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もし、俺の超能力が異世界最強だった場合。  作者: 鶉野たまご
『第一章:青い炎と赤い森』
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第二十一話・森と光と青い炎

「アラタ、お前の魔法で移動することは出来るか?」


 二人で獣道を戻っている途中にレオが話しかけてきた。

 村に戻るには徒歩で移動するより瞬間移動(テレポーテーション)を使った方が遥かに早い。

 しかし、俺は誰かと一緒に瞬間移動したことなどなかった。

 誰かと一緒に超能力を使うという発想がしたことがなかった。

 超能力というものは自分のイメージを発現するものだ。

 誰かと共有するものではない。


「悪いが俺は、俺以外の人間と一緒に飛んだことがない。

 俺の魔法は誰かのためにではなく、自分だけにしか使ったことがないんだ。

 それともここで試してみても良いが、どうする?」

「そうか、魔法は扱いが難しいものだとは聞いている。

 前例のないやり方をいきなりしない方がいい。

 分かった、お前が先に村に戻ってくれ。

 俺が一人で走れば村にはそれほどかかるまい」


 今まで超能力を誰かの役に建てようなどと考えたことがなかった。

 この力は俺に与えられたもので、自分の問題を解決する手段でしかなかったのだ。

 それは誰かを助けるにしても同じだ。

 怪我人に肩を貸す代わりに身体を浮かして運んでやる、連携して戦うのではなく俺が一人で勝手に攻撃する。

 俺の都合を押し付けていたに過ぎない。

 そういう意味で俺はこの世界のコミュニティに、レオの村に全く参加できていなかった。

 今もって単なる部外者、放浪者(ローバー)に過ぎないのだ。


「了解した、先に村に行ってるぜ?」

「すまんが任せる」


 レオを置いて行くことに若干の抵抗はあったが、早く着くに越したことはない。

 ここで俺が彼らの力になれば、晴れてコミュニティの一員となれることだろう。


 《瞬間移動(テレポーテーション)


 レオの驚く顔を残像に時空が歪む。

 一瞬の間。

 次に俺の眼に映った光景は既に原形を留めないほどに崩れ、炎に包まれたレオの家だった。

 失われた想い出の数々が頭を過る。

 今は感傷に浸っている場合ではない。

 それよりも教会に急がねば。

 

 最初にここへ飛んできた時と同じルートを使って焼け落ちていく村の中を通って教会へと急ぐ。

 村の男達が先着しているはずだが、村の消火活動が進んでいる様子が見えない。

 どうなっているのか。

 女子供の避難を優先させてから消火することにしたのか。


 しかし、辿り着いた教会には誰もいなかった。

 一度目に来た時と同様、開かない玄関扉、塞がれた窓。

 教会の裏口に回ると俺が破壊した後に再び塞いだバリケードを移動させて、避難民が出て行った形跡があった。

 誰かに襲われたわけでも、教会が火事に巻き込まれたわけでもないようだ。

 村の男達に先導されて、皆は無事に村の裏口から逃げ出せたのだろうか。

 俺は村人の後を追って村の裏口へと急いだ。

 

 村の裏口付近には備蓄倉庫が設置してある。

 幸いなことにここまで火事は延焼していない。

 村の入り口から遠くにあるから火矢が飛んでこなかったのか、住居から独立して建っているからなのか。

 村の備蓄倉庫は火災の際に延焼しないように他の建物から離して設置してあるのだ。

 防災設計が正しく機能したと言える。


 その備蓄倉庫の脇に見慣れないモノ(・・)が落ちていた。

 倉庫の壁に凭れ掛かるようにして倒れている。

 俺の半分くらいの大きさのモノ(・・)だ。

 それは子供の死体だった。

 普段から着古していたのだろう、あて布だらけの薄汚れた粗末な服を着た子供は、背中にパックリと開かれた大きな傷口から流した己の血で、全身を真っ赤に染めながらを死んでいた。

 ついさっきまで教会で顔見知りのおばさんの服の裾を掴んでいた、あの子供だ。

 裏口の方からここまで逃げ延び、ここで力尽きたのだ。

 俺は裏口に向かって走った。


 裏口には今見たばかりの子供と同じように何人もの死体は横たわっていた。

 男も女も、老人も子供もわずかに息があるがその殆どが目を見開いて、あるいは地面に突っ伏したまま息をしていなかった。

 顔見知りのおばさんもいる。

 いつもの前掛けが真っ赤になっている。

 その身体は裏口の扉をしっかりと塞いで何者も通さないという意思が感じられた。


 おばさんに駆け寄ってその肩に触れた。

 おばさんの虚ろな目に焦点が戻ってくる。

 まだ微かに息がある。

 口を開くと鮮血がおばさんと俺の服を汚した。


「あの子……あの子は、どうしたんだい?

 ちゃ、ちゃんと無事に逃げられたのかい?」


 あの子とはもちろん、あの倉庫にいた子のことだ。

 自分が扉を塞いでいるうちにより遠くに逃がそうとしたのだ。

 一言、問いかけるとその眼が再び焦点を失っていく。


「ああ、大丈夫、ちゃんと逃げてきたよ、大丈夫、大丈夫だ」


 おばさんが既に像を結ばなくなっているだろう視線を俺に向ける。

 早く浅い呼吸が徐々に遅くなってくる。


「ああ、そう、よかった。ありがとう……」


 俺の答えに安堵してしまったおばさんの呼吸が止まるほどに遅くなる。

 ああ、ダメだ、そうじゃない。

 そっちに行ってはいけない。

 呼吸が止まり、眼の光が完全に喪われた。

 おばさんは静かに息を引き取った。


「ちくしょう!!どうなってやがる!

 男達はどこ行ったんだ!」


 俺の絶叫に反応するかの如く、おばさんが身体を張って守った村の裏口の向こうから金属音が響いた。

 考えられることは一つしかない。

 扉の向こうに敵がいるのだ。

 おばさん達はそいつらから逃げ出してここに戻って来たのだ。

 おばさんの身体をそっと動かして、安らかに横たえる。

 俺が裏口を開けると村の男達の一人が熊族(ウェアベア)の持った両刃の剣によって今まさに斬り倒されるところだった。


「じいさん!!!」


 俺が最初に村に行ってくれるように頼んだ牧畜を手伝ったじい様が、手にした農業用フォークを両断されてその場に崩折れる。

 その先には熊族達が村の男達を次々に切り倒して来た跡が、裏口へ続く道に点々としていた。

 人の形をした動かない身体がいくつも倒れていたのだ。

 ゆっくりと俺の前に現れた二〇人以上の熊族達が、逃げゆく猫族(キャット・ピープル)の人々を後ろから順に殺してきた証だった。

 そいつらの手にはライフルや戦斧、人の背丈ほどもあるような長剣が携えられており、それらのいずれにも血糊がこびりついているのが見えた。

 そのうちの一人が俺の姿を認めて意外そうな表情を浮かべる。

 半ばまでヒゲや体毛に覆われた二メートルを超えるような大男だ。

 ここにはそんな大男達が俺を取り囲んでいる。


「何だお前?人族か?どうした、迷子か?

 猫共の村に無毛族(ボーズ)が紛れ込んでんじゃねーぞ?」


 たった今、じい様に斬りつけたその剣に滴る血を振り払って俺にその切っ先を向ける。

 周りの熊族がそれに同調して下卑た笑いを上げた。

 怒りと悲しみに混乱した俺は言葉を発することさえも出来ない。

 ひゅーひゅーと、自分の呼吸音だけが聴こえる。

 ドクドクと自分の鼓動が煩い。

 頭の中でけたたましい警戒音が響いている。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げるんだ。

 ――死ぬぞ。


「突然でお前には悪いんだがな、ここは通行止めだ。

 俺達はこれからもうひと仕事しなけりゃならん。

 さっさとこいつらの後を追ってもらおうか」


 俺が恐怖で動けなくなったと熊族の男は判断したらしい。

 ぞんざいな動作で俺に向けて幅広の剣を振りかぶった。

 まるでスイカ割りでもするかの如く振り下ろされる剣――。


念動力(サイキック)


 手加減など知ったことではなかった。

 俺の持てる超能力の全力を目の前の熊族の男に向けて撃ち込んだ。

 男の両腕が振り下ろそうとした剣ごと消し飛ぶ。

 同時に男の上半身が無くなる。

 後ろにいた熊族の身体と一緒に僅かばかりの血飛沫を遺して霧散して消えた。


「はっ……?」


 突然の出来事に熊族の男達は色を失う。

 隣にいた大男が二人、呼吸する間に消滅したのだ。

 下卑た笑いが顔に張り付いたまま硬直する。

 顔に降りかかった仲間の血飛沫を己の指で確認すると表情が一変した。


「なんだこいつ?妙な魔法を使うぞ!

 囲んで殺せ!」


 途端に殺気立った熊族の男達が俺を取り囲んで己の武器を叩きつけようとする。

 手に持ったライフルを俺に向けて発砲しようと構える。

 俺に近づいてくる奴の身体が血飛沫を残して次々と消滅する。

 振りかぶるより早く、引き金を引くより早く、俺の力が男達を蹂躙した。


 念動力(サイキック)を使う度に頭痛が酷くなってくる。

 精神力の損耗が激しい。

 頭が痛い、強い目眩がする。

 世界が廻る。

 吐きそうだ。


 ダメだ、まだ終わりじゃない。

 力が足りない、このままではこいつらを全員殺せない。

 俺はこいつらを全部ぶっ殺すまで止まれない。

 ただひたすらに殺し続けないと。

 敵はまだ残っている。

 全員殺さなければ足りない。

 力が足りない。

 視界が暗い。

 何も見えない。


 それでも――力が欲しい。斬殺する力が。滅殺する力が。撲殺する力が。焼殺する力が。扼殺する力が。絞殺する力が。毒殺する力が。薬殺する力が。圧殺する力が。轢殺する力が。刺殺する力が。呪殺する力が。虐殺する力が。

 誰でもいい力をくれ――。


 力を使い果たして気を失った……はずだった。

 村人の無念を晴らせず、彼らと共にこの地に斃れると思った。


 視界に変化が起こった。

 真っ暗だった俺の目の前に光の粒のようなものが浮かんでいる。

 ホタルの光にも似た、それよりもっと小さな、そして力強い光だ。

 光の粒に手を伸ばすと、それ(・・)は掌から吸い込まれた。

 何かが身体に流れ込んだ。

 力が流れこんできた。

 

 ――これは力だ。

 目を見開くと視界一杯に光の粒子がどこにでもあった。

 熊族の身体にも、倒れている猫族の身体にも、森の木にも地面にも空気中にも。

 倒れている猫族の身体からは光の粒子が薄まって消えていくように見える。

 熊族の身体にはより多くの光が集まっている。

 おまえ、その(ちから)を寄越せ――。

 仲間が次々と消し飛ばされ、武器を構えたまま怯えたように立ち竦む熊族の男に触れると光が流れこんできた。

 光の流入に伴って俺の身体に力が湧いてくる。

 

 光の奔流と共に何かの映像が俺の脳の中で弾けた。


 幼い熊族の子供――。

 平和な村の風景――。

 厳しい冬の森林――。

 枯渇する食料――。

 得られぬ獲物――。

 村人への襲撃――。

 猫族の足跡――。

 兵士の情報――。

 反撃の計画――。

 子供の顔――。

 家族の声――。

 仲間の死――。

 敵の影――。

 戦う力――。

 妻の顔――。

 攻撃――。

 殺人――。

 復讐――。

 敵――。

 友――。

 死――。


 力と共にイメージが流れこんでくる。

 なんだこれは、何かのイメージか、誰か(・・)の記憶か――。

 今はそんなことはどうでもいい。

 それどころではない。

 俺に力を!力を寄越せ。

 お前も、お前も、お前からも――。


 吹き飛ばして横たわる熊族の半身から光を奪う。

 離れて銃を構えている熊族に掌を向けると光が集まってくる。

 全ての光を奪い取られた男はその場に崩れ落ちた。

 奪いとった光を取り込む度にいくつものイメージが流れこむ。

 喜び、怒り、憎しみ――。


 俺の身体から力が溢れてくるのを感じる。

 全身の細胞が歓喜の雄叫びを上げているのを感じる。

 これが俺の求めていた力だ。

 俺が人生で求めて止まなかった力を手にしたと思った。


 突然、身体が軽くなった。

 自分の力を使わなくても立てるような、何かが俺を支えているような。

 まるで空気が俺を優しく包み込むような。

 世界が俺の味方になったような――。


(こいつらを殺すにはあれで充分だ)


 視界の端に燃える防火壁を捉える。

 家から燃え移ったのか、熊族が火矢を放ったのか。

 裏口より遠くに見えるその炎を手繰り寄せるように掌に載せた。

 俺の掌の上で炎が見る間に大きくなっていく。

 俺の全身を巻き込むほどに巨大になった炎を徐々に圧縮していく。

 圧縮された炎が徐々に小さくなるにつれて色を変える。

 炎の温度が上昇していく。

 赤い炎が橙になり黄を経て白くなり、青へと至る。

 清浄に見える青い炎が煌々と輝きを放つ。


(これでこいつらを燃やし尽くそう)


 目の前で展開する光景に生き残っている熊族達は戦意を失っているようだ。

 仲間たちが次々に倒され、恐れ戦いている。

 バカどもめ、襲い掛かってきたのは貴様らの方だ。

 何を恐れるものがあるか。

 今すぐ仲間の元へ送ってやる。

 貴様らはここで行き止まりだ。

 あの世で仲良く下卑た笑いを並べるがいいさ。


「化け物め!」


 熊族の男の虚勢にも似た声が聞こえた。

 手にした戦斧で斬りかかってくる。

 熊族の膂力を持って振り下ろされる戦斧に青い炎を優しく押し当てた。

 音も立てずに戦斧が溶け去る。

 そのまま炎が男の腕へ、身体へ向かって奔る。


「死んでもあの世で詫び続けろ!」


 熊族の全身が青い炎に包まれた。

 グオォォォ!グアァアアァ!

 絶叫が響き渡る。

 呆然と立ち尽くす残りの熊族は俺が視線を飛ばすだけで次々と青い炎に包まれていった。

 永遠に悶え苦しめ、魂まで燃え尽きろ。


 村の裏口から襲撃してきた熊族達はその肉体の殆どが消え去っていた。

 残ったのは奴らの僅かな肉片だけだ。

 そのほかには炎に照らされ動かない村の男達の身体だけ。

 男達の光を一人ひとり見ていくとじい様には薄い光が残っている。

 辛うじて息があった。

 正面から袈裟懸けに斬りつけられ、その血を止めることは出来ない。

 俺には誰かを回復させるような力がない。

 奪った光を分け与えるような能力を持っていない。


「じいさん、生きてるか?熊共は全部殺した。

 もう大丈夫だ、心配ない、終わったんだ」


 じい様は僅かに目を開けて俺を見た。

 その双眸が涙に滲んでいる。

 口を開いても声が届かない。

 俺はじい様の口元に耳を近づけて何とかその声を聴こうとする。


「おめぇは……んなことに力を使うことはねぇ。

 畑ぇ耕せ。おめぇはいい子だぁ。

 これからもレオぉ助けてやってやれよぉ……」

「……じいさん?……待ってくれよ、俺アンタの名前も知らないんだよ。

 待ってくれよ、じいさん。俺、アンタにまだまだ色々教えて欲しいんだよ。

 冗談だろ?……冗談だろ……」


 腕の中の身体から力が抜けていくのがわかる。

 光の粒子が急速に薄まって消えていくのが見える。

 肉体の器だけを残して(なかみ)が喪われる。

 ――ひっそりとじい様の心臓がその鼓動を止めた。


 じい様の身体を抱えて裏口から中に入ると轟々と燃えている家が目に映る。

 止まらない炎、燃え落ちる家、喪われる生命。


「何時までもウゼェんだよ!!」

 

 燃え盛る炎に強い視線を向けただけで忽ち炎が消え去った。

 他の家々も火勢を失っていく。

 何かが今までと違っていた。

 頭痛も目眩も何もない。

 強烈な喪失感と居た堪れないほどの焦燥感だけ身体を支配している。


 奪うことしか出来ない。

 眼の前で失われる物に何も与えることが出来ない。

 思考より早く奪うことだけが出来る。

 誰かの思考が流れ込む。

 力と共に俺が誰かに支配されていくような錯覚に陥る。

 力を欲する魂の渇望が全身の隅々にまで命令を送り込む。

 もっと力を、俺に全ての力を寄越せ。

 目の前の光を全てを奪い尽くしていく。

 息のない身体から僅かな光と共に靄の掛かったようなイメージが流れこむ。

 憎しみが、絶望が、復讐心が――。


 絶望と憎しみが奔流となって俺の身体に復讐の渦を巻く。


 奴らが憎い。

 熊族の奴らが憎い。

 猫族の奴らが憎い。

 奴らは誰も遺さない――。


 じい様の亡骸を取り落とし、鎮火した村の中を呆然と歩き続けて教会に至った頃にレオが来た。


(誰だ?レオが来た?誰が?敵が?)


「何がどうなっている。

 燃えた後があるのに、炎が消えている。

 途中で突然消えたようだ。

 アラタが何かをやったのか?」


(俺がやった。そう俺が全部やった。

 全部奪い尽くしてやったのに間に合わなかった)


 頭の中で怨嗟が渦巻いている。

 今まで燃えていた真っ赤な炎が消え、村は夜の帳に包まれた。

 俺の眼には宙を漂う光の粒子と流れ込んだ誰のものとも知れない記憶の残像が二重写しになっている。

 ただ、現実だけが見えない。


「ああ、炎は全部消した。

 だけど、間に合わなかった……、間に合わなかったんだ」

「何を言ってる?

 女子供はどうなった?

 先に来ていた男達には会えたのか?」

「ダメだ。全部死んでしまった。

 俺は誰も助けられなかった。

 別口の奴らが裏口から……ああ、あいつら、何であんなところに!!」


 俺は結局誰も助けることはできなかったのだ。

 ただひたすらに奪っただけだった。

 家を、力を、生命を――。


(でも、まだ足りない。俺の裡にある想いが収まらない。

 憎しみが癒やされない)


「わかった、確認してくる、お前はここにいろ。

 動くんじゃないぞ?

 これで全て終わったのなら俺が向こうに残して来た者達にも伝える。

 お前はここにいろ!絶対動くな!」


 俺の両肩に手を掛けて言い置くとレオは裏口に駆けていった。

 レオの言葉が俺の怒り狂った脳に染みこんでくる。

 向こうに残した者。

 まだ生きている者。

 殺さねばならぬ者。


(そうか、やつらまだ穴の中に隠れてやがる。

 奴らは全部殺し尽くす(・・・・・)


 俺は飛んだ――。


 男が三人俺が突然現れたことに驚いている。


「お、おう、魔法使いか。やけに早かったじゃねーか」

「奴らまだ穴ん中で呻いてるわ、まだまだ生きてるで」

「オラが奴らに二三発撃ち込んでやったわ!」


 呑気な奴らが何か下らないことを喚いている。

 こいつらも殺してやろうか?

 俺が近づくと男達が後ずさる。

 恐怖の色が見える。


「どいてろ、こいつらも殺す」


 肩をすくめぎょっとした顔で三人の男が顔を見合わせる。

 そのうち一人が恐る恐る俺を覗き込む。

 俺の顔に何か付いているとでも言うのか。

 邪魔をするな。

 何か納得したのか男達が頷き合う。


「急にどうした?ぶっ殺すなオレらも手伝ってやるぞ!」

「そうだ、そうだ。村に火付けやがって皆殺しだ!」

「オラっちなら、奴らの女子供も全部殺してやるだ!」


 そうだ、こいつらは子供も殺したのだ。

 火を着け、蹂躙し、何もかも奪っていった。

 俺達(・・)の大切な物を根刮ぎにしたこいつらを赦さない。

 こいつらも同じ目に合わねばならないのだ。


 俺は自分で開けた大穴の縁まで近づくと、暗闇に目を凝らした。

 巨大な穴の中に隠れるように横たわる熊族の一人を力を使って持ち上げる。

 鎧を着込んだ大男は急に身体が宙に持ち上がって行くことに焦っているようだ。

 頭を頂点に吊り上がった身体を何度もばたつかせる。

 そんな抵抗をしたところで何の意味がある。


「お前ら、村に火を付けて何する気だった」


 まるで俺のモノではないようなドス黒い声が俺の耳に届いた。

 頭のどこか遠くから聞いたこともないような声音が聴こえてくる。

 一言発する度に、脳内を様々な残像が去来する。

 重なり、ぶつかり合い、意味を成さない音と光。


「知るか。お前らが始めた事だ!

 お前らの方こそ俺達の村を襲いやがって

 お前らこそ死ね、さっさと死ね!」


 熊族の男が汚らしく罵る。

 言葉が不快な礫のように俺にぶつかってくる。

 身体にぶつかった礫から怨念が首をもたげる。

 俺に届かなかった言葉から怨讐が彷徨い出る。


 俺は不愉快なそれらを振り払い、空中に吊られた熊族の男の腕に向かって腕を伸ばす。

 落とし穴の真上のいる男に俺の腕はまるで届かない。

 掌を握ると男の腕が握り潰されるかのようにひしゃげて肘から下がぽとりと穴に吸い込まれていった。


 ギャァアァア!!!


 宙に吊られたままの男が絶叫を上げる。


「うるさい」


 首があらぬ方向に曲がって男の声は途絶えた。

 男から光の粒子が俺の向かって流れてくる。

 襲われた村の無残なイメージが飛び込んで来る。

 転がる死体。傷ついた家族。破壊された家。

 猫族からの攻撃。

 奴らを殺してやる。


「おいアンタ、魔法使い。

 何かあっただか?何やってんだ!?」


 今まですぐ傍で殺せ殺せ、すぐに殺せと息巻いていた三人の男が怯えたような口調で俺の表情を伺う。

 大丈夫だ、こいつらはまだ残っている。

 全部殺したワケじゃない。

 まだ残っている。

 全部殺す。

 お前らだって残っているじゃないか。


 俺は空中にぐったりと吊られている熊族の男を解放してやった。

 男の身体は昏い穴の中に落ち込んでどさりと音を立てた。

 もうお前は大丈夫だ。

 助かったな。

 俺は穴の中から他の男を引きずり出す。

 次はお前だ、良かったな。


「お前は知ってるか?お前ら村に何する気だった?」

「俺は何も知らない。俺達の村が襲われたからその復讐だって――」


 お前も同じか。

 俺の知りたいことはそんなことじゃない。

 俺のこの頭の中にある映像に答えをくれ。

 お前らは俺達の村に何をするつもりだったのだ。

 お前らは誰に命令された(・・・・・・・)のだ。

 男の喉が絞まる、首が螺子切れる。

 男は言葉の途中で絶命して果てた。

 光が流れ込む。

 映像が再生される。

 

 もう俺の中は映像の飽和状態だ。

 落書きの上に新たな落書きを描き加えるように薄汚く真っ黒になっていく。

 俺の心が憎しみに塗り潰されていく。

 黒く、赤く、憎悪の炎が心を満たす。

 

「魔法使いどうした?」

「五月蝿い!!」


 近づいた男の突き飛ばした拍子に男から光を奪い取っていた。

 一瞬で男が事切れる。

 男からのイメージが流れこむ。

 憎しみ、憎悪、驚愕――。


 男が仲間にぶつかってそのまま倒れこむ。

 もうその身体は動かない。

 他の男達が驚愕の表情を向ける。


「おい、ちょ、何してんだ!うわぁああぁ!」

「魔法使いが狂っただ!オラも殺される!」


 男達が逃げ出した。

 

 お前らも殺さねば!

 お前らを助けねば!


 頭に中で相反する想いが渦巻く。


 憎しみの炎が心を燃やす。

 炎、全てを燃やし尽くす炎。

 一人残らず燃やし尽くす。


 そう、全て燃やし尽くせばいいんだ。

 誰が何をしたかではなく、その誰もを灰燼に帰せばいい。

 そうじゃない、誰がこんなことをやったのか。

 誰がやらせたのか。

 頭の中の有象無象が自分勝手に喚き立てる。

 真っ黒な光が明滅して心を狂わす。


 気付けば俺は足下の穴に火を放っていた。

 全てを浄化する青い炎――。

 穴の中から絶叫が聴こえる。

 全てを燃やそう。

 熊族も猫族も別け隔てなく全て燃やそう。


 ――森も燃やしてやらねばならない。

 全てを浄化しなくては可愛そうだ――。

  

 思いつく限りに火を放っていく。

 森に村に全ての場所に。

 猫族の村も熊族の村も全て燃えろ。

 燃え尽きろ。

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