黒歴史の終わりが俺の終わりだったんですけどっ!?
「アメツチは、授かった天恵で、他の人も天恵が使えるようにしたいの?」
信じると言っても、実際に不思議な現象を見れば驚くのではという予想を覆し、エニシさんは一度、瞬きをしただけで、目の前の事実を、ありのままに受けとめた。
器の大きい人だ。
清濁併せ呑むなんて嘯きながら、自分達の利権しか考えないエセ為政者どもでは、こうはいかないだろう。
清を敬遠して汚濁こそが現実と、人と世界を貶め。
信じると口にしても口先だけで、自分の信じたいものしか信じない器の小ささを誤魔化して生きるのが、エセ為政者──権力と権威を信奉する自称現実主義者達──だからな。
「うん。<輪廻転生>の知識で、このままだと郷が十年余りで滅ぼされるかもしれないって解ったから」
それでも俺は、破滅が確定した未来ではないと伝わるように注意して、その言葉を口にした。
予言や預言といった呪いではないのだと解って貰わなければ、俺が忌まわしい存在だと呪われてしまうからだ。
俺が、エニシさんを疑う事はないし、俺もそうだが、だからといって誤解されない努力をしなくていいわけではない。
妄信が美しいとするのも、また、それらの予知と同じく呪いなのだ。
予知は不完全なものと考えなければ、不安が事実だとしても──いや、だからこそ簡単に未来を忌まわしい不安な現実と決定してしまう。
そう、シュレディンガーの猫なんてオカルトじゃなく、双頭の鷲戦略という悪意の連鎖で。
預言により未来の可能性を切り捨て、たった一つの冴えたやり方を探すのは、暴力原理を崇拝する邪教の手段だし、予言で人心を惑わし、戦争のための準備をさせる事で権力を得ようとするのは為政者の常套手段だ。
そしてそれは、和を以って尊しと考える盟守の一族が否定する手段だった。
「……郷が攻められるのね」
それは、常々、周囲の村落の様子を見ていれば解る事だった。
幕府の権威が衰えて、純粋な農民を従えた半農の豪族が台頭したせいで、山間のこの郷も略奪対象にされかねない状況になっていた。
勝ち組に奪われた負け組みが生き延びるために更に弱い者から奪うという負の連鎖。
もともと、そういった暴力原理という仕組みで動いているのが、万民平等の平和を目指す<和義の治証>を排した公家と武家の世だ。
「うん。いつかは──って、皆も思ってたことだよね」
だから、アテルイは力を求め、かつてのアメツチはそれが無駄と考え、一族の大人達は覚悟を決めていた。
「でも、<志念>があれば、もう一度<結びの民>が大乱の時のように<和義の治証>を<和の民>に広められるかもしれない」
自称現実主義者でなくても大言壮語としか思えない言葉だ。
くだらない台詞だと自称現実主義者なら嘲笑うだろう。
それでも俺は、その道を覚悟を持って選択した。
「それでオトナに成りたいのね。御霊の勢で?」
エニシさんは、俺の影響で変った俺の変化に気づいていたのだろう。
それでも嫌悪する様子も恐れる様子もなく問える。
俺の影響で変っても、俺はアメツチだと判っているのだ。
「御霊の御蔭だと思う。俺が皆の援けになれるように願って、そのための知恵と<志念>を<輪廻転生>がくれた」
だから、俺も嘘や誤魔化しや駆け引きなしで応えられる。
既に心を失った生命の残滓でしかない俺にも解る美しい関係だ。
客観的な感情の色を持たない俺の思いに、幼い俺の心が喜びの色をつけ、優しい笑みとなる。
「そうなのね。アメツチは、御霊の知恵で少しオトナに近づいたの──それなら、御霊の御蔭ね」
そして、エニシさんは、そんな俺の心を感じて、信頼を深める。
現代では悪用する人間が多いせいで、敬遠され、陳腐にすら想われ、果ては悪徳に溺れた快楽主義者から‘ 理念 ’と混同されて死や破壊を呼ぶと貶められてしまった現代の言葉でいうならば、二人の関係は‘ 理想 ’だった。
<和の民>ならば、あたりまえに感じ、信じて喜びの源としてきた関係だが、前世までの記憶を持ってしまった俺にとって、それは、正しく人間が共存のために想う“ 身近にあって護るべき‘ 理想 ’ ”そのものだった。
前世の間違いを、この世界では犯さずに済んだ事が俺には嬉しかった。
それが、前世の俺の黒歴史だったとしても、それは俺の事でもあるのだから。
この想いは、呪いを打ち払う祝い。
<死念>という呪いでもたらされた黒歴史を、自然に清濁併せ呑んで、濁った想いを清める心の在り方を俺は識っていた。
<輪廻転生>という呪いを恐れ、人を信じられず英雄になる道を望んだ前世の俺の後悔の残滓がゆっくりと薄れ消えていく。
前世の俺は、<輪廻転生>に呑みこまれ、<志念>システムの一部として統合されて、意志と想いの記憶のみになって逝った。
「ああ。だから、エニシさんさえ良ければ、最初に【設定者の悳献】を受けてもらいたい」
それを心の中で言祝ぎながら、俺はエニシさんに想いを伝える。
一番近しい繋がりが欲しいのだと。
「わたしに?」
「うん。俺の【設定者の悳献】は、<波気>っていう<志念>の源を借りて、他の人にその人が望む<志念>を覚えさせる<志念>だから、最初に伝えるのはエニシさんだって決めてた。俺にはエニシさんが一番だから」
一番、何なのかは口にしなかったが、俺の想いは確かに届いたのだろう。
「──わかりました」
エニシさんは、ふわりと優雅なしぐさで屈みこみ、俺の真っ直ぐな視線を同じ高さで真正面から受け止めた。
「それじゃあ、わたしは何をすればいい?」
そして、花がほころぶような笑みを浮かべて、どこか楽しげに問う。
子供の望む繋がりであっても、男が望んだ繋がりと判っているのだろうか?
幼い恋と憧れと母への思慕の混じった想いを知ってか知らずか、エニシさんは罪なまでに美しいという言葉が似合う面差しで、俺の瞳をのぞきこむ。
俺が俺だったら押し倒しているだろう。
「えっと、あの、じゃあ──」
けれど、幼い俺にそんな事ができるはずもなく、俺は、たどたどしく【設定者の悳献】の誓現を実行し始める。
本当に罪な女だ────俺が、自覚できない心の奥底で、俺はそう考えていた。




