表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

02.思い出話 出会い編

 私、天上幸子(てんじょうゆきこ)安里清(あさときよ)付き合っている。

 ある条件を飲むことで付き合うことになった私たちはどこにでもいるような恋人、だなんて甘い関係じゃない。誰もが考える恋人は、互いに告白して成立した奇跡の関係だと私は認識している。

 けれど私と彼を繋ぐのは、赤い糸ではなく有償という名の赤い涙に塗れた鎖のようなモノ。どこぞの、中二病的な表現をするどこかの情報屋のようだがその関係がピッタリ合う。

 どう解釈すると私たちの関係はそんな意味をするのか……それは、


「どうして姉さんは締切を守らないんですか、今月の締め切りで間に合わないなら今年の夏コミの新刊を書くのはダメだって言ったでしょう。好きな物と仕事の両立は大事なんですよ、はい資料です」

「うわーん!! アタシの妹有能すぎ……!? 泣けるわぁ!」

「そう思うなら、毎回毎回締め切りギリギリで書こうとしないでください」


 私の姉である天上名美(てんじょうなみ)水無瀬加波(みなせかなみ)という少女漫画家で、締め切りをなかなか守らない困ったちゃんです。しかもキヨくんのお兄さんである支道誠士郎(しどうせいしろう)さんが姉さんの担当編集者……そのため、お互いに緊急の時もどんな時も連絡が取れるよう私とキヨくんはそういう繋がりでおつき合いすることになったのである、お互いのお家事情的な意味で。

 ……うん、これ以上に頭が痛くならない簡単な説明があるだろうか。


「わかって! わかってよユッキー!! 私には恋愛関係のネタがほぼないってことを」


 姉さんは目に涙をためながら叫ぶ。四日前から徹夜してるせいか目の下のクマがすごい。


「そうですか、頑張ってください。コーヒーはいりますか?」

「冷たいようで優しい!! ブラックでおねがーい。ねえねえ、ユッキー! お姉ちゃん困ってるのぉ、ネタがないんだってば今ぁ!!」

「想像を膨らませて書くのが作家でしょう……それ以上のネタは私とキヨくんが付き合っているじゃないですか、それで十分じゃないそれとも、締め切りだから掃除ができない姉さんの代わりにお部屋を掃除をしている私にまだ不満が?」


 姉さんの飲み捨てたペットボトルと食べ捨てたお菓子の包みをゴミ箱に入れる。

 締切ギリギリになると、精神的に追い詰められていくのは作家に共通する悩みだろう、それ故に後片付けがだらしなくなっていくのは姉だけのような気がする。


「ありがとうございまーす!! それはそうだけど! アタシが言い出したことだけどー!! ああー! ムキー!! リア充爆発しろぉおおお!! なんでアタシの周りには男がいないんだよぉおおお!」

「猿になってますよ姉さん。でも書かないととダメなのはわかってますよね」

「ぐぅ……! わかりましたー!!」

「そろそろキヨくんか誠士郎さんが来るかもしれないので、飲み物とお菓子の用意をしてきますね姉さん。二人に原稿出せるよう、頑張ってください」

「解せぬぅ、青春してんなー!! おねがいしまーす!!」

 

 半泣きになりながらパソコンに向かい合う姉さんは徹夜明けで、他にも栄養ドリンクやカロリーメイトなどの飲み食いした後がまだデスクの上に転がっている。後で糖分摂取が必要かもしれないから何か他に菓子も持っていくべきだろうか、二人のどちらかが来た時に考えてもいいかな。

 ある程度片付け終わった姉さんの仕事部屋を後にして、一階に下り台所で適当な菓子と飲み物を考える。何にしよう……キヨくんは基本洋菓子で、誠士郎さんが和菓子だからなぁ。


「とりあえず今は春だから桜茶も悪くない、和菓子が相性いいはず……キヨくんも誠士郎さんも餡子は嫌いじゃないはずだったし、それでいいかな。けど、串団子系とか季節感が……そうだ、キヨくんだったら昨日買っておいたアレなら大丈夫かな。誠士郎さんなら……」


 ――ピンポーン。

 

「はーい」


 インターホンの音に幸子はすぐ台所を出て玄関まで歩いていく。

 ガチャ。 


 「やっほー天使ちゃん、元気?」


 扉を開けば、赤いヘアバンを付けた顔見知りの少年がひょっこりと顔を出す。


「……ある程度は」

「その様子からして、お姉さん荒れてるなぁ」

「はい、多少」


 鳥がプリントされた灰色のシャツに白パーカー、黒い上着と紺色のジーンズ……シンプルな衣服にベルトやペンダントなどのアクセサリーをさりげなく着て飾るのはファッションセンスが高い方、というのは中学の頃から知っている。


「締め切り明日の朝までらしいんだけど……兄貴は後で来るってさーその顔から察するにまだって感じ?」

「いつものことじゃないですか。どうぞ中へ入ってください」

「そっか、じゃあお邪魔しまーす」


 清は靴を揃えてから家に上がり、幸子は用意した物を持って清と一緒に居間で雑談する。


「今日のメニューは桜茶とイチゴ大福です」

「おおーいいねぇ、春っぽくて。中学の頃最初に天使ちゃんの家に上がった時はえらい目に遭ったの今でも覚えてるよーあれはインパクトあった」

「そうでしたね」

「そうだ、思い出話しない? 出会った頃の話とかさ」

「いいですけど、うるさくならない程度にですよ」

「了解ー」


 清に促され、幸子は清との出会いを振り返ることにした。

 彼と出会ったのは中学の二年までさかのぼる。



 ◇ ◇ ◇



 最初に出会ったのは、日が沈む夕焼けの屋上だった。

 私の好きな特等席のフェンスの前で立ってる黒髪の男子がいる、前まではここにほとんど来る人はいなかったのに、どうしたのだろう。


「こんなところで、何してるんですか」


 私がそう声をかけると、彼は振り向くことなくフェンスの向こうにある太陽を見つめる。

 けだるげに、彼はしゃべり始める。


「……飛び降り自殺? とか、悪くないかもなーとか思ったりしてフェンスに近づいてみただけとか? 安心していいよー? 本当に死のうとしてるわけじゃなくて、ただ単に興味わいたってだけだからさー……今、俺に何か言いたいことある?」

「自殺するのは、人生の中で一番つまらないことだと思います」


 本当に死のうとしてるのかわからかったが、幸子は思ったことをそのまま口にしていた。


「なんで? ただのジョークじゃん。そういうの通じないマジメさんタイプなのアンタ」

「真面目とかじゃなく嫌なだけです。二次元に逃げる方向はダメとは言いませんが」

「……じゃあ一緒に逃げてみる? こんな世界から」

「どこに逃げるんですか」

「そうだなー……一緒に逃げるって言ったから外国、南極や北極、果ては宇宙まで、とか? どこにも逃げる場所がない場合は心中とかになりますケド、ダメ?」

「知り合ったばかりの人間とどうして心中できるんですか、恋人ならまだしも」

「フーン、アンタ恋人なら一緒に死んでもいいんだ」

「……どう受け取るのも貴方の自由ですが、私の目の前で死ぬなら全力で止めます」

「なんで?」


 振り返った彼の金色の麦畑のような瞳に太陽の光に当たっているはずなのに目が死んでいた。

 彼の顔は今にも泣きそうな顔で、辛そうな顔で、人生を捨てたいみたいなそんな表情をどうして私みたいな赤の他人に向けているんだろう。


「………………とにかく、死んじゃダメです」


 けれどそんな顔をしているからだなんてそんな言葉なんてかけたってどれも同情だ。

 彼に対して哀れんだって彼の心に響く言葉なんて浮かんでこないし、死にたいって顔をしているのは間違いないわけで……なんとか、言葉を操って彼の気を惹くしかなかった。


「友だちでもなければ、恋人でもない赤の他人が死ぬのを笑って眺めようとかしないの?」

「する理由が浮かびません、そんなことをするくらいなら貴方を抱きしめて頭撫で回して『大丈夫』って、ずっと言い続けます。嫌がっても撫でます。どんなに抵抗しても、禿げるまで撫でます。いいえ、禿げたとしても撫でます」


 目の前で死にたいと言い出している人に上手く止める術が、今の幸子の中ではあるこの答えしか見つからなかった。


「っはは! 変な子―!! 同情してるの変わんないってーの!! 優しいのねーお姉さん! じゃあ、やっぱ死なないでおきますかねぇ、そういう顔してる人泣かせる方がどうかと思うしなぁ」

「? 私、今どんな顔してるんですか?」

「秘密、ねえ、お姉さん。お友だちにならない? ここにいる間だけは、クラスでも知らない関係ってことで」

「いいですよ」

「お、ノリいいねぇ」


 彼はにっこりと笑う、本心から笑ったように感じた。

 初めて出会ったのにそう感じるなんておかしいと思ったけれどなぜか私はそう思ってしまった。

 彼とはそれ以降この場所で話すようになった。そんな時間が私にとっては不思議なことだったが自然と好きになっていった。お互い、特に名前を名乗り合うことはしないまま。

 それが必要性がない気がしていたから、むしろ邪魔なような気がお互いしていたのか、ただ空を眺めて好きな食べ物の話とか、音楽の話とか、漫画や小説の話とかしていた。

 彼のことを親しい友人と感じるようになってからある日、姉から命令が下された。


「幸子、アンタ誰でもいいから誰かと付き合いなさい」

「はい?」


 姉から唐突に執筆部屋に呼び出されたと思えば急にそんな言葉を投げかけられる。

 姉の名美は感極まった声で笑う。


「ありがとう! たった一言だけでお姉ちゃんのお願いに頷いてくれるアタシの妹、マジ尊い……! あ、ちなみに異性でも同性でも可! ケダモノな人でも人種が人ならどんな性格でも可!! あ、でも女子も男子もネタになりそうな子ならもっと可!!」

「姉さん、本音だだ漏れです」


 名美は次から次へと幸子に懇願する。

 私の言い方にも問題はあったかもしれないが聞いただけなのに、OKを出した覚えはない。


「姉さん、私はただ聞いただけです。YESと言った覚えはありません。どうして姉さんはそうやって強引なんですか」

「時には無視、時には許容、それはアンタもしていることじゃないの? ん? ちなみに新たな同人漫画のネタに使いたいの! お願いします!! ネタをください!!」

「正論ですが、欲望がだだ漏れですよ……でも誰かと付き合うなんて私は」


 幸子は名美の言葉に反論ができないでいた……そう、小学生ならまだしも中学生になったのだ、恋の一つくらいはだなんて考えることが一切ないわけじゃない。だが自分にとって関係のない恋愛話ならいくらでも好きなのに、こうやって自分が関わりそうなことになってくると途端に面倒になる……このままじゃ、姉さんと同じ道を通るのだろうか。

 それは嫌だとあまり強く言えないのが残念だ。

 一瞬だけ、屋上の彼のことが頭に過る。


「………………あ」


 けど、彼はただの友人だ……今の私は本が恋人みたいなものだから、そんなことをお願いするのもどうかと思う。


「ん? どったの? ユッキー」

「いいえ、なんでもないです。私そこまで恋愛したいと思ってはいないんですが」

「弱音吐いたら駄目よ、ユッキー!! ユッキーが弱音吐いちゃったらアタシ、漫画のネタがないまま同人作家人生をループして有名な少女漫画家になるという夢が閉ざされてしまうじゃないか!!」

「なら諦めたほうがいいんじゃ……」

「嫌よ! 夢は諦めないからこそ煌めく星! 諦めは人の心を殺すオモチャなのだわ!!」

「……その表現はどうかと、でもどんなオモチャでも好きなら飽きないんじゃ」

「アンタみたいな鮭おにぎりを一年分食べれる人と違うのー!! 人は飽きればいくらでも捨てるのよ、どんな人でもどんな物語でも!! 一つのジャンルの作品に固執できなくなっていくファンの気持ち、アンタにはわからないの!?」

「つまり姉さんは一つのモノにこだわれない浮気性なファン(ビッチ)なんですね、わかりました。同人仲間のお姉さま方に姉は雑食なので推しカップリングが実はどれでもいいタイプだと報告を」

「ちょっと待てちょっと待て!! それアタシが一番困るヤツ!! で、でもアンタだって新しい作者の新刊出たら読むじゃない! ブーメランよ、ブーメラン!! そういうことを言ったらアンタも相当のビッチってことになるのよ!?」

「とにかく、恋人を作れと……私は読書できればそれでいいんですが」

「ダメよ、今の若者ぉ!! 青春しなさい青春を!! 桜の木の下で意中の相手に告白する、それで行こうじゃない! 王道な告白でしょ?」

「まだ春だからそれは可能ですが……姉さん。面白がってるでしょう」

「な、なんのこと? べ、別にアタシが青春できなかった分をアンタに青春してほしいだなんて、一言も言ってないんですからね!? 言ってないからね!?」

「…………ええぇっ」

「なにその反応は!?」


 名美姉さんマジめんどい、と言わなかったことだけ自分を褒めよう。

 本当に私の姉は両親に甘やかされてるとしか思えない。しっかりした人間にさせてくれたことはありがたく思うべきなのかもしれないが。

 けれど恋人……姉さんが考えるような人なんていないかもしれない。けど、あることを思いついた。


「じゃあ私は夕焼けの屋上での告白をしようかと思います」

「ん? ……もしかして気になる相手? なんだ、アンタも実は無頓着な顔してぇ、このこのぉ!」

「色魔と呼ばれてるとある男子が女子に一番モテてると聞きました。けどいい人だという噂なので……その人に頼もうかと」

「はい? 色魔、ですと? ね、ねえユッキー、あの、身体を売るような真似はお姉ちゃんダメだと思うの……ね? 無茶なお願いだったから、やっぱりやめ」

「とにかく、姉さん。もし、私がその人と付き合うことになったら私の将来の夢に関することにとやかく文句を言わない、約束しますか?」

「……わ、わかったよ! 条件を飲もうじゃない」

「契約成立です、携帯で録音しておいたのでバッチリ証拠はありますので悪しからず」

「え? な、いつの間に―!?」


 もし、付き合うことになっても、すぐ別れて終わりにすればいい。

 姉が文句を言う中私は部屋にこもり、友人の知り合いからもらったメールを読み上げる。


 「『女をとっかえひっかえして遊んでる色魔。通称、我々男子たちにとってのこの世全ての悪とされるアンリマユ』……って、アンラ・マンユのこと? ゾロアスター教の神様じゃないですか。どういうあだ名の付け方されてるんだが……絶対悪の存在が色魔と同列にされてるとか、最近の流行りなんですかね」


 メールの最後に、読み仮名がフラれていない名前が最後に載ってある。

 安里清。私のクラスメイトにはいない名前だ。


「アンリマユ……マユは置いといてアンリは名前に対するヒント、というところでしょうか。じゃあ普通に名字として読むならこれは安里(あさと)。で、名前は……(きよし)? ……アサトキヨシ、か。でもこれ書いた人の文章、なんか中二病的な気が」


 次の日にアサトキヨシという人物の情報を周囲から集めよう。

 翌日から情報収集をしていくだけ、その人物がどんな存在かわかってきた。

 例えば私の幼馴染からは、聞き上手で異性によく好かれるプレイボーイな男だとか。

 例えば彼の友人と名乗る人物からは、目的のためなら手段を選ばない策士な男だとか。

 例えば彼のセフレからは、穴があるなら男だろうが女だろうが抱く男だとか。

 聞いてるだけで、ちょっと告白するには勇気がいる相手だと感じ始めた幸子。

 最後に一番の話し相手である彼に話してみようと思って話題を振ると今までにないくらい大爆笑された……解せない。


「アッハッハッハッハッハ!! ひー! ヒヒヒ!! そんなにアサトキヨシってヤツはそう見られていると! しかも色魔と来た! あー笑える!! で、最後に俺に全部聞きに来たんだ?」

「……そこまで爆笑される理由が浮かばないんですが」

「アサトキヨシ!! 普通だねぇ、本当に普通に呼んだらそうなりますねー? ……でも、ちょっと待ってみようかお姉さん。答えはもっと単純なものだと俺は思うぜ」

「何がおかしいんですか」

「明らかに理解できませんって顔だなぁー……簡単だって言ったろ―? 俺がそのアサトキヨシくんデス」


 おどけた顔で笑う彼に、幸子の脳は理解が追い付かないでいたが数分経ってからある答えが閃く。


「え……じゃあ死にたくなったのは実は女の子に命を狙われているからですか、キヨシくん」

「というか、アサトキヨシじゃなくてアサトキヨ! よく間違われるんだよなーそこ。普通に読んだらキヨシって人の名前が多いのは事実なんだろうケド……ちなみに、女の子に命は狙われたことないです」

「そうだったんですか……? でも、色魔の説明じゃなくて、それは名前の説明じゃ」

「色魔って呼んでるのはセフレの子たちだけ! 別に女の子の気持ち弄んでる覚えないしー! そりゃあ、女の子のお悩み相談は受けるけどさぁ」

「じゃあ、私貴方に人生相談をしようと思ったんですが」

「なに? 何のことで悩んでるのお嬢さん」

「アンリマユ、私は貴方を愛しています。付き合ってください」

「誰言ったのそのネタ」

「アンリマユのことですか? 知り合いから知りましたが」


 今までの彼から想像することのできない無表情っぷりに疑問を抱きつつ尋ねる。


「フーン……言わされた系なら付き合わないぞー俺。でもそのネタ、俺の知り合いが勝手につけたヤツだからあんまり好きじゃないんだよ、アンリはまだわかるけどさぁ」

「ゾロアスター教の悪神は嫌ですか?」

「いやいやいやいや、そっちの意味でならカッコイイよ? あだ名としてはセンスあるって思う。絶対悪とか必要悪の人に憧れる人いるかもだけども、そのネタ俺に姉か妹がいなきゃ成り立たないネタじゃない? え、成り立つの?」

「成り立つかと、意味的に男子たちにとっての悪と書かれてあったくらいですし」

「えー? そうなの? マユに囚われ過ぎてた……悪、ね。どっかのキャラクターでいるなら、まあ話は別なんじゃないかなーとは思うけど」

「でも安里だってアンリとも読めるじゃないですか、無理じゃないと思うんですが」

「そう思う? あー……これだから名前ってヤツは!! メンドクセーなぁ、もう」

「じゃあ、今度からアンリと呼んでもいいですか?」

「いいけど、キヨって呼んでもらえる方が嬉しいかな。たまにならそっちで呼んでもいいよ」

「わかりました、ちなみに私の名前は名乗ってませんでしたよね、私の名前は天上幸子(てんじょうゆきこ)です。今後ともよろしくお願いします」

「! マジかー……じゃあ、一番アンタにとって重要なこと今言うから、ちゃーんと聞いててよ。君、水無瀬加波の妹さんだよね? 俺の兄貴、君のお姉さんの担当編集者なんだよねー! ……恋人として付き合えって兄貴から言われてさぁ……どうする? フリ、ってことでもいいけど」

「本当に重要なことですね、姉さんの知り合いだったんですか。しかもお仕事繋がりの」


 確かに水無瀬加波は姉さんが少女漫画を描いてる時のペンネームだ。

 それを知っているということは、本当に仕事関連で知り合ったのだろう。


「そこまで外堀を掘っているとは、噂に聞いた通りの策士なんですね」

「あれ、そっち? 兄貴から聞かなかった? 弟がいるって話したって聞いたけど」

「誠士郎さん、ですか? ありますが名前までは言ってないです。名字も違うとかわかるわけないじゃないですか」

「そっか、じゃあ交際のお願いだけど、友人としてのお付き合いに変更可能。どうしても異性としてお付き合いしたいなら条件があるんけど……?」

「異性としてでお願いします」

「即決するなー自分の人生棒に振ってない? アンタ俺よりも普通な人生送ってるどこにでもいる女の子じゃん? だから、無理して付き合うだなんて必要はないんだからさ」

「ありがとうございます、ネタになりますね。お互いに」

「話聞いてた!? 俺のマジメな会話聞いてた!? おかしいって言われたことないアンタ」

「特には。姉さんなら、むしろ見かけたことのないネタに食いつくので都合がいいかと」

「それで俺絶対納得させられるって思ってる?」

「はい」


 私は迷うことなく、自分の両手で彼の手を握った。

 清は、幸子の反応に一瞬面食らった顔をするがすぐにつまらなそうなジト目で私を見る。


「え、頷くの? どうなの、それ。俺、むしろもう少し抵抗されるって思ってたんだけど……ちなみに、お付き合いするための条件デスが」

「どんな条件ですか?」 

「俺の場合は、兄貴にアンタのお姉さんと連絡つかない時があって困った時あったから、アンタを通して近況報告を俺にしてほしい」

「私の場合は?」

「俺の女の子との恋愛してきた情報をアンタを通して話す、恋人ってのも本当にフリでも大丈夫だから安心してくれ、セックスレスなクリーンな関係でイキましょう。それならお互いフェアな関係だろ?」

「そうでしょうか、貴方にとってはアンフェアな気がします。それならむしろ友人でいいんじゃ」

「いいや? 俺は女の子とお付き合いできるの楽しいからいいの、恋人としているつもりなら特典もあげるし、それともやっぱり友達として通したい?」

「どちらでも構わないですが、友人より恋人の方がいいかと」

「え、マジで? 後嘘とかまったく思わないのかよ騙されてるとかさー」

「大丈夫です、姉さんの知り合いに悪い人はいないので」

「わかった、じゃある程度の対策はこっちで練るから安心してくれ……でも、本当にそれでいいの?」

「何度も言わせないでください。姉さんと繋がってるなら、ある程度ネタのために付き合ってくれるんでしょう? なら、私と交際するのもどういう意味かわかってるじゃないですか」

「確認はしっかりとらないとダメだろ? 無理矢理は嫌だし、恋をするなら自由恋愛のほうがいいじゃん? ……いいんだな?」

「……好きな方の意味で受け取ってください」

「じゃあ、恋人になりましょう。で、心中しようとかまた言い出したらどうするつもりなの」

「恋人になったからって、ダメだって言うに決まってるじゃないですか」

「……理由は?」

「恋人にしたのは、貴方を生かす……というのは、上から目線に思えますがそっちで一緒にいる方が好きそうだなと判断したので。それと、もし学生時代に恋愛するなら実は一途そうな貴方みたいな人と恋がしたいです。貴方みたいな人なら、私も傍にいたい。ダメ、ですか?」


 清は幸子が言ったセリフに思わず口元に手を当てた後、幸子から顔を背ける。

 どうしたのだろうと、幸子は不思議そうに顔を覗くがなかなかこちらを見ない。


「どうかしたんですか?」

「…………あのさ、そのセリフ好きなキャラクターのセリフだったりする? もしくは漫画とか小説のヤツだとか」

「いいえ、得には」

「…………………………先が思いやられるなぁ」

「何がですか?」

「なんでもないデース! とにかくこれからよろしく、天使ちゃん」

「……天使ちゃん?」


 清は頭を戻し幸子へ手を差し伸べる。握手、という意味なのだろう。


「ああ、アンタのあだ名。名前の最初と最後合体させたら天子(てんこ)になるじゃん? 読み方変えたら天使だなーって思ってさ……ダメだった?」

「あだ名、ですか……ユッキーとかはありましたけど、そういうのはあまりありませんでした」

「お、じゃあ俺が初めての男?」

「はい、アンリマユ」

「だから、それやめてって言ったじゃん!」

「弱みを握らせたのは、貴方でしょう?」

「いいキャラしてるなぁ? やり直しね。これからよろしく、俺の天使ちゃん」

「っふふ、はい。キヨくん」


 そうして二人は夕焼けの屋上で、固い握手をしながら恋人になったのである。

 後日、キヨくんから同級生の前で恋人になろうと言ったのは、また別の話。


 ◇ ◇ ◇


「そんなことともあったよねー」

「はい。でもそれは最初に出会った時の話であってキヨくんが私の家に来た話じゃないですよね」

「いいじゃんいいじゃん? 別に思い出話なんだからいいの、思い出は素晴らしい!」

「君たち本当に青春謳歌しててウラヤマ憎らしいわ、永遠に爆発しろ」

「姉さんどうしたんですか?」

「うるさいな! 学生時代に青春できなかったアタシの気持ちなんてわからなんわぁー!」


 幸子と清は、出会いの頃の会話を話し合いながらようやく部屋から出てきた名美に声をかける。


「あ、それはそうと原稿できました? お姉さん」

「できたよー!! ユッキーが色々してくれなかったら乗り切れなかったわー! あー肩痛い」

「頑張った姉さんにご褒美です、キヨくんと一緒に食べていいですよ」

「イチゴ大福? いいじゃん、あ、イチゴだけ食べたい。後でイチゴ買って来てよユッキー」

「姉さん本当にブレないですね、ダメです。今月のお金にそんな余裕はありません」

「えー!? 買って来てよー! アタシの方のお小遣い使っていいからーあ、二人で千円以内ね?」

「いいですって。今日は我慢しましょうお姉様。集中力キレた時の糖分補充大事だから今のうちに摂取しないと明日持たないかもししれないでしょ? お姉様の頭、今日悲鳴を上げまくったんじゃないですか?」

「それもそうかなぁ、さっすがユッキーの彼氏! よくできる彼氏を見つけてきた!! さすがアタシの妹は世界一の誘惑テクを持った女子! ユッキーに飽きたらアタシの彼氏になってもいいのよー? 色魔くん」

「お褒めにあずかり光栄です、お姉様。けれど俺には愛する恋人がいるのでご容赦を……お姉様にもいつかお相手がやってきますよ、そう遠くないうちにね。でも色魔くんはやめてほしいなー?」

「っはは、今日テンション高い方だから部屋に戻るねー? ユッキー後でコーラ持ってきてー」


 名美はテーブルに置かれたイチゴ大福を食べながら居間の扉を閉める。

 名美が二階に上がっていくのを確認した幸子は清にグッと親指を立て、清は答えるように片手でピースサインする。


「キヨくん、GJ(グッジョブ)です」

「それほどでもないデスヨー今回は大丈夫そうかな? でも兄貴は一応来るから、そこんとこよろしくお願いします」

「わかりました、姉さんに伝えておきますね」


 清は帰る支度をしながら幸子と共に玄関まで向かう。


「いつもありがとうございます。キヨくんも、夜道は気をつけて」

「ハイよー! じゃあ、また高校でね」


 幸子は頭を下げながら礼を述べ、清は手を振りながら玄関との扉を閉めた。

 茶菓子などの片づけを終えて夕飯の準備に取りかかる。今日も、忙しい日々だと感じながらも幸子は充実していると感じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ