4話 茶は緊張の色
【Qから始まる英単語】
Quality(品質)·Quail·Quake(揺れる)
Quandary(苦境)· Qualification(資格)
Queen(王女)
〈負打安横丁〉最奥。
そこには街灯など無く、月明かりだけが古い建物を照らす。その建物は古い木造建築でありながら、巨大に見える図書館のような風体をしていた。
「着きましたよ」
「ここが…!」
「あー…何度来ても緊張するな」
まるで魔王の城の前に到着した勇者のパーティのような緊張に、優希はPの手を握る。どうやら彼も緊張しているのか、手汗が酷い。
そんな2人の気持ちも待たず、Jは当たり前のように古書店の中へと入ってしまう。
「どうされたのです、入らないのですか?」
「っ…いく」
「おいおい、大丈夫かぁ?」
緊張に息を呑む優希にPは軽口を叩くが、Jの後ろを着いていく彼女を見て肩を竦めた。
古書店の中は広々としており、天にまで届くのではないかと思うほどに高い天井まで本棚となっている。そのどれもが古く高価な本である事は素人目でも分かった。
「いらっしゃい」
天高い本棚の一角、年季の入った梯子に乗り本を開く女性が見下ろし言う。優希は女性の姿をマジマジと眺めた。彼女は女性の事を知っている。否、探し求めていた女性であると視認した。
自分を〈負打安横丁〉に案内した女性。
自分の事を救ってくれるかも知れない女性。
自分の復讐を果たしてくれると信じる女性。
“平成最悪の殺人鬼”と呼ばれた〈K〉がそこにいた。
「無事にここまで辿り着けて良かったです」
「まぁ、五体満足なら無事だろーな」
「心はあまり無事と言えませんが…」
「そりゃおめー2回も目の前で首をかっ捌いたからだろぉがよぉ!」
頭上で会話がなされる中、優希は固まったようにKの姿を凝視する。
初めて会った時のように黒のタートルネック、黒のスキニーパンツ、黒いヒール、銀縁の丸眼鏡とラフな姿に貼りつく柔らかい微笑みに見入った。何処からどう見ても平成最悪と呼ばれる殺人鬼には到底思えない。
本当にこの人がKなのか、優希は不安に思う。しかし、そんな彼女の不安を汲み取ったのか、Kは苦笑いを浮かべた。
「奥のリビングで要件を聞きましょうか。彼女も早く話したいようですし」
「じゃあ、俺の仕事は終わりだな。まぁ頑張れよ、ガキンチョ」
「ふむ…邪魔者は居ない方が良いでしょうから、僕もお暇させて頂きます」
それぞれ後ろ手を振りながら、一礼してから、PとJは古書店の外に出て行ってしまう。あっさりと帰ってしまった2人に困惑する優希の手をKは優しく引いた。
「え、あの…」
「心配せずとも、この横丁に居る限りはいつでもあの2人に会えますよ」
確かにそうではあるが、優希の不安は大きい。
恐怖の対象であったJが居なくなったのには安心したが、横丁で1番気を落ち着かせられた人物であるPも居なくなってしまったのは痛手でしかない。
「えっと、Pには残ってて貰った方が良かったですかね?」
「あ……ううん……大丈夫…」
「…そうですか」
そんな優希の気持ちを察したのか声を掛ける彼女だが、首を振る優希にリビングへと歩を進めた。
「わ…!」
通されたリビングは木造建築らしく暗い雰囲気だが、中の戸棚には神秘的な鉱石が並べられていた。それは原石であったり、加工されていたりと様々だが、同じ色は1つとして無い。そのあまりの美しさと不思議な空間に優希は感嘆の声を吐き出していた。
「これは私の趣味でして。収集癖があるんですが、その中でも鉱石を集めるのが好きなんですよ。まぁ、収集癖が無いと古書店なんて開きませんがね」
「!」
どのくらい見ていたのか…優希が戸棚に色を放つ石達に目を凝らしていると、いつの間にかティーセットを用意したKがソファに座っている。
「こういうのお好きですか?」
「好きというか……キレイだなって。その、服についてるヤツも…キレイ」
優希の指さした先には、Kの服にアクセサリーとして着いているラピスラズリのペンデュラム。彼女はそれが気に入ったのか、視線をそこから外さない。そんな彼女を見ていたKは柔らかく慈愛に満ちた微笑みを返した。
「ありがとうございます。このラピスラズリは思い出の品でしてね。褒められるのは光栄です」
「思い出の品?」
「昔に大きな…でも絶対に無くしてはならない落し物を12月にしていて、忘れないように12月にちなんだラピスラズリを加工して身に付けているのです」
話し終えた様子の彼女に促され、目の前に座れば甘い香りの紅茶が出される。お茶請けのクッキーまで添えられて。
「さてどうぞ、話が長くなってしまいすみません。外は寒かったでしょう?」
「あ、ありがとう…」
ゆっくりとカップに口を付ける優希。そんな彼女にKは目を細め言った。
「…君には警戒心というものが無いのですか?」
「え?」
「その紅茶やクッキーに毒が仕込まれていたらどうするのです?」
一言、Kの言葉に絶句する優希はカップをテーブル上に落とした。幸運な事に紅茶は溢れること無く、ソーサー上へと着地する。
優希の目の前に居るKも殺人鬼なのだ。いつ自分を殺しに掛かってもおかしくない状況である事を忘れていた。
「あ…安心してください。別に怖がらせようとした訳では無いのです。ただ警戒心の薄い君が心配になってしまいまして…大丈夫ですよ。その紅茶やクッキーに毒なんて仕込んでませんから。私のスタイルではありませんし」
彼女は優希のカップに注いだポットから自分のカップへと紅茶を注げば、一気に紅茶を呷る。
彼女も優希も特に変わらない。毒は入ってはいなかった。
「さて、要件に移りましょう。私に…Kに用があるのでしょう?」
軽く首を傾けこちらを見る女性に、優希はやっと口を開く。
「頼みたいことが…あって…」
ゴクリと1つ唾を飲み込めば、顔を上げる彼女の瞳とKはかち合う。緊張の面持ちの中にある強い意思の現れにKの口角は上がる。
「復讐…したいの」
「復讐…ですか?」
「うん……お父さんとお母さんを殺した悪い人たちを…」
真っ直ぐと言い放った。
「殺してほしいの」