校長の話が長すぎてヤバい
「委員長、今回も止まらないね」
隣に立っていた副委員長が俺に囁く。現在俺たちは話してはいけない状態に置かれていた。普通の状態だったら知的美人の副委員長のささやきにドキドキしているだろうに。
副委員長に対して小さく頷きつつふと時計を見ると、俺たちがこの状態に至ってもうすぐ3時間になる。俺の目の前では多くの生徒たちは倒れていた。いや倒れているというよりは落ちているというのだろうか。先生もほぼ同じ状態だ。
「今日も止まらないね、校長先生の話」
俺の住んでいるこの県で有数の進学校とされている私立高校。そこに俺は一年前に入学した。この高校は毎年難関大学に何人もの合格者を出している名門高校だ。そんな高校に入学できたことを喜び、入学式に挑んだ俺たち新入生は入学式であんな悲劇に見舞われるとは想像もしていなかった。
入学式終了後、多くの新入生が倒れた。俺も今すぐにでも倒れそうだった。入学式の終了時刻が「未定」だったり、保護者の参加が禁止だったりすることに違和感を覚えるべきだった。入学式が終わった当時にはそれらのことに納得したものだ。恐ろしいほどに校長先生の話が長いのだから。
後から先輩に話を聞いたところによると、あの入学式での校長先生の話は過去最短だったらしい。過去最短だと聞いて、俺は絶句した。4時間半はあったのにあれで最短。先輩曰く「入学式には校長先生も張り切ってしまう」ということらしい。なんて迷惑な。新入生は倒れるしかないじゃないか。
それと同時に先輩からうれしくない情報をさらにもらった。なんと「校長先生の話は毎週水曜日の朝礼でも行われる」というのだ。入学式よりは短いことだけが救いらしい。授業はどうなるのか聞いたところ、「水曜日の授業に関しては午前中のものは毎週あきらめている」とのことだった。それでいいのか進学校。
そして二年生になった俺は、委員長会に所属している。各クラスの委員長と副委員長が所属する委員会だ。別名「校長対策委員会」。生徒だけでなく先生方からも期待された委員会である。先生の中でも特に副校長先生からの期待が重い。副校長先生はなんと校長先生の話のネタ探しを手伝わされているらしい。
「今回の議題も校長先生の話についてだ」
委員長会の会長がホワイトボードの前に立つ。
「記録係、前回の校長先生の話は何分あった?」
会長の言葉に、集まっていた中から一人の男子生徒が立ち上がり「172分です」と言った。そしてその生徒は続ける。
「172分というのは、過去5年間の平均である137分と比べると長いです。前回の内容である重力波の話は理系分野であったことから、やはり理系分野の話は長くなる傾向があることがわかります」
その男子生徒は言い終わると座った。それに委員長は「ありがとう」というと、俺たちのほうに視線を戻した。
「記録係の報告は以上だ。何か他に気づいたことはあるか?」
誰も何も言わない。それを確認すると委員長は「では、いよいよ次回の対策を考える」と言った。その瞬間、部屋は一斉にうるさくなる。
「とりあえず、副校長先生には文系分野の話にするように誘導してもらおう」
「それはいつものことじゃないか。しかもあまり効果がないし」
「校長のカツラ、飛ばせば?」
「やめなさい! しかもそれ、数年前にやったけど効果がなかったらしいんだけど」
「緊急の放送流すとかどうですか? 「地震です」みたいなやつを」
「去年、校長の話中に震度4の地震が起きたけど話し続けてたんだよね。生徒とかがざわついてても気にせず」
学年関係なく議論を交わしあう。しかし、これといった対策が出ないまま委員会の時間は終了してしまった。
「各自明日の放課後までに対策を考えてくること。明日の放課後に同じ時間に集まる。過去の資料はこの部屋の後ろにある本棚においてある。自由に見てくれ」
そういって今回の委員会は終了した。
結論から言うと、校長先生の長話を阻止することには失敗した。副校長先生が文系分野の話に誘導したらしいのだが、誘導先が現在大河ドラマで取り上げられている人物についてだったらしい。それがなんと校長先生は今回の大河ドラマのファンだったことから、平均時間を大きく上回った長話になった。
もちろん生徒たちは妨害した。釣竿を持ってきて、校長先生のカツラを釣り上げるという暴挙に出た男子生徒がいたぐらいだ。後で聞いた話によると彼は「釣竿を使うと目立つから誰かに止められると思った」とのことだった。しかし実際には、カツラを取られた校長先生がスペアのカツラを取り出し素早くセットするということで、決着がついた。ちなみに彼は釣り上げたカツラは持ち帰ったらしい。イライラしたので毎日家で殴っているそうだ。
今回の校長先生の話の長さはなんと185分であった。ひどすぎる。
ありがとうございました。