第十四話・ほら?
「何で半年も経ってから知らせに来るんだ。
姉さんは今までだって何度もレオの村に行ってたじゃないか」
ドールマンの村の村長は三毛猫の猫族である。
名前はペートルス・ドールマン、愛称はペーターだ。
チョッキにシャツを着た長身痩躯は、村長というより学級委員長か病院の事務長と言った風情で、真面目かつ神経質に見える。
生徒会長って言うと一番上の兄を思い出して、俺の中で印象最悪になるからやめておこう。
食いしん坊なヤギ飼いの小僧でもない。
顔はどちらかというと猫顔だろうか。
そうすると、シルビアは母親の遺伝で猫っぽくないのかもしれない。
そのうち、聞いてみることにしよう。
「ほらな……?」
俺は目の前に座るペーター村長を一瞥した後、隣に並ぶレネとシルビアを見て肩を竦めた。
ここは村長の家の客室だ。
来客用のテーブルを挟んで俺達三人と村長が対峙して座る。
俺達はドールマンの村に着くとまず幌馬車の商品を下ろし、一息ついてから村長の家を訪ねた。
日はすでにとっぷりと暮れていた。
今日はこのままこの村に泊まりってことだな。
この世界に来て初の外泊だ。
「何がほらなんだい、アラタ。
それよりペーター、アタシは前にレオが襲われた時アンタにキチンと説明したよ。
偶然通りかかった余所者が助けてくれたお陰でレオもシルビアも無事だったって。
その時の余所者がここにいる、このアラタなんだよ」
「そんなこと言ったって、姉さん。
あの時はその余所者とやらがローバーだなんて言わなかったじゃないか。
私だって村長なんだから、ローバーが出現したら報告義務があるんだぞ?
いくら兵長が新任の若造だからって黙ってて良い事と悪い事がある!」
「姉さん、事件です!」と村長は言いたいらしい。
この村には駐屯兵がいて、ボスの兵長はこの村一帯で起こったことを領主に報告するのが義務になっているらしい。
田舎で駐屯兵の規模が小さいからなのか、ボスの階級は兵長だった。
話の流れ的に立体機動を使いこなす腕前はなさそうだ。
「どうせあんなへっぽこ連中なんか、何にもしちゃくれないんだ。黙っときゃいいんだよ。
アンタだってアラタ見てローバーだなんてわからないだろ?」
「だからそういう問題じゃないって言ってるじゃないか。バレたら私の立場がないことぐらいわかるだろう。
昔、ローバーが暴走して遠くの国が大変なことになったって教えてくれたのは姉さん、アンタだ」
「そんなことは忘れたね。ここの前のローバーだって、大したことしなかったじゃないか。
ローバーだって人間なんだから、少しくらいこの世界の常識を知ってからの方がいいんだよ」
レネはどうやら、この国のローバーの扱い方が気に入らないみたいだ。
確かに、突然言葉も通じないような異世界に迷い込んだ途端、やれ領主様の所有物だの、やれ国王様に献上だのと言われても混乱するばかりだ。
俺は収穫物じゃねえ。
レネの言う通り、こちらの世界の常識ってものを少しは教えて貰ってから社交デビューした方がすんなり行くってもんだ。
転ばぬ先の杖。
ローバー教育は大切にしよう。
「前のローバーって……、ジョージ様のお陰でこの国の工業が大きく発展したんじゃないか。
姉さんがジョージ様を不憫に思うのは勝手だけど、だからってローバーを報告しないままってのはやり過ぎだ」
村長が勢い余ってテーブルをドンッと叩く。
相当ヒートアップしている。
俺とシルビアがビクリと身体を揺らす。
シルビアはここに来てから黙ったままだ。
ひょっとして前回の仕入れの病欠を怒られると思っているのかも知れない。
仮病でバックレだったしな。
怒られた後で俺が慰めてやるっていう流れがベストだろうか。
俺を看病してくれたお礼だ。
ギブアンドテイクってことで。
「えっと、前のローバーっていう、その……ジョージ様って人は何者なんすか?」
シルビアの事はいいとして、このままでは姉弟喧嘩に発展しかねないので割って入ることにした。
俺の前任者?ってのも聞き捨てならない。
村長は片眉を上げて俺を見やると、首だけでレネを指し示した。
「知りたかったら姉さんに聞けばいいだろ。
この人は国王様の城でジョージ様を補佐してたんだからな」
そんなことは初耳だった。
レネは城で働いてたことがあるのか。
それって結構有能な魔導師ってことなんじゃないのか。
そもそも、ローバーってのはなんでこんなに大切にされているんだ?
やっぱり、俺みたいに超能力を持ってるような奴がやって来るからか?
レオの村の連中はあんまり気にしてる感じがなかったけど。
「どうなんだ、レネ?ジョージ様ってのは何者なんだ?」
「アラタには関係ないことだよ。
ジョージ様は大人しい方だったんだ。
もう少しアタシが気を遣ってやれれば、もっと色々な所に連れて行ってやれたんだ。
今思うと、可哀想な事をしたもんだよ。
ペーター、アンタだって随分と懐いていたじゃないか」
レネはプンスカして、詳しく説明する気がないらしい。
オーケイ、そうだろうと思った。
じゃなきゃ、今までに幾らだって教えてくれる時間はあったはずだもんな。
なんかこう、レネとジョージ様の間でロマンチックなあれやこれやがあったに違いない。
ニヤニヤした視線を向けると、
「なんだいアラタ、気持ち悪いね」
と言われてへこんだ。
俺がせっかく空気を読んで話の方向を変えてやったというのにこの仕打はなんなの?
むしろ、感謝して欲しいくらいだ。
少しは場の空気が大人しくなると、村長は軽く咳払いをして居住まいを正した。
「……ところで、アラタ・クロキと言ったか。キミは何が出来るんだい?」
「ほら、な……?」
俺はシルビアに向かってもう一回肩を竦めた。
彼女は俺を見て首を傾げる。
「だから、ニャにがほらなのよ」
「絶対、こういうこと言われると思ったってこと。
悪いけど、俺は何も出来ないっすよ」
俺は考えていた通りのセリフを答えた。
魔法が使えるなんて言ったら、きっとすぐにでも兵長に報告されて国王様の手篭めにされてしまうのだ。
そんな簡単に貞操をくれてやるつもりはないぜ!
簡単じゃなくても無いぜ!!
「えっ?アラタはあんニャに色んな――」
余計な事を言いそうになったシルビアの口にレネの手が伸びる。
シルビアがモゴモゴ続けたが、何を言っているのかさっぱりわからない。
レネ、さすがよくわかってるな!
ウィンクをしてサムズアップをしようとしたところで、文化が違うかも?と思って止めた。
レネが不審な表情を浮かべる。
村長は一連のやりとりを眺めると深々としたため息を一つ付いて言った。
「なるほどな。キミはなんにもできないんだな?分かった。
兵長にはそう伝えよう。無能なローバーだったため、怪我が完治するまで報告しませんでした、とな」
村長は冷めたお茶を飲み干すと立ち上がった。
さすが、レネの弟、よく分かってらっしゃる。
俺は頭を下げると、レネ達と村長の家を後にした。