15話 モフモフとサタンコング
サタンコングとはS級の危険度を持つ魔物である。非常に獰猛なゴリラで、三メートルはあろうかという巨体、燃えるように赤い体毛を持ち、二本の悪魔の様な角を生やしている。
災いの森のさらに奥、災厄の山に住む凶暴な魔物で、俺は絶対会いたくないとウルカが口を零していたのを耳にしたことがある。
他にも一度狙った獲物は逃がさず、自分が死ぬか相手を殺すかするまで一緒追いかけ続ける魔物だと聞いたこともある。
それを聞いて、俺は思い出した。フォレストタイガーの皮をウルカが剥いでいるときに、聞いた叫び声の正体を。それはこのサタンコングの声だったのだ。そしてきっとサタンコングは前に俺が出会ったゴリラと同じ個体で、俺を狙ってきたに違いない。
「もうすぐそこまで来ている! あと数分もしない内にやってくるだろう!!」
村人の声に村の狩人たちが動き出した。それにアルスと……ウルカも続いた。
「おい! サタンコングはフォレストタイガーの非にならない危険度だ。攻撃が一度でも当たればただでは済まない。ウルカは聖獣様の社に逃げ込むんだ」
「私も行く! だって私も一人前の狩人何だから、村を守りたいよ!」
決心した目でアルスを見つめる。その目は無理だと言われても、親の後を目指し一人前の狩人になることを諦めない目と同じだった。こうなったら誰にも止めることは出来ない。
意地でもついてくる目をしていた。
「分かった。だったら、急ぐぞ。サタンコングは普通の矢では目にすら、傷一つ与えることは出来ない。年に一度の祭りの時に使う銀の矢を使うんだ。祭壇所の物置に急ぐぞ!」
そうして祭壇所の物置に向かう二人を俺は見送っていた。俺は俺にできる事をやるつもりだ。サタンコングはきっと俺を探しに山から下りてきた。だったら俺が囮になるしかない。
幸いあいつの攻撃は俺には通用しない。
とっとことサタンコングの雄叫びがする方向へ急ぐ。するとサタンコングはもう村の入り口まで迫って来ていた。周りの木々を八つ当たり気味に潰すサタンコングを、村のたいまつが照らす。
狩人たちが足止めのために目に向かって矢を放つ。しかし、暴れながら迫って来るサタンコングの目どころか顔にすら命中しない。
「ゴォァアアアアアア!!」
叫ぶ、サタンコング。その前に俺は躍り出る。
「なっ!? お前何を!」
俺に果実をくれたこともある狩人のおっちゃんが驚きの声を上げた。
「きゅーきゅーきゅー!!(かかってこい、バカゴリラ!!)」
言葉は通じていないだろうが、馬鹿にしてることは伝わったらしい。サタンゴリラは獲物が見つかったという顔を浮かべると俺を掴もうと手を伸ばす。
だがサタンコングの手が空を切った。俺がバネ形態でその場から跳ねて離れたからだ。
俺は跳ねながら被害が出ないように村の外にサタンコングを誘導する。
不規則な俺の動きにサタンコングは俺を捉えることが出来ない。サタンコングが捉えられない怒りで地団太を踏む、それだけで地面にヒビが入り揺れが起きる。
改めて考えると、とんでもない魔物だな、サタンコング。俺が白銀の無敵フォルムを持っていなかったら最初の出会いで何回分ミンチにされていたことか。
「ゴォオオオオアア!!」
サタンコングもさすがに数分すると俺の動きを捉えられるようになったのか、がしっと俺を捉えて捕まえた。その瞬間に俺の体が白銀色に変わる。
握りつぶそうとサタンコングが力をこめるが全くの無駄である。今の俺はいかなる攻撃も受け付けない。まさに無敵!
と思っていた時期が俺にもありました。
サタンコングは握りつぶし、叩き付けが効かないと見るや、大口を開けるではないか。これはもしかして俺を飲み込むつもりなのではないか。さすがにサタンコングの胃の中に入れられればどうなるか分からない。もしかしたら白銀の体毛が胃液を弾くかもしれないが、一生ゴリラの胃の中なんてまっぴらごめんだ。
「キューキュキュー!!(やめろ! その攻撃は俺に効く、やめろ!!)」
俺の想像通り、サタンコングは大口を開けたまま、俺を口元に近づける。こいつ俺を丸のみにする気だ!
「そこまでだ! サタンコング!」
一人の狩人の声と共に銀の矢がサタンコングの喉元に命中する。しかし、サタンコングの体毛には刺さらず弾かれる。どうやら弱点を狙わないとダメージを与えることすらできないようだ。
「目だ! 目を狙え!」
一人の狩人の声と共に一切に矢が放たれる。その矢の中にはウルカやアルスの矢もあった。
たくさん矢がサタンコングを襲うが、その全てをサタンコングが腕で薙ぎ払ってしまう。
だが一本だけ、サタンコングの右目に銀の矢が刺さった。それはウルカの矢だった。日ごろの修行が生きたのかサタンコングの行動を完全に呼んでの一撃だった。
「ゴォアアアアアアア!!」
思わずと言った感じでサタンコングが悲痛の雄たけびを上げる。
するとサタンコングは完全に標的を変えたようで、ウルカの方を見ると
「ゴゥォァアアアアアアア!!」
怒りの雄たけびを上げた。
「ひっ」
その形相にウルカの表情が恐怖に染まる。
サタンコングは完全に俺に興味をなくし、まるでごみをポイ捨てするように俺を地面に投げつけた。
狙うは右目を奪ったウルカただ一人だ。
「ゴォウアアアア!!」
吠えながら、サタンコングが地を蹴り走る。俺が盾になろうと追いかけようとするが、俺のとっとこスピードではどうしても追いつかない。さらにはウルカは恐怖の余り、腰を引かしてしまっている。周りの狩人がやけくそ気味に矢を放つがサタンコングには一切傷を負わせることが出来ない。
サタンコングの魔の手が迫り、ウルカが絶対絶命のピンチに落ちたとき、それはあられた。
ウルカに向けて放たれた拳を深紅の肉球が付いた手で、それは受け止めた。
それは二足歩行をする深紅の狼だった。
「どうやら間に合ったようだな」
深紅の狼が安心したような声を呟いた。
そして狩人の誰かが言った。
「聖獣様!!」




