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SAYONARA<前編>

 

 

 

 

 

 例え下心を抱いていたとしても、男子生徒を呼び出すという行為は、こう緊張するものがある。

 そのことを知っている友達は「まぁ頑張ってね」と同情めいたことを言ってくるし。まぁ、それは確かに友達も「頑張った」結果なのかもしれないけれど。それでも、気が重くなるのは仕方ないとため息をついた。

 

「――――えっと……」

 

 躊躇いがちな声を上げながら、私の姿を見つけた彼。苗字は日暮。下は……、覚えてない。同じ組にいても、教室の中では全然目立たないのだ。苗字を辛うじて覚えているのは、友達から教えて貰ったからなのだ。もっとも、それでも下の名前はあんまり印象に残っていない。

 

 ともかく困ったように笑いながら、彼は体育館の裏に来てくれた。

 手には、私が下駄箱に入れた手紙。

 

「呼び出しは受けたけど、えっと……、その表情からして、浮ついた話じゃないよな。たぶん」

 

 どうやら彼も、こちらの顔色を見て何やら察したらしい。首肯すると、少しだけため息をついた。

 

「一体どんな話を聞いたか知らないが。別に俺の親父、そういう由緒正しい呪い師とか、そんな訳じゃないぞ? 単なる一般人だ」

「でも、日暮韻果(ひぐれいんが)とか言ったっけ。日暮くんのお父さん。『いわく』のある物の収集家なんでしょ?

 友達だって、実家にあった呪いの西洋人形とかも引き取てくれたって聞いたけど」

 

 夜な夜な動くとか、捨てても家に帰ってくるとか、そういったものだったのだが、彼の家に譲ってからは、特に何の問題も起き無くなったとか。

 なんでも、悪魔が好んだ人形だとか、そんな言われがあるらしかった。

 

 日暮くんは、深いため息をついた。

 

「ってことは、あの()からの紹介か。……あー、こんなんだからあんなもの集めたりするの止めろって言ってるのに」

「?」

「はっきり言うと。俺は、これ以上そういう品を家に増やしたくない。というか、これ以上実家の倉庫を魔窟にしたくない」

 

 心底嫌そうな顔だ。反抗期だから父親のことを嫌っている、という以上に何かうんざりとした表情をしている。理由を聞けば、まぁ、納得させられた。

 

「掃除道具を倉庫にとりに行っただけなのに、棚の上から木彫りの髑髏とか、髪の毛だけで編まれた服だとか、そんなものが突然ふってかかってくる実家暮らしの同級生のことを少しは慮っちゃくれませんかねぇ、ええ」

 

 皮肉たっぷりに肩をすくめて笑う彼。どうやら、中々彼は彼で苦労させられているらしい。

 でも、私だって引くわけにはいかない。

 

「親父曰く、あれでも『引き取り手にきちんと渡して』いるらしいけれど、それ以上に集めすぎなんだよな。人形だってそんな感じだし」

「でも……、でも、私、もしかしたらそれで明日、死んじゃうかもしれないから」

 

 訝しげな顔になる日暮くん。

 

「繰り返すけど、家の親父って、そういう『変な力』とかは持ってないはずだけど。もし親父に『引き取ってもらいたい』ものがあるっていっても、それを親父が引き取ったからってどうにかなる話なの?」

「わからない。でも、お人形さんについては、あれ以来なにもないって聞くわ。だったら、日暮くんには悪いけど、私は私で、私の生活を守りたいの。明日になったら殺されてしまうかもしれない同級生のことを少しは慮ったりしてくれない?」

「いや、つまりそれって俺の家も危険に晒されるってことじゃない? 親父、死んだらどう責任とってくれるの?」

「そ……、それは、えっと……」

 

 突然の突き付けに言葉を失っていると、彼はやっぱりため息をついて。

 

「わかった。……紹介するから、ついて来な」

「あっ――――――」

 

 私の答えを聞かず、手をとって引っ張り。

 されるがままに、私は彼の後について行った。

 

 

 

   ※

 

 

 

 全く意中でもなんでもない男子生徒を、下駄箱に文を入れて呼び出し。逢引きというわけもなくその男子と一緒に、彼の家へ向けて下校する。

 周囲にヒトの目はないとはいえ、しかしそれでも、私は謎の緊張を覚えていた。単純に私が男慣れしていないというのも理由かもしれないし、私がこれから話さなければならないことのせいかもしれないけれど。

 

 彼の家は、一軒家だった。どこにでもありそうな、というと語弊があるかもしれないけれど、家の作り自体はそう珍しいものじゃない。2階建てで、ただ違う点と言えば庭が妙に広いことと、その奥に大きな木造倉庫があることくらいだった。

 

「おかえり。……、あら。いらっしゃい?」

 

 と。日暮くんが家の扉を開けると、奥からお母さんとおぼしき女性が来た。背筋がぴんしゃんとしていて、髪は短め。あと何故か和服を着ていた。きりりとした雰囲気が、迫力をもっている。

 目元がやや鋭く、それが日暮くんの容姿と似た雰囲気を漂わせていた。

 

 思わず萎縮している私を気にせず軽く会話をすると、日暮くん共々、二階の奥の部屋に案内された。そのあと「買い物にいってくる」と言って、ぱたぱたと足早にこの場を後にした。

 

「――――――ほう。恐怖の大王が地球に来襲するより前に、シンが女の子を家に連れてくるとはね」

「父ちゃん、殴るぞ。そんな話じゃない」

 

 そんな風に息子をからかう日暮くんに父親。日暮韻果(ひぐれいんが)。母親が着物を着ていたあたりで予想していたけど、父親は浴衣の上から袢纏を羽織っていた。机の上には膨大な何かの書類と、拡大鏡(ルーペ)が一つ。

 ……っていうか、日暮くんって家だと父親のこと「父ちゃん」呼びしてるのか。なんか、どうでも良い事実を知ってしまった気がした。


「で、何をくれるのかな?」

 

 軽く事情を説明された後の問いかけに、私は意を決して、手持ちの鞄を開けた。

 一見なんの変哲もない果物ナイフ。渡されたそれを見て、彼は不思議そうな表情を浮かべた。

 

「私は蒐集家(しゅうしゅうか)だからね。色々見てきたつもりだけれど、これって、一体どんなものなのかな?」

「……夜な夜な、迫ってくるんです」

 

 と、私が話し始めた段階で、日暮くんが両耳を塞いで嫌な顔をした。

 日暮韻果は立ち上がり「場所を移そう」と提案してきた。

 

「シン。こちらの可愛い子にお茶をいれてあげなさい。茶葉を選ぶのには『いくら時間をかけてもいいから』。ただ、十分も待たせるのは可哀想だとは思うよ」

「わかった。……また倉庫か。はぁ……」

 

 そう言って私達よりも先に、日暮くんは部屋を出た。……ちょっと急ぎ足に見えた。

 

「……苦手なんですか? 日暮くん。この手の話」

「得意じゃないだろうね。ま、単に良い気分がしないというのもあるだろうけれど、シンは本来『強い』から逆に『目覚めたくない』のかもしれない」

「め、目覚めたくない?」

「そこは、まぁ家庭の事情だ。我が家に嫁入りでもするなら話すけど、聞きたいかい?」

「結構です」

「そうか。……はぁ、まあ君が悪いわけでもシンが悪いわけでもないが、まぁいいさ」

 

 苦笑いを浮かべる日暮韻果に、私はどういう顔をしていいかわからなかった。

 

 居間に行くと、彼は私に話を促した。

 

「あれは……、半年前くらいでした」

 

 

 

 ――――――確か中学の卒業式のあと、妹がちょうど、交通事故で死んだ時からだ。

 

 先に言っておくと、私と妹は双子だった。組分けこそ別々だったけど、倶楽部では息ぴったりで、あと一歩というところで全国を逃しているものの、バレーの成績は上々だったと自慢しておく。いや、正確には自慢というより、それだけ息がぴったりの、仲の良い姉妹だったということで。

 だからこそ、そんな妹が卒業証書を取り落とし、それを拾いに車道に少しだけかけた瞬間、乗用車に跳ね飛ばされた瞬間を、今でも覚えている。

 呆然としながら駆け寄った先。耳から血を流す妹と、大慌てで泣きながら警察、救急車に連絡を頼む運転手という光景が、今でも何度も脳裏を過ぎる。

 

 結局、妹はそのまま助からなかった。でも、だからといって運転手を恨むことも出来なかった。

 運転手も何かの病気の発作が起きていたらしく。車を運転する程度は問題がなかったそうだけれど、事故の結果、診療までの時間が伸びてしまい、現在昏睡状態。彼の姉から事情を説明され、両親も私も、涙ながらに攻めることはできなかった。

 

 それでもまぁ、落ち込むことなく前向きに生きようとなったのは、我が家の家風がそうだからだと思う。

 

 まぁ、その前置きは一旦おいておいて。

 きっかけは、物音。私独りだけの部屋になったそこで、毎日物音が聞こえる。最初は風とか、気付きにくいくらいの地震とかかな? と思っていたのだけれど、それが流石に毎日続くようにもなると、段々と嫌な感じがしてきた。

 何かが揺れているのは判ったのだけれど、それが何が揺れているのかがさっぱりわからなかったのだけれど。

 それでも、ある日気付いた。机の奥で仕舞われていたカッターナイフが、いつの間にか全て折られて、中で散乱していることに。

 

 何か嫌な感触を覚えて、急いでその刃物の破片とか、カッターそのものとかを捨てた。すると次の日は、図工の授業とかで使っていた彫刻刀が、柄の部分から折られて散乱していた。

 

 いよいよもって恐怖を感じはしたけど、それでも両親はまともに話しに取り合ってくれない。

 それでも夜中、物音は続く。

 

 そして、ついに先日目撃してしまったのだ。

 

 

「――――――ッ!?」

 

 布団のすぐ横で、ハサミに何度も何度も、この果物ナイフが振り下ろされるかのようにぶつかっていたのを。

 翌朝確認すれば、確かにハサミも中央から折られていた。昨日、果物ナイフが何度も何度もぶつかっていた箇所が。

 

 

 話を一通り聞き終わると、日暮韻果は「ふぅん」と一言だけ。

 

「……いや、ふぅんって」

「実際、ふぅんって感じなんだよ。んー、で、君はどう考えてるのかな?」

「私?」

「そう。その刃物が君の周りをうろついてたって言うのは分かった。でも、これを持ってきた決定打があrんじゃないのかい?」

「……その刃物が、今朝。立ってたんです。私の――――頭のすぐ上の、畳のところにッ!」

 

 嗚呼だから命がかかってるといったのか。日暮くんの父親は、そう納得した。

 

「つまり、明日には君の頭にも振り下ろされてるんじゃないかと。そう考えてるわけだ」

「はい……」

「ご両親には話をしたのかな?」

「…………」

「とりあってもらえなかったか。そりゃまぁ、ハサミとか普通に考えて、果物ナイフじゃ壊れないからね。

 事前にそんな話ばかりされていれば、妹が亡くなってまだしばらく。ショックも残ってるだろうし、娘がおかしくなったと考えて病院を検討し始めてしまうか。外聞も悪いから隠そうとするだろうし……」

 

 実際、この手の話に慣れているのか、彼は馬鹿にする事もなく色々と話をしてくれた。

 

「まぁ古来より、刃物っていうのは恐ろしいものでもあるのだけれど、でも同時に魔避けみたいな色も持っているんだけどね。命の危機を感じるというのは、それなりに何かがあったということなんだろうね」

「魔よけですか?」

「よく、守り刀とか聞かないかい? 亡くなった方の胸元に一緒に持たせて、魔物とかから身を守って貰うという名目であったりするんだけど。実際問題、『あっち』でそういうのに遭遇しても刀でどれだけ太刀打ちできるのかっていう謎もなくはないけど、まぁないよりは良いんだろうね。最近はあんまりやらない風習らしいし。そこは、近代文明が勝利しつつあるということなのかもしれないけれど」

「は、はぁ」

「それにしても、『丑の刻』に刃物が浮かぶというのがなんとも数奇じゃないか。君、夜中にその物音がして起きても、実はぐっすり眠れてないかい?」

「へ? えっと――――」

 

 言われてみれば、確かに、ぐっすりは寝れている気がする。

 あれだけ恐ろしいことが目の前で起こったにも関わらず、妙に安心感を抱いたまま朝を向かえている。むしろ、だからこそいつ殺されやしないかと怖がっているのだけれど。

 

「はてさて。でも、まぁ良いだろう。一回引き取ってあげよう」

 

 正直、饒舌に話している意味はよく判らなかったけれど。それでも引き取ってはくれるらしい。

 

 丁度そんな時に、日暮くんがお茶を持って来てくれた。

 

「シン、彼女にもあげてくれ」

「え――――ッ!?」

 

 そして、私は言葉を失った。

 

 今には、私と日暮くんの父親しかいなかったはずだ。横に長広い卓を挟むようにして座っていた。

 だからこそ、いつの間にか「私の真横に」人形が座っているというのが、既におかしい。西洋人形なんだけど、人形らしからぬほどにふっくらとした頬。それでいて質感は見た目にも硬く冷たいだろうことがわかる。金髪碧眼、教会とかで見かける修道服とでも言えばいいのか。適当にまとめられた髪は、それでもキレイ。

 十二、三歳くらいに見えるその人形の存在は、本当に「唐突に」私の隣に居た。いつから居たとかはありえない。初めから居たとは、とうてい思えなかった。

 

「父ちゃん、どっからその人形持って来たんだ。さっきまで倉庫にあったろ」

 

 そしてこれまた、聞き捨てならないことを聞いてしまった。

 

「これって、あの……」

「うん。君の友達から譲り受けたお人形さんだ。フラウ、というらしい」

 

 名前が書いてあったからね、と彼が言うと、わずかに自重のせいだろうか、人形の首がわずかに前に傾いた。それが、まるで「どうも」とでも挨拶をしているように感じたのは、きっと錯覚だ。

 

「いや父ちゃん、質問に答えろよ」

「まぁ、シンがいなくなった時点でとみるべきじゃないかな? そこは。

 ともあれ、お茶にしようじゃないか」

 

 ちなみにだけれど、お人形さんの手前に置かれたそのお茶は、みんなが一通り呑み終わったあとで、覚めたところを韻果さんが一気飲みしていた。

 

 

 

 

 

 

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