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もし、俺の超能力が異世界最強だった場合。  作者: 鶉野たまご
『第一章:青い炎と赤い森』
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第十話・ノット・アメリカン・キャット・ピープル

 ――瞼の向こうが明るい。

 チュンチュンと小鳥の鳴き声がする。

 長閑な気分に包まれて目を覚ました。

 何だか酷い夢を見ていたような気がして目を開けた。


「……知らない天井だ」


 ここは……何処だ?

 そう、たしか夜中の学校の階段から落ちた俺はアメリカ?で鎧?を着た熊?と戦って……??。

 ……夢、だよな?高校はアメリカじゃないし、熊は鎧を着たりしない。

 布団を跳ね除けようとして動いた背中に激痛が走る。


「ぎゃあぁぁッ!」


 自分でも驚くほどの叫び声が出た。

 背骨が折れてるんじゃないかと思うような痛みだ。

 のたうち回ることすら出来ない。

 呼吸が出来ない。

 ベッドから動けず、布団の端を噛んでじっと痛みに耐えた。

 そのうち、パタパタと足音が聞こえてきた。

 誰か知らないがここの住人だろう。

 ベッドがあるということは人が住んでるってことでここは誰かの家だってことだ。

 オーケイ、背中は痛いが頭は大丈夫だ。


「――!――、――!!」


 ドアの向こうから女の声が聞こえる。

 多分、英語で何かしゃべっている。

 やっぱりここはアメリカか。

 階段から落ちて気を失っているうちに、アメリカに運び込まれた?

 そんなバカな。

 まさか米軍基地じゃないだろう?

 そりゃあ、米軍基地にアメリカ人はいるが、あんな鎧熊がいるはずない。

 アメリカにはいるのか?いやいない(反語)。

 ハリウッドだって鎧を来た毛むくじゃらはゴリラかオランウータンだ。

 じゃなきゃシロクマだ。

 あれは断じてシロクマじゃない。


 女が部屋に入ってきた。

 逆光で顔がよく見えないが、若そうな女だ。

 茶色のソバージュヘアが揺れている。

 ひょっとして幌馬車に乗っていたあの女だろうか。

 大きな怪我をしているようには見えない。

 身体を張った甲斐があったというものだ。

 肋骨どころか背骨の二三本、折れている自信がある。


「――、―――!」


 何を言っているのかよくわからないが、笑顔が見える。

 そっと手を握られた。

 若い女の子に手を握られるなんて、中学生のキャンプファイヤー以来のことだ。

 俺史上、記念すべき日として書き加えられねばなるまい。

 ピンクの蛍光ペンで"はなまる"だ。

 心臓(ハート)もドキドキだぜってこれは激痛のせいだ。

 俺がダラダラと冷や汗を流す様を見てタオルで顔の汗を拭ってくれる。

 気を使ってくれているのがわかる。

 もう少し寝ていろ、ということか。

 これが誰のベッドか知らないが、助けたお礼に休ませてもらおう。

 痛みが少しずつ治まると共に気を失うように眠りについた。



 ――あれから一ヶ月が経過した。


 俺はついにアメリカに来たのではないことを知った。

 俺がいるこの家の住人はそもそも俺の知っているところの人間ではない。

 耳が付いている。

 いや、人間にも耳は付いているのだが、頭の上にぴんと尖ったモサモサの耳が付いている。

 獣耳を付けた本物の獣人と言ったら良いだろうか。

 猫のような耳をした猫族(キャット・ピープル)だ。

 イメージで言えばミュージカルの『キャッツ』に近い。

 にゃんにゃん喋っているかどうかはわからない。

 彼らはやはり英語で会話をしているからだ。

 俺は失神した際に一緒に回収された英語辞典を使って、何とか会話らしきものを成立させている。

 文字はどうやら俺の知っているアルファベットのそのままではないみたいだし、筆談しようにも識字率が高くないのか彼らもあまり読めていないようだった。

 そう言えばオレはカバンをずっと背負ったまま戦っていたのだ。

 カバンの中に入っていた電子辞書もなんとか無事だった。

 無駄に入っていた辞書や教科書が鎧熊の一撃から少しは守ってくれたのだろうか。

 実は胸ポケットのスマホにライフル弾を食らっていた、ということもなかった。

 ライフル食らったら多分貫通するだろうしな。

 見ず知らずの獣人を助けに行って即死とか洒落にならない。


 もしかして異世界――。

 当初はそんな言葉が頭に浮かんでいた。

 いやいやと頭を振るが、色々な事柄が"もしかして"を全力で肯定していた。


「調子はどうだ?」


 猫っぽさの強い顔をした男が俺の寝ているベッドに座って話しかけてきた。

 顔中ヒゲだらけで実写版のアメコミキャラにこんな奴がいたことを思い出す。

 黄色いタイツじゃない版だ。


「悪く無いです。たまに痛い」


 どうしても片言の会話になってしまうが、意思の疎通が出来るのはありがたい。

 野良犬でも熊でも会話が成立しなければ、ちょっとしたことで喧嘩になってしまう。

 ……控えめに言って喧嘩だ。


 猫族の彼ら――父親の名前はレオ・ドールマン、娘のシルビア――は隣村の親戚を訪ねた帰りだったのだという。

 この辺りでは春に向けて狩猟道具や農耕器具の買い付けを一括して行うため、本家の村とやらへ行った帰りだったそうだ。

 どこかからかその話を嗅ぎつけた熊族(ウェアベア)の盗賊の襲撃を受けたと言うのが、一ヶ月前の出来事だったのだ。

 それなら、金を持っている行きの時を襲うんじゃないのか?と思ったが、そんなこともあるのだろう。

 結局、俺の倒した鎧熊(実際は熊族という獣人の一種)が盗賊の頭だったらしく、生きていた二三人の盗賊はまさに尻尾を巻いて逃げていったというのが事の顛末だ。

 全部で八人の盗賊は半分を失い、頭も粉々になってしまったわけだ。


「あれは運が悪かった。普段、襲われることはない」

「そうなんですか」

「大したことがなくてよかった」

「そうですね……」


(俺は骨折して大したことあったけどな)


 レオはどうやら普段から多くの会話をしない人物のようだった。

 娘とも話をしているのをあまり見たことがなかった。

 その代わり、娘のシルビアは俺が聞き取れもしないのによく喋った。

 俺はベッドから動けないが、食事の時、着替えの時と色々なことを話していた。

 聞き取れない部分は適当に相槌を打ってわかっているふりをした。


 この家にはレオとシルビアの他には家族がいなかった。

 レオの奥さん、シルビアの母親がいないのだ。

 俺が借りているベッドはその母親が使っていたものなのだと思う。

 詳しいことを聞くのが憚られたが、どうやら死別したかなにかのようだった。

 親娘二人暮らしの家に若い男ってどうなんですかね、お義父さん。

 しかもお義父さん、普段は狩猟に出掛けたりして家にいないじゃないですか。


 それはともかく盗賊の襲撃に際して、俺も殺されそうになったし人助けだったけれど、獣の格好をしているとはいえ、結果的に人?を殺したことが精神的に重くのしかかっていた。

 獣人と人間では俺の中で全然別物にしか感じられない。

 それでも毎日会話をして、食事の世話をしてもらい、獣人(かれら)と生活を共にすれば情が湧く。

 襲ってきた盗賊がレオやシルビアのように人間味があったかどうか知る術はないが、人間的だったかも知れないと思うほどに落ち込んだ。

 シルビアとの何気ない会話の折に、この手で人を殺めたのだという実感が俺を襲った。

 昼夜を問わず寝ている時に魘されて、シルビアが懸命に慰めてくれるのがありがたかった。

 こんなにヘコんでなければ押し倒していたかもしれない。

 ちょっとくらい毛深くて顔が濃い目なのは全然問題ない。

 むしろ、美人のヨーロピアンなんてどストライクだ。

 可愛い子猫ちゃんでチェリーボーイを卒業とかソレナンテ・エ・ロゲかよ。

 残念ながら、俺のマグナムは火を吹かなかったが。


 この村は人口五〇人程度の猫族の村だ。

 彼らは森の中を背の高い防護壁で囲って少数の一族で村に住んでいる。

 防護壁も遠くから目立たないように偽装されていた。

 外敵から身を守るため、隠れた場所に村を作っているのだ。

 オレの遠隔視リモート・ビューイングではわからないわけだ。

 隣村とは年に何回か交流して助けあって生きているらしい。

 少しずつ英語での会話が出来るようになってくると、この世界のことも理解し始めていた。

 結論として、ここはやはり俺の知っている地球ではないのだ。

 どこか知らないが異世界なのだ。

 猫や犬、狼や熊が人間のように暮らし、エルフやドワーフと言ったファンタジー世界の住人たちが暮らしているのだという。

 彼らにも村や町、国があり、ここは様々な人種が混在して住んでいるオストシュタットという国なんだとか。

 なんとなくドイツ語っぽい。

 もっとも、村に生活している人々が国について知っていることは少ない。

 村人の生活は村とその周辺でほとんど完結しているし、ほかの地域の情報が入ってくることもない。

 偉そうな兵隊が毎年税金を取りに来るが、今回のように盗賊に襲われても知らん顔。

 近隣の村に駐屯する兵隊に申し出たところで自己責任でなんとかしろとしか言われないのだという。

 税金泥棒もいいところだ。

 しかし、そんな田舎だが住み心地のよい平和な村と、そこに住む心の優しい人々と別れなければならないことをこの時はまだ知らなかった。


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