表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし、俺の超能力が異世界最強だった場合。  作者: 鶉野たまご
『第一章:青い炎と赤い森』
19/23

第十九話・見つめ合う二人

 俺は教会から出ると村を出るために走った。

 とにかく村の中に盗賊を入れるわけには行かない。

 そのためにはまずレオと合流しなければならない。

 レオが何か戦略を立てているはずだ。


 猛ダッシュで村の端まで駆け抜ける。

 燃え盛る家はこの際、無視することにした。

 家は立て直すことができるが、人を生き返らせることは出来ない。

 少なくとも俺はそんな魔法を聞いたことがない。

 目の前の出来事はゲームの中で起こっているわけじゃないんだ。


 火事の炎をを避けつつ、村の外周に張り巡らされている防火壁まで辿り着いた。

 一〇メートルはあろうかという真っ黒い板張りの防護壁が森の木々を利用して立ち並んでいる。

 黒い板は防腐や防虫対策そして、目立たないための偽装だ。

 俺も村の仕事の手伝いとして、全身を真っ黒くしながらこの防護壁にタールを塗りたくったことがあった。

 それにしても、この防護壁はこれだけの高さがあるのだ。

 何故、村の家々がこんなにも燃え広がっているのか。

 熊族(ウェアベア)共は木の上から火矢のボウガンでも撃ち込んだのだろうか。

 防護壁も一部に火が付いていたのですぐに消火した。

 この壁は村人を守る最後の砦だ。

 そう簡単に突破されるわけには行かない。


 ――今更だがこの世界で超能力を使って水を生み出す方法は前の世界より力を消費しない。

 物体引寄(アポーツ)で他所から引き寄せる必要がないからだ。

 欲しいだけの水をイメージした巨大なバケツに注ぎこむ。

 この世界では全ての物質がエーテルと共にある。

 俺は普通の魔導師が精霊(エレメンタル)を使役する段階を抜かして、直接エーテルを魔法に変換出来る。

 超能力はその銃爪(トリガー)だ。

 水のエーテルに照準を合わせて引き金を引くと、イメージした分だけ水が湧き出す。

 科学的な意味で空気中の水分(H2O)を集めているわけではないのだろうが、蛇口を捻るのに近い。

 バケツが一杯になったら栓を閉めて目標にぶち撒けるのだ。

 やり過ぎると俺の超能力ゲージが空になってぶっ倒れることになる。


 盗賊どもに念動力(サイキック)で対抗すること考えると、消火にばかり力を使うわけには行かなかった。

 村人には申し訳ないが、消火は可能な限り出来る範囲でしか行えない。

 何度でも言うが家は立て直せても人は生き返らないのだ。


 壁伝いに入り口まで来ても、教会以外の村人には出会わなかった。

 やはり、男達は村の外で盗賊に応戦しているのだろう。

 俺は普段は厳重に締まっている村の扉を押し開いて外に出た。

 藪を模して作られた門から身を隠すように滑り出ると周囲に意識を飛ばす。

 防護壁越しに火事の騒音がバチバチと響く。

 村の周辺の木々は防護壁の上から漏れる炎の明かりによって赤く照らされていたが、村から離れるに従ってそれらは次第に暗闇に溶けこんでいった。


 長毛族は猫や犬の姿に似ているだけに、視覚や聴覚に優れている種族が多い。

 優れていると言っても本物の猫や犬並の視覚、聴覚を持ち合わせているわけではないらしい。

 前の世界で人間が猿やチンパンジー並の握力を持っていなかったのと同じことだ。

 何事も使わなければ減退する。

 世代を重ねれば退化する。

 どちらにせよ、暗闇は俺にとって不利に働く。

 

 俺は村のすぐ近くには敵も味方もいないと考えて移動を開始した。

 もし目の前に敵がいるのならば入り口での攻防やその痕跡があってもおかしくないからだ。

 見渡した範囲においてそれがない。

 しかし、これだけの煌々とした目印に照らされている以上、村の位置は森の外から見えていても不思議ではない。

 森の中ならば尚更である。

 村の男達が足止めをしているから、盗賊が近づけていないだけのことだ。

 

 聴覚に神経を集中する。

 森全体の音を聴くイメージ。

 遠隔聴(リモート・ヒアリング)の可聴範囲を拡散させる。

 森は広く、木々は遠くの音を消してしまう。

 

 ――轟々とした火事の音。

 ――ガサガサと木々が風に揺れる音。

 ――ギャーギャーと動物の騒ぐ声。

 ――タンッタンッタンッ、連発する射撃音。

 こっちだ。


 距離にして五〇〇メートルも離れていない。

 瞬間移動(テレポーテーション)は使わない方がいいだろう。

 飛んだ目の前に敵がいたら即死確定だ。

 遠隔聴(リモート・ヒアリング)を全開にして走る。

 

 道無き道を周囲に警戒しながら慎重に移動する。

 足元は下草や倒木があってまともに移動することすらままならない。

 周囲は暗い。

 右手に念動力(サイキック)のエネルギーを溜めておく。

 ここからは何があっても不思議ではない。

 と、遠目に銃のマズルフラッシュが見えた。

 続いて銃声。

 その後、銃声が連続する。

 散発的な銃声の後、森は再び静寂に戻った。

 接近戦にはまだなっていないのか。

 盗賊も損耗を恐れて膠着状態になっているのかもしれない。

 奴らも単なる脳筋じゃないのだろうか。


 早くレオに合流しければ――と思った瞬間、目の前に何かが迫ってきた。

 ギリギリで躱すと背中から地面に倒れ込んだ。

 足場が悪く下手をすると、身を伏せた拍子に落ちている木や石の先端が身体に刺さって怪我を負いかねない。

 と、その上に何かが覆い被さって来た。

 喉元に腕を押し込んでワンハンドチョーク気味に俺の動きを封じてくる。

 

(しまった、待ち伏せ!)


 熊族のような連中がそんな事をするとは全く想定していなかった。

 火矢を使ったり、待ち伏せしたり奴らの盗賊スキルは予想以上に高い。

 こうやって村の男達も各個撃破されているのではないだろうか。


(ヤバイ、脳に血が……)


 落ちそうになる寸前、光る眼が俺を睨みつけた。

 鋭い眼差しが闇夜に浮かぶ。

 と、俺の喉元に押し当てられていた腕がスルリと抜けた。

 同時に口を塞がれ、光る目が接近する。

 

(や、襲われっ!こんなところでッ!)


 頭がパニックになってワケの分からないイメージが交錯する。


「おめぇ、レオんとこの小僧じゃねぇか、なんでここにいる?」


 荒い息遣いで生暖かい吐息が顔に掛かる。

 俺の耳元で囁かれた密やかな声の主は牧童見習いに手解きをしてくれたじい様のものだった。

 再び俺の眼がじい様の光る眼を捉える。

 見つめ合う二人……じゃなくて、ようやく村の男達に合流できたのだ。


「村が襲われてるのを聞いて戻ってきた。状況はどうなってる?」


 俺の答えにじい様の眼が見開かれた後、針の様に細まる。

 訝しげに俺を睨めつける。


「……ハンス達がそんなん早く本家に着けるワケェねぇぜ?なんでおめぇが知ってる?」


 じい様の中で俺への警戒感が高まる。

 何か疑われるようなことでもしたのだろうか。


「落ち着いて聞いてくれ。彼らは本家のペーター村長に知らせに行っただろ?

 俺はそれを知って魔法を使って村に飛んできた。

 今、こっちに本家の駐屯兵達も向かっている。

 あんた達を援護しに来た、現状がどうなっているのか教えてくれ」

「……おめぇの魔法が滅茶苦茶だってぇのはレネから聞いてる。

 だけぇが、俺達が村を出てから村に火ぃ着いたみてぇじゃねぇか。

 あれは誰がやりやがった?

 ……わかった、俺達は熊共が森に入ったってぇ聞いて待ち伏せだぁ。

 鉄砲でどんだけ仕留められるかもわかんねぇ。

 やつら一〇や二〇じゃねぇかもしれん」


 じい様は俺の魔法に関してレネに聞いていたらしい。

 レオたちはゲリラ戦で盗賊を足止めさせるつもりだったようだが、それにしても女子供を逃していなければいずれ村にまで攻めこまれてしまう。

 このままではいけない。


「じいさん、村に残った人たちは逃さないとマズイ。

 あんたらが仲間とどうやって連絡取るつもりだったか教えてくれ

 このままじゃジリ貧だ」


 俺はまずレオとこの後どうするのか話を聞かなければならない。

 俺の超能力で盗賊に攻撃するにも、村の男達を巻き込むわけには行かない。


「なにぃ言ってんだ。女子供ぉは村から逃げるようにしたはずだぜぇ?」


 じい様がおかしなことを言う。

 確かに逃がした方がいいに決まってるが、教会にいたおばさんはレオに教会に集まれと言われたといった。

 いや、誰かに立て篭もるように言われたとかだったか。

 どこかで情報の行き違いがあったのだ。


「俺はさっき村で女子供が教会にいるのを見た。

 すまないが、じいさんはそっちに行って彼女らを逃がすように先導して欲しい。

 あと、レオ達とのどうやって連絡を付ける手筈だったのか教えてくれ」

「わ、わかった。おめぇの魔法で熊共ぉぶっ殺してやれ」


 じい様は俺に仲間内で使う符丁と緊急時の集合場所を教えてくれた。

 彼が村に戻っていくのを見送って俺は符丁を使う。

 近くの木の幹を手近な石で叩く。

 コーン、コーン、コンコンコン――


 何度か繰り返すと他からも同様の音が帰って来た。

 輪唱的に音が谺する。

 村の男達が俺の符丁を真似してレオの許まで届けてくれるのだ。

 符丁と言ってもそんなに複雑なものが必要なわけではない。

 攻撃と撤退、集合くらいしかないのだ。

 俺の使った符丁はレオを集合場所に呼ぶものだ。

 当然、盗賊にも音は聞こえるが内容はわからないしゲリラ的に銃撃を行っている以上、簡単に攻め入るわけにも行くまい。


 俺はじい様に言われた通り、村の入り口に続く獣道の途中、道を塞ぐ場所でレオを待った。

 森の中には馬車の通れるような広い道と、人が通れるだけの獣道がある。

 広い道は曲がりくねっていて簡単に村へ向かうことは出来ないし、幾つか関所がある。

 ここも倒木を出来るだけ自然に積み上げて、部外者が村への侵入しないように関所を作ってあった。

 非常時に備えて迂回しないと進めないようにと意図的に作ってある。

 間違って森に入ってきた部外者は、ここを迂回すると他の道につながり森の外へ出て行くことになる。

 今は村へとつながる道も倒木で塞いであるようだった。


 ほとんど待つ間もなくレオが俺のいる関所までやって来た。

 身体には木の枝や蔦を巻きつけてまるでギリースーツを装備しているように見える。

 身体の動きから怪我をしているようには感じられなかった。


「アラタ!何故ここにいる。本家の村はどうした。シルビアとばあさんはどこだ。」


 矢継ぎ早の質問にレオも俺がここいることを不審がっていることが窺える。


「詳しいことは後だ、村が襲撃されてるってい話を聞いて魔法で飛んできた。

 状況はどうなっている?」


 レオは俺がどんな魔法を使うのか身を持って知っているはずだ。

 自分の母親が魔導師なのだからある程度の魔法についても詳しいだろう。

 今は余計な事を言っている時間がない。


「なるほど、ハンス達が間に合ったということだな。

 熊族達が村に襲撃をすることに気が付いてたのは単なる偶然だ。

 俺達が狩猟の帰りに近くの森を進む奴らを見つけた。

 あいつらの住処はここよりもっと東の方だ、狩りに来るにしても時間が遅すぎる。

 しかも二〇人以上が武器を持って俺達の村の方に向かって進んでいた」


 前回の襲撃の事もあるのだろう。

 結局、あの出来事はどのように片を付けたのか聞いていなかったが、元々熊族と猫族(キャット・ピープル)の間にはそれほど交流がないという話だった。

 大方、村のはみ出し者が勝手にやったことにでもなったのだろう。

 そういった場合、普通は村の代表者が何らかの賠償をするような気もするが、この世界でどうやって手打ちにしたのだろうか。

 下手をするとその時のレオ達の対応が今回の引き金になったわけじゃないだろうか。

 種族が違えば文化が異なる。

 文化が違えばちょっとしたことで相手のプライドを刺激することもある。


「俺達は連中に先回りして村の女子供を逃がしながらハンス、デニス、マルコの三人に駐屯兵への救援を頼んだ。

 奴らは固まって森に侵入して来た。

 村に一番近い道まで一直線でやって来た。

 俺達は森の入り口付近からあいつらの足止めをしながらバラバラになって銃撃している」

「じゃあ、村の火事は何で起こってるんだ。

 俺が来た時、アンタの家も他の家もみんな火事なってたぞ」

「わからん。俺達が村を出てから突然村の方から火の手が上がった。

 女子供も村から逃したから村には誰もいないはずだったんだが」


 レオが困惑の表情を浮かべている。

 現時点でも村は燃えているし、盗賊たちは村に迫ってきているのだ。

 何が起こっているのかわからないのはレオも同じかもしれない。


「それに、女子供を逃したっていうが、教会に立て籠もってるおばさんたちは何なんだ?

 アンタの指示で教会に集まったと言ってたぞ?」


 レオの表情が困惑から驚愕に変わる。


「なんだって!どういうことだ。

 そんな指示は出してない。

 俺は教会に彼女たちを集めたが、村の裏口から逃したはずだ」

「わからんがとにかく村は火事になってるし、女子供も村の中だ。

 何とかしないといけない、あんたの指示が欲しい。

 俺にも考えがある」


 時折、銃声が響いてくる。

 一発の銃声が鳴ると応戦するように何発もの銃声が重なる。

 盗賊達は夜陰に紛れて襲撃するつもりだったのだろうが、どうやって火をつけたのか。

 別働隊が村にいるようには見えなかった。

 そんなものがいるのであれば、村の中で俺と鉢合わせになっているはずだ。


「熊族達がこのまま村を襲って来れば対抗のしようがない。

 俺は女子供を逃した後に、可能な限り粘って村を明け渡すつもりでいた。

 奴らが実力行使に出たら戦えるはずがない。

 そんな準備などしていない」


 レオの眼には諦めが見える。

 この村は今までずっと平和だったのだ。

 他の種族が村を襲撃するなどということはずっと行われてこなかったのだ。

 お互いに相手を刺激しないような距離で平穏に暮らしてきた彼らに、隣人が突然牙を向いてきたのであれば逃げるよりほかない。

 彼らは戦うことに慣れていない。

 俺と同じだ。


「――俺に案がある。

 こうなったら連中に痛い目に合ってもらうしかない。

 俺の魔法を使えばあの時のように撃退出来るはずだ。

 ただ、村の男達を巻き込むわけには行かない。

 一旦、彼らを集めて欲しい。

 それと、火事を早急に何とかして女子供を逃してやってくれ」


 レオが俺の目を見据える。

 一瞬、酷く居た堪れなさそうな顔をして目を瞑り、そして何度か首を振る。

 再び見開かれた彼の目には決意の色が宿っていた。


「わかった、方法は任せる。それでいこう。

 俺は村人を守る義務がある。

 男達を集めて女子供を逃がす。

 何人か残す、連中に目に物見せてやれ!」


 彼は優しい男なのだろう。

 そう言えば、レオが幌馬車を襲撃した連中のために近くに墓を作ってやっていたとシルビアが文句を言っていた事を思い出した。

 自分達を殺そうとした相手の墓なんて作ってやる必要なんかないニャ!と憤っていた。


「いや、済まないがあんたは残って欲しい。

 連中が村を襲うつもりなのは間違いないだろうが、何の前振りもなくいきなり俺が特大の魔法をぶっ放したんじゃさすがに後味が悪い。

 今更かも知れないがあんたから連中に説得できるかどうか話掛けて欲しい」


 こんなことは無駄なのかも知れないが、盗賊の言い分を全く聞かずに全滅させるわけにも行かないだろう。

 多分、俺の全力を使えば固まっている二三〇人の半分は跡形も無くなるはずだ。

 俺も覚悟を決めなければならない。

 出来ればそんなことはしたくない。


「わかった、村の方は誰かに任せる。

 まずは全員を集めよう」


 レオは先ほどと違う符丁で村の男達を集合場所に呼び戻し、レオを含めた四人だけを残して村に向かわせた。

 熊族達はその動きに気づいたのか速度を上げて村に向かっているようだった。

 符丁の音をこれだけ響かせているのに自分たちに対して攻撃がないのであれば、相手は撤退したと考えたのだ。

 もう奴らは目の前にいる――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ