてヒールをコツンと鳴らす。

「ここからは私の全くの推論だけど、異星人は外見からは判らない若い女性の肉体に不特定に存在する何かを求めている。彼ら、なのかしら?まあ仮に彼らは拉致した女性たちをチェックして必要な個体だけをキープしている。それがどこか?彼らの宇宙船なのか?東京近辺のどれかの建物なのか?但し、一定数の確保が済めば彼らは母星に女性たちを連れ去る可能性が高い。あまり時間に余裕はない」

「丘君はどう思う?」

これまでずっと腕組みして一言も発しない智美に、苛立たし気な北川隊長が意見を求める。彼女に現場指揮を丸投げしているとの部下たちの陰口にも全くめげていないようだ。

「え?あっ、ともかくセンサー感度を上げて異星人出現情報を早くキャッチする必要があると……」

会議に集中できず変身能力を得た後の自らの行動を顧みるばかりの智美の発言に、以前の切れ味は感じられない。

「出動しても都心のど真ん中じゃ重火器は使えません。携帯火器じゃ奴らに軽度のダメージしか与えられず、毎度ドロンと逃亡されるだけですぜ」

「それはそうだが……」

鼻白んだような上原の指摘に対し答えに窮する智美に、ジェニファーが心配そうな眼差しを向ける。

「でもSDTUの皆さんの活躍で被害者の拉致を阻める確率は、本件発生当初より上昇しているわ」

「確かにそうだが、そん時は奴らの動きがおかしいんだよな?俺たち以外の誰かを相手してるみたいなんだ」

勘のいい上原の一言に丘が息を飲んだのに気づいたのはジェニファーだけのようだ。

「そんなはずないでしょ。目の前で起きていることだけが全てよ。さあ、彼らのアジト探しについて討議しましょ」

ジェニファーの精一杯の気遣いにも、智美の俯いた顔は上がらない。


 残念ながら結局は結論の出ない会議を終え、いつもの給湯室で向き合う二人。

「会議に参加しないで何悩んでたの?」

マグカップを差し出す手つきもゆったりとしてエレガントなジェニファー。図星を指され恥ずかし気に素直に両手でカップを受け取った智美が語り始める。

「実は……」

智美は会議中ずっと仁子から能力を引き継いだ後の自分の行動を振り返っていた。引継ぎ初戦の後、智美は二度変身している。自分が非番の時と、他の隊員が現場近くにいて自分は指令室に待機していた時。非番の時は自室でそのまま変身→瞬間移動。待機の時はトイレに駆け込み変身した。いずれもSDTUの到着前に異星人二体(どうやら地球に来ているのはこの二体だけのようだ)と闘い、初戦のような油断はなく、抜群の反射神経と自衛隊仕込みの得意の格闘術で悠々と各個にダメージを与え、彼らに何もさせずに撃退した。初戦のような闘志過剰な感情は”仁子の思いを引き継いでいる”と自らを律し、追い払っているうちに諦めるだろうとアームレット武器の利用は封印している。

「だが、一つの大きな問題に気づいたんだ……」

 実は今最も智美を悩ませているのは、智美が現場にいた一昨夜の次第だ。隊長に次ぐSDTU No.2の立場の彼女が現場に立てば、当然指揮権は智美にある。連れてきた隊員たちは、

「丘さん!」

「どうしますか?丘さん!」

と常にこちらを向いて命令を待つ、歴戦の猛者上原でさえ。

「丘さん、一体突っ込んできますぜ!」

女性を抱えたもう一体がジリジリこちらとの間を空け始める。そこで祇園囃子が鳴り響いて(マナーにできないかいろいろ試しているのだが)も、隊員たちの視線が集中する中指揮官の自分が”ちょっとトイレ”と言うわけにいかず、きっと変身する機会が掴めない。

<仁子の立場の方が変身して闘うには都合よかったんだ>

どうしたら?と焦っているとメンバーへの指示も疎かになる。女性を拉致した方の異星人の姿がみるみる視界から消えようとしている。

「丘さん?」

「丘さん!」

「どうすんっすか、丘さん!」

ダンダンダン!智美の鈍い反応に痺れを切らした上原が、手前で立ちはだかる一体にショットガンを乱射しながら飛び出して行く。

「今のうちに奥の奴を追ってください!」

自らの不甲斐なさに頭を抱えたい気持ちになりながらも、智美が声を絞りだす。

「高木くんは上原くんを援護。大山くん、追うよ。私についてきて!」

「了解!」

物陰をから躍り出て、上原の引き受ける手前の一体の横をすり抜けて女性を拉致した異星人を追う。同行に高木ではなく大山を選択したのは、運動能力の劣る大山ならダッシュ力で振り切り変身できると踏んだからだった。

「待ってください。丘さ~ん」

喘ぐような大山の叫び声が耳に入り、逃げる異星人の後ろ姿が再び大きくなりつつあったその時、智美のコンバットスーツの胸ポケットから祇園囃子が流れ始めた。

<よし!そこの路地に入って変身だ>

大山を振り切りビルの隙間に入ってスマホを取り出した瞬間、智美のつま先が柔らかい何かに当たる。ハッとして暗がりを確認すると、小学生くらいの男の子がブルブル震えながら蹲っていた。異星人出現緊急退避勧告(市民全てに通知アプリ配布済み)に間に合わなかったのだろう。

<ダメだ、この子の前では変身できない>

変身のチャンスを失いお囃子の止まったスマホをポケットに戻して、再び街路に飛び出したが既に異星人の姿はどこにもなかった。

「お、お、丘さん、や、やつは……」

右手で銃を抱え、左手で恐怖に青ざめる男の子の手を引いた丘の前に、ゼエゼエと息を切らした大山が追いついてきた。

「任務失敗、逃げられた……」

絞り出すようつぶやく智美の顔は恐懼する男の子以上に血の気を失っていたのだった。

 一昨夜の悔恨に目をつぶる智美。

「ジェニファー、私はSDTUの前線指揮から外れた方がいいのかな?」

「やっぱりあなたの悩みはそこか。確かにいつもヒマそうなミスター北川の立場になればやり易そうね。トイレ休憩も自由自在ってわけか」

「おい、その言い草!非ネイティブとは言え露骨過ぎるだろ!私は一尉、彼は一佐。自衛隊の階級的には仕方ないことなんだ」

本音を衝かれムッとしてジェニファーを睨みつける。

<現場部隊の指揮とスーパーパワーを持つ変身ヒロイン、どちらを優先するかと言えば答えは明らか>

ガシャンと音をたてて割れそうなくらい両手で強くマグカップを握りしめる智美。

「よしやってやる、次こそ!」

「ちょっと智美無理しちゃだめよ」

ジェニファーが智美の肩に両手を置いて、拗ねたように下を向く彼女を覗き込んで眼を合せる。

「私のせいでまた一人女性が拉致されたんだぞ!」

射るような視線とともに顔を上げた智美の言葉の圧力に、さすがのジェニファーも首をすくめるしかなかった。


 智美の決意が試される機会はすぐに訪れた。あの時と同じシチュエーション。相手が二、こちらが四。味をしめたのか異星人のフォーメーションも全く同じで、一体が女性の拉致逃亡、もう一体がこちらの前に立ちはだかる。

<メンバーが大山くんから運動能力の高い木下くんに変わって、前回の手は使えない。どうすれば?>

駆けつけた専用車から素早く降りて戦闘隊形をとる寸前、手前の異星人が鋏状の手先から火球状のものを連射した。

「散開!」

メンバーは咄嗟に左右の路地へ回避行動へ移るが、智美がこちらに続こうとする高木を庇うふりをして彼の身体を反対方向に押しやった。

<高木くんごめん>

火球が弾けて立ち昇る炎の向こうに高木を含む三人の無事を確認した智美は、間髪を置かず路地を飛び出した。

「何してんですか丘さん!」

ヘッドレシーバーから上原の声が飛び込む。

「私が奥のを追うから、こいつは上原君たちで迎撃して!」

「丘さん、一人じゃ危険です!」

<ごめん、こっちは一人になりたいのよ>

「いいから!各自命令に従い行動開始!」

「丘さん最近変ですよ!おい、お前らこいつを早く追い払って丘さんを援護するぞ!」

上原が路地を飛び出しショットガンを乱射する。智美は一瞬振り返り、隊員たちが目先の敵に夢中になっているのを確認すると、もう一度別の裏路地に飛び込みコンチキチンと祇園囃子を奏で始めたスマホの通話ボタンを押す。俯いてシルバーボディにグリーンのストライプの胸に真紅の髪が被さっているのを確かめ、すかさず左二の腕の黄金のアームレットに右手をやりこの先の地図を思い浮かべ瞬間移動した。

 <よし!読み通り>

女性を抱える異星人をとうせんぼする位置でファイティングポーズ。街の灯で煌めくシルバーボディのヒロインの突然の出現に、気を失った女性を肩に担いだ異星人は大きくのけぞり後退さる。女性が人質状態のためむやみに飛び掛かることはできず、それでもジリッ、ジリッと間合いを詰めるヒロイン。

<変身できた。今日は逃がさない>

さっきから左右にせわしなく目をやっていた異星人の視線が一点に定まると、その先にあるマンホールに光の球を投げつけた。ド~ンという大音響とともに砕け散ったマンホールの蓋の破片に身を伏せたヒロインが起き上がると、体長二mほどに巨大化したクマネズミと見られる生物が彼女目がけて突進してくるではないか。

<何これ、ネズミ?ということは齧られないようにすればいいのね>

何が起きても冷静さを失わない丘智美の真骨頂。仁子のように体操経験のない彼女はひらりというわけにはいかないが、ギリギリまで相手を引き付け、齧りつこうとする大きく飛び出した大ネズミの鋭い前歯を交わして体を入れ替える瞬間に相手の背に飛び乗り、頸部に腕を回して絞め上げる。そうこれがニューヒロインの得意技、瞬間サブミッション地獄。

「キ~!キキキッ……」

だんだんネズミの呻き声のトーンが下がっていく。

<こいつはさっさと絞め落として奴を追わなきゃ>

もう一段腕にパワーを伝達しようとしたその瞬間、ビシッ!鞭打たれたような激痛がヒロインの背中に走る。

「ウッ!」

今度呻くのは智美の番だ。何が起こったか分からないうちに、次の鞭の一打は横殴りにヒロインの側頭部を直撃。バッシ~ン!もんどりうってネズミの背中から転落したヒロインは道路にうつ伏せになりピクリともしない。クマネズミの他の同属と異なる特徴は体長とほぼ同じ長さのよくしなる尾を持つことなのだ。一瞬で形勢は逆転し、倒れたままのヒロインにネズミの飛び出た前歯が迫る。ヒロインの身体に浮かぶ幾何学模様のストライプがグリーンからイエローに変化し、彼女にピンチを知らせ覚醒を促す。

<危ない!>

頭に受けた激しい衝撃からなんとか意識を取り戻したヒロインは、首筋に齧りつこうとするネズミの鋭い前歯を寸でのところで体を転がして避けたものの、身体に力が入らずすぐには起き上がれない。仰向けで無防備なヒロインにネズミの全体重で圧し掛かられる。

「ウッ!」

またも呻き声が漏れる。ヒロインに覆いかぶさったネズミの鋭い前歯が喉笛を喰い破る寸前で相手の頭部を両手で押し留めた。徐々にパワーを取り戻し始めたヒロインが腕を差し上げて逆にネズミの喉元を圧迫する。苦しがるネズミが激しく首を振るがヒロインの両肩に喰い込ませた前肢の爪は引き剥がせず、取っ組み合いのまま路上を転げ回るヒロインと大ネズミ。相手の上になった瞬間ヒロインが身体を起こし右手をアームレットへ。だが、と・ど・か・な・い。

<あれ?>

右腕にネズミの尾が巻き付いて強い力で後ろへ引っ張っていた。そのまま後ろへ引き倒され都会の塵埃にまみれ輝きを失ったヒロインのボディに、容赦なく尻尾が真上から振り落とされる。何度も、何度も。バシ~ン!ビシ~ン!両腕で上半身をガードするのが精一杯のヒロインのイエローストライプがレッドに変わる。危険を知らせる赤色に持ち前の負けん気が甦ったヒロインが、鞭のしなりにタイミングを合わせてガードの両腕を張って次の一打を弾き返し、ローリングして身体を起こす。

<奴は尻尾を使う時むこう向き。飛び込める>

大縄跳びの要領で尾が振り上がるのを見計らったヒロインが、ネズミの尾の付け根近くへ飛び込み両腕で尾をガッチリ抱え込んだかと思うと、一気にネズミの下半身を持ち上げる。抱えた尻尾の付け根がオレンジ色輝く瞳の高さに達したところで、左右に反動を付けてヒロインが回転し始める。大技、ジャイアントスイング!回転しつつ腕を緩めロックして抱える部位をだんだん尻尾の先端近くへと移していく。五回、六回、七回、ネズミの描く同心円が大きくなり遠心力120%状態に達した瞬間、ヒロインに解き放たれた大ネズミは背中からビルの壁に叩き付けられた。ドッシ~ン!ヒロインは二、三歩よろめき頭を左右に振るとノックアウト状態のネズミ取り付き、抱きかかえてアームレットに念じる。

<もとに戻りなさい!>

一瞬広がった黄金の眩い光が消え去ると抵抗が無くなりカクリとおばあちゃん座りになった自らの身体の下から、全長15cmほどのクマネズミがチョロチョロ這い出していった。ホッとする間もなく顔を上げ辺りを見回すヒロインの周りには既に異星人の姿はない。もちろん拉致された女性も……

<追わなきゃ!>

しかし立ち上がったヒロインの身体のレッドストライプはスプラッシュを始めている。

「どこ行きやがった!」

叫び声に振り返るとショットガンを抱えた上原たちが到着したようだ。傷心のヒロインは後転して路地に入り変身解除。

「あっ、丘さん、無事だったんですね。よかった!」

智美が顔面蒼白で唇をわななかせる。

「全然よくない。また、女性を拉致されてしまった……」

<変身できてもできなくても、結果は同じだった。部下を顧みず変身を優先したのに。私はいったい何のために仁子から力を引き継いだのか?誰でもいいから教えてくれ!>

男たちに囲まれた埃まみれのコンバットスーツの背中がいつも以上に小さく萎んで見えた。


 シュッシュ、シュッシュ。小刻みに揺れる黒いタンクトップの肩先から飛び散る汗の滴。折れた心の裡を周りに覚られたくなくて、庁内ジムで一心不乱に独り拳を振るう智美。ジムの壁にもたれて腕組みするのは練習相手を申し出てあっさり拒絶された上原。入り口からもう一つの人影が現れて上原と肩を並べる。

「よお、何か知ってることがあったら教えてくれよ」

前を向いたまま上原が顎の先で闘女神を指す。

「何かって?」

隣の人影がウェーブのかかったセミロングの髪をフワリと掻き上げる。

「見りゃわかるだろ。ここのところおかしいんだよ。現場指揮にキレがないと思ったら、突然敵に突っ込んでったり。そんで今は独りの殻に閉じ籠っちまってあれだ。まるで別人だぜ」

「別人なのかもね」

「はあ~?」

「ところであなた智美と仁子、どっちを取るの?二股はダメよ」

上原の頬にパッと赤みがさし、隣の人影に顔を向ける。

「てめえ突然何言いだしやがるんだ!俺はどっちも、いや……」

「もお!困ったちゃんね」

真っ赤なルージュののった唇からプッと心地良さげな息が漏れる。

「今気付いたんだが、あの二人、姿形は全然違うのにどっかこの辺りが似てるような気がすんだ」

上原が自分の胸を拳で叩く。

「それ正解かもよ!」

「はあ~?」

「さあ、女の密談に坊やはジャマなの。ゴーホームボーイ!」

あんぐりと口を開ける上原の両肩を入り口に向け背中を押す。何度か振り返りながら両手を天井に向けたお手上げポーズで上原は出て行った。

「やっぱり成功体験が必要だよね。危険が伴うけどやってみますか」

ライトブルー地にボタニカルフラワープリントのワンピースのゆったりとした裾をフワリとひるがえしたジェニファーが、パンパンと手を叩いて悩める闘女神に合図を送る。

「ヘイガール!おイタはそこまでよ!」

 ジムの床でゴールドのスパッツの脚をクロスさせて胡坐をかく智美と、ワンピースの裾をたくし込んで横座りのジェニファーが向かい合う。

「奴らにやりたい放題されても、それを阻む術が見つからない。私にはこの荷は重過ぎて今にも圧し潰されそうなんだ」

ガックリ項垂れた智美が床に向かって苦しい心情を吐き出す。

「そっかじゃあしょうがないね。SDTUもヒロインもすっぱり辞めて楽になれば。拉致された女性たちは宇宙に連れ去られるんだね」

肩をすくめ両手を上に向けたジェニファーが重大なことを微笑み混じりの軽い口調で放つ。

「おい!そんなこと言ってないだろ。今の私に出来ることをアドバイスしてくれ」

顔を上げた智美がジェニファーをきっと睨みつけた。その視線を探るように受け止めた天才科学者は満足そうに一つ頷いた。

「分かったわ。じゃあ丘智美の国籍は?」

「日本。当り前だろ」

「人種的にはどう?」

「私の知る限りの世代に、他のアジア系を含めた日本人以外の人種はいない」

「OK、あなたの年齢は?」

「今年29になる……」

「じゃあ答えは出てるじゃない」

智美のつぶらな瞳が一層大きく見開かれる。

「やっぱり、そう、だよな?」

「私にそうだと言って欲しいのかしら?思った通りやってみなさい。た・だ・し、そこで完全解決をする必要はないのよ。あなたがありったけの情報を持って帰って来てくれたら、そこからは私の出番。智美、これを勧めておいて無理するなとは言わない。でもね、あなたが仁子から引き継いだ役割はこれ以上誰かに移せない。実際闘ってみてそれはわかるわね」

ジェニファーの掌が智美の頬を優しく滑っていく。

「うん、仁子の理想の高さとそれを成し遂げることの難しさや苦労が身に染みて理解できたよ。あの耳障りなお囃子すら自力で止められないんだからな」

「止めてる場合じゃないわ。自分の意志で鳴らしてやるのよ!」

「ああそうだな」

プッと吹き出した二人はどちらからともなく立ち上がり、両手でハイタッチを交わす。ともに見上げたジムの高い所にある窓が、夕陽を受けてヒロインの瞳と同じ慈愛の満ちたオレンジ色に輝いていた。


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