夜8時に死ぬ男
私は普段小説をほとんど読みません。もしこのストーリーと似通ったストーリーの小説がありましたらご指摘ください。
その竹田義一という男は、本当に女性にもてない。
23歳だが、女性と付き合った事が一度もない。
彼は高卒、スーパーで品出しのバイトをしているフリーターだ。自分を負け組だと思っている。別に顔が悪いわけではないが、人見知りする事と、強い劣等感から、とても恋人なんて作れないと思っていた。
彼はある夜ひどい夢をみた。現実以上にリアルで恐ろしい夢だ。死神のような見た目のモンスターが出てきて、「お前は明日の夜8時に死ぬ。」と告げてきた。
彼は、「僕が死ぬ?そんな馬鹿な。」と言い返したが、死神は「信じるか信じないかはお前次第だ。」と返した。
死神は「では2つほど他の予言をしてやろう。」と言った。
「明日の朝8時半、お前の家のブレーカーが落ちる。」
「11時半、お前は自転車を漕いでいて水をかけられる。」
そう言うと、死神はクックックと笑って去っていった。
そこで彼は夢から醒めた。ベッドは汗でびしょ濡れだった。
8時頃、彼は目覚めて朝食に卵かけご飯と、母が作ってくれた味噌汁を食べた。
彼の母親は、朝からこわばった顔で朝食を食べている彼を見て心配した。
だがどうしたのか聞くまでは考えなかった。
彼は、今日はバイトが休みなので、ガッツリ系ラーメンの「ラーメン三郎」に行こうと思っていた。
だがゆうべの夢がどうしても気にかかっていた。
死神が予言した8時半が近づくにつれて、不安感が増していった。
8時半になった瞬間、予言通り家のブレーカーが落ちてしまった。一度に多くの家電を使い過ぎたのだ。
彼の顔は青ざめたが、「こんなのただの偶然さ」と自分に言い聞かせた。
彼は自転車で出発し、隣の隣の駅にあるラーメン三郎に向かっていた。
普段からこのラーメン屋には、交通費を浮かせるため自転車で通っているのだ。
2つ目の予言の時が近づいてきた。彼は注意深く自転車を走らせた。水をかけられるなんて御免だ。
水をかけられたら本当に自分が死んでしまうのではないかという気がした。
しかし11時半きっかりに、彼は突然水を浴びて衝撃を受けた。
「ごめんごめん!」おじさんが謝ってきた。
車を洗っていて水が誤って道路に飛んでしまったらしい。
さすがに彼も、これで死神の言った事を信用するしかなくなった。
近くにあった公園に自転車を停め、ブランコに座ると、涙が出てきた。
「僕は死ぬんだな。今まで幸せな事なんてほとんどなかった。不幸な事も特になかったけれど。
なんて意味のないつまらない人生だったんだろう。」彼は悲しんだ。
こうなったら、21時までで今までやりたかった事を出来るだけ全部やろう。そう思った。
彼が一番好きな食べ物はラーメン三郎のラーメンだ。店外の行列に並ぶと、なんだか達観した気持ちになってきた。死ぬのも悪くないかな、どうせつまらない人生だったのだから、と。
しばらくしてやっと店内に入れた。最後だからと、値段の高い「小ラーメン豚ダブル」を頼んだ。着席して食券を出し、しばし待ってラーメンが出来上がる直前、店員のおばさんに「ニンニク入れますか?」と聞かれたので、「ヤサイニンニクアブラカラメで」と呪文を唱えた。
ニンニクで口が臭くなろうと知った事か。
もやし等の野菜が山のように載せられた大迫力のラーメンが来た。食べる。旨い。どれだけこの店に来たことだろう。月に2回くらいは来てしまうのだ。旨くて涙が出そうだ。
全部食べてスープも飲み干そうと思っていたが、体調が悪かったのか、麺を全部食べる事さえできず、少し残してしまった。スープの中に麺を隠してそそくさと店を後にした。
最後に旨い物を食えてよかった。
さてと、最後の晩餐はどうしよう。やはり母親の手料理を食べようか。最期くらいは家族と一緒にいたい。それで家に帰ってきた。母親は深刻そうな顔をした彼を見て心配していた。
彼は、彼女も出来ずキスもしたこともない自分の人生がとても悲しくなってきた。家から近くの大きな公園に行き、勇気を奮い立たせて大声で叫んだ。「僕は今日21時に死んでしまいます!どなたか女性の方、それまで僕と交際してください!」と。
周囲の人はみんな、危ない人がいるという目で、顔をそむけていた。
しかし一人だけ、彼に興味を持った少女がきた。金髪で片目だけに大きな付けまつ毛をした不良にしか見えない少女だ。
「君、どうして今日の21時に死ぬって分かるの?」と聞かれたので、今までの経緯を説明した。
すると、「君ニンニクくさいよ」と笑われた。
彼女は「まあ今日は暇だし、付き合ってあげるよ。あたしで良かったら。」と言ってくれた。
彼は顔を赤らめてしまった。こんな可愛い女の子と付き合えるなんて。夢みたいだ。
話を聞いてみると少女は水谷千尋といって、18歳の学生だそうだ。
小さい頃に両親が離婚して、母親一人に育てられているそうだ。母親は水商売の仕事をしている。
母親がたまに男を部屋に連れ込むのがとても嫌だそうだ。
「学校でなにかグループに入ってるの?」と恐る恐る聞くと、「いや、あたしは一人だよ。クラスで孤立してる」と答えた。
彼は今まで旅行とかレジャーとか、観光はろくにしてこなかった。海外に行った事もない。
最後に何をしよう。彼女は「映画館に行きたい!観たかった映画があるんだ。」と言っていた。
二人とも親に「今日は夕ご飯外食する」とメールを入れた。
「ねえ、君本当に死ぬの?」彼女がいたずらっぽく聞いてきた。
彼は「わからないや」と笑った。初めて彼女が出来たという事が幸せでたまらなかった。
こんなに幸せなのに突然死ぬなんて事はありえない。そう思い始めていた。
映画館に着いてチケットを買った。彼女が観たかったという映画は、泣けると評判の映画だった。
ポップコーンを買って薄暗い席に座った。二人で同じポップコーンを食べて、手がさわってしまったりすると、彼は顔を赤らめてしまった。彼女は気にも留めてないようだった。
映画は有名な俳優は誰も出ていないけれど、口コミで評判が広がっている作品だった。
観終わって、彼は感動した。大満足だった。いい映画だったなあ。
そしてふと隣を見ると、彼女が号泣しているのを見て、びっくりしてしまった。
慌てて前を見た。すると彼女が彼の手に手を合わせてきた。
女の子の手を触った事などほとんどない。彼は顔を赤らめてしまった。
彼女の手は冷たくて、指は細かった。
映画館から出て、「さあ、最後の晩餐だぞ~」と彼は楽しそうに言った。
死神の予言なんてもうすっかり信じなくなっていた。
どんなご馳走を食べよう。彼女と話し合った。
彼女は「サイデリアがいいな。一人でよく行くんだ。」と言った。安いイタリアンのお店だ。
「ええ、最後の晩餐がそんな店でいいの?」と彼は聞いた。彼女は、「あの店の賑やかなところが好きで。なんか一人じゃないって気持ちになれるんだ。」と言った。
彼は少し不本意だったが、サイデリアに行く事にした。
店内は周囲のおしゃべりの声でとてもうるさかったが、彼女はとても楽しそうだった。
彼女と将来の事を語り合った。「僕たちはすごくお似合いだと思う。」と彼は恥ずかしげに言った。
でも彼女は「うん、そう思う」と言ってくれた。夢のようだ。
料理も美味しかった。グラスワインを何杯も飲んでしまった。彼女も飲みたがったがそこは「駄目だよ」とたしなめた。
サイデリアでの幸せな夕食を終え、店から出た。彼はすっかり酔っぱらってしまった。
「千尋~」と言うと、彼女に下手くそなキスをしてしまった。ファーストキスだった。
ふと我にかえって、「ごめん!」と謝った。でも彼女は顔を真っ赤にして、「義一くん……」と言った。
「好きだよ、義一くん」と彼女は照れ臭そうに言った。彼は嬉しくて涙が出てきた。
「やだー泣かないでよ」と彼女は笑った。彼は最高に幸せだった。
二人ともすっかり死神の予言を忘れていた。どこへともなく歩いていた。最高の散歩だ。
運命の時刻が来た。
突然暴走トラックが彼めがけて突っ込んできた。「危ない!」彼女は彼を突き飛ばした。
彼女はトラックにはねられ、遠くへ吹っ飛ばされた。
「千尋ちゃん!」彼は彼女のもとへ駆け寄った。
携帯電話を取り出し、「彼女がトラックにはねられた!すぐ来てください!お願いします!」と救急車を呼んで、彼女の手を握った。
彼女は「君と居て楽しかった。最初で最後の彼氏になったね。」と言った。
「今まで人の役にたった事なんて一度もなかった。最期に人の役にたてて良かった」と。
救急車が来る前に、彼女は息を引き取った。彼は彼女に最期のキスをした。
「なんて事だ。僕が死ぬはずだったのに。君が死んでしまうなんて。」彼は大粒の涙を流した。罪悪感で心が締め付けられた。
それから18年後。彼はIT企業の正社員となり客先で社内ヘルプデスクをしていたが、女性と付き合う気は全くなかった。
あんな悲しい想いは二度と御免だ。
ある日、よく行くコーヒーショップで新人の店員が来て、彼は驚愕した。
「千尋?!」千尋と瓜二つどころか、全く同じ顔、身長、年齢だった。金髪ではなかったが。名前も一緒だった。
彼女も彼を見て、何か衝撃を受けていた。
聞くと、彼女は親を知らず、施設で育ったらしい。
ふと彼女の口から「やっと会えたね。会いたかったよ。長かった。」とこぼれた。そんな事を言った自分に彼女は驚いた。
彼女は彼との出会い、デート、食事、事故、あの素晴らしかった一日を全て思い出した。
「きっと彼女は千尋の生まれ変わりなんだ。
死神は彼女の命を奪ったけれど、神様は見ていてくれたんだ。」と彼は思った。
二人はすぐに交際をスタートさせ、3年後に結婚した。
子宝にも恵まれた。女の子だった。
ある日彼女は、「この子には、絶対に私のようなつらい思いをさせたくない。ね、約束して。一生一緒にいてくれるって。」
と彼に言った。
「君は僕の運命の人だぞ。何があっても一生離れられないに決まってるだろ」と彼は笑った。
「だよね」彼女は微笑んだ。