03.幸子の高校生デビュー前日 髪型編
これは、まだ高校生になる前の平和だった頃の四日間の話です。
「うーん……やっぱり、いいえ。でも……」
高校生デビューはどんなモノが定番だろうかと幸子は悩んでいた。
友人たちに聞き回ったりしていろんな意見を集めたがどれがいいか迷いに迷った末に幸子が出した答えは、最終的に自分の彼氏である清に聞くことにしたであった。
「どうしたの? 天使ちゃん。俺の顔ジーっと見て」
この三日間―二日目の時に四日目になってしまったが―清がに教えてくれたのは、無理しないことを前提の高校生デビュー法だったのである。
「キヨくん、聞きたいことがあるのですが……いいでしょうか」
「何?」
さっきまで清の部屋の中で一緒にゲームしていたが、お互いに休憩としてワリバシでポテチを食べながらコーラを飲んでいた。いつも二人で遊ぶとすれば王道の格闘ゲームやパーティ物のゲームなどをするか誠士郎の部屋にある少女漫画について議論したりしていた。
今日は合格発表を見に学校へ向かうと、お互いに自分たちの名前があったのでホッとしたのもつかの間……姉さんが同人サークル仲間と遊ぶということで今日の晩御飯がキヨくんの家で食べることになっていたのは合格発表を見終わってからの姉さんのラインで知ったので、後で説教する予定である。 まだ高校生になるまで日数があるため少し勇気を出して幸子は宣言する。
「キヨくん、私高校生デビューがしたいです」
「ヘーそれはまた乙女も男も通る道だな。ゲームしながらそわそわしてた理由ソレ?」
「はい、駄目だった……ですか?」
「なんかあると思ったんだよなーって思っただけ、いいよ。なにが聞きたいの」
清は体を伸ばし、床に置かれてるポテチが幸子の私服のスカートに飛び火してないか見て「ダイジョブ?」と聞く。
大丈夫です、と幸子は答えて清のその言葉で自分の中にあった不安がゆっくりと解けていく。
一度深呼吸してから、清の顔を真っ直ぐ見る。
「今の私に足りないモノを教えてください、キヨくん」
「俺でも答えられないようなハードル高いのは勘弁よー?」
「とりあえず、今日から三日間の間に三つのことをレクチャーしていただければと……メイク、髪型、口調、などでしょうか。キヨくんなりのアドバイスを聞ければいいなと思ってたら、こんな展開がやってくるとは思いもしませんでした」
「お姉さん、たまに天使ちゃんが話してないのに分かったかのような行動取ることあるよね」
幸子はお気に入りの猫のメモ帳を出し、シャーペンをポケットから取り出していつでも書けるように体制を取る。
「でも高校デビューって言っても、自分の髪の毛を染めるとか、メイクするとか、性格とか明るくするとか色々ある中で大体ポイント押さえてきたね。付き合ってまだ2年? くらいしかたってないけど、天使ちゃんがそういうこと言い出すとは思わなかったなー」
清は半分になったコーラのカップを一口飲んで、流し目で幸子を見る。
「はい、私としてはフリでもキヨくんの彼女らしさをアピールしなくてはいけないと思ったので」
「キッカケは聞いてもいいの?」
「以前友だちから本当に付き合ってるのと聞かれたのがまだ胸に残ってまして……高校では、もう少しそういうアピールもしたほうがいいかと……本当の関係がバレないためにもです。協力してください! アンリマユ」
「あー……色々と察した。だからそれやめてくだサイ! もぉー! わかったから、ふとした時にそのネタ言うのやめてホントに!!」
「ありがとうございます、キヨくん」
「なんのことだかわからないありがとうをアリガトぉ! 飲み物持ってくるけど、違うのがいい? 後他にあったのサイダーとブドウジュースだけど……天使ちゃんはどっち飲みたい?」
全部コーラを飲み干した清はテーブルに置いてあるもう中身がゼロな1.5リットルのペットボトルのコーラを持って、一階に下りる前に幸子に確認する。
「じゃあ、サイダーで」
「わかってますトモ、いつも通りブレないサイダー好きねアナタ……あ! じゃあ試しにサイダーとブドウジュース混ぜたの飲まない? どうどう?」
「ブドウジュースは100%のブドウジュースか、それとも10%のブドウジュースかで内容が変わります」
「リリィちゃんと一緒に俺ん家で遊びに来てた時使ったネタだよね、お姉さんの漫画のネタにもなったし……好き?」
「ちょっぴり好きです」
「っはは、そっかー! 待っててー、すぐ持ってくるから」
幸子は閉じられた扉を眺めつつ清がいなくなったのを見計らって彼の部屋をゆっくり見渡した。
清の部屋は白い壁とフローリングを基本としており、意外と部屋の内装はカーテンなど一部の物が緑を扱っているものが多い。最初に出会った時はもっと赤色を取りいているのだろうと思っていたが現実は違った。
普通の男子というイメージはなんとなくゲーム好きだとか、外国の洋曲にハマっているだとか、女の子がいっぱい出てくるエッチな漫画なんかのを読んでいるなどのイメージだったが、彼は少年漫画をどれも読み倒すほど好きというタイプでもなく、少女漫画をくまなく愛しているわけでもない。
ビギナー型オタク、略してビギオタと言う。
非オタとも言い難い彼にはぴったりな単語だと私は思う。
清の場合、話題に上がった作品をある程度ネットやスマホで見たりして済ませるそうだが本当に興味を持った物なら置いてあるらしい。あくまで本当に親しい人との物しか置いてないと誠士郎さんが言っていたが……中三の時や受験勉強の時は彼の部屋をあまり見ていなかったな。
座ったまま、幸子はテレビの近くに置かれている本棚に目を向ける。
「あ、私が勧めたよう実がある。一巻から今出ている巻まで全部揃って……ゲームはさっきまでしてたのは大乱闘ですが」
初めて彼の家に来た時はゲームはあまりなかったように思ったけれど、ここにあるのは中学の頃にルカや私が勧めて遊んだ物だ、懐かしい。
「彼氏の部屋を確認する彼女とか、浮気してる彼氏の私物確認イベントそのモノじゃないですか……現在進行形で他の女の子とも遊んでることは一応知ってますが」
キヨくんにも男友達は一応いるらしい。中学が別だったらしいから会うことはなかったが。
男たちにとってのこの世全ての悪とされている人が実は男友達もいるというのは素直に驚いたが彼が言うにはそのあだ名の元ネタはある人から言われた言葉だったりするとか……キヨくんのスマホが携帯用の充電コードに繋がったままだ。
今なら彼のスマホを見れるいい機会かもしれない。
ああ、でも浮気調査のために携帯を見るのは今は犯罪になるのだったか……夫婦の場合だけだっただろうか、恋人も含まれるのかもしれないから見ないでおこう。
「……フリって言って2年くらい経ちましたけど、すぐ別れると思ってたのに」
幸子は、今までの時間があまりにも短かったように思う。
あの屋上の出会いから一年半、彼のことを好きな女子たちから今も妬まれているが今は特に気にしていない。セフレと呼ばれている彼女たちも、普通にキヨくんに恋している女子たちも色々な少女の恋があったように思う。
「ルカにキヨくんとは通じる点はなくはないしむしろどことなく似てるって言ったら、違うってすぐ否定されたっけ」
ルカ、と呼んだ幼馴染は中学三年の頃まで同じクラスメイトだった幼馴染だ。
本名はリリィ・ルカヴァリエ。
ルカはファーストネームじゃなく、ファミリーネームのからつけたあだ名で、本人が呼ばれたがっている名前でもある。もし彼女が誰かと結婚したらもうそのあだ名を使うことができなくなってしまうとよく私は説明してもルカは「ユキコを嫁にするから大丈夫だ」とか言い出すから、困り果てたものだ。彼女はいつの間に男装に目覚めたのか中学の頃なんていつも男子の制服を着ていたっけ。
ボーイッシュな外見から、女子に王子様としてもてはやされていたこともあって女子から告白される日々が多かった彼女はキヨくんとどこか被るところがある。
ルカの場合同性でキヨくんの場合は異性だけど。
入り口近くに置かれてあるコルクボードに三人で撮った写真たちが飾られているのを目にする。
ルカがアメリカの学校に留学すると言って彼女の叔父のところに住まわせてもらうと聞いた時は、心から夢に向かって頑張るルカに応援したな。
「懐かしい……もう、将来のことを考えていかなくてはいけないんですよね。私たちは」
じょじょに足音が近づいてくる、これ以上あまり彼の部屋を眺めるのはよくないだろう。
さっきまで座っていた床に戻り、キヨくんが部屋に入るのを待つ。
ガチャ、と清が扉から出てきて紫色の紙パックのブドウジュースと透明の緑のラベルがついたサイダーを鼻歌交じりに持ってきた。
「持ったー天使ちゃん? あったの10パーの方だった」
「後で飲みますね」
「飲まないんじゃなかったのお姉さん」
「試しに言ってみたかっただけなので、キヨくんがよく言うジョークってヤツですよ」
「あら、おカワイイこと……でもサイダーなんでしょう?」
「チャレンジする時は一緒ですからね、キヨくん」
「了解ー、チャレンジ精神の天使ちゃんには後でお互いに一緒に飲もー」
「……今は試さないんですか」
「後の方がいいでしょ。だって、天使ちゃん今聞きたいんじゃない?」
「そうですが……いつも申しわけないです」
「んなことないよ? 俺の恋人がもっと可愛くなりたいって言ったんだから、協力はしないとね」
清は飲み物をテーブルに置きサイダーを幸子のカップに八割ぐらい注いだ後、自分のブドウジュースを六割か七割くらい入れる。
幸子はシャーペンとメモを持ち直して、隣に座った清に訊ねる。
「今日はまず、髪型についてお願いします」
「あー……そのままの天使ちゃんがいいなー」
「それは冗談なんですか、本気で言ってるんですか。どっちなんです?」
「冗談半分本気半分。あはは、からかい時ってこういうことを言うのかと」
「……キヨくん?」
「はーい、ちょっとイタズラ心がデスねー……っはは、いいわけになりませんよね? 解かってマース、ゴメンナサーイ」
至極笑顔で語る彼に、いつも通り掴ませようとしない人だと呆れる。
こういう時に素直に感想を言ってくれる時はある、がたまにこうやって私をからかうためにわざと言う時があるのが悩みどころだ。普通の彼氏を求めるなら、彼と付き合うべきじゃなかったと後悔すべきだったろうが……そんなものはもう遅い。
彼なりの恋人としての振舞いなのだと訴えてくる彼が女好きの男のイメージが彼になりつつあるのは本人の前では言ってはいけない気がする。
「こっちは真剣に言ってるんですよ? 他のセフレさんとか女の子にたまにそうやって流す時ありますよね、キヨくんは」
「う、それは違うとは言えないのが悲しい性ですなー……なんでもするから許してよー!」
「……なんでもといいましたね?」
「ハイ、そうですが」
清はいつも通りのスマイルで幸子の機嫌を取ろうとしたが不敵な笑みを浮かべた幸子は清の裏をかく。
「じゃあ、キヨくんまだ冷蔵庫にあるコーラはありますか」
「あるけど……何する気?」
「コーラにブドウジュースとサイダーで割ったブドサイコーラを飲んでください。彼女からの命令です」
「ん……!? え、ブドサイコーラ!? なに!? そのメンドクサイを略してコーラに繫げたみたいな名前!! 明らかに今命名しただろ!?」
「違います。ぶっ飛ばすぞ、サイコキラーコーラです。決してメンドクサイコーラの略では立証できません。ぶっ飛ばすぞ、サイコキラーコーラです」
「たしかにぶっ飛ばすサイコならメントスコーラみたいな名前のコーラになるかもだけども……!! ええ!? なにが違うわけ!?」
「だからぶっ飛ばすぞ、サイコキラーコーラですってば」
いつもは言わない幸子の唐突の無茶に清はツッコミを入れた。
清は幸子の投げかけられた匙に困惑して、頭に手を当てる。
自分でもよく閃いたなと幸子は満足げにシャーペンを握った手でガッツポーズをする。
「二度あえて言ったし……サイコホラーじゃなくてキラーな理由は?」
「コーラの味にサイコな人だって心がキラーされるコーラです」
「お、おぉう……!? コーラ好きには意外と悪くない感!? でもサイコキラーって殺人犯のサイコパスって意味なの知ってるよね天使ちゃん、悪印象だし意味が成り立たないぞー」
「今知りました……飲まないならキヨくんは実はゲイだったとセフレさんたちに公表して、高校生活をおジャンにします」
「その手段地味に取られると一部の男子にとっては人生に一生のトラウマ物だぞ? 男でも抱くってウワサを本当にしたいの、天使ちゃん。ちょっとお姉さんがソッチ関係のネタで困っていると見た!! でも俺はあくまでエッチなことが好きな男の子なので却下しマス」
「……キヨくんは、性的に関することにおいては素直ですよね」
毎度のこと、千里眼でもあるのかと言いたくなる察しの良さは彼独自の物なのかは判断がしづらい。だって、いろんなタイプの女子と付き合ったことがあるらしいし。
「そう? じゃあ、そろそろ今日の晩御飯そろそろ決めとく? ちなみに、今日の晩御飯天使ちゃんが決めてくれたらそのカオスジュースを飲む決意を固めようじゃないか」
「ノリがいい彼氏で嬉しいです」
「ちなみにおかずも考えてね。俺も思いついたらなんか出すから」
「ブドサイコーラをひねり出したのでという言い訳はもう通じませんね、それに合うご飯……ゲームする前にてんぷら粉が余ってるって聞きましたから、揚げパンなんてどうでしょう? キヨくんの腕なら沖縄のサーターアンダギーを再現できるかと」
「ネットのレシピとか探せば色々あるだろうけど……天使ちゃん的には何が入ったほうがいい?」
「黒糖とかもアリじゃないでしょうか」
「あー美味しそう、黒糖かー……」
「おかずは、そうですね……ほうれん草のサラダとか? ……合いませんね、じゃあ、何がいいでしょう。生姜焼き? 濃い味すぎますよね」
「頑張って天使ちゃん。今の君に、俺たちの人生が託されているんだ」
「そこまで重要な使命を持ってしまったんですね私」
「……ねえ、天使ちゃん。飲み物の話をし出してから思ったんだけど俺たち明らかに話脱線してない?」
「……言われてみれば」
「気づいてなかったのね」
「ごめんなさい。珍しく姉さんに渡せる面白いネタになるかと思って調子に乗りました」
「俺もそろそろ違う話題にすべきだと思ってたから大丈夫だよ」
清は幸子の心に雷鳴のように響く言葉を放った。
幸子は慌てて自分自身が問題視している内容からかけ離れて言っていることにようやく気づく。
「思い付きに付き合ってくれたので、私も飲みますね。サイダーとブドウジュースの予備は?」
「サイダーはもうなかったかも、っていうことで……天使ちゃんがお出かけデートに付き合ってくれたら、今日の晩御飯の時お互いサイダーで乾杯しません?」
「いいですね……でも、わがままを言うと最初に飲むのはサイダーじゃ、駄目ですか?」
「じゃあ、食べ終わった後に飲むのはブドウジュースでいい?」
「わかりました」
「そういえば髪伸ばしてるよねー天使ちゃん……願掛けとか?」
「なくはないです。プロの音楽家になれるまで伸ばそうかと……いつもアドバイスありがとうございます。参考になってます」
「投稿する前に俺に聞かせてくれるのは彼氏の特権だよね、今思えば中学充実してたなー……プロになった時、チカ……って呼ばなきゃダメかもなー? 楽しみ!」
ニヤニヤと笑う彼はフリだとしても恋人としての優越感に浸れるのか……と感心する。
これは彼が色魔と呼ばれているのもそういうことに対しての余裕がある、ということなのだろうか。
私はネットで行代知花@チカPという名前でネットに曲をよく投稿している。
投稿するようになってから着実にコメントや再生数が増えていっているのは嬉しいと感じているところだ。私の人生の楽しみの一つであり、音楽家へ目指すきっかけを与えてくれたルカの話はまた別になるけれど最終的には作詞作曲もできるプロになって、ルカのためにもピッタリな曲を作れるようになれたらなんて思っている。
ルカにはこのことは話していないためキヨくんと私だけの秘密である、彼が音楽に関することなら私よりも知識が深い……性的なモノに関しても先輩なら、音楽に関しても彼はきっと先輩なのだろう。
「ん? どったの?」
「……キヨくんファッションセンス以外にも、音楽センスの方もありますよね」
「そう? でも天使ちゃんの作る曲の雰囲気とか歌詞とか、好きだな」
「嬉しいです、キヨくんは何か楽器を習っていたことでもあるんですか、ギター以外で」
「え、天使ちゃんに話した? 俺ギターやってたこと」
「彼女として情けないですが、ルカから聞きました」
「ガクッ!! ちょっと天使ちゃーん! もっと俺悲しくなった―!! いろいろ情報通だよね天使ちゃんの幼馴染。まあ天使ちゃん色魔って存在だけは知ってたけど、名前までは知らなかったんだもんなー……」
「……そのまた話が変わってしまいましたが、髪型で、何か案はありせんか? 本当に困ってて」
清は唐突に幸子の髪の毛を一部だけそっと摘み、品定めするようにじーっと眺める。
「ヤッてる時髪が長いほうがエロくない?」
「違う、そうじゃない」
この男はたまにどうしようもないくらいの自分の暴論を突っ込んでくる、以前にも聞いたことの合ったセリフだったのでさらに私は眉をしかめた。
幸子にとっては特にそれを気にする理由がないのでスルーするというのは今はできなかった。
聞いたのは確かに私だけど、そういうことを聞きたくて聞いたのではない。
「キヨくん、真面目に答えてください。さっきからなんでそこまで私の質問に対して不真面目なんですか」
「いや、さっきのヤツは冗談だったけど今のは本気だから意味違うから。俺としては天使ちゃんが背中の真ん中とか腰くらいまで伸ばすのもアリだね。お尻まではあんまりお勧めしないかな。でも、そうだなー……ハーフアップとかが無難じゃない? 天使ちゃんの場合」
「ハーフアップ、ですか」
お嬢様結びとも呼ばれているあれか……それならそ難しくないから簡単だ。
オタク的に言うと、よく漫画で見かけるお嬢様の髪型がハーフアップという髪型というイメージから来ているのがお嬢様結びと言うだけだ。その言葉が正しいのかはよく分からないが、一部ではツーサイドアップのこともそう呼ぶことはあるらしい。
「あのさー……ふと思ったことなんだけど今リアルツインテール女子見たいかも」
「なぜ? ハーフアップじゃなくですか」
「だってツインテールとかツーサイドアップとかはなんか、こう……ある意味でグッとくる、って語ってた知り合いいたからさー! つんでね? だっけ」
「ツンデレですよ。確かに二次元のツインテール女子は少し多いかもしれませんが、偏見かと」
「ある先輩が言ってたってだーけ! 今の天使ちゃんの気持ちを表現するなら俺がつんでれになるのかもなんだけど、お願い! 彼氏の特権使わせて?」
「やりませんからね」
「えぇ、即答? 見たい見たい! 記念に写真も撮ろうぜー」
「やりません」
「いいだろー? 一回くらいさー」
キヨくんのテンションが明らかに違っているように見えるのは間違いないが、どうしてまたツインテールなのだろう……後で姉さんが裏で絡んでないか問いたださなくては。
こうなった彼の言葉を折る方法は次回に持ち越しにすると言うか、考えておきますというとても便利な言葉を使って断るかのどちらかだ。
……今、下手に断ると後が怖い気もする。
「……どうしてもですか」
「こういうタイプの彼氏と付き合うようになったら一応覚えておくべき習慣だと思いますが」
「セフレの女の子にお願いすればいいじゃないですか」
「実際体験するのとそうじゃないのは感覚が違うだろ? セフレに頼りすぎるのどうかと思いマース」
「……まあ、一理はある気がします」
彼の言う恋人の特徴の一つ、一緒に写メしよ? だ。
実際の彼氏がこういうものなのかは知らないがあくまで彼の場合は記念に写真を撮る、という行為が好きらしいし、彼の知る周囲の恋人は何人かいるらしい。SNSに私が映った写真を投稿するのだけは拒否しているため、彼にとってはお宝を見せびらかせないのは残念だと以前にも言っていたような気がする。
「でも他の女の子はそうでも、私たちはあくまでフリをしてるだけじゃないですか」
「だからダメなんですよねって反省してたの自分じゃなかったー? そんなロマンの欠片のないセリフ言ってると、普段の生活にも出てくるんだって言ったじゃん」
「……ツインテールなんて小さい頃にだってしたことないのに」
「お、じゃあ初ツインテール記念? 楽しみだなー! じゃあ、俺が髪結うなー」
「いいんですか?」
「俺こういうのやったことあるから慣れてるし、それとも天使ちゃん自分でやる?」
「そうですね、こういう時の対応も勉強すべき……! キヨくんお任せします」
「了解ー」
机の引き出しから櫛を取り出した清は幸子の後ろにしゃがんで後ろ髪を櫛で梳かし始める。
ふ……と幸子は清の将来の夢が聞いていないことを思い出した。
「キヨくんは将来の夢なんでしたっけ? 聞いてませんでした、よね」
「そうだなー……でもスタイリスト系じゃないなー、ただ小学生の頃女子が髪の毛結んでもらってた子がいた時あってさー……その時に結んでる女子から『やってみる?』って言われてから何回かその女の子の髪の毛結んだことあるだけだけどカワイイ子だったなー、髪結ぶ度に照れててさー」
清は話しながらも丁寧に幸子の髪を梳すのを続ける。
清の手つきは器用で、幸子は清と長時間ゲームをしていたのもあってか少しだけ眠たくなってきた。
……予想だが、きっとその女子はキヨくんに気がある子だったのだろう。
普通男子に声をかけるなんて、仲のいい友人や意識している人じゃなかったらそんなことは滅多に起こりえない展開だと幸子は推測した。
「……ズルい子」
幸子の中では心の中で思っていた言葉のつもりだが、一つ目を結び終わっていた清にははっきり聞き取られていた。
「なんでズルいの?」
「今の、口に出してましたか」
「出てた、どしたの急に」
「だから、その……その女の子が、えっと」
幸子はなんと説明すればいいか口ごもったのに清は何を言いたいのか察した。
「ああ、そういう話? 確かに俺目当ての子だったよ、付き合ったこともあるし……なに、嫉妬した?」
「……嫉妬するほど深い仲でもない気もします。だって、あくまで本当に仕事仲間って感じじゃないですか、私たち」
「それは残念……まあその意見は否定しがたいが、って、だからそういう言葉を言ってたら自然と出てくるってばー! もう少しオブラートに隠そうよぉ、俺悲しい!」
「嫉妬してると面白がってる彼氏の顔を見て愉快な気持ちでいられる彼女はいないかと、得に今みたいな流れのパターンは」
「あー、そう返しちゃう?」
だが、彼氏の特権を使って余裕に浸っている彼に意地悪をするのもアリか。
幸子は髪を結っていることに集中している清にそっと呟く。
「……けど、私は男子に髪を結んでもらったのは今のところキヨくんがはじめてです」
「ん? なんか言った?」
清は手を止めて幸子に問う。
小さい声だったから聞こえなかった可能性は多少あったが、残念だ。
「聞こえなかったなら、いいです」
仕返しのつもりで言ったのに……つまらない反応ですね、キヨくん。
「……今録音しておきたくなるようなこと言ったでしょ。カワイイね、天使ちゃん」
「……っ!?」
左耳から伝った彼の吐息に鳥肌が立つ。
この男、わざとだ、わざと聞いてないフリをしたんだ。
自分よりも恋愛経験のある清はわざと知らぬフリをして、自分にその言葉を言わせたのだと悟ると無性に悔しかった。
「キヨくん……やっぱりさっき言ってた女の子より貴方のほうがズルいです。彼氏の手練手管に乗せられた彼女の気持ちってこういうのいうんですね」
「セフレの子たちはまだしも女子なら、え……って照れるとこじゃない? こういう時は甘いムードを保つのも大事だぜ天使ちゃん。そのまま頬にキスされたりしたらどうするつもりだったのさー」
「どこの少女漫画の世界ですかそれ」
「天使ちゃんのお姉さんは少女漫画家だったと思ったけどー? 同人漫画家でもあるケド。俺天使ちゃんが本当に彼氏持った時こういう時もそういう雰囲気の時にもそんな顔しないか心配だわー」
「余計なお世話とは言えませんね、ありがとうございます。勉強になりました」
「天使ちゃん本当に素直だね、高校生になったらどういう男をひっかけるようになるのか気になるなー」
「からかわないでください、やっぱりツインテールやめてもいいんですよ」
「メンゴメンゴ、後もう少しで終わるから待った待った!」
幸子の言葉を聞きながら清は反対側のサイドテールを完成させるために幸子の髪に手をかける。
「……よーし、できた! 鏡見る?」
清は服のポケットから取り出したスマホを幸子の顔の前に持ってくる。
スマホの画面が映るのはツインテールの髪型になった幸子が映し出されていた。
「キヨくん、それスマホのカメラモードじゃないですか」
幸子は初めてのツインテールはどうしてしたのだろうと思うくらいにブサイクに感じた。
清の手際が悪かったという意味ではない、もう少しかわいらしい顔つきの女の子なら似合ったのに……という意味の個人的な意見である。
清は似合う似合うと言ってスマホの画面を覘き込む。
「こういう活用法もあるでしょ、って言うじゃん? 使えるものは使ってさー……で、どう? いい感じ?」
「私、ツインテール似合わないんですね、よくわかりました。どうしてこんなものを写真に収めたいのか理解できません」
「記念日は大事にしないと心が老けちゃうぞー?」
「撮りましょう、キヨくんもう少しくっついてください」
「お、撮ろ撮ろ? ……笑って笑って? ピース!」
清はスマホのカメラモードを連射にして、スマホの画面に映っているボタンをタップする。
カシャ、カシャカシャカシャ。
連射して撮った写真をすぐに清と幸子は確認する。
微妙にブレているものや、顔の角度などお互いに問題ない写真を出すのに数分かかった。
「こっちがいい? それともこっち? 俺的にはこっちおススメ」
「これでいいです」
「ヨッシャ! ツインテール天使ちゃん、頂きぃ……天使ちゃん相変わらず無表情だなー」
「私、髪型以外にも聞きたいものがあるんですが……今日はもう遅いですね」
「また今度だね」
「……そうですね。ゲームしてましたからもう夕方になったみたいですし、晩御飯食べ終わったらお暇させていただきます」
「了解。そういえば、後はなんのこと話したいの?」
「次はメイクで」
「だったら髪型よりも先の方がよかったんじゃない? 日数もそんなに多くないし、練習する期間短くならなるんじゃないの」
「メイクは得意分野の一つなので……用事が何かで被ったとしても、髪型だけはどうしても聞いておきたかったんです。中学の頃はすっぴんでしたし……髪型はどんな人でも第一印象で変わるじゃないですか、だから絶対最初にしたいなと」
「そっか、じゃあ次は天使ちゃんの家でやりますか」
「そうですね、キヨくんは姉さんが遊んでる時の格好ってみたことあります?」
「ないかなー……あ、明日一緒に写真撮ればいっかー」
「また撮るんですか、締め切り後の姉さんはダラけたい派なんですが」
「疲れた後は誰だってダラけたいでしょうケド、いいじゃんいいじゃん! 思い出はたくさんあった方がいいだろ?」
「それは否定できませんね、じゃあ、また面白そうなゲームがあったら持ってきます」
「サンキュー! じゃあ、最後に一杯!」
「じゃあ、一杯」
幸子は半分になった自分のカップのサイダーにブドウジュースを半分足し、清は飲んでなかったカップにサイダーを少しだけ足して二人で乾杯する。
「分量はお互い好みでってね」
「私も、こうやってチャレンジするのは嫌いじゃないです。もう何度もやってますけど、誰かの家だからいいんですよね、これ……バイキングもそうかもしれませんが」
「新曲のネタはひらめいた?」
「キヨくんぐらいの恋愛マスターになったら、もう少しは恋愛の曲も書くのは悪くないかもしれないです」
「ブドウジュースにお酒は言ってないハズだけど」
「今日のキヨくんは意地悪でした」
「ダッハッハー! だって、一回くらい彼女に言ってみたいもんじゃん? そのままのお前が好きだってさ……確かに、今日はイジワルしちゃいました。ゴメンナサイ」
「……? そうとは言ってなかった気が」
「まあ捉え方の一つってヤツで! 俺の助手ちゃんお外へカモーン!」
「キヨくん?」
「今はキヨ先生と呼びなさい、ユキコ助手!」
「……? っふふ」
違うんだろうけど、いつもは名前で呼ばないのに呼んだのは彼なりの照れ隠し……ということにしよう。彼女みたいなことを考えているなと自分でも思いつつ、これがキヨくんの彼女らしい気持ちなら姉さんにも報告するべき事案だろうかなどと考えているとキヨくんは、はやくー! と声を荒げる。
「なーに笑ってるの天使ちゃん、あんまり遅くなったらスーパー閉じるって」
「はい、キヨ先生」
普通だったら、こんな関係になる人だなんて滅多にないはずだ。
だから、今は彼のことを気にしながら、本当の彼氏というものができた時に対応できる術も持っておくべきだと思った私は、以前の私よりたくましくなったのだと自覚する。
「じゃ、買い物行きましょーう! レッツゴーゴー!」
幸子と清は二回目の乾杯をした後、ゲーム機を終了させてからテレビの電源を切る。
食べ終わったポテチの袋とワリバシを片付けて二人で買い物に行き、こどもだけのふざけた夕食を楽しんだ。ブドサイコーラは激しく不味かったが、最後に美味しいブドウジュースを飲んだので満足した。