カルタゴ帝国奪還作戦 その8
英雄、ついに逝く。
一触即発、村は蹂躙されるのか。
それともライオンマスクを受け継いだジャン達が立ち上がるのか。
それとも・・・・・・。
「クククッ、英雄、ついに逝く・・・・・・か」
静寂の中、マーヴェリック盗賊団のボスの声だけが【バウンディ村】に響く。
村の人達から、よりいっそうすすり泣く声が大きくなる。
「おまえらなんかこわくない!!」
ライオンマスクに助けられたマニッシュが子供ながらに吠える。
「マニッシュ、やめなさい」
マニッシュの母親がマニッシュの口を押さえる。
「何もわかっていないようだな。こちらも仲間の数人がやられた。
この被害について、それ以上の代償を支払ってもらう事になるな」
マーヴェリック盗賊団のボスは悪い笑みを浮かべる。
『よっしゃ、とうとう俺たちの出番だぁ!!!!!』
『目ぼしい食糧や金品強奪したら、次は女だ、可愛がってヤルぜ』
『今夜は賑やかになりそうだな、ええ、おい』
『今日はしこたま飲むぞ!!!!』
『俺はガキで十分だ、女でも男でもどちらでもいいぜ』
『こいつ、相変わらずの雑食だな、がはは』
マーヴェリック盗賊団が各々の欲望を吐いて盛り上がる。
それを聞いた【バウンディ村】の女性達が後ずさる。
「おいおい、もちろんの話だけど、今、この場から誰か1人でも逃げたら、
強制的に略奪を始める。邪魔するものは殺す。
だが、できる限り野暮な事はしたくはない」
マーヴェリック盗賊団のボスの話を聞いて、ザワつく村人達。
「村人ども・・・・うるさい!!!!聞け!!!!!!
この【バウンディ村】を俺達の支配下に置く。
手始めに、今日は食料だけを頂こうか。
文句のある者がいたら、出てこい」
先ほどまでのザワつきがさらに大きくなる。
「アニキ・・・」
グリフォンはジャンの方を見る。
ジャンは無言のまま渋い表情で何かを思案していた。
「これはいけませんね、血の匂いがしてきましたよ」
レオが険しい顔つきで辺りを見渡す。
「アニキ、このままだと村が・・・」
「グリと俺が本気で行けば、敵の戦意喪失まで持っていけるだろうが
こちらの被害も出てしまうだろうな。どう思う、レオ?」
ジャンは思っている事を口にする。
「多分、そうなると思う」
レオも言葉を選んで返答する。
「でも、このままでも、被害は出ますよ。
なら、こちらから仕掛けましょうよ」
グリフォンは戦う覚悟を決めていた。
ジャンは深くため息をついた。
「その選択は果たして最良の一手でしょうか、マーヴェリック盗賊団のヘッドさん」
村人の中から声が上がって、マーヴェリック盗賊団も村人も声の主に振り向いた。
「お・・・おま、ビッグフィッシュ!!」
ヘルムートは、声の主がビッグフィッシュだと知り、軽くフラついた。
ナタリーは呆気に取られて固まっていた。
「なかなか面白い男だったんだな。気に入ったぜ!!ビッグフィッシュ」
ケラケラと笑うクラッシュ。
「これは風向きが変わりましたね、ジャン」
ビッグフィッシュの方を見ながらジャンに希望の到来を告げるレオ。
「ここはお手並みを拝見しよう」
ジャンも同じようにビッグフィッシュの賭けにのる事にした。
「今から何が起こるんすか?」
状況をイマイチ把握できていないグリフォン。
「あれが新参者か」
ナディアは独り言を口にする。
「何が言いたい、そこの金髪トサカ野郎!!」
マーヴェリック盗賊団のボスがビッグフィッシュに向かって叫ぶ。
その反応にビッグフィッシュは笑みがこぼれた。
「おいおい、そんなに熱くならないでほしい。
理由は簡単ですから」
ビッグフィッシュの言葉に、この場にいる全員が無言を持って答える。
「まず、【バウンディ村】に来たマーヴェリック盗賊団の数を100としましょう。
ライオンマスクさんとグリフォンさんの攻撃で6人が行動不能になりました。
しかも、内1人はマーヴェリック盗賊団の力自慢と言われているブルディさんでした。
ブルディさんの体格と力は、
マーヴェリック盗賊団の一般の方に換算すると20人近くに相当すると
思われます」
雄弁に語るビッグフィッシュ。
ふんふんっと頭を上下に振りながら聞く【バウンディ村】の人々と
半ば、面倒くさそうに聞いているマーヴェリック盗賊団。
「グリフォンさんの攻撃の早さからなる戦闘能力については
皆さんご存知の通りですよね。
力自慢のブルディさんを瞬殺しました。
普通に見積もっても、グリフォンさんを行動不能にするには、
1ブルディさんの戦闘力は必要だと思います。
と言う事は、マーヴェリック盗賊団の一般の方から
被害を20人近く出して、グリフォンさんを行動不能にする事に
成功したとしましょう。
さて、ここで問題なのは、グリフォンさんには
兄弟子ジャンさんがいます。
ジャンさんは、ライオンマスクの後継者です。
グリフォンさんと同等クラスの戦闘能力、もしくは
それ以上の強さを保持していると思われます」
流れるように語り続けるビッグフィッシュ。
完全に場の空気を制したのか、やはり、誰も口を挟まなかった。
何よりもマーヴェリック盗賊団の態度が、
先ほどまでの面倒くさそうな態度から一転して
ビッグフィッシュの話に聞き入っていた。
「だとすると、ジャンさんを行動不能にするには、
同じくブルディさんを倒して、かつ、
マーヴェリック盗賊団の一般の方、20人の被害をだして、
ようやく、ジャンさんを行動不能に出来る事になります。
でも、ブルディさんは2人いません。と言う事は、
ブルディさんをマーヴェリック盗賊団の一般の方で換算して20人、
合計で40人の被害を出して、
ジャンさんを行動不能に出来ると言う事になります。
あくまで、これはグリフォンさんと同等の戦闘能力で見た場合ですので、
それ以上の被害が出る可能性はありますね」
【バウンディ村】の人々の中からは、マーヴェリック盗賊団の仮想被害人数の現在の合計を
手のひらに書いて、計算している人達の姿があった。
「驚いたわね、ビッグフィッシュ。完全にこの場を支配しているわ」
ナタリーはビッグフィッシュの巧みな演説に驚いた。
「これがビッグフィッシュの能力の一部かもしれないな」
ヘルムートはそう呟くとビッグフィッシュの行動に注目した。
「そして、もう1人、実況を担当されているレオさん、
戦闘専門ではないようですが、
ライオンマスクの弟子の1人として行動を共にしていたと言う事は、
やはり、彼もまた戦闘力に長けていると見ても差し支えないでしょう。
グリフォンさんやジャンさんの半分として見積もると
レオさんを行動不能にするのには、20人の被害を必要とします」
歌を歌うかのように、言葉を続けるビッグフィッシュ。
ビッグフィッシュは興奮しているのか、顔が赤くなっていた。
「わたしが20人を仕留めるって、現実的な数値とは思えないのですが・・・」
当のレオ本人はビッグフィッシュの言葉に少し口端を引きつらせる。
「まぁ、レオさんの半分は僕が受け持ちますよ」
グリフォンがレオの横でにっこりと笑ってみせる。
「そんでまだ辛いって言うなら、俺が残った連中のさらに半分をもらおう」
ジャンもニヤニヤとした笑みを浮かべながらレオの肩を叩く。
「お、おぅ、二人ともありがとう」
レオは少し照れながら頭を掻いた。
「面白い連中だな」
誰にも聞こえない小さな声でナディアは苦笑していた。
「さて、ここで一旦まとめます。
ライオンマスクさんが3人
グリフォンさんが23人
ジャンさんが40人
レオさんが20人
合計86人の被害を出して英雄の弟子達を行動不能にする事が出来ます」
ビッグフィッシュは一旦結論を口にして、マーヴェリック盗賊団を見つめる。
『はっ、結局100人近くいる俺達の勝利じゃねぇか』
マーヴェリック盗賊団の群れの中から嬉々とした声が上がる。
『かか、なんだ、この茶番は』
『英雄の弟子ども!!土下座でもして降参を願い出たら、
俺らのボスは受け入れてくれるかもしれないぜ、ああ、ゴラッ!!』
『まぁ、つっても、ボコボコにするのは確定だけどな』
『ボス、やっちまいましょうよ、この村をささっと蹂躙しましょうよ!!』
自分達が勝利となる未来予想図に調子に乗り出すマーヴェリック盗賊団。
「待ってください。マーヴェリック盗賊団の方々、
何かを勘違いしていませんか?
英雄の弟子の皆さんは決して引きませんよ。
師匠が殺されているのですよ。
師匠を殺されて降参をすると思っているのは、
頭がお花畑な人だけでしょうね」
そういうと、自分のトサカだっている髪の毛を手で整えるビッグフィッシュ。
『ああ!!!金髪、俺たちとやるって言うのかよ』
ビッグフィッシュの挑発に反応するマーヴェリック盗賊団から怒りの声が上がる。
ビッグフィッシュはその反応を見て、人生の中で一番の悪い笑みを浮かべる。
それは今まで積み上げてきた積み木を崩す瞬間に似ているのかもしれない。
「そんな事よりも貴方達はもう少し現実を見た方が良いと思いますよ。
あなた達の人数を100人と想定したとして、
14人の勝利よりも、行動不能になっている86人と言う数字に
目をやるべきです。
行動不能とは動けなくなっているが生きている状態です。
英雄の弟子の皆さんは【殺さず】を第一に動いていると思われますので、
死者は出ないでしょう。
さて、あなた方は馬に乗ってきています。
馬に乗せれる人数は、馬の手綱を引く人が1人、他に乗せれても2人まで・・・となるでしょう。
14人の生き残り、助かる行動不能者は28名・・・・・・ですよね。
あれ、86人中28名しか助けられませんね・・・・。
残りの58名はこの村に取り残されてしまいますね。
アレアレ~、ドウシマショウ」
ビッグフィッシュは話しきると、両手を軽くあげてお手上げのポーズをしてみせる。
もちろん、口端には悪い笑みを浮かべたままだった。
『お・・・おい・・・』
『ど・・・・どうする』
考えていなかった事実を叩きつけられ、困惑の表情で仲間と顔を見合わせた。
「村の人達は、英雄ライオンマスクを殺され、弟子の皆さんも
失ったとあれば、
まともに動けない58人を手厚く手当てなど、するはずもないですよね。
死ぬよりもツライ仕打ちが待っていますよ。
そして、勝利した側にも仲間を助けてしまうと、
食料も女も子供も連れて行けませんね。
あれ、そうなると助けられる人数は、28人ではなくなります。
さらに、助けられる28人にも優先順位がつけられるでしょう。
もちろんですが、まずは、ボスの身内が優先、さらには、
力自慢のブルディさん、ブルディさんを助けると、
1人で馬が限界になるでしょうから、助けられる人数が減りますね。
責任のある立場の人、何らかの特技がある人、ボスのお気に入りの人が、
優先的に助けられるでしょうね。
さて、先ほどからゴチャゴチャと口を開いている人達は、
その中に入っているのでしょうか。
タブン、ハイッテイナイデショウネ」
ビッグフィッシュの言葉に完全に固まるマーヴェリック盗賊団。
「ああ、そうそう、そもそもの話ですが、
英雄と英雄の弟子の皆さんが命をかけて、
この【バウンディ村】を守ったとして、
俺達、村人が戦う意思を失い、
マーヴェリック盗賊団に従属すると思いますか?
見てくださいよ、村の人々の顔を」
ビッグフィッシュにそう言われて驚く【バウンディ村】の人々は、
襲撃直後は、マーヴェリック盗賊団と目を逸らしている人が
ほとんどだったが何人かの男達は、睨み返し始めていた。
「ビッグフィッシュの奴、以前役者でもやっていたのか・・・・、
仕方ない、援護射撃でもするか」
「ヘルムート、どうするのよ?」
ヘルムートの独り言に状況を見守っていたナタリーが口を挟む。
「まぁ、俺の行動に合わせてくれ、クラッシュもな」
「村の英雄たちをやられて、なお、俺たちが従属するわけがないだろ」
村人の中から、ヘルムートが大声を上げる。
同時にその場で地面を力いっぱい踏み出す。
(ドシッ)
次は反対の足を上げては踏み出す。
(ドシッ)
ナタリーはそれを見て、先ほどのヘルムートの言葉を思い出して、
同じように地面に足を上げては踏み出す。
ナタリーの行動を見て、クラッシュが続く。
クラッシュの行動を見て、子供のマニッシュが続く。
マニッシュの行動を見て、止めさせようとした母親が諦めたように
ため息をついて、続いた。
それはやがて、カウンターに立っていたマスターや飲み客にも伝染していく。
やがて、地面を踏み出した音は重なり、
地鳴りとなって、【バウンディ村】を包んだ。
「これが人の力か」
それを見たナディアが思わず言葉をこぼす。
「ああ、今まで恐怖で動かなかった連中が意思を示しだした。
連中に意思を与えた金髪君は、たぶん、凄い奴だ」
ナディアの言葉が聞こえていたからか、無意識に答えるジャン。
「これが彼の能力か」
ナディアは1人納得するかのように頷いた。
地鳴りはしばらく止みそうになかった。
次回更新予定日は2016年5月13日の12時ごろです