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06.幸子の高校生デビュー前日 服装編・後編

 三人でキヨくんのいるとことまで向かうと、彼は紙コップに入った飲み物を飲んでこちらをチラ見してからカップをテーブルに置いて「やっほー」と片手を軽く上げながら声をかけてきた。


「やっほーですキヨくん」


 特に理由もなく清の真似をした幸子はルカは後ろで少し眉を(しか)めていたことに気付きもしなかった。律歌と清は幸子に悟られないように知らぬふりを通す。幸子はとりあえず、どうして合流できなかったのか、タイミングを呼んで聞くのがいいでしょうかと考えた。

 

「私達の荷物、もちろん持ってくれるのよね」


 先に私たちが言おうと思っていた言葉を言い放ったのは心を読ませない鉄壁な笑顔を浮かべる律歌さんだった。清はイスから立ち上がって、まるで召使いのように(こうべ)を垂れる。


「お待たせして申し訳ありませんでしたお嬢様方、これから行くところを除いて存分に罵ってくださって構わないですのでご勘弁を」

「なら、後でしっとり問いただしてあげましょうか」

「満足してくれるまでお付き合いしますよ」

「……そういう話をするために来たんじゃないんだが?」


 律歌の少しからかった口調で向ける言葉にキヨは芝居がかった返しを返す。

 そんな二人の間に、あまりにもアダルトな会話になりそうな予感がしたのかルカが止めに入る。


「それはそうだったんだけど、ごめんねーすぐ合流できなくて」

「大丈夫ですよ」

「優しいね天使ちゃん、後光が見えるよ。ていうかリリィちゃん二人より荷物多くない?」


 キヨくんの疑問はもっともである。

 女子三人組の中で、明らかに持っている荷物でい一番多いのは、ルカだ。

 ルカはキヨくんとは視線を合わせず、手に持っている荷物の方に視線を向けながら質問に答えた。


「美人な子に重い物を持たせるのはいけないがオレの家訓でな」

「もしかして、天使ちゃんの買い物したの全部持ってんの?」

「ああ」


 その時、清はおそらくルカが幸子の買い物した荷物の大半を持っていたのだろうとすぐに確信したことを言うとルカは二文字だけで答えた。

 清はルカの機嫌を損ねないように当り触りない言葉を振る。


「リリィちゃん紳士ー、でも利用できる時に俺とか男子を利用してもいいんだぜ。こういう時くらい、男の子のカッコつける場所ないんだし、そういうの譲ってくれると男ってチョロいもんよ?」

「……余計なお世話だ、と言われたいのか」

「うーん、カワイイ子にいわれるとちょっぴりショック受けそう」

「勝手に受けろ」

「ラジャー」

「……」


 幸子は清とルカの二人の会話を聞いて、ルカが珍しく棘のある言い方と言われても仕方がないのだが、その声はとても優しい声だったのに違和感を抱いた。


「ん? どうしたの天使ちゃん」

「いいえ、なんでもないです」


 しかし、それがどういう意味なのか探りたくてもこの場で問い正すことはできないので諦めることにした。清は荷物を軽々と肩や腕に持ち変える。先に律歌から、ルカと受け取った。


 「それじゃ、ファッションショーは家でやろっか。リツは来るのわかってるけどリリィちゃんはどうする?」

「カラオケで来たからな……さすがにユキコの家まではいけない」

「わかった、じゃあもう少し時間はあったりする?」

「まあ、一応」

「じゃあここからは自分が買いたい物買いに行く時間ってことで、天使ちゃんもそれでいい?」

「はい」

「じゃあ、グループ分けをしましょう。恋人さんは当たり前でしょうけど本よね」

「はい、――――」

「ちょっと待った!!」


 私の言葉を(さえぎ)り、割り込んできた人物にルカの顔が歪んだのを見えた。

 もしかして、


「ハビネ、はぁ、ハピネス! お前は本屋に行くんだな? そうだな!!」

「王様大丈夫?」

「そこはお前が幸子ちゃんの買い物の袋渡すところだろ!」

「息整えてからのほうがいいと思うんですけど」

「それはありがとな!!」


 息を切らせながらしゃがんでいる先輩は、まるでタイミングを呼んだかのように現れた。

 先輩が珍しくキャラ崩壊(そとづら)を起こすほどの恐怖に駆られたのは解るが、今日はどうしたのだろう。獅子王先輩の唐突の登場に内申驚きながらも必死さを感じたので、何かあるはずだ。

 ここでは深く聞かないべきだと思ったのが通じたのか、キヨくんは自然の流れのように律歌さんに尋ねる。


「じゃあ、リツは?」

「アクセサリーショップかしら、ちょっと気になっている物があるの」

「いいね。じゃあ、リリィちゃん俺と一緒に雑貨見に行かない?」

「なんでオレがお前と」

「いいからいいから、じゃあ、また各次カイサーンってことで! ほら、行こリリィちゃん」

「お、おい!」


 キヨくんに手を掴まれて走り去っていったルカを見て、仲が悪いのか迷う二人が言ってしまったことに一抹の不安を抱きながらも、律歌さんも「それじゃ、行ってくるわ」と手を振りながら去っていった。


「行くぞハピネス」

「ここから近いなら蔦〇書店とかG〇Oですね、どうします?」

「G〇Oにしよう、ゲームもみたい」


 息が整ったのか獅子王先輩が私に声をかけてきた。

 このショッピング街にある場所で自分たちの距離から近いその二つを候補を幸子は挙げると獅子王はすぐに即答した……彼が何を見たいのかは、わざわざ想像しなくても予想できる。


「じゃあ、先にゲームを見ましょう……エロゲーの新作は流石に置いてないと思いますが」

「違うって幸子ちゃ、いやハピネス! エロゲーしかプレイしないのが本当のエロゲーマーじゃないんだからな!!」

「いえ、私は恋愛シュミレーション系のゲームならヒロイン(おとめ)攻略対象キャラ(あかいいとのあいて)の物語がプレイできる会社の乙女ゲーをプレイしたことがある程度なので」

「それ、オトメイ」

「おそらくですが、獅子王先輩のやってるゲームキヨくんが知ってると言っていたんですが、そのタイトルを今言ってもいいでしょうか?」

「やめて!? 公然の前で自分がプレイ済みのエロゲーのタイトル言われるとかどんな羞恥プレイですか!?」

「それじゃ、行きましょう」

「え? あ、ああ」


 先輩が遊んでいるエロゲーのタイトルは正直知らないが、そう言わないとあえてゲーム会社の名前を伏せて言っていたのにこんなところで嫌なので強行手段を選んだ。

 それと、律歌さんの言葉を借りるならしっとり問い質させてもらいたいことがある。

 店の自動ドアが開き、店内に入る。

 獅子王先輩はすぐにゲームコーナーに向かい、適当に新作のゲームを見比べている。


「……今日はキャラがブレていましたね、獅子王先輩。らしくないです」

「それ、は……そうだな、うん」


 獅子王先輩はゲームのソフトを見ているところを私は小声を意識して話しかける。

 学校の時はルカの前でも中二病(おうさま)スタイルでいたというのに、今回は本人の素の性格を明日奈さんにも律歌さんにも見せてしまっていた。それほど動揺したのだろうというのは頭で理解できるが、普段の彼なら、いつも通りにできていたはずだ……怪しい。

 それに疑問は、それだけではない。


「嫌、ちょっと色々あってさ」


 獅子王先輩は首を掻いて、気まずそうにする。

 珍しいなと思ったのが本音だ、中学時代の時は中二病口調である程度言った後で、素のモードで話してくれることが多かったから、ともいえるかもしれない。

 私は先輩から数段離れた位置のゲームソフトを適当に一つ手に取る。

 タイトルは『ようこそ、ヨモガ動物園へ』……か。育成ゲーム系だろうな。

 って、いかんいかん。


「それは、聞いてはいけない内容でしょうか」

「うーん、ちょっと聞きたいんだけどさ、いいかな」

「今回の勉強会のことですか?」

「うーんそれは……」

 

 話を聞きながら、ゲームの裏表紙を見る。

 どうやらこのゲームは動物園の飼育員の男の人が主人公で、ヨモガ動物園の閉園を阻止するという内容らしい。育成と園内の関係者や知人との恋愛もあるゲームのようだが、育成だけかと思ったが恋愛もあるのか。姉さん育成ゲームも好きだから、サプライズとして買っておくか。

 ちらりと、獅子王先輩の様子を見る。

 少し、困らせる質問だったろうか。


「あ! 幸子ちゃん、このゲーム遊んだりしたことある? 最近俺ハマってるんだー」


 獅子王先輩は何か気になるのを見つけたのか、ダークな印象を受けるイラストのゲームソフトを手に取った。タイトルは『不老の魔女と不死の断罪者』……あ、これって。


「……確か、アヒム・リヒターの原作の『魔女を名乗る魔女』をオマージュしたヤツですよね」


 アヒム・リヒターはドイツの小説家で、中世を舞台とした世界観で巻き起こる魔女狩りをテーマにした小説だ。獅子王先輩が知っていたのには驚きだな。


「そうそう! 褪原暮人(あせはらくれと)さんがシナリオ担当したヤツ! 幸子ちゃんも知ってる?」

「はい、コミカライズされてましたから小説版と漫画版どっちも持ってます、主題歌の曲もいいですよね夜明けの光でしたっけ」

「いいよねー本当に不罪(ふざい)って、一時期エロゲー出るんじゃ、って噂されてたんだけど、デマだったみたいでさー……すごいショックだった」


 それならエロゲー好きの先輩は確かに惹かれるだろう。でも、どこぞの全国の英雄をかき集めて戦うゲームのような、元はエロゲーの類の類だった気がするが……それとはまた違っただろうか。


「えっと、……幸子ちゃんはラノベ好きだったよな?」


 先輩は唐突に首元を掻き始める。

 気まずそうにしているが、本が好きな事なんて先輩は知っているはずだが、何が狙いだ?

 とりあえず幸子はお得意の鉄仮面(むひょうじょう)で肯定する。


「はい、ラノベに限らず本というジャンル自体が好きですが」

「好きなものを、相手に合わせて、好きでもないのに好きって言ったりする時ある?」


 先輩は不罪のゲームソフトを棚に戻し、しゃがんだまま他のゲームソフトの表面をなぞりながら物色している。

 ……ああ、そういう。 


「……あまり、ないです。嘘はつきたくないので」

「でも、どうしても嘘を吐かないといけなくなったりしたら?」

「そんなことないようにしていますが……」

「あ、言い方変える。嫌いではないですよー、みたいな言い方とかはしたことある?」

「……それが、ルカの気に入らないことだってわかってます」

「えっと、いや、その……そこは、」

「そういう意味で聞いたんじゃないんですか?」

「え、っとー……」


 先輩は立ち上がり、私の顔を見ず上の段のゲームソフトに視線を向けた。

 獅子王先輩は、こういう時の誤魔化しが下手だ。私じゃなくても、普通の女の子なら大抵そんな言い回しをされたら気付くだろう。


「大人になっていく過程で、絶対ではなくても必要な時はありませんか? 先輩も必要な時に、相手が傷つかないようにと意識するような親しい相手がいるなら、経験するものだと思います」

「それ、オーバーキル……」


 先輩は胸に手を当てて、体を猫背にさせた。

 あ、まずい。そんなつもりじゃ、


「あ、ごめんなさい! 嫌みの意味じゃなかったんですが、」

「ああ、分かってるよ、でも、リリィちゃんが言ってたことになるんだけどいいかな」


 手を私の前まで持ってきて、大丈夫と合図してくれた。

 とりあえず、私も一旦息を吐いて頭を冷静にさせる。


「何でしょう」

「リリィちゃんも、自分らしくいたいって、話してたんだろ?」

「はい」

「リリィちゃんさ、幸子ちゃんから自分らしい自分でいることを捨てたらダメだって言われたって言ってたんだ。だから、幸子ちゃんに昨日の勉強会で否定されて本当に悲しかったらしくて……だから、頭に血が上っちゃってたらしい、んだけど」

「だから、ルカはちゃんと解ってくれないんです。私が言った一つのその言葉に囚われて、それ以上の言葉をちゃんと今聞こうとしてくれていないんです」

「……幸子、ちゃん?」


 手を強く握って、溢れそうになる感情を抑えた。

 ルカの機嫌を少しでも変えるように、少し気持ち悪いかもと思ってしまったけれど、数字遊びの話題を振ってしまった。あの時は、私もちょっと余裕がなかったのは解ってる。

 私は長話になると踏んで、手に持っていたゲームソフトをいったん棚に戻してから先輩に尋ねる。


「あの、先輩、ここじゃなくて休憩場で話しませんか? こういうところで話すと目立つと思うので……」

「わかった、じゃあいったん外出よっか」


 そうして私たちはG〇Oから出て、休憩場の自販機前で話をすることにした。

 先輩が先にホットコーヒーを買ったので、私は後から自販機のコインの投入口に一五〇円を入れて、ホットココアを取り出し口から取り出す。

 先輩は黒いラベルをした缶のタブを開けてカフェインたっぷりのコーヒーを飲む。

 私も、彼を見てからココアのタプを開けて、息を吹きかけてからそっと飲んだ。


「……先輩、大人になるとどうしても自分らしい自分を維持したとしても、ある程度の礼儀は守らないといけないですよね」

「ん? うん、そうだとは思うけど……」

「私、ルカがずっと自分らしくいたいってばっかり言うから腹が立っちゃって、いやそれしか頭が回らなくなるくらいショック、だったのかもしれないですが……ちゃんとわかってもらえてないかもしれないんです。上手く説明できてなかったと思うので」

「でも、謝ったんだろ?」

「自分らしさを保つことの否定に関しては、謝りました。でも、どうしてルカはそのことを先輩には話しているのに、私には言ってくれなかったんでしょう」

「当たり前だって、安里がいたんだろ? お互いに話したいところで、警戒してる奴の前でいう奴いないって」


 獅子王先輩の言葉に説得力はある。きっとルカも獅子王先輩だから話せたことがある、と言うことなのも解っている、だが……一番のネックはそこじゃない。


「……それに私、二人がどうしてそこまで仲が悪くなったのか聞けてないんです。聞きたくても、二人の問題かもしれないからって言えずにいて」


 そう、何度も言うように二人は最初の出会った時はそこまで仲が悪くなかったのだ。

 もしかしたら、私が何かを実はやらかしていて二人の仲が悪くなっていたらという可能性も捨てきれないからこそ、怖いのだ。私も言葉が不器用なところがあると思うし、説明しようと思ったら長台詞になってしまうから、大事な要点をまとめられない私も悪いし。


「ん? あー、俺もよくは知らないけど、なんか漫画? のことで喧嘩してああなったらしいよ。俺が知る限りは」

「………………漫画?」

「うん」


 漫画、いや、あの二人が漫画の話題で喧嘩? いや、それくらいのことであの二人は言い争ったりしないはず。だめだ、頭がまとまらない。


「ちょっと待ってください、ちょっと待って……そんなこと、だったんですか?」

「いや、細かいところはわからないけど、解釈の不一致ってオタク仲間では一番痛い奴だから! 時には決定的な溝になるから!!」

「それは……はぁ」

「親友なんだろ? 信じてあげろって、そりゃ、仲悪い原因が自分だったらって思うと怖いけどさ。幸子ちゃんの場合ほんとそういうところだからな?」

「解ってます、よ」

「だったら、グッドスマイル」


 先輩がぐっと親指を立てて笑う先輩に、上手く笑えなかった。

 だって、最近ルカとの付き合い悪かった方だったろうし、嫌われてもしかたなくて、不完全燃焼な怒りなんて頭の中からもうすでに消えていた。


「そう、だったんです、ね」

「ゆ、幸子ちゃん? なんで泣いてるの? 美人が泣いていいのは、こういうヤツの前じゃないぞー?」


 先輩の優しい言葉で目じりから冠水した涙で先輩の顔がよく見えない。

 

「っふ、うぅ」

「な、泣かないで幸子ちゃん……! こんなところ、ルカたんにでも見つかったら、」

「……ユキコ? おい、何人の親友を泣かせてる!!」


 向こうの方から誰かの声を聞いた気がした。

 私の目の前でストライプのシャツがなんとなくだが目に飛び込んできた。

 ……ルカ?


「って、うそぉおおおお!! お姫様のピンチに登場する王子様みたいな登場しちゃうのルカたん!!」

「ユキコ? 大丈夫か? いじめられたのか? 大丈夫だからな」

「って、スルー!?」

「っふ……うぅ、っ」

 

 優しい声でルカは私を心配する。ああ、普段泣かない私が泣いてる時、いつも小さい時からこうやって駆けつけてきてくれたっけ。


「……泣かせたのはやっぱりアンタなんだな?」

「いや、こ、これには深いわけが……!!」


 ルカのドスが効いた声で、先輩が縮こまっているのがよくわかる。

 ルカは、私の涙を手で拭ってくれた。


「やっぱりこの前の話は無しだ先輩」

「え!? マジで!?」

「当然だろう、オレに信用させるフリをして、オレの大切なお姫様を泣かせるなんて重罪だ、ヨーロッパ式の土葬と日本式の火葬、どっちがお好みだ? わかりやすく聞いてやるよ……イエス、オア、イエス?」


 現状が頭に入ってこない私はポキリ、ポキリと指を鳴らして先輩に近づくルカを止められなかった。

 獅子王先輩は手をパントマイムみたいに振って、自分の心を落ち着かせようとしているようだ。


「どっちもハイしかねええええ……タイム! タイムタイムタイム!!」

「喧嘩打ったのそっちだろ? 極刑だ、安楽死なんて期待するなよ」

「ぎゃぁああああああああああ!!」

「何道で大声で喧嘩してんの、他の人イスに座って静かにしてるのに迷惑じゃん」


 私の後ろに現れたキヨくんは、ルカの肩に片手を置く。

 段々頭がさらに混乱してきた。


「キヨ、く、」

「ああ? アサト、今なんて言った? ユキコが泣いてるのにお前は他人の心配か? ……恋人よりも他人か」

「こらこら、不良モード抑えて抑えて、そんなんじゃいつまでも自立できないよー」

「何がだ、むぐっ、」


 幸子には見えていないが、今人を殺しかねないほどの憤怒に満ちた顔を浮かべているルカに恐怖を抱いている獅子王に面白がる清は、本当に店の迷惑になるなと判断し、ルカの口元に手を(あて)がう。


「一回冷静になりましょう白百合姫、君、これから高校生になるのわかってるよね?」

「それを呼ぶな、って、ユキコが泣いてたことが重要で、んぐ!?」

「そういうところがリリィちゃんの課題でしょー、そんなことしたら本当にリリィちゃんの夢白紙になるよ?」

「それ、は……っ」

「せっかくの最終日の買い物、楽しむんじゃなかったの。ほら、他の人すっごい睨んでるの感じなーい?」


 あ、さっきまで全然気づいてすらなかったけど、通りを歩く人がみんなこっちを見ている。

 人差し指をルカの唇に触れるか触れないかくらいの距離で立てる清に心の中で『くそぉおおおおお!! 俺のかわいいルカたんにぃいいいいい!!』とはこの場にいる三人は露知らず。

 ようやく気持ちが治まってきたのか、幸子はハンカチで涙を拭いて、よーく今の状況を再確認する。

 ……これに関しては私も悪いですね。


「ぐっ、それは……」


 でも、一番にルカから聞こうと思っていたのにズルをしちゃったのも事実。

 ここは、痛み分けといこう。


「ルカ、大丈夫です。目にゴミが入っただけなので」

「あんなに泣いてたのにゴミのわけ、」

「先輩が私にエロゲープレイしない? って詰め寄ってきたんですが、あまりよくわからなくて」

「え、ちょっと幸子ちゃん!?」

「そんなことを……まだユキコは成人していないんだ! 可愛い乙女になんてことをしようとしてるんだアンタ!! 一発殴らせろ」

「えー!? 俺が悪いのー!?」

「リリィちゃん落ち着きなって」

「うるさい黙れアホサト」

「わ、いつもより優しめな罵倒ぉ」


 私はルカに抱き着かれて、見ようによっては獅子王先輩からも見えるようにあっかんべーをして挑発した。


 ――――ごめんなさい、先輩。今回のことは後でお詫びするので。


 人差し指を下目蓋(したまぶた)から放し舌を出すのをやめて最後にアイコンタクトを送る。

 気づいてくれたらいいなと思いつつ、ルカの胸の中に埋もれた。


「っぶ、あはは、」


 先輩が噴出して笑った声が聞こえたのはあえてスルーする。

 自分の行動に照れを感じさせないためである。


「何笑ってるんだ? アンタ。そんなんでオレが許すと思ってるのか」

「なんでもないぞ、白百合姫よ」

「は? アンタ……覚悟はいい――」

「リリィちゃーん、時間大丈夫なのー?」


 キヨくんが首を傾げながらルカに尋ねる。

 ルカは幸子から離れ、腕時計を確認した。

 さっきまでの怒っていた顔はどこにやら、青ざめた顔を見せるルカに清は溜息を吐く。


「……? まずい、そろそろ時間だ」


 幸子は顔を隠せる場所が無くなったので下に顔を背ける、という行為をするのを選ばずにじっとルカの顔を見つめた。


「ルカ」

「……? どうした、ユキコ」

「帰っちゃうんですか」

「悪い。まだ一緒にいたいんだが、また暇があった時日本に来る予定だから……それじゃあな」


 その言葉で、ルカが隠そうとしている本音を全て読めた幸子は去ろうとするルカを止めさせる。


「ルカ……!」


 ルカが離れたことが名残惜しかったのもあったがこれだけは伝えないと。

 

「ん? どうした?」


 ルカはこちらに振り返る。少し、(さび)しそうな笑顔で。


「アメリカに行っても、大親友の私は貴方の夢を応援しますので、素直だけど気遣いできるレディになってくださいね、じゃないと私絶対アメリカ行ってあげませんから」


 私は、最後に一番に伝えたかったことを涙目になるのを堪えながら彼女に向けて言った。

 ルカは一瞬きょとんとして、でも、すぐに私の知るどんなトップアイドルやモデルも負けてしまう素敵な笑顔を向けてくれた。


「……がんばるな、楽しみにしててくれ」

「はい」


 そう言って、ルカはG〇Oから颯爽と去っていく。

 これは最後じゃない、ルカが夢をあきらめないでくれる限り、私の夢も絶対に叶えて見せるんだ。


「我ら、何見せられてるの? ドラマとかの恋人の別れのワンシーンを自販機前でやるってシュールじゃない? え、そう思うの俺だけ?」

「先輩、感動台無しですよやめましょうよそれは」


 隠れて小話をする二人の会話を耳にして、さすがにG〇Oでやることじゃないよなと即座に反省した。


「さぁ、先輩会計を済ませましょう。いますぐ済ませましょう、買う物他にありますか?」

「え、ここG〇Oじゃなくて、外だけど」

「そうですか、じゃあ私さっきのゲーム買ってきますね」

「ゆ、幸子ちゃん!?」


 泣いてしまったことの恥ずかしさをプラスして赤面したくなるが、自分が常に殺してきた鉄壁な表情筋は俳優の人の演技みたいに負けていないなと心の中でいいわけしながら切り出してそそくさと店に戻って買い物を済ませる。

 そして気がつけば、自販機に背を持たれながら缶コーヒーを飲んでるキヨくん一人でいた。

 キヨくんが言うには獅子王先輩は用事でもう帰ったと言うことだ。律歌さんとは後から合流するとのこと……私は申し訳なく、小声で「ありがとうございます」と言ってから近くのイスに座る。


「よくわかんないなー、なんかお礼されるようなことした?」


 キヨくんは自販機から背を持たれるのをやめ猫背気味に私に聞き返す。


「……キヨくんが、今回の勉強会、予定組んでくれてたんですよね」

「何でそう思うの」

「……わかりますよ、こんな都合よくみんなと会ったりできるわけないですし、ルカなんて入学式までにいろいろなことがあるって言ってたのに、」

「楽しかった?」

「……泣いたりしちゃったのは予想外でしたけど、いい思い出ができました」

「ならよかったじゃん、いい思い出がたくさんあるほうが幸せってもんなんだし」

「そうですね」

幸子(さちこ)ちゃんなだけに、人生幸せなことが不思議と起こってるのかもよ?」

「もう、私は幸子(ゆきこ)ですよ」

「そうだったねー……はい、これあげる」

「え?」


 キヨくんが後ろから私の首に何かをかけてきた。

 瞳の一瞬過った物はアンティークと言われても違和感のないハート型の宝石が入ったデザインのペンダントだ。石は赤いから、ルビー……だろうか。

 私の誕生石ではないが、どういうことだろう。

 こんな、本当の恋人に贈るべきでろう物を、私なんかに。


「天使ちゃん、喜ぶかなと思って」

「キヨくん……」

「ねえ、天使ちゃん。正直、今もまだ俺と偽の恋人でいたいと思う?」

「……高校卒業したら、別れるって話じゃなかったでしょうか」

「だよね、だから渡そうと思ったんだ」

「どういう、ことですか」

「お姉さんから聞いてない? その場(しの)ぎのおままごとは、本当に大事なのかって」

「それは、……」


 いつになく、キヨくんは真剣だ。いつもの飄々とした態度と違う。

 けれどこれは、姉さんが言い出したことだ。姉さんが、漫画を描くための資料や情報を集めるためにと言う理由でやってるだけのことなんだ。

 はっきり言って高校生の卒業まで付き合うなんて、彼の性欲も考えたら無理だからセフレがいるのもわかっているし、何もされない現状に満足していたと思う。だから高校生デビューをするのと同時に、キヨくんの恋人らしく振舞ったら、彼はその間の時間だけ私の傍にいてくれるなら、それは私にとって未来へのチップであるはずなんだからと、信じてはいた。


「……今の関係を壊すのは、嫌です」

「俺は友達でも問題なかった、仕事仲間でもよかったんだよ。だから忠告した……それが、どういう意味か本当はもう気づいてるよね」

「それは……」

「高校生デビューはいい、でも、俺といつまでもこの関係でいたら本当の恋愛がでないままなんだ」

「……本当の恋愛って、何の価値があったら本物だなんて言えるんですか。そんなの他人じゃなくて、自分が決めるから、意味があるものなんでしょう」


 買ってきたビニール袋の取っ手を少し強めに握る。


「幸子ちゃんは、本当にいいの?」

「……いつもみたいに、天使ちゃんって呼んでください。貴方は、女の子に嘘はつかないんでしょう」

「……今なら、そのペンダントを捨ててくれれば、俺がフラれたことになるだけだから」


 なんで私こうやって言葉を取り繕うことばかり得意になっていくんだろう。

 ああ、ルカが本当に羨ましくて、しかたない。


「ねえ、キヨくん。私のことを想ってくれるなら貴方が振ったことにしてください。そうすれば、私は……今日までの思い出を、大切するって誓いますから、」


 私は、首にかけられたペンダントに触れる。

 少し、また涙が出そうになってきたから地面を見つめる。

 偽とはいっても、恋人を演じてくれたのだ。こんなわがまま、言える立場じゃないのも解ってる。

 でも、私は……空っぽなんだから、しかたないじゃないか。


「はぁー……、だってさ、お姉様」

「マジでごめん安里くん、これは完全にアタシのせいだわ」

「……なん、で」

 

 外に出かける時は必ず化粧している人は、私よりも感情のない無表情を浮かべるのは父と母がケンカしていた時くらいだ。全身黒のコーディネイトだったのもあったからか、そんな顔を浮かべる彼女が少し怖かった。


「姉さん、なんで、ここにいるんですか」


 一歩一歩、私の元まで姉はやってくる。

 それ以上近づけられたら、私、また泣いてしまう。


「うん、いい機会だったからっていうか、どうしても聞いてみたかったのもあったっていうか、その……本当に、楽しい勉強会で終わらせてあげたかったんだけど……ごめんなさい」

「……謝らないで、ください。私が悪いんです」


 しゃがみ込んで私の顔を覗く姉さんの目が、一瞬潤んだのが解った。

 顔を私から背けたと思ったら、姉さんは絞り出した声でキヨくんに質問をする。


「……ねえ、やっぱりさ。幸子と付き合うの延長にしてもらっていい? 安里くん」

「なんでです? 幸子ちゃんの意思はどうなるんですか」

「まだ、荒療治してもらえないとダメみたい、だから、今回はとりあえず学校祭までじゃダメかな」


 ……ん? 荒療治? どういうことだ。


「……名美さん、その選択して本当にいい思ってるんですか。原因、わかってるのに」

「うん、でも、安里君と出会ってからの幸子は、変わったのは本当だから、……ダメ、かな」

「あの……全然、状況が読めてないのですが」


 頭がまた混乱していることをよそに、キヨくんは私に近づいてきて私の手を包むように両手で握ってきた。


「……幸子(ゆきこ)ちゃん。俺との関係、延長したい?」


 上目遣いで、真剣で、でもその目が本当に私を心配してくれているんだと思うと、本当に申し訳なくて。


 ――――――ああ、やっぱり。この人は、きっとそう言う人だって判ってたから。


「ありがとう、ございます。キヨくん」

「幸子ちゃん……」

「……あだ名で呼ばれないのって結構怖いことなんですね、初めて、知りました」

「……初めて、って、友だち同士ならいくらだってあることじゃん」

「貴方だから、貴方だったから、知れたんですよキヨくん」

「…………幸子ちゃん」

「だから、交換条件を提示してあげますね」

「え?」


 あ、初めてキヨくんに「は?」じゃないけど真顔で言わせた気がしますね。


「私が、高校でキヨくんじゃない誰かを好きになったら、遠慮なく別れます。だから、その代わりに私との関係を絶たないでください、絶たないでいてくれるなら貴方がしてほしいこと、私ができる範囲でなら全部すると誓います」

「……お姉さんの漫画のネタのためにじゃなく?」

「いいえ、違います」

「……、そ、っか。なら、いいよ。幸子ちゃんのしたいように青春を謳歌すればさ」

「それ、キヨくんはまるで青春謳歌してないみたいな言い方じゃないですか、私より一番経験持ってるのに」

「それは、」

「安里少年は心配しすぎなんだってー!」

「……誰だって心配しますよ、こんな俺みたいなヤツじゃなく本当に好きになる人との時間が幸子ちゃんにはとっても大切なことなんですから」


 む。今のは聞き捨てならない。


「……キヨくん、こっち向いてしゃがんでください」

「え、いいけど……なんかヤな予感が、」

「ふん!!」

「え? い゛っっだぁ゛あ゛あああああああ!!」


 キヨくんが頭突きされて地面でのた打ち回っている。

 私も頭を押さえて悶える。  


「…ぅううう、痛い」

「っぷ、あははははははは!! 確かに、前までのユッキ―なら絶対しないわぁー! っはは」

「どうですかキヨくん、私の渾身のヘッドアタックは」

「それ言うならヘッドバッド!! もしくはチョーパン!! ………いってぇー」


 まだ痛そうに悶えてるキヨくんは、上半身を起き上がらせた。


「……そうそう話を変えますけど、律歌さんはどうしたんですか?」

「先に幸子ちゃんの家に行ってるよ、兄貴もすでに待機してる」


 ムンクの叫びと全く一緒の顔をする姉さんがキヨくんの背後でしていたので顔には出さないがびっくりした。キヨくんは特に気にしていないが、結構やばいのではないだろうか。


「ちょっと待って安里くん? ……アタシ、聞いてないんだけど」

「今言ったもん」

「聞いてないでござるよ!! そういうこと先に言って!?」

「でも兄貴が連絡入れるって言ってたはずですよ」


 キヨくんの胸ぐら掴んだと思ったら、すぐに姉さんはスマホを見て表情が凍り付く。


「やばい! 明日お酒飲むって決めて用意してたおつまみとお酒支道さんに全部盗られちゃうぅ!! ユッキ―、アタシ先に帰ってるから!!」

「ね、姉さん!?」

「さらばぁあああああああああ!!」


 すぐに一目散に帰って行くのを見て、姉さんは陸上選手にも負けず劣らずのスピードで走っていった。

 本当に、私の姉はころころ変わる天気どころか台風のような人だ。

 ……だから、飽きないのだけど。


「っぷ、ふふ。本当にご迷惑をおかけしてすみません。キヨくん、それと……わがままを言ってしまってごめんなさい」

「……まあ、幸子ちゃんが自分の意思じゃないって、お姉さんから何度も言われてた時があったから。高校生デビューするのに、新しい恋をした方がもっといいんじゃない? っていうのもあったんだよ」

「じゃあ、キヨくん」

「何?」

「最後に高校生デビュー前の私を、プロデュースしてくれますか?」

「喜んで、天使様」

「天使様って言われるほど、可愛くないですよ」

「天使ちゃんは可愛くなろうって努力してるでしょ、そんなの本当の恋人じゃないとか関係なしに可愛いよ」

「……ありがとうございます」


 そして、家の中で律歌さんとキヨくんから徹底的にファッションの極意を徹底的に鍛えられた。

 その間の時間、姉さんが支道さんにこってり絞られて、お酒とおつまみを取られてしまったところには三人で笑った。

 律歌さんとキヨくんが帰った後ルカから「今日はアメリカに行く日だったんだ」と、ラインで明かされたため今日買った服の写真と応援のメッセージを送って眠りについた。

 今日が終われば、後は入学式を待つだけ……不穏な予感を隠せなかったけれど、もし何かあったとしたら勇気を出してキヨくんに聞いてみようと思った日だった。



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