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もし、俺の超能力が異世界最強だった場合。  作者: 鶉野たまご
『第一章:青い炎と赤い森』
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第四話・地面くん、地面ちゃん

「きゃあああああッ!!」


 絹を引き裂くような悲鳴が路地裏に響き渡る。

 生ゴミの入ったズタ袋を集積場に持って行く途中のことだ。

 この街ではゴミをしっかりと管理している。

 衛生的な理由というよりは捨てられたゴミを有効利用するためだ。

 ゴミを漁るにも権利と順番がある。

 なんでそんなことに詳しいかといえば、初めてこの街に着いた時に勝手にゴミを漁って半殺しにされたからだ。


 どうやら誰かが追いかけられているようだ。

 ちょっと耳に集中する。

 聴力の感度を上げるイメージ。

 魔法使いがいたらエーテルが俺の耳に集まっているのが見えるはずだ。

 近くの路地から複数の息遣いとドタバタとした足音が聞こえてくる。

 一人大きな足音が聞こえる。

 一般人と比べて歩幅がやたらとに広い。

 巨人族(ジャイアント)でもいるのだろう。

 その割に足が遅いのか、追いつく様子が感じられない。

 先頭にいるのはたぶん女、それも若い女。

 ヒーローになるチャンス。


 ベルクドルフは比較的安全な街と言われている。

 他の街にあまり詳しくない俺にはどの程度安全なのかはよく知らない。

 それでも喧嘩や泥棒は普通にあるし、殺人だってよく聞く話だ。

 流民の子供が攫われた程度では誰からも相手にしてもらえない。

 だから、こんな風に誰かが追われている現場に出くわしても普通の場合は華麗にスルーだ。

 が、それが女の子なら話は別だ。

 出来るなら可愛い女の子を颯爽と助けてその娘だけの騎士《ナイト》になりたい。


「おいっ!こら、待ちやがれ!!」


 ゴロツキ風の厳つい三人の男とその後ろに巨大な男が、フードを纏った人物を追いかけてこちらに走ってくる。

 フードのせいで顔は見えないが、逃げているのは小柄でやはり若い女のようだ。

 この程度の相手なら造作も無いが、助ける時はなるべく目立たないように、だな。

 どうせなら「助けて下さい」とか言われてみたいな、などと考えているうちに女はもう目の前だった。


「きゃあ、危ない!どいてっ……!きゃあああああ!!」


 咄嗟に脇に避けたつもりが、女が同じ方向に躱して来た。

 女はズタ袋に足を掛けて派手にコケる。

 引っ掛けられたズタ袋が破れて生ゴミが周囲に散乱した。

 野菜くずだの骨の欠片だの、コーヒー滓だのが路地と女に振りかかる。

 ……おい、片付けるのは俺の仕事なんだぞ、どうしてくれる!

 「大丈夫か?」とか「お怪我を致しませんでしたか、お嬢さん?」より怒りが先に来た。

 しばらくやさぐれた生活をしているせいか、気が短くなってるな。

 おっと、失敗失敗、一度深呼吸だ。

 …………ふー。

 よし、俺は紳士だ、まだまだ昼の紳士だ。

 ここはジェントルメンにしないとイカンね。


 女は後ろを振り返りながら、必死に立ち上がろうとしている。

 転んだ拍子にフードが外れ、セミロングの柔らかそうなストロベリー・ブロンドが零れ落ちる。

 エルフ程ではないが少し尖った耳、透き通るような肌、深緑の大きな瞳、綺麗に整った鼻梁、小ぶりで薄い唇。

 そのすべてが生ゴミにまみれていた。

 俺がぶちまけたからだ。

 俺が色々ぶっかけたからだ、そう例えばこう……白っぽいものとか?

 いや、そうじゃない、今はそういう話は置いておこう。

 オーケイ、もう一度落ち着こう、深呼吸だ。

 …………ふー。

 よし、この子はあれか、ハーフエルフか。

 そういえば、この世界の人間は人種を交配することには抵抗があると聞いた。

 混血児というのは避けられる傾向にある。

 地域的なものか民族的なものかは理由は判然としないが、雑種はちょっとした差別対象になる。

 当然ながら、人権意識とか平等意識とかには縁がないしな。

 現代人の俺からしたら未開もいいとこだ。

 だからハーフエルフというのはなかなか見る機会が少ない。

 こんな可愛い子がいるなら俺だって世界の果てまで追いかけてやるぜ、ヒャッハー。

 おっと、失敬。


 しかし、この娘は本当に素晴らしい美人だな。

 このままケースに収めて鑑賞してしまいたいくらいだ。

 あっ、生ゴミ塗れって意味じゃないです。

 そういうマニアックな趣味を持ち合わせているわけではありません、期待した諸兄には残念ですが念のため。

 嫌そうに生ゴミを振り払っているハーフエルフを眺めていると、どこからかズキューーーン!と効果音が聞こえてくる。

 ああ、これは俺のハートの音だ。

 心臓(ハート)を射抜かれた俺の心の声だ。


「おい、お前、邪魔すんな」

「どこから湧いて出やがった小僧」

「さっさと失せやがれ!」

「…………」


 追いついたゴロツキどもが俺に向かって何か喚いている。

 運命の出会いの雰囲気をぶち壊すような事をしてくれる。

 なんという無粋な奴らだ。

 俺はゴロツキどもを射殺すような軽蔑の眼差しで一瞥くれる。

 絶対零度、直死の魔眼だ。


「ちょっとお前ら黙ってろ、俺の鑑賞タイムを邪魔すんな」


 思ったより低い声が出た。

 ゴロツキどもを怯えた目で見ていたハーフエルフが、びっくりして俺に視線を向ける。


(あ、ヤベ。声に出てた?)


 焦ってハーフエルフを正面から見つめ返した。

 深緑の瞳はこんな路地裏の薄暗い場所でもエメラルドの様にキラキラと輝いて見えた。


「大丈夫、こんな連中すぐに片付けるからもう安心だよ!」

 

 咄嗟に猫なで声でハーフエルフに語りかけた。

 オーケイ、俺はジェントルメン、君のためのヒーローだ。

 ハーフエルフのつぶらな瞳が大きく見開いた後、頷くのが見えた。

 よしきた、助けてやるから感謝しろ。

 まーかせて!の意味を込めて女の子に爽やかな笑顔を向けると、ハーフエルフがビクリッと肩を震わせた。

 内面の厭らしい先走りの何かが滲み出てしまったのだろうか。

 おい、そういう態度はへこむからやめて下さい、お願いします。


 ――さて。

 相手は長毛族の犬族とか狼族のような犬畜生どもと全長三メートルを優に越すような巨人族だ。

 きっと巨人族がボスなのだろう。

 ハゲとかモヒカンとかハート型の入れ墨とかもなく世紀末な感じはしない、デカイだけだ。

 街の往来を肩を怒らせて歩いているような不貞な輩だ。

 いつもの俺だったらこいつらを見た途端、道の隅で壁のパントマイマーとなっていることだろう。

 絶対に目を合わせないように目線を下に向けて、地面くん、地面ちゃんとの妄想トークを繰り広げているに違いない。

  俺      『そうそう、この間水溜りに嵌っちゃってさ―』

  地面くん  『だせーなお前、ビクビク生きてるからそんなことになるんだぜ?』

  地面ちゃん 『そんなこと言っちゃ可哀想、人は分を弁えて生きるのが大切よ?』

  俺      『妄想のくせにお前ら毒舌だな……』

 いやいや、分を弁えて生きるって大切だよ?


 彼らはわかりやすく言うと『ザ・ヤクザ』だ。

 もっとも、この街にはあまり幅を利かせた暴力組織は存在しない。

 ベルクドルフは平和なので駐屯兵や自警団が流れ者や犯罪者に目を光らせている。

 だからって犯罪がなくなるわけじゃないが。

 俺だって流れ着いた当初は肩身も狭い思いをしたもんだ。

 その意味では、こいつらのような暴力組織の心情も少しは理解できる。

 同情はしてやらないし、もちろん金もやらない。


「痛い目見たくなかったら、その女をこっちに寄越せ」

「てめぇみたいなガキが粋がってもロクなことねーぞ?」

「今なら軽くボコるだけで許してやる!」

「…………」 


 ここは身体を張って、可憐なハーフエルフの女の子を厳ついゴロツキどもから守る場面だ。

 俺、最高にカッコ良くね?惚れてくれていいぜ、マイハニー。


(今更だけど、目立たないようにしないとだな……)


 チラリとハーフエルフに目を向けると縋るような目付きで俺を見てくる。

 おう、そんな期待の目で見られたらお兄さんやる気出ちゃうよ。


「あんたらさあ、オッサンのくせに昼間っから女の尻追っかけ回してんじゃねーよ。

 この子もゴミにまみれちゃって大変だよ?許してやんなよ」

「お前の知ったことじゃねーよボケ!」

人族(ボーズ)のくせに生意気な口聞いてんじゃねーぞ!?」

「うるせー、すっこんでろ!」

「…………」


 おおう、人間のくせに生意気だぞ!とか初めて言われたわ。

 ネコ型ロボットに泣きついちゃうぞ?

 一般的に犬族や狼族のような長毛族は無毛族に比べて腕力が極めて高い。

 彼らは力が弱くて肌の露出した無毛族を『ボーズ』と揶揄することが往々にしてあった。

 それにしても巨人族喋らないな、無口か。


 やれやれだぜ、じゃないがどう見ても喧嘩を売られています。

 本当にありがとうございましたって感じだ。

 この街に流れ着いた当初は、この手の理不尽な暴力をどうやって躱すか頭を悩ませたものだ。

 こいつらは気に入らなければ意味もなく突っかかってくるような手合いだからな。

 基本的に他と毛色が違うと目標(ターゲット)にされるのだ。

 常にヒエラルキーを確認していないと気がすまないサル山の猿だ。

 猿ヅラの長毛族を見かけたことはないから、猿的な種族は人族なのかもだが。

 俺は連中にバレないように神経を両手に集中させ力の場(フィールド)を作った。

 俺は見た目こそアレだが、何も出来ない少年とは違うんだぜ?

 コソコソ生きてる街一番の魔導師様だ。

 ただし、こいつらに何が起こったかわからないように一撃で仕留めることが大切だ。

 そうしないと、後で面倒なことになる。

 今度は俺が目標にされてしまう。

 犬畜生どものために左手で一発、巨人族のために右手で一発。

 彼らは何もない所で転んで仲良く失神した後、誰にやられたかわからないまま俺達がズラかるっていう寸法よ。


「オッサンたち、この街であんまり騒ぎ起こすと駐屯兵どもが黙っちゃいないぜ?

 おまわりさーん!こっちですよ!!」


 まるで遠くに誰かがいるかのように、連中の後方に向けての大きく手を振る。

 大声を上げるとゴロツキどもがぎょっとして振り返った。

 勿論、ここにはおまわりさんなどという職業はない。

 同時に連中に向けてフィールドを開放する。


魔弾(エーテル)


 雁首揃えて並んだ雑魚どもの後頭部に向けて、左手から無属性の魔力の塊を放つ。

 右手からは巨人族(ジャイアント)に向けて大きめの塊だ。

 ゴロツキどもは薙ぎ払われたごとく揃ってつんのめると頭を強かに打って、期待通り仲良く気絶した。

 路地裏にちょっとした地響きを立てて巨人族の巨体が倒れたが近所の窓から気配を伺う様子は見られなかった。

 ここの住民は我関せずのスタイルが徹底しているな。


 俺の得意技、無属性魔法魔弾(エーテル)

 形状自在の魔力の塊を対象にぶつける魔法。

 エーテルの見えない相手にとっては何をされたかわからないうちにダメージを受ける。

 俺の独自魔法(オリジナル・マジック)

 ――ということにしているが、ぶっちゃけこれは超能力だ。

 この世界には魔法があるが、超能力はない。

 だから、これは俺だけが使える超魔法。

 詠唱も魔法陣も必要ない、最速にして最強。

 その気になれば村の一つも消し去れる力だ。

 この世界に来て、この力があったから生きてこれたし、この力のお陰で散々な目にあった。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 振り返るとハーフエルフの少女が怯えた目をして俺を見た。

 俺の力にびびっているのだろう。

 この辺りには攻撃魔法を使う魔導師はそれほど多くない。

 なぜなら、平和な街での魔法とは攻撃用のものでなく日常生活で役立てる力、という考え方が浸透しているからだ。

 刃物は斬り合いをする道具ではなく、ハサミや包丁として使うものという考え方だ。

 戦国時代の日本だって武士が普段からチャンバラしていたと言うわけではあるまい。

 魔法=攻撃魔法といった殺伐した考えはゲーム脳の現代人ならではのものなのだ。

 仕方ない、ここは俺がこの世界に来て鍛えた雑談力で絶妙のトークを展開して……。

 と、彼女の視線が俺を外れ、その瞳が大きく見開かれた。


「う、後ろ!巨人族が!」


 ハーフエルフの短い叫びと共に振り返ると、倒したはずの巨人族が頭を振って起き上がるのが見えた。

 ちくしょう、ダメージが甘かったか。

 上手くコントロール出来なかったらしい。

 生かさず殺さずっていうのは単に高威力の攻撃をぶっ放すのと違って調整が難しい。


「……おい、おめー、知ってるぞ……」


 大きな身体から予想される、響くような低音で俺に話しかける巨人族。

 こいつ、喋るぞ!?

 何を知ってるというのか、このデカブツは。


「おめー、『赤い森』だろ。その黙唱魔法、聞いたことある……」


 今度は俺の眼が見開かれる番だった。

 バレない様に撃ったつもりだった。

 一撃で決めるつもりだった。

 こんな場末のヤクザもどきが知っているはずがない、と思った。

 後ろにいるハーフエルフが後ずさる気配を感じた。


 『赤い森』は稀代の賞金首に掛けられた悪名だ。

 森を焼き尽くし、平和な村を血で染め上げた狂気の魔法使い。

 暴走した漂流者(ローバー)

 一一〇金貨(ルンデ)の賞金首。

 俺が逃げ出した理由――。


 こいつをここで生かして返すわけには行かない。


魔弾(エーテル)


 次の瞬間に巨体が宙に舞っていた。

 真下から打ち上げるような強烈な一撃。

 路地裏に再び地響きが起こる。

 頭から地面にめり込んだんじゃないかと思えるほどの衝撃。

 必殺技を食らったかのように横たわる巨人族。


 (……あぶない、あぶない、本当に殺すところだった)


 そんなことになったらここでもお尋ね者になりかねない。

 何処に目撃者がいるかわからいないのだ。

 家政婦に見られてしまう。


 周囲の建物からは相変わらず誰の視線も感じられない。

 彼らのスルー力に感謝しなければ。


 俺は吹き飛ばした巨人族に近づくとその襟首を掴みあげてその目を見据えた。


「お前、余計なことは知らない方が身のためだよ?」

「…………」


 そいつは答えない。


「何か知ってること、あるか?」

「……おれ、何も知らない、聞いたことない」

「……よし、お前らが俺をつけ回すようなら、次は肉片も残らないと思っとけよ」

「……分かった……」


 俺は手を離して自由にしてやるが、巨人族は身じろぎもしなかった。

 ついでに軽く絞め落とす。

 グッと、詰まったような声を出して巨人族の男はぐったりと動かなくなった。

 顔を叩いて本当に失神したことを確認する。

 俺がここから立ち去るまで眼を覚ましてもらっては困る。


 この手の連中は軽く脅した程度では理解してくれない。

 鳥人よりも鳥頭なのだ。

 三歩も歩く前に忘れるのだ。

 本当は腕の二三本でも引き千切っておくべきなのかも知れない。

 そんな恐ろしいことなど出来るわけないが。

 こうなったら追手が掛かる前にこの街から逃げないといけないだろう。

 しかし、今の俺には逃げるための元手がない。

 出来れば今日の仕事を一日二日でもやっておきたい。


(最悪、逃げながら窃盗行脚だな、そう言えばハーフエルフは……)


 他のゴロツキの目が覚めないうちに逃してやらないと。

 全部終わったよ!とばかりに、最高の笑顔でハーフエルフに微笑み掛けようとした瞬間、バキリという音と共に後頭部に激痛が走った。

 ハーフエルフはいつの間にか俺の背後に迫っていた。


(――あ、俺はこの痛みは知ってる)


 ――これは二年前のあれと同じだ。

 二年前、学校の階段から落ちたあの日。

 楽しくはなかったが、平和だった俺の高校生活。

 そして、この世界に来てからの今日までの生活――。

 気を失うまでの僅かな間、視界の隅にへし折れた(ロッド)を手にしたハーフエルフが俺を睨みつけていたのがとても印象的だった。

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