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04.幸子の高校生活デビュー前日 メイク編

「どういう心境の変化よ。ユッキーがアタシにメイクしてほしいだなんてさー……もしかして浮気とか? 新しい彼氏はキヨくんみたいなオラオラ系じゃないタイプあたりがいいかも」

「キヨくんじゃないのでそんなことしません……雑魚系です。ちょっと、大人なりたいと言いますか少し気になりまして。そのリップはまだ私には早いと思うんですが」

「えー? 雪女のメイクだったらこれいいかなって思って用意したのにー」

「コスプレするために姉さんを呼んだつもりはないです」


 名美はうきうきとした口調で幸子をからかう。

 姉さんはいろんなメイク道具を見比べどれが似合うかなーと、いつもよりも調子に乗っている名美はいろんな色のリップを幸子に見せる。名美がいくつかの青系のリップをちらつかせたため、それはさすがに断った。


「うふふー! 今年のコミケの売り子の約束、忘れるんじゃないわよー、でも、メイクはアタシよりアンタの方が得意でしょ?」

「姉さんがやれと言うから覚えただけです。でも……今日は緊張して上手くできないというか、その……さっきまで洗面台で何度も失敗してるの見たじゃないですか姉さん」

「中学の頃より可愛くなったわよねームカつく! リア充滅べとは今日だけは言わないどいてあげる~♪」

「たった今言ったじゃないですか」


 幸子はメイクをしたいと名美に話すと聞いたすぐに同人仲間の方々と一緒になってかき集めたメイク道具をテーブルに置かれている。リビングテーブルのイスに座られた幸子は素直に困惑している。

 清にメイクが得意分野だと豪語しておきながら肝心の今日、緊張して上手くできないとか……恰好悪いにもほどがある。

 大人になりたいという意味は間違えていない。

 高校生になったら、元々もう少し自分に対しての勉強はしておこうと思っていたのは事実。

 それが早まっただけのことだ。

 姉さんにメイクを頼んでから、数時間……キヨくんの約束の時間までほんの少ししておいてもいいだろうと思った私が馬鹿だった。



 ◇ ◇ ◇



「来たよー天使ちゃーん! ……あれ、いない。インターホン押したのに珍しいな」


 清は約束通り、幸子の指定した時間に彼女の家に訪れていた。

 いつもならエプロン姿なり私服なりで迎えてくれる彼女がいなかったことに疑問に思った清は、すぐになぜいないのか状況を把握しようと思考を巡らせる。 

 自分と幸子は地元の高校に受かった、この三日間はあくまで彼女の高校生デビューを目的にした強化週間のようなモノ……それ以外に関することが何かあった可能性は低い、他に可能性があることがあるとすれば答えはなんだろう……? と考え込んでいると、扉が開かれてあるリビングから声が聞こえてくる。


「姉さんだからそれはやめてください!! そっちのエッチな衣装は着ませんから」

「そんなこと言わないのー! ちょっとくらいいいでしょー? ちょっとよちょっとー!!」

「……何事?」


 玄関の扉を閉めた清は、なぜか嫌がってる彼女の声がリビングのところから聞こえてくるのに気づく。

 エッチな格好という単語が聞こえたため、清は幸子が名美に遊ばれているだけかと知り安堵した。

 靴を脱いで向かえばリビングで大量のメイク道具一式がテーブルに並べられた空間は、まるで俳優や芸能人などのテレビで見る楽屋の雰囲気だった。とどことなく入りづらくいた清はちらりと立ちながら何か叫んでいるメイドキャップを頭に被った天使ちゃんらしきの後姿を見た。


「メイド服かー……もしかして天使ちゃん?」


 そう、メイド服。

 秋葉原などでよく見かけるようなミニスカメイド服ではなく、中世などで一般的にあるようなロングスカートの黒いメイド服だった。中学の学校祭の時にミニスカメイド姿は今もお姉さんのネタ用にきちんと保管してある。細身寄りの体系だがしっかり出るとこは出ている天使ちゃんは大人になったら化けると思うのは秘密である。


「キヨくん! もう来てたんですか」


 後ろへ振り返った幸子が困った顔で見つめてくるのに、名美の締め切り後はすさまじいんだなとある意味感心する。清はすぐに愉快げに笑って、幸子をからかう姿勢に入る。


「あら、すでにお手入れ中? カワイイねぇ、天使ちゃん。メイド姿似合ってるけどこういう面白そうなイベント、なんで先に盛り上がってるかなー」

「それは……姉さんが勝手に」


 テーブル近くのソファに数着置いてある衣装の一つを持っている名美の姿も確認できた。

 

「あー安里少年ー! アタシの妹のナイスメイド服に恐れ(おのの)け! どうだ、美人だろー」


 数距離離れているが、幸子とケンカしながらも名美は清の声が聞き取れたらしい。

 名美お姉さんって地獄耳って言われたことないだろうか。


「美人ですよねー、お姉さん的には俺じゃなくて、もっとしっかりしたクール系の男子がよかったでしょ? ネタ的な意味で」

「うん、そうだよ! でも皮肉屋はお断りします。アタシのメンタルそんなに強くないし」

「本当に欲に忠実だなーアンタ、でも俺お姉さまの好きなジャンルは兄貴を通して知ってますし……あの件を除けばまだ一応ファンですけど……やっぱ天使ちゃんにチクろうかなー」

「安里少年、それだけは言わないで! アタシの姉の威厳に関わるから!!」

「あの件って……キヨくんは姉さんと何かケンカでもしたんですか?」

「あー……えっとだね、ユッキー? それは」

「今書いてる触手系のエロ同人本は好きですよ、続きを楽しみにしてますねー」

「触手? そんなもの姉さん描いてましたか?」

「わーわー!! キヨくん、後で原稿見せてあげるからそれ以上は」

「了解でーす」

「……あ、それどころじゃないんです、キヨくん! 私のメイク時間が徐々に減ってきています! 姉さんがやると一時間くらい余裕でかかるから、早くしないと……!!」

「でもなんでメイド服? ご奉仕とかしてくれる予定とか? デザートは天使ちゃんの」

「そんな予定もありますねお願いですから着せ替え人形にされているので助けてください今すぐにです」


 いつもより早口でまくし立て、清の後ろに隠れる幸子は名美に「ずるーい!」言われたが無視した。


「え……デザートはもしかして、アタシの妹、だ・と・か? キャー!! キヨ君ったらエッチぃ!」

「それは姉さんの頭じゃないですか。今度はBL脳じゃなくてエロゲ脳ですか」

「そんなこともなくない、が、漫画とかアニメでもモテ男がデザートはあの子の、なんてフレーズ! もうすることは何なのか決まってんじゃーん」

「だから違うって言ってんだろうがこのアバズレ! いい加減にしろ!」

「あ……今キュンってきたぁ。眼鏡をかけてからもう1回、もう1回! 目線も流し目の冷たい感じでアタシを罵ってぇ!! ちなみに、スーツ姿も用意をしておいてあるんだけど、着る!?」

「皮肉言われたりするの苦手だって言ってたんじゃないのかよ、アンタ」


  妹の幸子にとっては執筆部屋での名美がいつもこんなテンションなのを知っているため特に驚かないが頬を赤らめ、自分の性癖を惜しみなく表す名美に清は少しだけ引いていた。

 清はそれを表に出さないように、右手で名美を制し命令する。


「ご褒美あげたんだから、これ以上はダメでーす。それより天使ちゃんのメイクに付き合ってあげなさい」

「えー!? あ、ごめんごめん。そろそろしないと遅くなるよねー? メンゴメンゴー」

「……キヨくん、本当にごめんなさい」

「大丈夫、本気で怒ってるわけでもなんでもないから、本気の怒りの時は兄貴呼ぶから大丈夫」

「わーん! 怒った時の支道さん怖いんだよー!! やめて安里君ー!!」

「でも着せ替え人形って、お姉さん中学の頃もなんか似たようなことしなかった? ていうかメイクするんじゃなかったの天使ちゃん……お姉さん明らかに暴走してるけど」

「姉さんがキヨくんを待っている間にメイクしてたらキヨくんのアドバイスが意味ないって……」


 後ろでぴったりくっついている小動物に清は訊ねると、そんな言葉を投げられた。

 間違っているとも正しいとも取れない発言だなと清は幸子の言葉を静かに飲み込む。

 少女漫画でも少年漫画でもこんなベントがある的な展開なのかコレは? 友達から勧められたヤツでも、こういう感じなのはあんまり多いイメージじゃない気も……でも、明らかに天使ちゃん困らせてるのはよくないハズだ。

 

「でもコスプレは関係ある? 遊ばれてる感アリアリだったけど」

「姉さんがノリノリで既存作品のキャラの格好をさせようとするから本当に困ってて……もうメイクどころじゃないのはヒシヒシと思っていたところです」


 清は幸子の言葉を聞いて、お姉さんがバーサーカー状態なのを解除したいのは事実なのだろうがネタのためならどんな手段も取る、という意味ではこの二人はとても似通っている。

 ニヤリと名美が自分に向かって笑ったことになにか企んでるとすぐに見抜いた。

  

「あーそうそう、その話もあるんだよねー? 幸子は今年の売り子の約束はしてくれたしー? 夏コミ行くのにも度胸をつけなきゃダメって話してたのー! そういうことだろ?」

「本当? 天使ちゃん」

「否定は、しがたいかなと」

「素直にモエ魂を燃え上がらせるのがアタシという女……! でも、今日はここまでにしようかなー? メイクとか、本当なら幸子もできるんだし~? まあ、どうしてもって言うなら、今日は二人でコスプレ着てくれるなら……協力してあげてもいいよ?」

「それを言うなら、兄貴をここに今すぐ呼んだっていいんですよ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!! 悪かったから、ちゃんと幸子のメイクに付き合うからー!! だから締め切りと頭のネタ尽きてる時にその弟権限(ぼうりょく)は止めてー!!」

「でも、姉さんのネタを増やすためなら……私、やりま」

「天使ちゃん自己犠牲すぎ。天使ちゃんのコスプレ大会は見たいけど、今それどころじゃないだろ!? 天使ちゃんは高校生デビューするんじゃなかったの」

「そうですが……今は、両親のお小遣いと姉さんのお金でやりくりしてますし」

「現実的ねー」


 清は頭を抱え思わずため息をこぼした。

 

「あ、そうそう! ユッキー中学の頃はあんまり見せることはできなかったけど、今年はありでしょ? ユッキー売り子出るって宣言したんだからさ! コミケ前日に衣装確認するのも大事だし、今日はちょっと遅くなりそうだから無理かもだけど、明日にアタシ主催のユッキーファッションショーでもどう?」

「それは……でもコミケって、コミックマーケットでしたっけ? 行くんですか、二人とも」

「行くよー? でも今見たいって言ったよね!? ユッキーも聞いたよね!?」

「……な、なんのことでしょう」

「キヨくんだって、アタシの妹のエッチな格好見たいんだよね!? ね!? アタシ、サークル仲間と奮発したんだから!」

「なに? エッチな格好……えー? そうだなー……」 

「……」


 チラ、っと見る天使ちゃんの顔は否定してほしい顔をしている。

 清は性に関することは基本的に素直なため、隠す理由があるならこっちが都合悪くなるようなことだけだ。だから、純粋に困っている幸子は清にとってはまだまだ清い方である。

 清は幸子の顔を見て加虐心を抑えるためのあることを思いつく。


「どうなの!? 安里少年!!」

「そりゃ、俺個人としては見たいけど」 

「え?」


 天使ちゃんが後ろで目が死んだのが何となくだが分かった。

 名美は大きな奇声を上げながらテンションが上がっていく。


「うっほー!! ほら見ろユッキー彼氏は見たいってさー! エロいドレスも、エロい水着もあるぜー!」

「さすが水無瀬パイセン……じゃあ、水着でなんかあります?」

「はいはーい! 物はばっちりよ、提督ぅ!」


 名美はそう言ってソファの上にかけてある服を、色々物色し始める。


「キヨくん……本気で言ってるんですか」


 明らかに後ろで絶望した声が聞こえてくることに、心の中で謝りながら清は素直に答えた。


「嘘はついてないつもりだけど?」

「もしかして、以前から溜まっていた鬱憤があるとかですか」

「違うけど安心してて、天使ちゃん。仕返しはするからさ」

 

 幸子は、身体を少しだけこわばらせる。

 天使ちゃんが小動物だったらハムスターってよりリスだな。


「あ、じゃあこれを」


 名美は清が閃いたある服を手に取る、清はかかったと内心で笑う。


「そうだ。どうせだったら、お姉さん今手に取った赤いスリングショット着てみてくださいよ」

「なん、だと……?」

「天使ちゃんはそこの白いワンピースのやつね。メイクが終わった後でいいからさー」

「な、なにー!? ここで裏切るのか、レディキラー! アンタは味方だと思ったのに!! というか、胸がないあたしのスリングショットだとぉ……!? 目の保養にすらならねえじゃねえかっ」

「貧乳はステータスって言ってたんですし、着れますよね?」

「…………くぅ、不覚ぅ!!」

「遊ばれる天使ちゃんの困ってる顔はダメじゃないけどそういうことするなら、やっぱり彼氏としては困ってる彼女を放ってはおけないでしょう? これがいわゆる彼氏ガードってヤツですよ」

「……キヨくん」


 天使ちゃんに昨日イジワルしたこと少し反省したというアピールでウィンクすると、少しきょとんとしてからジト目で見られた……まあ、そうなるのは何となく予想してたし「私の機嫌伺ってる?」なんて顔に書いてある気もしたけど、まあ嘘でもないしいいか。

 太陽の集光パネルで焼死した渡り鳥みたいに、完全に彼女の欲望よりも俺の理性が勝ったようだ。

 名美は清を睨みつけながら、清でも恋人にそう言ってもらえたら嬉しいと思うイベントシーンを喋り出す。


「ここは巨乳な彼女がエロティックな水着を着て、『彼氏くん……やっぱり恥ずかしいです、でも彼氏くんが嬉しいって喜んでもらえるなら、いいです』って健気に、さりげなく、っぽ……って頬染めとかしながら言われて興奮すんだろお前ら男子は!! キー!!」

「嫁とか恋人とか好きな相手だったら誰だって喜ぶもんでしょ、普通」

「クッソ―名言っぽく言うなー!! モテ男はこれだから嫌だわーネタに使えるありがとうムカつく―!!」

「あはは、こういう時やけ酒したんでしょうけど、俺未成年だから無理ですよ。兄貴とやってください」

「奥さんいるのにできるかー!! 所詮独り身だアタシはぁああああああああああ!!」

「姉さん、大人になったら一緒に飲みますから、待っていてください」

「っくー!! ユッキー! 水着イベントは夏まで保留だー!! このイケメンめぇ! 今度BL漫画描くときの餌食にしてやる!! 腐男子に目覚めさせてやる!!」

「褒められてるって思っていいんですかねそれ」

「でも姉さんメイド服を着させた理由は……?」

安里少年(レディキラー)が萌えてちょっとそういう感じなことになって、同人本のネタになると思ったのに……!! くそぉおおおおおお!! 読まれていたかー!!」

「姉さん……キヨくんが来る前の時と違うこと言いましたね? 後でお説教コース2時間です。覚悟しておいてください」

「っひ! じょ、ジョークだよ、エンジェル―! ね、だから2時間だと、足が……!」


 あ、この流れこの姉妹で何回か見た展開だ。

 天使ちゃんの流れに乗じて、あまりにも哀れに見えた名美に注意する。


「本当にお姉さんって同人本になったら見境なくネタ集めしようとしますよねー……あんまりやりすぎたら妹から嫌われるぞー?」

「う……さ、さぁ!! メイクの話に変わろうじゃないか!! さぁ、今すぐ始めよう!! ……ちょ、ちょっと衣装片付けてくるから待っててー!! 後、ついでに支道さんのライン確認してくる―!!」


 そうして、名美が慌ててソファに置いた衣装を集めて二階へ上がっていく姿をしばらく眺めた。

 なるべく名美が隠れて聞いていないことを確認しながら清は幸子に耳打ちする。


「……ねえ天使ちゃん。お姉さんって少女漫画家と同人作家だけじゃなくコスプレイヤーもあったんだっけ。というか、俺実はかなりの無茶言っちゃった? 後、天使ちゃんのガトーショコラいつ出るの?」


 そう、俺的には別に天使ちゃんのお姉さんみたいなエロゲーでもエロ同人本でもありそうな展開じゃなく昨日普通に助言したら天使ちゃんが「明日はおわびにガトーショコラ作ります」って、張り切ってたから、むしろそっちに気が行ってただけだったのである。

 名美の発想はダメとは言わないが、少女漫画家として言うなら同人本に毒されすぎてるかもしくはエロゲーのやりすぎ、というのが今日の彼女に対する印象だ。


「今持ってきますね。姉さんが締め切り後だったのは前に話したじゃないですか、昨日友達と一緒にコスプレしないかと勧められたから何を着るか浮かばないからって私を実験台にしようとしてるんです。でも本当にキヨくんはチョコレートの類は好きですよね」

「ああ、そゆこと……なら見てもよかったかも、天使ちゃんのスリングショット」


 ああいう恰好する天使ちゃんが恥ずかしがるのか、それとも普通にクールでいるのか見てみたい。

 中学の学校祭の時であったのとまた違う反応だったらなおいいな。

 幸子は清の顔をまたジーッと見つめ、どことなく不満そうに話し出す。


「キヨくんどうして最近意地悪なんですか? 今日は姉さんから助けてくれましたけど……中学の頃はそんなことあんまり言わなかったのに」

「あー……恋人らしくみせるため? 天使ちゃんのためのネタ提供的なヤツ。それっぽく見せるなら意識的にやんなきゃね。でも昨日のは反省してます、ハイ」


 嘘はついていないから、間違った意味ではない。嘘を入れないで語る真実の内容次第では、人を誤認させることもあるかもしれない話があったな。なんだっけーアニメで……り、レクリ、エモーション? って名前のタイトルだったっけ、なんか紫色の髪の女キャラだった気がするけど……いいか。


「……そういうことならいいですが、恋人ってそういうことを言うのも大事なんですか?」

「まあ、多少イジワルというか、好きな子にはからかったりしたくなるのが男の(さが)なんですよ、ええ」

(さが)レベルなんですね」

「まあ、そうじゃないヤツは、いないわけでもないなぁ? でも恋人の知りたくない姿はどっかであるかもだけど、相手のことを知りたいって思うのは付き合ってる男女なり、同性同士なり……たぶん、一緒じゃない?」

「そういうもの、なんですか? ……恋愛物の曲のネタになりますかね」

「この姉妹似た者姉妹すぎ……!? ネタ集め的な意味で」

「それ元ネタ私の年収低すぎ……!? じゃないですか」

「ハハ、天使ちゃん家本当に面白い。だから飽きないんだよなー常にイベントあるし! 服のイベントなら色んなことしたよなー……あ、ハロウィンの時の天使ちゃんの格好可愛かったなー! 妖怪だったっけ」

「猫娘です。あの時のキヨくんの格好は狼男でしたよね、リリィは幽霊でしたけど」


 幸子は清の服を掴んでいた手を離し、清は後ろに振り返ると一昨年のハロウィンの話を思い出す。


「そうそう、可愛かったなー……天使ちゃんとリリィちゃんが白系なら、俺は黒系だったなー今年はリリィちゃん忙しいかな? ラインで後で連絡取ってみたら?」

「それもそうですね……姉さんがいない今が狙い目でしょうか。ルカに関わらせたらろくなことしないですしね、姉さんは……まるで、愛の神カーマならぬ性欲の神マーラです」

「失っ礼なー! アタシは自分の欲求に忠実な全既存作品のファンですー! 今日は特別に描き終わった後にビールでもと思ったらそんな約束してるとか、本当にリア充!! ムカつくこの感情を爆発させた結果がこれってだけじゃないかーい!!」

「合ってるじゃないですか、欲の神的な意味では」

「どこまで聞いてました? お姉さん」

「『そうそう、可愛かったなー』のあたりから? とにかく、名美ちゃんと安里少年コラボのメイク講座はっじめるぞー!! アタシの妹の化け姿をとくと見よー!!」


 噂をすればなんとかってヤツ? 神出鬼没過ぎるんだよなー天使ちゃんのお姉様。

 テンションを上げる名美は、右手の拳を高々と持ち上げる。


「その前にガトーショコラ持ってきていいですか、姉さん。キヨくんが待っている間に食べてもらいたいので」

「え……もしかして、天使ちゃんのって流れのヤツそれ?」

「はい、残念でしたね。姉さん」

「残念です。妹さん」


 がっくりと幸子の言葉で肩を落とす名美を見た清は心の中で「地味に仲いいんだよな、この二人」と二人に気づかれないように笑みを堪え面白がっていた。



◇ ◇ ◇



 そうして、二人のメイクアップアーティストの手でメイク講座が始まったのもつかの間。

 リップの色の話で、二人の男女が盛り上がっていた。


「やっぱり天使ちゃんの肌って白いし唇の色も健康的だから、そんなに色が濃いものはいいんじゃないですかね。ピンク系のグロスなんてどうですか? もしくはちょっと明るいオレンジ系の口紅とか」

「解ってないな、安里少年! 自分の着てる衣装によって美貌を変えるのが女なのさ!! さっきできなかった魔女っぽい真っ赤なルージュも捨てがたいよ、それに花魁っぽい恰好したユッキー見たくないの? もしくは、雪女姿で青いリップとか。そっちの衣装も用意してあるんだからねー」


 清は幸子の前に淡くて色合いがそこまで濃すぎないピンクのグロスリップと同じ系統の色をしたリップライナーを持って幸子に見せる。幸子は唸ってから、その二つを奪った名美は深紅な色をしている口紅と清が家に来る前に幸子に見せた青い口紅を幸子に見せて笑う。

「それはコスプレするならの話でしょう?」と清に切り捨てられて落ち込む名美を見た幸子は気づかれないように口角を上げるのを抑えるために片方の手の甲をつねる。メイクのことになったら、派手なモノばかり好む姉にはいいことだろう。


「えー……ありだと思ったのにー!」

「ありかもしれないですけど、もしそうするならアイシャドウどうするんですか? ……ブラウンとか青で」

「目じりの下で色は赤一択でしょう! ねえねえ安里少年、化粧が濃いの嫌い? 地味にナチュラルメイク系勧めてない?」

「学校でメイクする前提なんだし、それ勧めるのは普通の流れじゃないですか」

「それもそうだけど安里少年、男子ならよくあるあるネタで女子アナ好きだろ? チークは?」

「女子アナ派地味にいますよねぇ……って話変えさせませんから。天使ちゃん血色あんまりよくないから軽い感じでピンク塗ったほうがいいかな。あんまり濃くしたら厚化粧みたいになりそうだし」

「よく見てるじゃん、じゃあネイルアートはどうする?」

「天使ちゃんバッフィングはキチンとしてるしワンカラ―のネイルでもいいかも、もしくはラメベタとか……爪短いから斜めフレンチもお勧めですね。あれ、ストーンってありましたっけ?」


 ん? バッフィング……って、なんだろう。

 キヨくんは私に爪の手入れしっかりしてる、って言っていた時があったからきっと爪のケアだろうが、ワンカラーやラメベタとか斜めフレンチとか、明らかにネイル用語にしか思えない。


「ストーンは一応あるけど安里少年の考えてる系な地味なのはないかな。今回はなしにしとく?」

「その方向性で……天使ちゃーん、大丈夫ー? ぼーっとしてるけど」


 幸子は二人のメイクの会話がネイルアートに関する話題に関しては理解できなくなっていた。

 なんとなくだかワンカラーは一色的な意味なのかと考えつつ、ラメベタはなにがベタなのかわからなかった。姉さんよりも化粧は得意なのは豪語できるがネイルアート系は姉さんよりも格下なのをこの場で深く反省した。

 高校入ってからは、ネイルアートの勉強もしよう。

 清が人間関係では自分では足元もにも及ばないほどの知識があるのに幸子は心から感心した。


「……キヨくんがモテたの、やっぱりオカン的な意味でモテててたりしてたんじゃないですか?」

「まったくないわけじゃないかもだけど、絶対とは言い難いなー、後、多分心の声と今言う言葉逆になってるよ? 前に化粧好きな彼女と付き合ってたことあるんでちょっと知った感じかな」

「安里少年の彼女基本的にスペック高そー」

「またネタ提供できましたか、先生?」

「センキュー! じゃあ、取り掛かりますか。じっとしててよ? ユッキー顔一回洗って来てよー?」

「はい、わかりました」

「その後に、化粧水と乳液、栄養クリームとかも塗るからねー? アタシのメイク力に火がつくぜー!」

「本格的ですね」

「ちゃんと手入れしたら30分以上はかかるもんでしょうが―! ほら行った行った!」


 そういえば、姉さんはコミケに行く時は数時間前に一時間しっかりメイクしていたな。

 名美に言われるがまま、洗面所に顔を洗ってから、タオルで顔を拭いて姉に言われた物を全部してから二人のいるリビングまでゆっくりと向かう。イスに座った私は姉さんがテーブルにチークとアイシャドウ用のブラシ、パフと口紅をキヨくんと話し合いながら持って、私の顔に化粧し始める。

 かかった時間は、およそ1時間。名美の手は幸子の顔から離れ、完成……! と、達成感のある声でおでこから出た汗を左手で拭う。


「ユッキー俺様の美技に酔いな? 今回は安里少年好みのメイクにしたんだから! 濃い目の化粧はコミケの時にするからねー」

「……やっぱり、行くのやめてもいいでしょうか」

「ダメですー! アタシにメイクしてって言った時点で確定事項でーす」

「今日はまだ学校じゃないし、今日ぐらいお姉さんにメイクしてもらってもいいよね天使ちゃん」

「あ、あの……それは」


 緊張して上手くできないよりもメイクしてるところを見られるのが恥ずかしいとか、もっと乙女的な理由だったら姉さんのネタに使えたような気がするのに……今日はキヨくんにフォローされたばっかりだ。


「そうだろうそうだろう、たまにはこういう話しながらメイクもいいんじゃない? ユッキー」

「楽しかったですよ、楽しかったです……コスプレさせられたのを除けば」

「ふっふー! でも安里少年! ユッキーのメイク力を舐めるなよー? アタシよりもすごいんだからなー! 締め切り前のデットヒートを乗り越えたアタシがやったメイクもすごいけどー」

「さすが水無瀬パイセン!」

「おっほっほっほっほ! もっと褒めてもよいのよ?」

「お姉さんのテンションって基本的に高いですよね、うちの兄貴追いつけないって言ってましたよ」

「テンション上げといて心を抉るような言葉でグサッと刺すよ、背中から!!」

「それ普通胸にじゃないですか? 俺、お姉さんや天使ちゃんほど漫画とかアニメに詳しくないんでわかんないですけど……拾えなかったですね、ごめんなさい」

「うん、どのネタかわかんないよね? でもその言葉はアタシに対する嫌がらせか? ねえ、安里少年。今度、少年が触手にエッチなことされるのと少年がスライムにエッチなことされる同人漫画、どっちが読みたい?」

「どっちも異種姦じゃないですか、ヤダー……え、マジで? 女の子の予定だったんじゃ」

「そっちのネタは分かるのかよ。急遽変更します。マジでございます」

「そんなー!! あんまりだろぉおおお!?」

「………………いしゅかん?」


 そういえば、何の単語だっただろう。最近ラノベ脳だったから思い出せない。

 鏡に映った私の顔は、キヨくんが勧めたメイクで彩られたいつもと違う一面を見せる私。

 姉さんが女子アナが好き? と聞いていたが、実際もしかしたらそれは当たってるのではないかと気がしなくもない。だが、キヨくんはセフレさんたちから色魔と呼ばれている人物だ。

 中学の頃にも考えたが、セフレ仲間からそう呼ばれていると聞いたのはあくまで中学時代のみ。

 今のキヨくんは女子と遊ぶことはしているように見えるが、セックスをしているかどうかまでの確認は取れていないし、特別今彼の行動を縛るつもりもないが……姉さんにバレたら厄介だ。 


「あ、ユッキーは気にしなくていいからねー? 今回のコミケはエロ本なのは前から確定してるけどー! そうだお姉様にそんな発言をしたからには君も売り子として出てもらおうじゃないか」

「それより、お姉さん。天使ちゃん黙っている理由を聞くのが先じゃないですか?」

「え、普通に鏡見て自分の顔を凝視してるだけだったと思ったんだけど? 安里少年は違うの」

「ちょっと違いません?」


 思い切って私は二人に聞くことにしたら、キヨくんが悟った目で語りかけてくる。

 

「……キヨくん、いしゅかんというのはイスカンダル大王を訛らせたからそうなったんですか? それともイシュタル……は、難しいですよね。どうして触手やスライムが出てくるのに王様や神様が出てきたのか意味不明なんですよ。時代が違いすぎます」

「違うよ、天使ちゃん。王様のことじゃないし神様のことでもないから、天使ちゃんは知らなくてもいい話だからだいじょうぶ、ダイジョウブ! エッチって意味知ってる?」

「知ってます、水素のことですよね」

「面白いジョークだね天使ちゃん、そのネタは相手を選ぶから気をつけてね」


 幸子はわざと清の望んでいる正解と違う回答をした。

 清はそういう返事が返ってくるのはあまり予想してなかったのか、少しだけ拗ねたような声で言う。


「覚えておきます。でも保健体育である程度は習うんですから知ってて当然じゃないですか。キヨくんの大好きなセフレの方とする行為でしょう?」

「そうそう、じゃあフレンドを抜いたらどんな言葉になるか天使ちゃん言ってみて。それがその言葉だからさ」

「安里少年、それ明らかにセクハラじゃね?」


 まっすぐな純粋の瞳で清は幸子を見たのに、名美は自然にツッコミを入れた。


「……五節句なら、ありましたっけ」

「それ4文字だけど違うぞー? なんか言い方変えたら事後の新しいバージョンって感じだけど」

「答えある意味で言ったじゃないですか。ところで、いしゅかんはなんなんですか?」

「あーそっちは本当に知らない?」

「キヨくんはご存知ですか。最近ラノベ脳漬けだった頭には、どうしてもその用語がわからなくて……」

「じゃあ、アタシが教えよーう! それはですなー」

「言わせないぞ!? 絶対それ以上言わせないからな!?」

「えー!? 別に教えたっていいじゃん。知った時のユッキーがどんな反応するか見たくないの?」

「純粋なモノは、純粋のまま……そう願うオレはダメだって思うか、マスター」

「え……? も、もしかして今回出すエロ本のキャラが誰だか分って……」

「ん? なんのことですか? お姉さん。まさか」

「アンリマユ、貴方は本当にお人好しですね」

「って、だからそのネタやめて!? 今日はそれ言わないって言ってたじゃーん」


 お人好しなのは私のほうかもしれないですが、わざと姉さんに気づかれないようにぼかして言う。

 そういえば、昨日ブドサイコーラを飲んだ時に、「明日はあだ名禁止!」と言われたのを、素で破ってしまったような気が。


「まだ、あの時の乙女の屈辱を忘れたと? ……と、言うつもりじゃなかったんですが、すみません。素で言ってしまいました。私的には姉さんの願望を叶えてあげるべきかなとも思いまして」

「……ん? ユッキーは知ってるのは分かってるけど、安里少年はどの作品のネタかわかったから言ったわけじゃないの?」

「いんや? マスターって言葉自体は喫茶店とかそういうので知りましたけど、俺はただ単に昨日天使ちゃんとご飯食べ終わってからお姉さんの前でカッコイイ台詞の後、『マスターって呼んであげてください』って言われただけだけで……今度から俺、そういう返しあえてやってみようかなー」

「いいですよ、とっても面白そうです」

「尊い……!! うちの妹、マジ尊い……!!」


 名美は心から清がマスターという単語を言い放つきっかけをくれた幸子に感謝する。

 清が気づいてないというところに余計感動した名美は、幸子に今度サークル仲間と一緒に豪華なお土産を買うことを固く決意した。

 幸子は清に気づかれないように昨日清にしたように右手の親指を立てる。

 顔に両手を当てて泣く名美が珍しいのか清は名美のことに気を取られ幸子のサインに気づいていない。すぐに幸子は清が振り返ってしまう前に手を下ろした直後に名美に爆弾を落とす。


「そういえば姉さん、前にネットでキヨくんにそっくりな外見の男性キャラのエロ漫画描いたことありましたよね。姉さんのサークル仲間からの情報でしたが、聞いた時は本当に驚きました」

「え……なんだって?」

「……あれを中三の頃に姉さんの知り合いに見せられて以降、キヨくんに顔合わせるのが辛かったですが耐えましたよ? ……キヨくんが言ってたのってその件じゃないんですか?」

「…………お姉さん?」

「ギ、ギクゥ!! な、なんでユッキ―が今その話を……!?」

「もしかして、天使ちゃん。それも中三の頃俺とあんまり話しかけてくれなかった理由?」

「受験勉強もありますが……そっちのほうは無くはないかと」


 勉強に集中したかったからが基本的な理由だが、一切なかったというわけじゃないから嘘じゃない。最近忙しかったから、ほんの少しだけ甘やかそうかと思ったがこの場で言っておかないと後々後悔しそうだったため、あえて言う幸子であった。


「アハハーお姉さん、ちょっと聞いてもいいですかね? それはさすがに聞いてないわー」


 清の顔はいつも通りの営業スマイルだと幸子は感じたが名美は「悪魔の笑いだあれは……!」と、その時直感したのだとこの強化週間である最終日の翌日に語ったとか。


「い、今書いてる少女漫画の没ネタになったから、ちょっと開かれた扉を開けようと……だって、外見そのキャラとそっくりだったし、そのキャラの単体の同人本が少ない気がしたから欲しかったというか……!! テヘ☆」

「姉さん、キヨくんによるお説教コース追加です。何時間にします?」

「30分だけじゃ足りないよなー? 1時間で」

「っひ!? 嫌ですー!! 飴と鞭ってこれかよぉ―――――――――!!」


 そうして幸子と清による合計3時間のお説教を名美にした後、二人でマリカーをしていた。

 なぜか姉さんの好きな漫画作品の雪女の格好をさせられた幸子はゲーム画面に映る2Pである後ろにいる清にバナナを投げる。清もコスプレをさせられており、名美が言うには刀を擬人化させた育成ゲームのキャラクターの中に出てくる……お香の伽羅(きゃら)の名前に似たキャラの服を着ている。着させられているが、二人ともメイクはしなかった。

 名美に説教した後、コスプレ写真を撮るというので幸子と清は色々なコスプレをさせられ疲れているところだ。……最終的に誠士郎さんは今日は家に帰らないらしく、深夜過ぎなら戻るかもしれないとラインが来た。キヨくんに今日の晩御飯を一緒に食べないかと誘ったところ、3回勝負で私が買ったら一緒に二人マック、キヨくんが勝ったら一人鍋という形だ。

 今は私が2回勝利していて、キヨくんはまだ1勝もできていない。

 なんとか幸子が投げたバナナを清はかわすと幸子に文句を言う。


「あ、天使ちゃんやめてよー!! それ俺嫌ー!!」

「ダメですよ、これは闘争。戦いの舞台でそんな甘っちょろいことを言っては死にます」

「これはお互い相手よりも先に逃走するゲームだと思うんだけど」

「それもそうですね、勝利です」


 バナナにひかかった清に、加速するアイテムを手に入れた幸子は軽快にゴールを決めた。

 清は悔しそうに唸り声をあげる。


「だぁーっ!! くそぉー天使ちゃん運転系のゲーム本当に強いよなー! 大乱闘だったら俺勝つのにー」

「格ゲーも好きだって前に言ってましたよね」

「まあね。でも、天使ちゃんやっぱりナチュラル系のメイクもピッタリだね。今度はメイクじゃなくてコスプレする時呼んでよー! 去年は無理だったけど、今年はアリだろ? 俺も、なんかそれっぽい恰好するからさー……用意してくれるの天使ちゃんのお姉さんになりそうだけど」

「そうですか? それならキヨくん、今度ネイルアートのこと詳しく教えてください。高校に入ってからでいいので……それと、明日は口調でお願いします」

「わかった。じゃあ明日もよろしくね天使ちゃん」

「はい、今度はどこにします?」

「リリィちゃんに会いに行かない? 口調なら天使ちゃんもリリィちゃんもお互い意識してたはずでしょ?」

「ルカのアメリカ留学は九月まで……まだ会いに行けますかね、忙しい気も」

「でもでも、こんな話してるのに幼馴染の親友の意見ももらった方がいいでしょ」

「それもそうですね、ルカも女の子らしい口調よりも男口調な言い回しが多いですから……でも、英語に反映されるんでしょうか、そういうのって」

「イギリスとアメリカの英語ってちょっと違うって言うし、もしかしたらの可能性はあるんじゃない?」

「行きましょう、でもルカのためにもこの格好の写真も一応撮っておきませんか」

「いいねぇ、リリィちゃん喜びそう」


 気分が盛り上がってきた幸子はキャラを選択をし直したいと清にお願いしキャラ選択の画面に変わる。ルカもアメリカに行ったら今よりももっと女性らしくなっている予想はできないが可能性が無いわけじゃない。

 だからこそ幼馴染で色々と情報通だった彼女の隣へ歩ていける存在になるためには、社交性を磨くための話術も必要だろう。キヨくんに、ルカと私にとって一番に将来に関して関わってきそうなピッタリな話を持ってきてしまった気がする。


「でも天使ちゃんのメイド服もう少しだけ見ておきたかったなー」


 まだ、キャラクターをどれにするか迷っている幸子に、清は昨日のように似たような匙を投げる。

 コントローラーを少しだけ強く握った幸子は苦笑いした。

 

「……メイド服が似合うのは、私よりもいい体形の方じゃないとダメだと思いまして」

「なんで? 似合ってたじゃん、写真は撮らせてもらえなかったのすごく残念だったけど……前々から少し気にしてる感はあったけどさー」

「……まあ、少しだけ。私は思うんですけど、胸がないほうがいいじゃないですか? 胸がある方が女性らしい体形かもしれないですが……スリムの方が個人的によかったです。ルカみたいな体形がよかったのに」

「どっぷり悩んでたんだね」


 小学生の頃なんて、少し胸が大きいことに男子からいじられて……プールの授業自体は好きだったのに、男子のいる前で泳ぐのはなぜか嫌いになっていった。

 自分の胸に手を添える幸子のどことなく、幸子が高校デビューするためのこの強化週間の議題よりも悩んでいそうだと清は思えた。幸子自身、あまり姉の前や家族の前で言わないでいたが友人であるルカに打ち明けたことがあるくらいだ。清の前で言うのは少し抵抗があったが、中学の頃彼の周囲の女性の眼で言えなかったから、今は言っても大丈夫だろうと踏んだうえで話している。

 当たり触りのない言葉を選んで傷つけないように清は幸子を励ます。


「天使ちゃんがそうなったのは俺は嫌じゃないよ? 個人差なんて当たり前だし人それぞれじゃん、いいんじゃない? 天使ちゃんは少し胸あるくらいでさ」

「納得できません、だったら胸が小さい人が大きい人の不満を言うのはなぜだって聞いたら、自分よりも大きいからだって答える模範解答なんて聞き飽きましたよ。好きで大きくなったわけじゃないのに……」

「天使ちゃん、ただ単にそれって男子が言うならチンコが小さいか大きいかで出来る各社社会と一緒のこと言ってるから。この言い方良くないかもとは思ったけど、女が胸なら、男は股間ってヤツ。そういうのでいいんじゃない? 男でも女でも、どっかで比べて評価するのはどこにでもあるって」

「そうなんでしょうか……? あ、やっぱりヘイホーにしますね」

「らじゃ! 胸のことも大事かもだけど高校生になったらもっと悩むことあると思うぞー? ほら、ゲーム始まるって」


 3、2……と、徐々に時間が狭まっていく中、今の清なら話してもいいかと思って画面から目を逸らし、本音をこぼす。

 ゲームが始まったのを見て、幸子は清が車を前進し始めるのを見る。

 まだ、私の中の一番の不満はそこじゃない。

 しばらくして、幸子はゲーム画面を眺めながら元々感じていたコンプレックスを明かしながら、ゲームの自分の車を走らせる。


「キヨくんも胸が大きい人が好きだったりするんでしょう?」

「男って基本おっぱい大きいのが好きなヤツ多いなーってイメージなのは事実かもね」

「キヨくんが胸の大きい女の子とデートするとするじゃないですか、腕に抱き着いてきたとするじゃないですか」

「うん。それで?」

「その時、キヨくんはその子の胸の感触を味わうじゃないですか」

「デートする時に胸押し当ててくる子もいるけど、それ意識してる子とそうじゃない子いるからバラバラだけどなー」

「……味わいますよね?」

「ハイ」


 幸子のキャラと清のキャラがぶつかって、幸子がNPCが置いたバナナを踏んで固まる。

 それを見た幸子はコントローラーを手から少しだけ放して、清の横顔を眺める。

 ゲームを見ながらも真剣に聞いてくれる彼は紳士だな、と素直に思った。


「キヨくんは、そういうのを感じれるなら胸が大きい人がいいって思うんでしょうけど、私はこう思うんです、胸がない方が得する側の気持ちってこうなんじゃないかなって」

「それってなに? あんまり俺そう言うの考えたことなかったんだけど……胸が大きくない人って何得するの」


 清の前では、中学の頃に髪を結ったことがあって付き合ったこともあるその子が私に着か買ってきたことはあまり言わないほうがいい、というか、彼女本人が言っていたことだし、言うべきではないの分かってる。でも、彼女が言い放ったあの言葉は、今でも鮮明に思い出せる。


「……本当に好意を抱いた人に全身で感じてもらえると思うんです、胸が小さければそうであるほど。だから、それが羨ましいんです」


 清の関係する人物の少女が言っていたことだということは、あえて伏せる。


「あー……そういうこと言っちゃう? そういうこと言いそうな知り合いいるわー俺」

「何かおかしなこと言いましたか?」


 幸子の1Pは一週目で止まったまま、清の2Pは三週目のコースを通り、後一周すればクリアだ。


「でも俺の見解的に、その発言は貧乳の子には革命的な言葉だとも思うけど……天使ちゃんのお姉さんが喜んで使いそうなネタでもある。NL的にも、BL的にも」

「え? どうしてですか?」

「そこは天使ちゃんに教えられない。俺と本当の意味でお付き合いを始めるなら教えてもいいケド」

「……?」

「…でも、そこまで深く考えなくてもいいんじゃないかなー」

「じゃあ、キヨくんは私のこと好きで」

「お、ヨッシャー1位ゲットー!! やっと天使ちゃんに勝ったー!! 一勝目だけど嬉しー残り二連勝すれば俺の勝ち―!」

「あ、キヨくんズルいです! 話してる最中にクリアするなんて」

「話の方に気を取られてた天使ちゃんの負けはもう確定してたのです、残念でしたー!」


 無邪気に笑う清に癒されて、自然と笑みを浮かべる幸子は少しだけ話しすぎたなと反省した。


「……今回は仕方ないですね、私が話を持ちかけたんですし」

「でも前にリリィちゃんの胸を見てた時があったと思ったけど……もしかして、俺と一緒に出掛ける時にたまに腕を掴むときとかそういうこと考えたりしてるとかあるの? 最近とか」

「それについてはあまり言いたくないです。でも私みたいな女はキヨくんみたいな男がフリだとしても恋人なのはある意味高校生活でアドバンテージになると思うので、それに見合った関係であるべきかなとは考えているのは事実です」

「……でも、俺と恋人のフリをしている天使ちゃんに言える台詞があるとするなら、これかな」

「なんですか?」

「惚れた女がどんな体系でも、ハマったら気にしなくなると思う。文句言うヤツは、本当に惚れこんでるってわけじゃない気がするな」

「どんなに惚れている相手でも、文句を言ったりするものでは?」

「だって、気にするってことは満足してないってことじゃん? 満足してても文句を言う、って人もいるかもしれないけどお互いに満足してるカップルってケンカをすることはあったとしても別れづらいイメージじゃない?」

「……言われてみれば、そんな気もしますね」

「天使ちゃんは、俺に対してちょっとでもそういう意識持ってもらえるようになったんだねーって、感心しました。さっきの言葉は本当の彼氏ように残しておくべきだと思うから、今度からあんまり言わないようにしないとダメだよ?」


 清は幸子の頭を撫でる。

 不安を漏らす私の言葉に、キヨくんはどこまでも普通の恋人としての話をしくれた。


「……気持ち悪くなかったですか?」

「いいや? 恋人がそういうこと気にしてるって聞いたらカワイイって思うんじゃない? まあ、メンドクサイって思うヤツはいるだろうけど……でも、それは天使ちゃんの本当の彼氏次第でしょ。俺はいいと思うなーそういうの、嫌いじゃないな。うん、嫌いじゃない」


 何度も頷く清に、幸子の頭の中でなにがどう嫌いじゃないという意味が不明だった。


「この言葉はあくまで普通じゃない彼氏(こいびと)の意見、そのことだけは忘れちゃだめだからな?」

「……はい」


 だが、キヨくんも私が変わろうとしてくれるのに応援しようとしてくれているのはわかったのが嬉しかった。清はその後2勝して、やっぱり1人マックがいいと言って一緒に写真を撮り終わったら静かに帰って行った。キヨくんとはいつか終わる関係だと解っている。

 恋人のフリを続ける限りは姉さんの今書いている長編のネタが尽きるまでか、もしくは高校を卒業したら別れる、そう約束したのだから。

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