第十七話・絶叫
どうやら伝令兵はこの村の兵舎からやって来ていた。
どれくらい離れているか知らないが、村の兵舎からレネの家まで鎧を着けたまま全力疾走だ。
メイドが玄関の扉を開けると、肩で息をしながら胸を叩く敬礼をする。
「私はアルベルト・ハルトマン一等兵です。
ジェームス・グレゴリー兵長がこちらにいらっしゃると聞いております。
大至急、ご報告したいことがありますので、お呼び出し願えますでしょうか」
ハルトマン一等兵の声が居間まで響いた。
伝令兵は声が大きいことが大事なんだろうな。
何か一刻を争うような事態が起きたのか。
グレゴリー兵長は煩そうに玄関を眺めやると、「ちょっと失礼」と立ち上がり、ハルトマン一等兵の許に向かった。
目線を受けた、ガイア(仮)も一緒に付いて行く。
副隊長なのだろうか。
オルテガ(仮)、マッシュ(仮)は相変わらず直立不動だ。
ハルトマン一等兵が俺達に聞こえないよう、声のトーンを落として報告する。
俺の位置からでは表情までは分からないが、相当良くないことが起こってるらしいことは身体の動きから見て取れた。
「……なんだって!で状況は?
……分かった。俺達もすぐに出動する。
…………そんなもの全員だ、全員!準備ができたらすぐ出る。行け!」
話の途中からグレゴリー兵長の態度が急変した。
俺達と話をしている時の口調と違って、まさに働く隊長といったところだ。
伝令兵との話を打ち切り、彼の肩を叩いて再び走らせた。
踵を返して戻ってくるグレゴリー兵長の表情は渋い。
眉間の縦皺が事態の深刻さを物語っている。
「申し訳ありません、緊急事態です。我々も出動することになります。
シルビアさん、お話はまたの機会ということにして下さい。
お前ら、すぐここに馬が来る。説明は道中で行うからすぐに準備しろ」
後半は三人の部下への指示だった。
三人が「ハッ!」と敬礼して早々に家から出て行った。
グレゴリー兵長は兜を手に取ると、レネの方に向き直る。
表情が一層硬くなる。
「お騒がせして申し訳ありません。これから出動することになりました。
ドールマンさん、クロキさん、それでは失礼します」
「そんな急がなきゃならいような事が、何かあったのかい?」
「……どうやら、村が襲撃を受けたようです」
レネが目を見開いて驚く。
「!?村ってどこの村なんだい!」
「……レオ・ドールマンの村と聞いています。詳細は分かっていません。
先ほど、この村にレオ・ドールマンの村の住人が駆け込んできて、「村が襲われている」と報告が入りました」
「!!それで?」
「我々も早急にレオ・ドールマンの村に向かいます。
住人の方は村長の家で介抱されているとのことです。……失礼します」
グレゴリー兵長は敬礼を一つすると、家から出て行った。
外には既に馬が到着しつつあるようだ。
駐屯兵全員でレオ・ドールマンの村に急行するのだという。
「レネ!どういうことだ。
村が襲撃されるってのはよくあることなのか?」
少なくとも俺が居た半年の間にはそんな事は一度もなかった。
レオの村は森の中に隠れているし、それなりに自己防衛も備えてある。
そもそも誰が村を襲撃するのか。
「村が襲撃に会うなんてもう何十年も聞いたことないね、
今は戦争中じゃないんだよ。この間の盗賊だって何年振りだったんだ。
そんなことより、ペーターの所に行くよ」
「お父さんは大丈夫かニャ!?」
「レオの事だ。そんな簡単にやられるタマじゃないよ。
まず何が起こったか聞かなきゃならんさね」
俺達は取るものも取り敢えず、村長の家に向かった。
村長の家の前には人集りが出来ていた。
ぐったりと頭を下げている二頭の馬が放置され、ドールマンの村の住人が何人か玄関先で野次馬になっている。
彼らを避けて家に入る。
「ペーター!一体、どうなってんだい!!」
家の中では男が二人、寝かされたまま村長の奥さんに手当を受けていた。
見たところ怪我はしていないようだが、二人共に息も絶え絶えといったところだ。
「姉さんか、兵長から知らせが行ったか。
レオの村が熊族の集団に襲われたと、この二人が知らせてくれた。
レオや村の男達が応戦しているということだ。
この二人は連中が来る前に隙を見て村を抜けだしたという話だから、すぐに村が襲われたわけじゃないらしい」
「違う……ハンスも一緒だったんだ、アイツは……森のどっかでやられちまった」
二人のうち、やや若く見える方が口を開いた。
名前はなんだったか覚えていない。
レオと狩猟にいくメンバーの一人だ。
よく見ると、荒い呼吸をしているもう一人も見かける顔だった。
どちらもあまり面識はない。
三人で出たのに、森を抜ける前に一人やられたということか。
レネもシルビアも言葉を喪う。
俺は村長の言葉を聞いて、半年前の事を思い出した。
あの時の盗賊も熊族だった。
あの連中が村を見つけ出して襲撃したのだろうか。
森の何処かでということは、彼らが出てきた時にはまだ村の位置は見つけられていない可能性がある。
あの村は広大の森の中にひっそりと作られているのだから。
森から出てしまったら、俺だって迷う自信がある。
村の男達と言っても村には年寄りと子供ばかりだ。
村にまで来られたらひとたまりもない。
「村長、俺が行ってきます!」
村長が俺を見据えて首を振る。
「行くったって、馬がないだろう。
こういう時のために駐屯兵がいるんだ。
荒事は専門家に任せた方がいい。
村の事は心配だろうが、闇雲に動けばいいってものじゃない」
「いや、俺ならすぐにでも行けます。
シルビアの事を頼みます」
あの時の暴力がレオの村で振るわれたらと思うと俺は居ても立っても居られなかった。
すぐさま瞬間転移しなければと思うと気が逸る。
イメージだ、レオの村のイメージ。
距離は二〇キロもない。
森の中にある村のイメージ。
失敗は許されない――。
《瞬間転移》
「何を言って――」
村長の言葉が途切れた。
村長達の驚いた顔が網膜に残った。
レネやシルビアの前で瞬間転移を使ったのは初めてだったな。
帰って来たら二人がなんていうだろうか。
それを聞くためには……生きて帰るんだ。