2話 白は純真の色
【Pから始まる英単語】
PARIAH(最下級民)·PEER(仲間)·PILOT(案内人)
PERFORM(演じる)·PENETRATE(見通す)
PITIFUL(可哀想な)
齢10にも満たない少女…優希。
彼女は目が覚めると、カラフルな部屋の真ん中に寝転がっていた。
「ベット…」
柔らかいベットの上はファンシーなぬいぐるみで埋まり、周りを見回してみれば服、服、服。何処も彼処服だらけだ。そのどれもが目の痛い色を放ち、優希は目を瞬かせる。
「あ、起きた?」
「ひっ!」
服と服の間から顔を覗かせたのは、優希とあまり歳の変わらなさそうな少女だった。
彼女は優希の反応が気に入らなかったらしく、頬を膨らませる。その容姿から想像できる通り、可愛らしい表情に優希の緊張は多少なりとも緩んだ。
「もー、そんなに怖がんなくったって大丈夫!
アタシは君の目に興味は無いから。黒色とかありきたりだし」
「え、目…?」
突然、自分の目に興味が無いと言われ呆然とする優希を無視し、彼女は声を張り上げ誰かを呼ぶ。
「P!女の子、起きたわよ!」
「あん? やっと起きたか」
「あ…」
このカラフルな場に似合わない小柄な中年男性がひょっこりと顔を出した。Pと呼ばれた男は、優希の姿に舐めるように見る。
そこでやっと優希は自分の服が薄汚れた物から可愛らしい白のワンピースに変わっている事に気が付いた。
「おうおう、Qの店にもこんな普通の服があったんだなぁ。驚いたぜ」
「うっさいわねー!店のコンセプトじゃない服だって置いておかなきゃアンタ達が困るでしょ。この横丁でアパレルやってんのはアタシしか居ないし」
「ま、そりゃそうか。金は…」
「Kからもう貰ってるわよ」
流れるような会話を目の前で見る事しか出来ない優希の手を、突如としてPが掴む。
「え、え?」
「じゃあ俺らは行くぞ、ロリババア」
「黙れチビ詐欺師、二度と来んな。あ!そっちの女の子はいつでも来て良いわよ」
ひらひらと手を振るQと自分の手を握るPを交互に見るが、結局Pに手を引かれるまま外に出た。
外はまだ月が天高く登り、優希が気絶してからさほど時間が経っていない事がよく分かる。
「おい、ガキンチョ。まず最初に聞くが、お前はココがどんな所か知ってるか?」
「…知らない」
素直に首を振れば、Pはあからさまに顔を歪めた。
「はぁ?じゃあ、何しに来たんだよ」
「Kっていう人に…会いに来たの」
「Kっていう人って……お前まさか、お前をここまで案内した女が誰か知らねぇで着いてきたのか?」
信じられないと更に眉を寄せる彼に、優希は何か気に触ったのかと見上げる。別に優希はPの機嫌を損ねた訳では無い。ただただ呆れられているだけである。
「嘘だろおい…事前知識ゼロでここに来たのかよぉ」
両手で顔を覆えば、彼はすぐに切り替えたかのように顔を優希に向けた。その表情には呆れは無く、秘密を教える子供のように無邪気でありながら不気味な笑みが浮かんでいる。
「うし! じゃあ、教えてやるよ。ここ〈負打安横丁〉がどんな所かをな」
Pは優希の手を握り直す。
優希はカラフルなネオンに目を細めながら進む道をキョロキョロ見回し、自分の全く知らない不思議な空間に夢を見ている感覚に陥った。
そんな中、右上から聞こえる男の声に耳を傾ける。
「この横丁に住むのは全員が殺人鬼だ。この俺も含め国際指名手配されてたり、警察のブラックリストに載るサイコパス、シリアルキラー、クレイジー野郎の巣窟ってヤツ。世界中の殺人鬼見本市みてぇな所だ」
「さつじん…」
優希は気絶する前の事を思い出し青ざめる。
白い肌が青く変化すると、再び吐き気に襲われ口に手を当てた。すると、横から小さな紙袋を渡される。
「ほら、エチケット袋」
「あり、がとう…」
「こんなんで気持ち悪くなってたら身が持たねぇぞ。ガキンチョ」
なんとか吐き出す事無く、震える手で強く握る優希に彼は本日何度目かの溜息を吐いた。
「この横丁で殺人は当たり前。まぁ、当たり前だからって日常って訳じゃないんだけどな。この横丁内で殺し合いがあるのは珍しい事だし、今回は不運だったなガキンチョ」
「殺人鬼しか住んでないのに…あんまり無いの…?」
「おうよ。殺人鬼ってのはな、それぞれが〈殺しの動機〉と〈殺しのスタイル〉が違う。全員がポリシーに乗っ取って殺しをする。だから、この横丁に住む連中は死にたくねぇからそのポリシーを互いに理解して暮らしてるんだよ。滅多な事が無い限り、そのポリシーに引っ掛かる事は無いわな」
つらつらと流れるように話すPには優希に対して全くと言っていいほど、警戒心が無い。本来ならここまでの情報の暴露は、自分達〈横丁の殺人鬼〉にとっては命取りだ。
警察にガサ入れなんてされれば途端に全員が逮捕される。だが、彼にはここまでの暴露をしても大丈夫だという確固たる自信と理由があった。
「あの、そんな話…あたしにして大丈夫なの?」
「あぁ? 大丈夫だから喋ってるに決まってるだろ。俺は情報屋で情報操作のプロだぜ。お前が警察に訴えた所で無意味なんだよ。ま、何よりお前が〈Kの客〉ってのが大きいけどな」
目を細め笑うPは、初めて殺人鬼らしい表情を優希に見せる。
「それに、この横丁はその手の業界じゃ世界的に有名だ」
「その手…?」
「裏社会を知る奴らだよ。暴力団、マフィア、殺し屋、暗殺者、警視庁や警察庁、防衛省、FBI、CIA、MI5、MI6なんて奴らまでもが〈禁忌の地〉としてこの横丁を認識してる」
さも自慢するかのように鼻を鳴らすPに、優希はやっと自分がとんでもない場所へと足を踏み入れてしまった事を自覚した。
世界中の殺人鬼見本市と言ったPの言葉通り、すれ違う人々の中には外国人も少なくは無い。その誰もが殺人鬼だと言うのだから、この場に立っているだけでも身が凍えそうだ。
「この横丁は奥に進むほど危険で殺害数が高く、長年いる殺人鬼が住んでんだ。逆に入口に近けりゃ近いほど危険度は低い。その分、さっきみてぇに殺されて住人の出入りが激しい訳だが…シンプルに横丁の新人だからこそだな」
「え…なら、ここから先に進むのは危ないんじゃ…」
「仕方ねぇだろ。お前が会いたくて仕方ないKは、この横丁の最奥に住んでんだからよぉ」
最奥…つまり、最も危険な殺人鬼である事が如実に表している。
優希はこの横丁へ連れて来てくれた彼女を思い出すが、彼女が殺人鬼とは思えなかった。だが、人は見た目だけでは分からない。
「ちなみに俺は入口付近で仕事してる。本業は情報屋だが、副業として詐欺を、殺人鬼としては〈騙した相手を自殺まで追い込んで殺す〉のが俺のスタイルだ」
横で親しげに話す小柄な中年男性も殺人鬼だというのだから驚きである。嘘だと現実逃避したくなる優希だったが、彼女はすでに殺人を目撃している。Pの言っている事が嘘では無いと無理にでも理解させられた。
証拠と言ってはなんだが、横丁後半と呼ばれる場所へとたどり着くと肉屋があった。そこの店に並ぶ肉の中に、人の腕や頭部が並んでいるのが見える。
「ん…?」
「ひっ」
肉を叩く店主と目が合えば、生唾を飲み込む。
そのやり取りに気付いたPは軽く息を吐き、店主に手を振った。店主もチラリと視線をやるだけで肉を叩く作業に戻る。
「安心しな。あの肉屋の店主…Mは子供の肉に興味はねぇから」
「子供の肉は…」
「大人になったら気を付けろよ。アイツ、太った女しか狙わねぇからさ」
そう言って進んでいく彼を小走りで追いながら、優希は大人になった時は絶対に太らないよう心に誓った。