今明かされる衝撃の事実
遅くなりました、第一話です。
ちょっと長すぎた気もしますが頑張って読んでもらえると嬉しいです。
城塞都市の片隅に広がる、商業地区のそのまた一画。私は独り走っていました。あの化け物から逃げるためにです。
なぜこんな事態になっているのか、それは私にもわかりません。いや、そもそも明確な理由をあの化け物が持っているとも思えません。
あれらの化け物は天使と言います。骨に直接皮膚を貼り付けたような肉体と、それに似つかわしくない純白の羽をもった異形の怪物です。あれらは人間を遥かに凌ぐ力を持ち、息をするように人を殺します。自身が生きるためでもなければ、自身の快楽のためでもない。真の意味で意味の無い殺しをする、惨酷なる殺人鬼。そこに訳など存在するはずはなく、ただ今日が私の番だったと言うだけの話です。
しかし、あれは本来こんな場所へとやってくることは無いはずなのです。あれが都市部に入り込んだことは過去に一度もありません。だからこそ被害がここまで拡大することもなかったのです。
背後に残ったおびただしい量の遺体。鮮血に染め上げられ、真っ赤になった家々。もう何人死んだかわかりません。いっそここで立ち止まってしまった方が楽に終わると思います。私が女であるとか、何をしてきたとか、そんなこと何一つ関係なく、あっさりと、簡単に、天使は私を殺してくれるはずです。自分が死ぬくらいどうということはありません。しかし、今ここで私が死んだとしたら、被害は絶対に拡大してしまうでしょう。それだけは嫌なのです。自分程度なら、気にも留めない話ですが、人に死なれるのは、死んでしまうのだけは看過できません。
だから私は走ると決めました。逃げて、逃げて、逃げて、あれを人のいない方へと誘導していくのです。倒せるなんて思っていません。時間稼ぎになればいい。そうすれば、被害は私で最後になる。
天使の動向を確認するために一度振り返りました。天使はちゃんと付いて来ています。これなら大丈夫です。これで……
その時、視界の片隅に嫌なものが映ってしまいました。
●
神様なんていない。突然突きつけられたその事実は、思考を停止させるのに十分だった。目の前に現れた異形なる狂気。コイツを直に見るのは初めてだが、なんであるかは即座にわかった。
「天使……」
天使の周囲には被害に遭ったであろう遺体の山が確認できる。そしてこちらを驚愕した瞳で見つめる少女が一人。今現在無事なのは彼女だけの様だ。しかし今は他人を心配している場合でもない。天使がゆっくりと視線を動かした。目線がぴったりと合ってしまう。恐怖に足が震えだす。正真正銘最悪の事態だ。
スローモーションだった。天使が巨大な腕を振り上げていく。避けなければいけないのを本能的に感じながらも体は動かない。そしてそのまま、吹き飛ばされた。
「うッぁぁあぁぁ」
理解が追い付かなった。いや、正確的に言うならば理解出来無かった。全身に燃える様な痛みを感じていて、ただそれだけが思考を支配していて、そうして倒れ込んで。意識の維持も難しかった。思考どころか全ての機能が停止していく。目の前が真っ暗になっていく。逃げなくちゃ、いけないのに、力がはいらない。なにも、できずに、きえてい……
●
天使の攻撃は一瞬でした。振り上げた腕を真横から叩き付けるようにして、そこに居合わせてしまった男性を吹き飛ばします。まるでボールみたいに軽々と飛ばされた男性は、民家の壁に激突してその動きを止めます。微塵も動けない状態にあるのです。
私の目の前で人が死ぬのは何度目でしょうか。また目の前で命が失われていくのです。もう嫌だと、こんなことは嫌だと、そう願っているのに、神様は全く聞き入れてくれません。
いえ、本当は分かっています。間違っているのは神様ではなく私なのだと。人間は死ぬのです。老死、病死、事故死、殉死、毒死、変死、過労死、焼死、凍死、溺死、餓死、自然死、窒死、脳死、色んな死に方で、色んな人が、全員死んでいきます。不死などあり得ることはなく、死から逃れることは出来ません。だから、死なないことを望んだとしても叶えられることはないはずです。ですが、それでも私は人が死ぬところを見たくないのです。はたから見れば自分勝手な子供の戯言。実現することはなく、実現したとしても意味の無い、そんなただの妄言でしょう。
ですが、それでも、
「――Murderer ohne Möglichkeit,
den Wunsch, nur töten und wollen den Menschen zu helfen ,
die widersprüchlichen Kräfte ausüben Menschen zu töten,
um den Vorteil der Menschen zu nehmen.Das ist meine Sünde ,
das ist meine Strafe.
……嫌なんですよ。人が死ぬのはッ!」
烈しい痛みを伴いながら背中を裂くようにして黒い翼が現れます。天使と相反したような漆黒の翼です。左腕が気味の悪い音を立てながら、その形を変えていきます。いくつもの顔が現れそれを飲み込むようにして新たな腕が形成されていくのです。その様は見るからにして悍ましさを感じさせます。
これが私の【死神の救済】。私自身を幻想の生物である死神へと変える、天使を狩るに相応しい力。私はこの姿が嫌いです。醜く、汚く、気味の悪いこの姿が。しかし人を助けるためなら、天使を殺すためならば、惜しむことなく死神へとなりましょう。この能力で、あの化け物を殺すのです。殺して、殺して、殺して、殺す。それが私に科せられた使命。私の罪であり私の罰。
「さぁ、狩りの時間です! あなたの死をもって救いとなしましょう!」
天使の咆哮を切り裂きながら、死神となった少女は駆ける。地を蹴り、空を飛び、圧倒的な速さで天使へと迫る。天使は動きの速い生物ではない。このまま行くならば確実に仕留められるだろう。むやみやたらに振り回される天使の腕を軽々と避けながら少女は一気にその間合いを詰める。その左腕を天使の頭めがけて伸ばす。
天使が笑った。口元を歪めるようにして。
天使を目前とした少女の背後。完全な死角から、天使の巨腕が襲い掛かる。
「なッ!?」
天使が抱き着くような形で少女の動きを封じる。いくら少女が速いといっても、天使に掴まれてしまっていては移動速度など関係ない。天使の狙いはこれだった。
天使は腕を乱雑に振り回していたように見せ、その実少女の動きを制限していたのだ。誘導、布石、いわゆる簡単な罠。それは天使が知能の片鱗を持ち得ているということの現れであり、故に少女は驚愕しその動きを止めてしまった。
天使はその隙を逃すことがない。腕に力を込め少女の体を締め上げる。
「ぁあっ……」
肋骨がミシミシと音を立て、計り知れないような苦痛をもたらす。内臓が押され、細い血管が次々と断裂する。少女から聞こえてくるのは絶叫だけ。
「うあぁぁぁぁぁ……フェ……ア」
いや、絶叫の中に微かな異音が混じっている。
「エっあぁぁ……ンぁぁぁぁぁ……」
力を持った強い言葉ことのは。
「デっぁ……ル……ング!」
少女の左腕が黒い光を放つ。禍々しい闇色の閃光が、左腕を包み込むようにして形を再び変えていく。気味の悪い音を立て、流動する様に肉体を作り替え、その形を生物では無いものへと変化させる。
闇の中で、白い輝きが動いた。天使の右肩が吹き飛ぶ。抉るというよりも削ぎ取られる形で、天使の肉塊が斬り落とされる。
天使の右腕が力なく垂れ下がり、押さえこんでいた少女の拘束が解けた。本能か、はたまた知能か、傷ついた腕を引きずりながら、天使は跳ぶようにして一歩後ろへと下がる。天使の瞳に移る少女は、その姿を大きく変えていた。
一段と禍々しくなった少女の左腕は、形容するならば刃の塊といったところ。腕からは数多の鋭刃が突き出し、指は一本一本が尖ったナイフの様になっている。これが天使の右肩を吹き飛ばしたのだ。
「……ッたく、痛いんですよ。あなたは狩られる側なのを自覚してください」
少女は脇腹の辺りを見ながら顔をしかめる。そこには赤くなるような指の跡がクッキリと付いていて、改めて天使の力を物語っている。
しかし、少女も少女だ。そもそも、常人ならば立って居られるかどうかという、そんなレベルの状況において、逃げの一手に転じることも無ければ、むしろ倒すということが普通であると言わんばかりの余裕を見せた行動をとっている。
「まぁ、とりあえずは片付けですかね」
少女は気怠そうに天使へ視線を戻す。天使を瞳の奥に捉えながら、攻撃すべく左手を構える。救うために、殺すために、生きるために、少女は駆ける。恐怖に歪んだ天使目掛けて、再び手を伸ばす。
「フェアエンデルングっ!」
闇色に包まれた左腕。再度変化した異形の腕が、文字通り天使を喰らった。天使は頭部を削り取られ、力なく倒れる。赤々しい血の雨を振らせながら。
あっさりとした幕引きでした。少し驚いた部分もありましたが、それでも結末は同じです。これで、人々は今日も平和に生きられます。犠牲の上に立ちながら、何でもないように生きていけます。
――私は今日もまた死ねなかった。
とりあえず、吹き飛ばされた男性の様子を確認しましょう。今ならまだ息があるかもしれません。
「へぇ。面白い体をしている人間がいたもんだ」
背後から声が聞こえてきました。悪寒のする様な不気味な声。私は男性へ駆け寄るのを止め、ゆっくりと振り返ります。
そこに居たのは人でした。年齢にして私と同じくらいの、白銀色の髪の少年。
「あぁ、別に僕に敵意は無いよ」
人間であったことへの安堵と、この姿を見られてしまったことへの不安が顔に現れてしまっていたのでしょうか? 少年は笑うようにして敵意を否定します。まるで戯けたピエロみたいです。
「戦ってたばっかみたいだし、心配しちゃったかな?」
少年は笑いながら語りかけてきます。笑顔を崩すことなく、話を続けていきます。
そんな少年の笑みはどこか天使のそれと似ていました。
●
長い長い夢。どこからが夢で、どこからが現実なのか分からない、そんな世界で、独り僕はたたずんでいた。
姿の変わらない量産品の建造物が、幾重にも立ち並んでいる。無機質なコンクリート製の道路に人の姿はなく、鉛の空に覆われた無彩色の世界はその動きを止めていた。なのに何故だろうか、この世界はとても暖かくて、その温もりが懐かしく思えて、僕の目からはとめどなく涙が溢れる。僕はここがどこなのかわからない。そんな僕がなぜ泣いているかなんてわかるはずもない。ただ、涙を止めることは出来ず、僕は独りこの世界を眺めていた。
●
「キミさ、コッチ側に付かないかい?」
その言葉の意味が私にはわかりませんでした。
他愛のない会話から、急角度で変えられた少年の話題。あまりにも唐突すぎるその言葉に、私は真意どころか、言葉の意味そのままに何を言っているのかさえ分かりませんでした。
「キミ、混血でしょ?」
訳がわかりません。笑っている少年の言葉が、意図が、そして目的が。
ですので、私は少年に問いかけます。答えを得るために問うのです。
「な、なんの話ですか……?」
「まだわからないのかい?」
少年は嘲笑うというよりも哀れみの笑みを見せながら、言葉を紡いでいきます。
「キミには、天使の血が混じっている。キミは天使との混血だ。そうだろう?」
少年はもう笑っていません。
「ボクは天使でね」
単語と単語がまるでパズルのピースのように繋がっていきます。
「最近、天使を喰らう化物が出たと聞いたから、興味本位で見に来たんだよ。死神の正体がなんなのか……ね」
少年は私を指差して語ります。
「ボクは案外、死神を恐れていたんだ。ほら、わからないものってのは怖いだろう?」
再び笑みを浮かべ、少年は1人喋ります。
「だけど、蓋を開けてみると結局はなんてことはなかった。ただの混血ってのが正解だった。だからボクはキミに、死神とやらに選択でも与えようかと思ってね」
「キミさ、コッチ側に付かないかい?」
最後のピースが埋まりました。
「そう……ですか、そういうことですか……」
左腕に住んでいる死神が、狂乱の叫び声をあげます。
『天使は殺せ』
『天使は殺せ』
『天使は殺せ』
『天使は殺せ』
『天使は殺せ』
『天使は殺せ』
天使は……
「――殺すッ!」
「それが、キミの答えか……」
間合いは決して遠くなかった。少女ほどの力ならば半歩と掛からずとどく距離だ。だからこそ少女は飛び出した。自分の攻撃が当たると確信していたから。
「ッ!?」
そこに少年は居なかった。当たるはずの攻撃は虚しく空を切る。
「言っただろ。ボクは天使だって」
声は空から聞こえてきた。少女は視線を即座に上へと向ける。
純白の翼が陽光に煌く。少年は両翼を広げ宙域を舞っていた。その姿はまさに天使。名ばかりの醜い化け物ではない、伝承を訪仏とさせる神々しき天よりの使者。
そうだ、天使の羽は飾り物ではない。その考えが少女からは抜けていた。少女の考えは甘かったのだ。
しかし、だからといってそれだけで避けられるという事にはならない。繰り返すようだが、天使は元来動きの速い生物では無い。むしろ遅いとさえ言える生き物だ。幾ら飛べようと、民間の旅客機では軍用戦闘機から逃げることなど出来やしない。
出来るはずがなかったのだ。
「ダメだね。キミの攻撃は隙が大きすぎる」
少年は笑っていた。笑いながらゆっくりと着地する。
少女は考えていた。どうやったらこの天使を殺すことができるのか。どうやって殺してやるべきなのかを。
「大丈夫、次で殺してあげますから」
やるべきことは決まっていた。何をしなければいけないのかもわかっている。他の手段など有りはしない。
だから少女は願った。
「フェアエンデルングぅぅぅぅぅぅう!」
左腕が呼応する様にその形を変えていく。
「……なんだいソレは? 全然変化がないじゃないか」
少年の言う通りであった。少女の左腕にさしたる変化は現れておらず、あえて変わった所を挙げるならば、変化が起きる前の一番最初の形に戻ったと言うくらいのモノだった。
少年は呆れたように首を横に振ると、ゆっくりと右腕を上げる。そして指先でなぞるように円を描くと球体状の物体が二つ現れた。
「さっきでさえキミの攻撃は届かなかったんだ。いまならまだ待てるがどうする?」
「その必要はないですよ。このままで十分ですから」
少年の問に少女は笑って答える。さっきまで少年が見せていたような笑い。少女からの明らかな挑発に、少年は顔を歪ませる。
「キミはボクを、舐めているのかッ!」
飛んだ。少年はその両翼を広げ、まるで重さなど無いかのように宙を翔けた。
もちろん挑発に乗ることの危険性を知らない少年ではない。しかし、だからといって彼は弱者の嘲笑を許せるようなニンゲンでもなかった。
「ならば消してあげるよ! 望みどおりにィ!」
少女は左腕に力を籠める。少年は狙いどおりの行動をしてくれた。だからそれに応えなければいけない。
少女は禍々しいその手を振りかぶる。肩の筋肉をバネにして、状態をひねりながら少年めがけ投げられたのは瓦礫の塊。天使の力で打ち出されたソレは、紅の光を帯びながら空を裂くように飛んでいく。
「っ!?」
幾ら天使といえどこの攻撃は避けられない。ましてや少年はこちらに向かっていたのだ。避ける術など持ち合わせているはずがない。
少年は避けることがなかった。
いや、避ける必要がなかったのだ。
少女の投げた礫塊は少年の手前で軌道を変え、地面に音を立てて突き刺さる。巻き起こる烈しい煙が威力の高さを物語っていたが、それも当たればの話。
「……なんで、」
少女は驚愕と苦悩の混じり合った顔を見せる。理解できなかったのだ、何があったのかを。常軌を逸したその力に。
「だから言ったじゃないか。キミの攻撃は届かないと。ボクはあくまで純潔の天使、混血に負けるようなランクじゃぁないのさ。」
高らかに笑いながら、少年は少女を見据える。
「種明かしの時間だ。まぁ言ってタネなんてものは無いのだけれど、キミがあまりにも哀れだからね、簡単な説明をしてあげるよ。キミが言う処の死神の能力ってヤツは、ボクら天使なら誰だって持っている。いわゆる初期装備みたいな話さ。」
「でも、あなたが力を使ったところは見てません!」
「……重要なのはコレからだ。少し黙っててくれ」
そう少年が言うのと同時に、少女は膝から崩れ落ち、地面へと倒れ込む。
「本題はココから。今キミが喰らっているのがボクの能力というやつなんだ。大雑把に片付けると、キミの言う能力は能力と呼べるものじゃなくて、その上になって初めて能力と呼べるって感じかな。RPGの初期状態の魔法と、それを強化したりして作り上げた大魔法との差? わかりにくいけど、まぁそんなところなんだよ」
一人笑顔で語る少年をよそに、倒れている少女はどうにかして立ち上がるべく体を捩り、地面を引っ掻き、
「ッァ……」
しかし、それでも少女は動くことさえできないのだ。まるで何者かに抑え込まれているように。
「おや、そんなことをしても意味はないよ。ボクの能力は直接の殺傷力が低いんだけど、その代わりに逃げるという事が困難なんだ。」
いつからそこにいたのか、少年は少女の横に座り込み、笑いながら語り続ける。
「最後にもう一回聞くよ。ボクらの仲間になる気はないかい?」
「そんなこと、あるわけないですよ」
「そう。じゃあ、これで最後だ。」
少年は右腕を振りあげる。か細いその腕はみるみる形を変えて、少女の頭上へと振り下ろされる。
「ばいばい」
はい、爺さんが基本出てない一話でした。
あらすじと違う! とか、
爺さんどこ行った! とか
そういうクレームは感想に書かないでください。
いいか!絶対にだッ!絶対にだぞッ!