第八話・ディナーパーティーはおあずけ
グルルルッ!と何匹もの合唱が前後左右どちらからともなく聞こえる。
飛んだ先には獣たちのパーティ真っ只中だったようだ。
ここに来てようやく出会えた生き物は歓迎ムードゼロ。
俺は血まみれになってようやく立ち上がった。
状況についていけないが、目の前の死骸と周りの獣たちから判断すると、彼らは仕留めた動物を食っていた最中に俺が降ってきたということになる。
つまり、俺がこいつらの食事を邪魔したってことだ。
獣の数の多さにビビりながら周囲を見回すとディナーパーティのど真ん中に来てしまったことがわかる。
呼ばれず飛び出て、ジャジャジャジャーンだ。
幾つもの肉食獣の目がすぐそこにある。
連中も突然の出来事に混乱しているようだが、獲物を奪われるんじゃないかと敵意全開だ。
肝が冷える。
こいつはヤクい、ヘヴィだぜ。
ここは超能力だ、殴るとか蹴るとか素手で敵いそうな相手じゃない。
咄嗟に力をイメージした。
右手にありったけの力をイメージ。
何でもいい、目の前の危険な奴らを排除する攻撃力。
念動力だ、取り敢えず何かをぶち当ててこの状況を打開しないと。
《念動力》
俺の動きを察知したのか一匹の獣がこちらに向かって突進してきた。
グアアアアア!!
覆いかぶさるように飛びかかってきた大型の獣が目の前に現れる。
俺はそいつの顔面に向けて念動力を撃ち放つ。
念動力ガンは心で撃つもの。
石とか土とか何か近くにある物をぶつけたわけではなかった。
純粋な力の塊、念動力のエネルギー弾だ。
拳大のエネルギーの塊をカウンターで食らった獣は吹き飛ばされて動かなくなった。
(や、やった、やってやったぜ、ちくしょう)
獣にしてみれば、悲劇だったかもしれない。
突然現れた得体のしれない生き物に獲物を奪われた上にいきなり攻撃されたのだ。
しかし、そんなことを構っている余裕など俺にはない。
仲間が派手に攻撃をされ、怯んだ獣に対して手当たり次第にイメージした弾丸を撃ちこんでいく。
(祈りながら頭に二発、心臓に二発……)
実際、祈ってる暇などなかった。
獣たちにどの程度ダメージを与えているのかさえわからなかったが、ひたすら念動力の塊をばら撒いた。
強い目眩を感じるまで弾丸を撃ちまくった頃には周りは静かになっていた。
数匹もの死体と思しきモノを残して獣たちは姿を消していた。
精神力と集中力が限界だ。
目の前の血溜まりを避けて膝から崩れ落ちる。
今まで生き物に念動力を撃ち込んだことなどなかった。
それどころか念動力の塊をそれだけで使ったことなどなかった。
念動力は何かを動かすための力と思っていたからだ。
周囲に散乱する動かない獣たちは死んだのだろうか。
餌食となった生き物以上に強烈な血の匂いが辺りに充満していた。
早くこの場から逃げ出してしまいたい。
蝋燭の灯りも消し、しばらく身体を横たえて動かないようにしていた。
血の匂いも嗅ぎたくないし、獣たちの死体も真っ平だった。
早くどこか遠くに飛んでしまいたかったが、精神的な疲労が強かった。
次に飛んだ先で、また獣の群れにぶつかることを考えると恐怖に身が竦む。
結果的に獣たちの食事を奪った形になったわけだが、やつらも今すぐお礼参りにやって来ることはないだろう。
かといって俺がこれを食えるわけじゃない。
むしろ、空腹じゃなかったら大リバース大会だったろう。
洞窟からこっち、訳の分からない状況で心が折れそうになっているのも事実だった。
他人がいないことがこれほど心細く感じられることを初めて知った。
――三〇分から一時間もそうしていただろうか。
少し落ち着いて来て頭が回るようになってきた。
超能力を使ったことによる精神的な疲労からは徐々に回復して来つつあったが、恐怖心はそのままだ。
心臓は相変わらず早鐘のようだった。
今度は慎重に瞬間移動先を探ることにした。
移動先を視ようとした矢先、花火のような乾いた音が草原に響き渡った。
ターン、ターンッ。
(……?銃声?)
急いで遠隔視で音のした方角を探る。
銃声は谺になってどこから聞こえたのかよくわからない。
高い視点からグルグルと暗い草原を視ているうちに上下感覚が狂ってくる。
ターン、ターンッターンッ。
視界の隅に火花を捉えた。
やはり銃声のようだ。
微かに獣の雄叫びのような声も風に乗って聞こえた気がする。
思ったよりも遠くない。
視界が火花の見えた方角に近づくにつれ、他にも灯りが見えた。
どうやら馬車が止まっているらしい。
遠隔視では近づいた先の音を聴きとることは出来ない。
遠隔聴を使ったことのない俺には音まで聞こえて来なかった。
俺のいる場所と同じような、腰の高さほどの草原の向こうに二頭立ての幌馬車が止まっている。
怯えた様子の馬の後ろ、御者台には男がライフル銃を構えていた。
人間だ。
ここに来て初めて人間を見た。
身なりからして外国人のように見える。
やはり、ここは日本じゃなかったんだ。
人間を見た安堵感と、日本ではない不安感が入り混じって奇妙な興奮に包まれた。
馬車の明かりを取り囲むように大きな獣のようなものが何頭も動いている。
俺を襲った(俺が襲った?)獣たちより遥かに大きい。
まるで熊のような大きさだ。
こんなのに襲われたらひとたまりもない。
どう見てもこの馬車は熊に襲われている。
御者の男一人で何とか追い払えるものなのだろうか。
馬車はどうやら貨物用の大きな幌馬車だ。
何かを運んでいる途中だろうか。
自動車じゃなくて馬車を使う理由は不明だが、アメリカには文明を否定したような生活をする宗教があった気がする。
昔、そんな映画を観た。
つまり、ここはアメリカか。
こんな広大な平地があるのはアメリカくらいだろう。
ロシアや中国だったらもっと寒いはずだしな。
単なる思いつきでしかないけれど。
馬が嘶いているのが見える。
怯えているのだろう。
助けなければならないだろうか。
たった今、熊より断然小さい野犬のような獣を相手にビビりまくった後だというのに……。
遠くから一頭ずつ仕留めよう。
ここからだと遠すぎる。
奴らのギリギリ見える所まで飛んでから、後ろからズドンだ。
芋砂なら任せろ。
今度は失敗しないように馬車から少し離れた場所をターゲットする。
身体全体を遠くに移動させるイメージ。
目標の馬車より五〇メートルは離れた地点に移動するイメージ。
危ぶむなかれ危ぶめば道はなし。
《瞬間移動》
一瞬の浮遊感。
ドサリと草むらの中に落ち込む。
すかさず自分の足元もチェックする。
(よかった、今回は血でべっとりしていない……)
いや、今はそれどころじゃない。
周囲の気配を探って見る。
獣臭さは感じない。
奴らはもっと向こうにいる。
(よし!)
俺はこっそりと立ち上がると馬車の灯りの見える方角に近づいていくことにした。