第十五話・マジ☆恋しちゃってるガール
レネの家はドールマンの村にある。
レオの村にもあるが、あれは月に何度か泊まる用の別宅だ。
さすが、元国王様の魔導師。
俺のレネを見る目が大きく変わった。
単なる田舎の魔法使いのばあさんではなかったのだ。
「ところで、国王様ってどんな人なんだ?」
晩御飯の後、レネの家の居間である。
俺と、シルビアが二人仲良くゆったりと長いソファーに腰掛けている。
ほらシルビア、もっと寄りかかってくれていいぞ。
シルビアも満更ではないようだ。
あー、今日はおばあさま公認でしっぽりしてしまうかもな。
ボク、ちょっとドキドキしてきたよ。
レネは所謂、お誕生日席に座ってお茶を飲んでいた。
テーブルにはお茶とお茶うけが並んでいる。
レネの家には住み込みで働いているメイドがいて、テキパキと用意してくれた。
そう言えば、俺はこの国で大切なローバー様なのに村長に晩御飯を招待されなかったな。
やっぱり、無能なローバーに差し上げるご飯はないざます、ってことか、バーロー。
本当のところはレネが前もって村長に何も言わなかったから、向こうも用意できなかったってだけだな。
だよな、ペーター。
そうだと言ってよ、ペーター!
「国王様はそれは優しくて、国民の為を思ってらっしゃるお人だよ。
アンタが思ってるようなローバーを取って食うようなことはしないから安心おし」
ヤベ、口に出てた?
慌てて口元を押さえる俺。
レネがティーカップを戻しながら苦笑した。
「この歳になるとそれくらいのことは読めるようになるんだよ。
アンタみたいに他人の頭の中がわかるワケじゃないよ」
「んニャ!?アラタはあたしの考えてることわかるのかニャ?」
村長の村では退屈そうだったシルビアだが、レネの家では我が家の如く寛いでいた。
それが、今の言葉で俺に寄りかかっていた身体を反応させてまるで猫のように飛び退いた。
いやいや、そんなに超反応しなくてもいいじゃないか、ちょっと傷つくわ。
「ちょ、誤解だってばよ。残念ながら俺はそんな能力ないって」
「本当かい?アンタ、いつだかアンタの魔法について簡単に説明してくれたじゃないか」
そう言えば、魔術機序について講習をしてくれる代わりに超能力の説明をしたことがあった。
基本五項目の簡単な説明だ。
あまり詳しい説明を求められたところで俺は理論を知っているわけではない。
俺は専門家ではなくて、実践家なのだ。
「勘違いしてもらっちゃ―困るが、あれはそういう能力が使える奴がいるって話で、俺が使えるとは一言も言ってないぜ?」
どうやら言い訳に聞こえているらしい。
レネはクスクスと笑っているし、シルビアはこっちも見ないで顔を赤くして俯いていた。
あー、これは精神感応使わなくてもシルビアが何を考えてるのかよく分かるわ。
シルビアってマジで俺の事そんなに想ってくれてたのか?全然実感ないぜ。
マジ☆恋しちゃってるガール、とかどう対応すればいいのかわからんわ。
小町か知恵袋にトピ建てていいですか?
『僕は異世界に来た高一です。僕を好きかも知れない猫娘とどう付き合えばいいですか?』とか。
初めは強くアタックして、後は流れでお願いしますってことにしておこう。
していいのか強引なアタックとか。
あれか、祖母公認か。
って言うか、レネに煙に巻かれた気がするな。
そんなに国王様とかジョージ様の話をするのが嫌か。
俺は仕方なく話の矛先を変えることにした。
どうせこの調子なら、そのうち国王様とやらには会わないとならない。
「おお!アラタよ、ローバーの血を引くものよ!」みたいな事を言うに決まっている。
その時まで楽しみに待っていることにしよう。
「俺はレオの村を出たのは今日が初めてなんだけどな、この村にいる駐屯兵ってのは一体どんな事をしてるんだ?」
駐屯兵の事もレネは好きじゃないようだが、今後国王に会うことを考えるなら、兵隊のことくらい知っておかねばならない。
レネも自分の事より駐屯兵の悪口の方が話し易いだろう。
案の定、この話に乗ってきた。
「駐屯兵ってのは国王様の軍隊から派遣されてくる兵隊さね。
ここらで、連中がいるのはこの村とここから馬車で二日のメルテンスの村くらいかね。
ああ、メルテンスってのもうちと同じ猫族の村だよ、ここいらはうちらが昔から住んでるからね。
街に行くともっと大きな軍隊が駐留してるよ。
バーデンって街が馬車で五日くらいの所にあってね、アタシ達が仕入れをするのは大体そこさ」
「それじゃあ、その兵隊ってのは徴兵したりしてるのか?この村からも兵隊に行ったり」
「志願兵はうちの村かニャも行ってるんニャよ」
「ああ、レオんとこはストックの次男だか三男が去年志願して行ったんだったね。
最近は徴兵制度はやってないね、平和だからさ。
アタシが子供の頃は父さんが兵隊に取られて困ったもんさね、なんとか帰って来てくれたけどね」
どの国も平和だからといって、兵隊を持たないなんて事はしないのだろう。
どこかのように自衛の部隊であって軍隊ではありません、などと宣ってはいられないのだ。
と言っても軍隊って奴の実情は継ぐ家のない次男、三男の就職口になっていたりするもんだが。
「この国の軍隊は国防軍が主体だからね。
辺境に兵隊を配置して周りの国に睨みを利かすのさ」
どうやら国王様は戦争主義ではないようだ、これなら少しは安心だな。
「薙ぎ払えー!どうした化け物!」みたいな事はさせられないで済みそうだ。
で、つまりこの周辺はこの国の辺境ってことになるわけだな。
道理で森と草原ばかりだと思ったぜ。
「まあ、アンタの魔法が知られちまったら、軍隊にでも入れられちまうんじゃ――」
ゴンゴンッ
話の腰を折るように玄関の扉が乱暴にノックされた。
玄関は俺の座っている位置からちょうど視界の内だ。
こんな遅い時間に来客があるのか、とレネの顔色を伺うと不審の色が広がっている。
猫だから夜行性ってわけでも無さそうだ。
まぁ、猫ではないのだが。
メイドがレネに一度目配せをしてから玄関に向かった。
扉越しに誰何するメイド。
客間までは扉の向こうの声は聞こえてこない。
僅かな問答の後、扉を開けて玄関口で用件を尋ねようとしたメイドを押し退けて、男たちが侵入してきた。
赤い角の付いた兜を被った男を先頭に、兵隊と覚しき鎧姿の四人の男たちが客間に踏み込んでくる。
まさか、先頭の奴が三倍のスピードで動くとかいうんじゃあるまいな。
後ろの連中が黒い鎧を着てないことをつい確認してしまった。
「何だい、アンタ達。こんな時間に他人んちにやって来て。
今時の駐屯兵ってのは礼儀も何もあったもんじゃないね」
「そんなこと言わんで下さいよ、ドールマンさん。
こっちだって仕事で来てんですから」
先頭の赤い角兜が答える。
この男がドールマンの村の駐屯兵のボス、ジェームス・グレゴリー兵長だった。