第一話・人生再スタート
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給 与:日給制・二から三銀貨
雇用形態:日雇
仕事内容:軽作業ほか
募集人員:若干名
そんな求人広告が目に止まった。
異世界に来て二年目の春のこと。
ロクに言葉も通じない人々、殺されそうになった出来事、突然の指名手配。
逃げ出した村、やさぐれた日々……。
俺がここに来てもう二年も経ってしまったことになる。
こんな所に来なければ夢の大学生活に向けてワクワク・ドキドキだったはず。
そりゃあ、少しは灰色の浪人生活の可能性も微粒子レベルで存在したかもしれない。
ところが今では青息吐息の日雇い生活。
お先真っ暗な何処にでもいる街人。
どっちにしたってここの生活よりマシだ。
俺は何時でも思い出す。
ふとした拍子、ちょっとした空白の時間、何気ないタイミングで。
――ここに来たのは何の因果か。アイツのせいか……。
俺は今も鮮明に思い出す。
修了式のあの日、俺の高校は火災に見舞われていた。
――ジリリリリリッ!
火災ベルが鳴った時、最初は誰もがイタズラだと思った。
真っ黒い煙が教室のドアから侵入し始めると、皆は慌てて教室から逃げ出した。
避難訓練なんてものは覚えてない。
混乱。喧騒。そして混沌――。
教師は生徒たちを宥めすかし、教頭は教師たちに怒鳴り散らし、校長は教頭に当たり散らした。
最新鋭の設備、最先端の施設。そのすべてが火の海。
そこは将来の超能力エリートを養成するための高校だった。
日本にも限られた場所にしかない、特別な高校。
その校舎は火災による真っ赤な舌に舐め取られ、無残な黒い残骸と成り果てたのだった。
そして、学校を代表する特進クラス、そのうち何人かの生徒が跡形もなく消え去っていたらしい――。
消火後に行った大規模な捜索でも彼らの姿は杳として知れなかった。
火事の原因も特定できなかったという。
超能力実験の暴走が原因とも噂された――。
俺はこの高校の中でも普通科の一般生徒だった。
能なしと言う意味でははない。
特進クラスから比べればちょっと超能力が足りないだけだ。
俺は実際のところ補欠入学だったわけだが。
だけど火事場では優等生だった。
テレビでよくやるマニュアル通り、煙を吸わないように姿勢は低く、ハンカチを水に濡らしてマスク代わりに。
慌てふためいたクラスメート共に何度も蹴飛ばされ、青あざを作りながらも立派に逃げ果せたもんだ。
なのに右肩に火傷を負っているし、翌日から高熱で何日も寝込んでしまった。
どうせ、学校は消し炭になって授業どころじゃなかったからどうでもいいな。
熱にうかされ寝苦しさに身悶えて、寝返りを打つのが精一杯。
痛みで枕を濡らす日々だったはずだが……。
――気がついた時、俺は真っ黒に燃え尽きた高校の校舎にいた。
最上階の自分の教室は見るも無残な姿を晒している。
(俺はなんで、こんなところに?)
全くワケが分からない。
俺は火傷のせいで自分の部屋のベッドで寝込んでたんじゃなかったか。
誰が好き好んで学校なんかに来るもんか。
服だって寝間着のはず――何故かしっかりと制服を着ていた。
ネクタイだってバッチリだ。
上履きまで履いている。
(……?まさか、俺の頭ってば、熱でおかしくなって?夢遊病にでもなった……とか?
ひょ、ひょっとして……た、種なしにでもなってたらどうしよう!!)
まぁ、そっちに使ったことはねーけどな。
俺のマグナムはシングルプレーオンリーだぜ、ハッハッハッ!
ってほっといてくれ。
そう、俺はあの時学校に忘れたカバンを取りに来ていたのだ。
理由は不明だ。
その時はどうしてもロッカーの忘れ物を取りに行かなければならない、と思ったんだ。
『黒木新』、ネームプレートは煤けていたが、ロッカーに変形もなく中身のカバンも無傷だった。
教室が真っ黒なのにロッカーも中身も不自然なほど何ともない。
あの時の俺はそんなことにも気づかなかった。
入っていたのはいくつかの教科書と英和辞典、電子辞書など――。
目的を達成して、ご機嫌で帰ろうとした俺は真っ黒な廊下を戻って行った。
あの時、超能力を使って懐中電灯でも手に入れていればと思う。
あの頃だってその程度のことは出来た。
それどころかスマホのライトだっていい。
何故、燃え尽きた真夜中の学校を月明かりだけを頼りに戻ろうなどと考えたのか。
熱のせいで恐怖心が麻痺していたとしか思えない。
空には立派な満月が外界を煌々と照らしていた。
ほとんど手探りで暗闇の中を階段までやって来ていた。
火災の炎に拠る熱で手摺は飴細工のように変形している。
その時、まさか突然の立ちくらみ。
右肩に鋭い痛みが走ったかと思った時には視界がグルグルと回り始めていた。
「ちょ、ちょっとちょっと…!!?」
階段を豪快に一歩目から踏み外したところまでは覚えている。
池田屋宜しく背中から転げ落ちていく俺。
火事場でクラスメートから食らった、遠慮のない蹴りより強烈な痛み。
死の恐怖。
――そして……、
『せっかくだからキミはオマケですよー(わらい)』
耳元で囁くような、そして場違いなほど陽気な声。
ゴンッ!!
一際強烈な頭部への痛みと共に視界が真っ白になった――。
「――アンタ、この求人に応募すんのか?」
黒く苦い、想い出にボヤけた焦点が現実に戻ってくる。
黄色く濁った目をした小人族が俺を見上げていた。
職人ギルドのいつもの案内係。
よく酒場で管を巻いてるくせに真面目な仕事ぶりが目障りな働き者だ。
「あっ?ああ……。こいつは誰か応募してんのか?」
日払いで宿付き、日当三銀貨なんて仕事はなかなか見当たらない。
先日まで働いていた教会の修復作業でも宿なし日当一銀貨が精々だ。
この街で人並みに暮らそうとすれば、飯が一日で二〇から三〇銅貨、宿は一泊につき五〇銅貨。
銅貨一枚でだいたい十円くらいの価値と思えばいい。
銅貨一〇〇枚で、銀貨一枚と同価値になり、銅貨二五枚で小銀貨、五〇枚で中銀貨となる。
小銀貨は銀貨四分の一の大きさの銀貨、中銀貨は半分の大きさの銀貨だ。
同じように銀貨一〇〇枚で金貨一枚だが、そんな大金はめったにお目にかかれない。
金貨なんて帯封の付いた札束くらい希少な物だ。
日常生活で見かけるのは一枚で一〇銀貨相当の小金貨がいいとこだ。
日本円にいうところの一万円札が庶民の使う上限の貨幣だ。
無闇に大金を持ち歩いたところで盗まれるか奪われるしかないのだ。
俺のようなその日暮らしには仕舞っておく場所もないしな。
教会から支払われた銀貨だって盗まれないようにするのが大変だった。
太っ腹な教会から人足に支払われた貴重な日当一銀貨なのだ。
神官たちがケチなだけの太い腹じゃないのがありがたかった。
修復が終わるまでの三ヶ月間、豪勢な晩飯にありつけたものだった。
この仕事は軽くその三倍だ。
しかも軽作業などという舐めた仕事内容が書いてある。
軽作業なんて草刈りか荷物運びか、大工の手元くらいの仕事じゃないか。
職人に頼むレベルじゃないってことだろ。
こんな美味しい仕事、競争率がメチャクチャ高くても驚かないぜ。
どこの馬鹿がこんな相場を無視した仕事を発注したのだろう。
「誰か応募ってもな、今朝貼り出したばっかりだし三人くらいか?
雇用主もなんか急いでたみたいだし、昼飯食ったらもう一回ここに来いよ、紹介してやる」
どうやらタイミング良く当たりの仕事を見つけたらしい。
仕事の期間は書いてないが十日も続けたら三〇銀貨だ。
それだけ稼いだら二ヶ月は遊んで暮らせる。
そろそろこの街からもおさらばする時に来たのかもな。
この街に辿り着いた頃は絶望しかなかったが、これからはポジティブシンキングだ。
もう決して後ろは振り返らないぜ。
俺は十八才にして人生を悟ってしまっていた。
最低最悪の人生再スタートを経験したからな。
ただし、あの時俺に『キミはオマケだ』と言ったアイツ……。アイツだけは許さない。
もしここで、この世界で出会うことが出来たなら……ぶん殴るだけじゃ済まさない。
絶対に、絶対にぶっ殺してやる。
もう、絶対にだ。
そう、俺は二年前のあの日、階段から転げ落ちて異世界に紛れ込んでしまったのだった。