暗闇の中で
わたしが自身の過去について思い出せることは多くありません。
記憶喪失というわけではなく、思い出すためのきっかけが、ほとんどないのです。
楽しかったこと、哀しかったこと、悔しかったこと。
そのどれもの経験が、わたしには乏しいのです。
何不自由なく、というほどではありませんが、自由に生きてきました。壁に当たることもなく。当然乗り越えることもなく。
笑うことは、あったはずです。泣くことも、あったはずです。痛いことも、全く無いというわけはないでしょう。
人と付き合うことが苦手です。そのきっかけを作ることはとてつもなく難しく、関係を維持することは不可能に近い。そんなことですから、他者と衝突すらしないのです。そもそも同所に存在することが無いのですから。
こちらから全く働き掛けないようなわたしには、当然働きかけも返ってはきません。
独り言を拾う耳はなく、テレビと会話していた方が幾分かはマシでないでしょうか。
返すことに慣れていない頭は、咄嗟に言葉を紡ぎません。口も動きません。
空を見上げ、笑ってみたり。川に向かって音のない叫びをあげてみたり。
最近、言葉を拾わなくなりました。
わたしの耳は、声を音として認識するようになりました。
わたしの目は、文字を図形として認識するようになりました。
そんなことですから、わたしに言葉は判りません。
最近は、まともな文字を書くこともできません。
入力機器を介してでしか、わたしはこの言葉を紡ぐことができないのです。
自身の体で賄うべき機能を外部に依存して、わたしは自分の存在意義がますます不明瞭になっていくのを感じます。この存在に、なにか役目はあるのでしょうか。社会の部品としてでさえ、用を為さなくなってきているこのわたしに、このまま生を続ける理由は、あるのでしょうか。