5話 モフモフと日常
お嬢様に拾われて一週間が経った。今ではすっかり屋敷に馴染んで、親しわれている。ただクローズだけは俺の事を苦手としているようで親しくしてくれないが。
お嬢様の勉強が終わり、俺は中庭に来ていた。
「きゅーちゃん、お手!」
昨日、犬が出てくる冒険譚を読んだせいか、今日は俺に芸を仕込むつもりらしい。俺は人間の言葉が分かる聖獣だ。すべてを一回目で成功させて見せよう。
俺は短い右手をぽんとお嬢様の手のひらに乗せた。
「すごいわ。きゅーちゃん! じゃあ次はお代わり!」
次に俺は左手をぽんとお嬢様の手のひらに乗せる。
「すごいすごい!」
やいのやいのと騒ぐお嬢様を尻目に俺は満足げだった。いや、ただ右手と左手をお嬢様の手に乗せただけなのだが。
「えーと、じゃあ次はちんちん!」
おい! それはお嬢様が言ってはいけないだろう!
まぁ、意味は分かるので俺は両足で立つ。
「すごいすごい! えーーと、つぎは……うーんと……」
お嬢様は次の芸が思いつかないらしい。じゃあこっちから芸をしようか。
俺はお嬢様が勉強中で一匹の間、どんなことが出来るかを中庭で試していたのだ。
だから俺は色んなことが出来る。
俺は余興と言わんばかりにひょいと立ち上がると逆立ちをした。前世では運動神経皆無で壁付きでないと逆立ちできなかったが、今は違う。この体は結構、運動神経がよく大抵の事ならできるのだ。
「おおっ、そんなことも出来るのね!」
次に俺は大きく息を吸い込み風船のように膨らんだ。
「な、何それ!? きゅーちゃんがまるでボールの様に!?」
驚きを隠せないお嬢様を前に、俺はぽよん、ぽよん、ぽゆんと跳ねて、さらには空中で一回転する。
そこから空中回転にヒネリをつけて、さらにグレードアップ。
空気を体から抜いて、体操のオリンピック選手の様にしゅたっと直立で着地する。
もちろん手は上空に掲げている。
「すごい、すごいわ! 凄すぎて、すごいとしか言えないけどすごいわ!」
最後は体毛の変色である。白銀に変えることができるならば……? と思いついたのが他の色に変色である。結果効果はないが様々な色に変わることが出来た。
俺は様々なポーズを決めながら体毛の色を変える赤から始まり最後は虹色だ。透明になることも出来る。
そんなこんなでその日は、お嬢様と芸を嗜んで過ごした。
それから一週間後の出来事である。お嬢様の容体が急変したのは。
咳がひどくなり、歩くのにも壁にもたれかからないといけないほどになった。
これには相当動揺した。いきなりの出来事だったからだ。その日の前日までは何事もなかったのに、今日の午後から容体が急変したのだ。
これは何かの陰謀が働いているに違いない。いや、それは小説の読み過ぎか。お嬢様は俺に病気が映るのじゃないかと危惧し、俺はバーンズ医師の所に預けられた。
「まさか、お嬢様の容体があんなにも悪くなるとは、持病故にいつ発作が起きても仕方がなかったが、ここまで悪くなるとは常識では考えられん」
その日の夜、バーンズはそう俺に呟いた。
そして何かを決心するような表情になると、俺の方に向き直る。
「お嬢様は君が来てから回復の傾向にあった。医者の私でも驚くぐらいの、回復傾向だ。君が回復の力を持っているのは間違いない。そんな中いきなり容体が急変するのは、医者としても常識的に考えても考えられん。このようなことを考えたくはないのだが、お嬢様は強力な毒を盛られたのかも知れん。さらに午後の半ばという時間を考えるに犯人は屋敷の中にいる」
まじか、そういう展開なのか。昼ドラで見たパターンだが、もし本当ならば許せんな、毒を持った奴を。
「いや、これは考えすぎかもしれんな」
ふぅと息を吐くとバーンズは、俺を抱きかかえ簡素なベッドへと運んだ。
「もうおやすみ、私も寝るから」
そう言って、バーンズは横になり、俺も横になった。
そしてその深夜俺は動き出した。
バーンズは心地よい寝息を立てて眠っている。
そう、俺には心当たりがあった。もしバーンズの話が本当ならばのことだが。
そのために俺は横になって寝たふりをしていた。
さぁ、動き出そうじゃないか、お嬢様を助けるために。