第三話・珈琲と魔法使い
――魔法。
俺にとってはゲームやマンガで慣れ親しんだすごい力だ。
風を起こし、火を操り、水を凍らせ、岩をも砕く。
この世界では魔法を使える奴らがちょくちょくいる。
使える奴にはちょっとしたことで魔法を使うのが当たり前だ。
マッチの代わり火を起こしたり、水を冷やして氷にしたり。
魔法を使うのに便利な道具もある。
詳しい理論は知らないが、この世界には『エーテル』という物質が充満している。
俺は見ることが出来ない。
身体の中にもエーテルはあって、病気になったり調子が悪い場合はエーテルが滞っているからと言われているようだ。
この世界の生き物特有の臓器、エーテル袋とかじゃなくて血液みたいに体内をグルグルと循環してるような感じだろうか。
魔法ってのはこのエーテルを使って世界に干渉する力のことだ。
だから自分の体内のエーテルが多ければ多いほど魔法が使える=魔力が強いってことになる。
ゲームで言えばMPみたいなものだ。
使えば無くなる。
全部無くなると死ぬ。
俺の場合は違うが。
通説では魔力の強い奴はエーテルが目で見えるということになっている。
地域によってエーテルの濃い場所や薄い場所があって、高等な魔導師はその野良エーテルを体内に取り込むことが出来るのだとか。
ところが俺には全くわからない。
実は魔法使いじゃないからだ、と言われればそれまでだ。
ただし、俺は魔法が使えないというわけじゃない。
むしろこの辺では最強の魔法使いなんじゃないかと思ってる。
それなのに、エーテルの"エ"の字も見えやしない。
ちょっとヘコむわ。
前の世界で補欠入学だったことを思い出すじゃねーか。
まぁ、今はあんまり強力な魔法を使うのは差し控えさせてもらってるがな。
とある事情で目立たないように生きてるんだ。
その事は思い出したくない。
「――では、今回の方々は第一次選考と言うことで結果は追って連絡します。
明日中にギルドの担当者に確認して下さい」
俺が↑ったり↓ったりしてるうちに面接が終了した。
こんな面接で合否決めてホントに大丈夫?
横柄な奴はダメっていうなら鮮血は絶対ダメだな。
俺なら世紀末の雑魚タイプはノーセンキューだ。
何しろ十六才の乙女と黒豚が仲良く軽作業って絵面が想像できない。
ポルコ、残念だったな。
面接官を残して応募者がぞろぞろと出て行く。
とりあえず十六才女子にアピールしておきたいんだが、どうすればいい?
コマンド→俺にはそんな経験値が足りない!
明日中に職人ギルドの案内係だか担当者の所に行くわけだしその時かな。
十六才女子が傭兵ギルド登録だったりしないだろ。
その時に顔見せしてくれることを祈ろう。
大事なのは心の準備だ。
気障なセリフでハートをゲットだ。
面接室を出てぼやぼやしているうちに俺以外の応募者全員いなくなった。
アシュリー……十六才女子もいない。
おいみんな、この街で急いで行くところなんかあるのかよ。
陽はまだ高い。
暇になってしまった。
俺は酒場へ向かうことにした。
と、言っても昼間から酒をかっ食らうわけではない。
お酒は二十歳になってから。
この世界では成人という概念は適当で人族では一五才から一八才くらいで大人の仲間入りをする。
職業や地域によって変わる。
この街、ベルクドルフ周辺の地方だと大体一八才が成人年齢だ。
戦争が多い地域や環境が厳しい地方だと低年齢でも大人扱いされる。
日本だって昔はそうだったしな。
一般市民の中で自分の年齢を気にしている奴は半分もいるんだか。
大人の仲間入りったって、成人式があるわけじゃないし、徴兵制度もない。
それよりも仕事に就く、家を構える、家族を作るなんてことの方が重要だ。
国王や地方領主が税金を徴収できるからな。
その日暮らしの俺には関係ない話だ。
街の真ん中にある酒場はそこそこの繁盛具合だった。
鼻の長い主人は象族。
商人に崇められていたり、妙な関西弁は使ったりしない。
突然名前を叫んだりもしない。
両手と長い鼻で酒瓶のお手玉をしたり、酒樽に乗って皿回しをするのが店長の特技だ。
どう見てもサーカスのゾウさんです。
酔っ払って暴れた客に鼻から水をぶっかける様はまるで動物園の象だったが。
「マスター、コーヒー」
丸椅子にどっかりと腰をおろしてマスターに注文する。
店は象族が経営しているだけにそれなりに広くて大きい。
この世界には身長が四メートルにもなるような種族がそこそこいるから、公共性が高い施設は割と天井が高い作りになっている。
当然横幅もそれなりで店の規模が必然的に大きくなる。
指定席はカウンターの一番端、店内と入り口が一目で見渡せる場所だ。
何かあった時に逃げ出せるよう、裏口はすぐそこにある。
ベルクドルフに流れ着いた頃からの習性だ。
俺の後ろに立つんじゃねー。
この街に来てからの暇つぶしはこの店で飲むコーヒーと決まっていた。
象顔のマスター、デリーはロクな返事もしない。
薬缶から注いだ液体をドンッと寄越した。
マグカップから漆黒の水滴が跳ねて薄汚れたテーブルにシミを作る。
「コーヒーなんてものはねーな」
この世界にはコーヒーがあるのだ。
ただしコーヒーとは呼ばない。
『カフィ』とか『カフワ』と呼ばれている。
"欲望を満たす"とか"昼間の酒"といった意味らしい。
焙煎具合はかなりの深煎りだ、嫌いじゃない。
「うーん……」
ここには意外と前の世界と共通したものがある。
顎をさすってヒゲのおっさんの真似をしそうになりながら思う。
残念ながらここには電気は通っていない。
発電施設も電線もない。
当然ながらラジオもねえ、テレビもねえ。
オラ、こんな村じゃなくて街っていうか世界は嫌だ。
誰に聞いても、他の国にもそんなものはないという。
しかし、電化製品以外は見たことがあるような物ばかりだ。
料理だって普通に食えるし美味しい。
電気やガスの代わりに蒸気や魔法で代用してるものもある。
そして、何より大事なことは使用言語が英語にそっくりだってことだ。
最初にそのことを知った時には「え?ちょっとどういうこと?」と思った。
普通おかしいでしょ、そういうのって。
明らかに人為的ですって雰囲気がビンビンだ。
それが何を意味しているのかはちょっとわからないけどな。
とは言っても、アルファベットをそのまま、と言うわけにはいかない。
文字や文法、単語に多少の違いはあってもほぼそのまま通用する。
でなければたった二年でこの世界に順応するなんて出来なかっただろう。
未だに森の中の小さな村で細々と牧童をしていたはずだ。
今となってはその方が幸せだったのだろうが。
二年前のあの日、アイツに言った、
「ハ……ハロー、ナンシー!?アイ・アム――!」
の言葉は遠い日の想い出としてしまっておこう。
……くそう、泣けるわ。
「なあデリー。アンタのコーヒーは相変わらず美味いな。
ベルクドルフのバリスタチャンピオンだ」
「うるさい小僧。暇潰しで集っているだけなら少し仕事を手伝わせてやる」
今は職人ギルドでバイトをしている俺だが、一番最初の仕事はサンサーラの厨房係だった。
デリーには色々な意味で助けて貰ったし、今でも頭が上がらない。
俺はコーヒーを飲み干すと酒場の手伝いをしてやることにした。
バイト代は当然もらう。