勇者だからって男らしくなんて、偏見なんですけどっ!?
「次はアテルイに会わなきゃいけないんだよな」
俺は、治老衆を召集するべく早速動いてくれたエニシさんを見送って一人になると、ふぅと、ため息をついた。
どうにも、やりたくはないけれど、やらなければならない事だ。
子供でいられた時は終わり、自らやらなければならないと決めた事をやるべく生きなければならない。
幼い俺の心にとっては負担だが、破滅を回避するには必須の試練だ。
エニシさんが、想定外の<志念>を得たとはいえ、それは良い方向への想定外だったため、俺の行動予定は変らない。
エニシさんさえいれば、天地無用!
なんて事にもならない。
ここは、漫画『恩讐のアテルイ』の世界そっくりの現実世界ではあっても、現実世界である事に変りはないし、エニシさんは神という理不尽の象徴である事を望まなかったからだ。
力を望まず、和に臨んだからこそ、あの奇跡のような出来事は起こり、だからこそエニシさんは直接的な力としての<志念>は得なかった。
俺は、エニシさんを護り続けなければならないし、護り続けられるのだ。
それは辛いが喜びでもあった。
“ 楽をして力に溺れて、自分以外に大切な者を持たない‘ 甘えた子供 ’ ”のままでいられる愉悦よりは、ずっと嬉しい事だ。
そのために俺が次にしなければならないのは、アテルイとの和解であり、説得であり、協調。
‘ 非リア充 ’と自らを決め付け縛っていた前世の俺が、最も苦手とした分野で、少しでも良好な方向へと世界を変えようとし続けた前々世の俺が、折り合いをつけるしかなかった現実だ。
理知で通せば嫌われて『恩讐のアテルイ』と同じ結果になり、感情に流されればアテルイを説得できず、意地を張って対立するのは最悪の結果を招く。
‘ たった一つの冴えたやり方 ’などないのが、人間関係というものだ。
なぜなら、人は皆違う者達だからだ。
それを一つの方法で動かすのなら暴力以外になくなる。
だから、人を動かすための権力とは必要悪でしかないというのが、集団競争社会の暴力原理だ。
しかし、この郷は、その理不尽な理屈を否定し続ける事で生まれ、そのために滅びるはずの人々が生きる場所だ。
愚民化政策による出版不況で利益第一になり、菊タブーのみならず多くのタブーに触れる主張を嫌うようになった大手出版社で、それが出来るはずもないと、権威主義が反民主主義だと明確に表現する事を前々世の俺は、諦めた。
それでも、ここは、『恩讐のアテルイ』で、前々世の俺が民主主義日本の象徴として、属米権威主義の象徴である‘ 属唐の朝廷 ’と対比して描こうとした場所。
つまりは、この郷は、死ぬまで共存の理想を護ろうと努力し続けた人々のためにある盟守の一族の郷だ。
だから、アテルイと対立して、言葉や力で捻じ伏せるわけにはいかない。
それは暴力原理で動く人間のやり方で、それを正しいと俺は考えないからだ。
前世の俺なら、困難すぎてやる気にすらならず、「甘い愚かなやり方」と考える事で、無責任な親バカが子供を甘やかすように困難に立ち向かわない自分を甘やかしただろう。
そして‘ たった一つの冴えたやり方 ’に頼ってしまっただろう。
それが権威による‘ 民主主義の形骸化教育 ’の賜物だと知っていてもだ。
暴力原理だからこそ、戦うためには必要不可欠な方法なのだという言い訳で、人間が造ったに過ぎない‘ 弱肉強食 ’の仕組みを、‘ 神の摂理 ’という絶対的な理不尽として受け入れていただろう。
野生の世界は、単純な暴力に勝るものが生き残るなどという‘ 甘い世界 ’ではないのに、力こそが全てと信じる事で安心しようとしただろう。
そして、それが未来永劫変らない人間の本質だと、獣の本能を利用した仕組みを絶対の‘ 神の摂理 ’だと崇め続け失敗しただろう。
「でも、二度とそんな失敗はしない」
俺は、そう決めたはずだ。
改めて、それを自覚しながら俺は、アテルイがいるだろう裏山の方角へと歩き出した。
普段なら、こんな早い時間に採取に出たりはしないはずだが、探捜波で探ったアテルイの気配は確かに裏山に在った。
前世の俺が【設定者の悳献】を自分自身に使って得た<志念>は、生命を失った時に他人から借り受けた<志念領域>と<波気>も失い消えてしまったが、前世の俺が修行で得た経験は<輪廻転生>によって引き継がれた。
人を信じられず、死ぬまで独りで戦おうとした前世の俺だが、その在り方を認めるかは別にして、感謝しなければいけないだろう。
わずか十数分で、獣道さえないうす寒い山中の開けた一角でセンブリを採っていたアテルイを見つけた。
戦国時代は小氷河期だったなどという説もあるが、それほど寒さを感じないのは、俺が馴れているせいなのか、説が的外れなものなのか、それともこの世界は……などと考えているうちに辿り着いてしまった。
本来なら、枝や棘草などで怪我をしないように鉈で切り開きながら進まなければならないのだが、弱いとはいえ<装波>を纏っていれば無造作に直線距離を歩いてこれる。
だから、俺の感覚では異常に早く、対面の時間を迎えてしまった。
前世の俺に判っている事だから、俺にも判っているが、感覚は追いついていないので驚く事になる。
幼い俺の脳が、記憶を整理しきれていないのだろう。
前日のように、感性まで前世の俺に引っ張られる事はなくなっているが、だからこそ感覚と記憶に食い違いが生じていた。
それに加えて気乗りのしない話し合いともなれば、着くのが早すぎると感じるのもしかたがないだろう。
「ぅわあっ! …………ってアメツチか?」
それでも重い足取りで俺が近づいていくと、気配を感じたらしく、十数メートルほど離れたところで、屈みこんでセンブリを採っていたアテルイが、いきなり驚いたように振り返り、俺を認めても他に何かが潜んでいないか辺りを見回し始めた。
「ったく、熊かと思ったぞ」
流石、主人公というところか、どうやら<装波>で強化された俺の気配を感じ取ったらしい。
「でも、ホントに元気みたいだな、よかった」
アテルイの青年マンガというよりは、少女マンガの主人公にふさわしいような美貌には、昨日の事を気にしたような様子はなく、陰一つない笑顔で俺の無事を本当に喜んでいた。
まだ、因縁と呼べるような対立が起こる前とはいえ、殴り合いになりそうだった相手の無事を素直に喜べるのは、『恩讐のアテルイ』で未来のアテルイが不正と暴虐を憎んだのが、復讐心や反逆心といった負の感情による影響だけでない事を示していた。
しかし、だからこそ前世の俺が考えたようにアテルイは力を与えたからといって思い通りに動く‘ 唯の脳筋 ’ではない。
盟守の一族でないにしろ権威に媚びる事のない者達──日本の士徒ではなく和の邦の‘ 人 ’なのだ。
そして、胸に秘める激情の強さも情念の深さも、『恩讐のアテルイ』を書いた俺は知っている。
彼女こそは、未来の最強の忍びにして千人斬りの女剣聖アテルイ。
俺の天敵なのだから。