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もし、俺の超能力が異世界最強だった場合。  作者: 鶉野たまご
『第一章:青い炎と赤い森』
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第十六話・赤い角の男

 グレゴリー兵長は慇懃無礼な男だ。

 顔の印象はネズミっぽい。

 刈り上げたダークブラウンの髪に鳶色の瞳、閉じた口から僅かに覗く前歯、大きめの耳。

 あまり愛嬌のある顔ではない。

 身体は大きく、身長は百八十センチはあるだろう。

 厚い胸板を分厚そうな鎧の奥に押し込んでいる。

 彼は人族だった。

 デカくて残忍そうな人族のネズミ。

 窮まらなくても猫に噛み付きそうな薄笑いが印象的だ。

 悪い意味でな。


「そっちのお人がアラタ・クロキさん。

 村長の仰ってた最近降ってきたローバーですね。

 初めまして。あたしがこの村の駐屯兵長を務めさせてもらってます、ジェームス・グレゴリーってもんです」


 グレゴリーは自分の右手で胸板の真ん中をドンッと叩いて挨拶をした。

 これがこの国の軍隊式敬礼なのだろう。

 "任せとけ"みたいな感じだが、心臓を捧げよ式に見えなくもない。

 まあ、同じような意味があるのだろう。


「ああ、あなたがグレゴリーさん。

 優秀な兵長さんだって、噂は兼ね兼ね聞いてます。俺はアラタ・クロキ。

 レネーさんもこう言ってるし、御役目ご苦労さん。

 今日はもうおやすみなさい」


 ローバーは降ってきたって言い方をするんだな、と思いながらソファに座ったまま適当な挨拶をしてやった。

 態々夜遅くにやって来て他人の都合を考えずに自分の仕事を全うするような、こういう手合はしつこくて鬱陶しい奴が多い。

 慇懃無礼には慇懃無礼で返すのが俺のジャスティスだ。

 俺の語学力で嫌味な感じが出ているだろうか。

 まあ、通じてなければただの敬語なんだが。


「おや、ローバーってのは耳聡いんですかな。

 どんな噂か知りませんが、ご承知していらっしゃるんだったら話は早い。

 こんな時間にちょいと申し訳ありませんが、我が兵舎までお付き合い頂けませんかね」


 もう帰れって言葉は聞こえていなようだ。

 悪いがこんな時間になってから、むさ苦しい兵隊に付き合ってやるような趣味はない。

 兵舎に行ったところで今日までの経緯を根掘り葉掘り聴取されるだけだろう。

 そんなどうでもいいことはなるべく後にして欲しい。

 今日はこの後、シルビアとイチャイチャしなければならない。

 俺にはその義務があるんだ。

 俺は忙しい!


「いやいや、今日はもう遅いですよ。

 兵隊さん達もお忙しいでしょうから俺なんか放っといて下さい。

 詳しくは知りませんが、ローバー出現はまず領主様に報告しなきゃでしょ?

 まさか、領主様の所有物であるところのローバーを勝手に捕まえてもいい権限なんて……持ってないですよね?」

「……それは、まぁそうですかな。しかしあなたは半年も――」

「それは領主様が決める事だと思いますけど?」


 グレゴリー兵長の言葉を遮って、ローバーは領主の物ということを繰り返し念押しする。

 兵隊のような体育会系は上司や権力に弱いものだ。

 兵長ってのはたしか兵隊のボスくらいの立場で、下士官でもなかったはずだ。

 部下だって五六人がいいとこだろう。

 クラスの班長みたいなもんだ。

 だったら、ローバーなんて何十年に一人しか出ないものの知識なんてあるはずない。

 領主の許可もなく勝手なことをしたら怒られるのは目に見えてる。


「他に用がないんなら、今日はもう帰ってもらってもいいかい?

 あたしも歳でのね、そろそろ眠くなって来たんだよ」


 レネが俺の言葉に畳み掛ける。

 そもそもレネは村長の姉で、今は知らないが国王付きの魔導師だったのだ。

 もう少し厚遇されてもバチは当たらなんじゃないだろうか。

 それともジョージ様に何かやらかしたのか?

 関係を強要したとか。

 ジョージ様はケモノスキーじゃなかったとか。

 ダメだ頭のお花畑が満開になっている。

 もう夜だし、大人の時間だ。

 しょうがないよね?


「いやぁ、そうもいかんのですよ。

 まぁ、クロキさんのことは確かに仰るとおりなので、今日の所は無理に兵舎にお連れすることもありませんかね。

 今日こちらに来たばかりということですしね。

 でも、あたしはこの村だけじゃなくてドールマンさんの村全体を任されてますんでね。

 せっかくなんで、レオ・ドールマンさんの村の報告もしていただきませんとね」


 グレゴリー兵長はそう言いながらこちらに来ると、レネの許しも得ずに俺達のいるソファに腰掛けた。

 三人掛けのソファの端に大男が鎧のまま座れば当然、窮屈になる。

 ソファの真ん中に座っていたシルビアが思わず俺の方に身体を密着させる。

 おうシルビア、お客さんの前で随分大胆だな。


「と言うわけで、シルビアさん。最近の村の調子はどうですかい?」


 赤い角のついた兜を脱いでテーブルに載せると、グレゴリー兵長がシルビアに舐めるような視線を向けた。

 ついでとばかりに俺に敵意の篭った視線を突き刺す。

 男の嫉妬とか受けたことないんだから止めてくださいよ。

 こいつ、態々シルビアの隣に座ったんだよな。

 俺達の目の前に空っぽのソファのがもう一脚あるのに目もくれなかったもんな。

 シルビアがドールマンの村に来たくなかった理由って、多分こいつなんだろな。


「あたしじゃニャくて、おばあちゃんに聞いたらどうニャのよ」


 シルビアの素っ気ない態度を見るに、当たり(・・・)だ。


「そういうわけにもいかんのですよ。

 ドールマンさんはこの村の住人ですんでね。

 レオ・ドールマンさんの村の実情ってのは住人の方でないとわかりません。

 いつもはお父さんが簡潔に教えて下さいますがね、たまにはシルビアさんからも聞かせてくれませんかね」


 身を乗り出して、今にも肩に手を回しそうな勢いだ。

 これって立派なセクハラじゃないの。

 レネも苦り切った表情をしている。

 来る時の馬車では構ってやらなきゃとか言ってたはずだが、この二人を積極的に応援するつもりもないのだろう。

 俺に対して白衣の天使宜しく、甲斐甲斐しくしているシルビアを半年も見守ってたわけだしな。

 居酒屋の看板娘が常連に絡まれてるみたいなもんか。

 はっきり言って不快だが、村を守ってくれる兵隊さんを蔑ろにするわけにもいくまい。

 程々に愛想を振りまいておかないと嫌がらせをされるのだろう。

 村長が困るのだ。


 こんなグレゴリー兵長のセクハラ行為を目の前に、居間の入り口に整列した兵隊達は身動ぎひとつしない。

 名前も名乗らないから、ガイア(仮)、オルテガ(仮)、マッシュ(仮)にしておこう。

 三人共こんなのはいつものことだとでも思っているのか。

 こんなことばかりしているから、へなちょこのチキン野郎呼ばわりされるんだよ。

 へっぽこだったか?


「調子って言われても、いつもと変わらニャいよ。

 今のところ、子供の生まれそうな家はニャいし、家畜に大きな病気もニャいよ。

 そう言えば、今年の冬はそんニャに厳しくニャかったのに、お父さんが鹿とか猪が捕れにくくニャったとか言ってたかニャ?」

「そうそう、そういうことですよ。

 さすがはシルビアさんですね。

 獣が捕れにくいってことは何か森で変化があったかも知れませんね。

 今度、村にに行った折に調べなきゃならないかも知れませんからね。

 とても有意義な情報です。

 もっと色々教えて下さい」


 あからさまなヨイショを聞くとゲンナリする。

 こいつ、話の内容なんてどうでもいいんじゃないのか?

 キャバクラの客みたいなもんだ。

 キャバ嬢ってのは確か、客の方が接待してやらないといけないんじゃなかったか?

 客が金を払って嬢を接待するなんて、不思議な商売だと思ったもんだ。

 残念ながら行ったことはなかったけどな。


 シルビアがグレゴリー兵長の相手を始めてしばらくすると、家の外が少し騒がしくなった。

 こんな夜に何頭か馬の駆け抜けていく蹄の音が聞こえた。


「……ということなんですよ、――で、ですね……」 


 一瞬、グレゴリー兵長が外の音に気を取られる。

 三人の兵隊と目配せするのを見逃さなかった。

 兵隊達はほとんど目線も動かさない。

 シルビアはグレゴリー兵長の長広舌に飽きているのか気にした風もない。

 俺はレネの不審そうな視線にぶつかった。


「……なので、ようやくあたしも伍長に昇進できるってもんです。

 その際には是非ともシルビアさんにもお祝いしていただきたいんですがね」

「その時、この村に来てればね、してあげニャいこともニャいよ」


 伍長というのは一番下の下士官なんだったか?

 兵長ってことは図体の割に二十代前半なんだよな。

 そう言えばシルビアって何歳なんだろうか?

 猫族(キャット・ピープル)の寿命ってのも聞いたことないな。

 レオとはあんまり突っ込んだ話をしたことがなかったし、レネにも聞きそびれていた。


 兵長の話題は尽きない。

 主に自分の自慢話で相手に興味があるかどうかは関係ないらしい。

 一言も発しない三人の兵隊を目の前にして、俺とレネは気まずい時間を過ごしていた。

 こいつら、いい加減帰ってくれないかな。

 そのうち、ドカドカッと今度は誰かが走り抜けるような音が聞こえた。

 なんだか騒がしい夜だな。

 足音は一旦通り抜けた後に戻ってくる。

 その直後、グレゴリー兵長が無遠慮に訪ねて来た時よりさらに激しく扉が打ち叩かれた。


「兵長!報告です!兵長!グレゴリー兵長はいらっしゃいますでしょうか!!」


 扉の向こうから、伝令兵の絶叫が俺たちの耳に届いた。

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