カルタゴ帝国奪還作戦 その14
ジャン達は真実を知る事になる。
自分達が今まで持っていた正義が揺らぎ始めた時、
自分の正義が静かに誕生を告げる。
「実は、私たちの本来の村は、ここよりも北西の方角に山を3つばかり越えた所にありました」
長老も相手が子供だったのか、警戒心が弱まり話し出す。
「その辺は、今、帝国軍領土になっているのではないか」
「お嬢ちゃん、くわしいね」
「お・・・い、ク・・・ソ・ジ」
「はいはい、姉さん落ち着いてくださいね。タデさん、帝国軍の侵攻で逃げてきたのですか」
グリフォンが咄嗟に話を繋いで、ナディアから批判のタイミングを奪い去る。
「いや、帝国軍は村の1つ手前の山で進軍を停止したので、帝国軍と接触せずにすんだのだが・・・」
「えっ・・・、じゃあ、何があったのですか」
「ある日、2年前の夏の夜に、流れ星が一晩中流れた日があってな、
その日を境に村の里山に入った者が次々と原因不明の病気で死んでいった」
「原因不明、どういう事だ、長老よ」
ナディアが話を聞いている内に顔をしかめ出した。
「無事に帰ってきた村の人間によると、毒霧みたいなのが発生していると言う話を聞いた」
「毒霧、それで村を離れたのか、長老」
「その時点では里山に入る事を制限しただけにしたのだが、
それから、まもなくするとゴブリンが村に下りてくるようになって、
農作物や家畜を食い散らかしだして、村人にも死人が出始めた」
「アニキ、さすがにゴブリンが村に出没し始めたら面倒ですね」
「ああ、グリ、連中は雑食だからな。人間の女をさらう事も度々あるらしいな」
「はい、この村の女達も連中に何人か、連れさらわれてしまいましたが
まだ、村の男達でゴブリン退治を行い、何とか凌いでいましたが、
それから3ヵ月後の満月の夜に地獄を見ました」
「地獄?」
「全身が真っ黒な人間らしき形をした謎の魔物を見たのです」
「!!!!!」
その話に4人は思い当たる名前が頭に思い浮かび、顔を見合わせた。
しかし、声は出さなかった。
「その魔物に村の男達があらゆる攻撃を行いましたが通用せず、
一方的な惨殺が行われました。
そして、その隙に乗じて、ゴブリンの大群が押し寄せてきました。
その時点で村を放棄するしか選択肢がなくなり、この地に逃げてきました」
長老は語り終わると地面に座り込んだ。
4人もその話を聞き終わって、驚愕の真実を知る事になり
その場に立ち尽くした。
「全身真っ黒の人間らしき形をした謎の魔物は、ナイトウォーカーだな、ナディア」
ジャンはナディアの方を見る。
ナディアは頷く。
「長老、事情は理解したが、1つだけ確認させて欲しい」
ジャンは座りこんだ長老の前に、同じように座り込み、向かい合う。
「君らは旅の者ではないな」
「はい、あなたの孫のハボックが私の村を襲撃して食料を略奪しようとしました」
「そうか、それは孫のハボックが申し訳のない事をした」
頭を下げる長老タデ。
「単刀直入でお聞きしますが、あなたは孫の行為を知っていましたよね」
「アニキ、さすがにその聞き方は少し直球過ぎますよ」
ジャンの質問内容が、直球過ぎる事を咎めようとするグリフォン。
「はい、私たち自身も生きる為に、農業をして自生できるように努力はしているのですが
それでも村の皆の飢えを満たすまでの収穫量に至っていないのです。
前の冬には餓死者も出ました」
長老は、地面の一点を見つめたまま、真実を語りだす。
「アニキ、あの連中、切羽詰ってたみたいですね」
グリフォンは長老の話を聞いて、マーヴェリック盗賊団に対する戦闘意識が完全に薄れていた。
「グリ、忘れるな。師匠の仇だ」
ジャンの瞳にははっきりとした憎悪の色が混じっていた。
「!!そうでした、師匠の仇です」
ジャンの言葉に我にかえるグリフォン。
「愚者たち・・・・・」
ナディアは複雑な表情でジャンとグリフォンを見つめていた。
「ナディアさん、2人は誰かを仇にしなければ、悔しさと悲しさで押しつぶされてしまうでしょう。
本当は自分達を責めているのです」
レオがナディアの横に立ち呟く。
「愚者達は不器用だな」
ナディアは誰に言うでもなく呟いた。
レオの目には、ナディアの表情は少し慈愛に満ちているようにさえ思えた。
「そうですね。どんな物事に対しても真正面からぶつかる。
痛いとわかっているのに顔を突っ込む。
誰かが泣いている事に気付いたら、考えるよりも動いてしまう。
そんな馬鹿正直な連中だからこそ、一緒にいて楽しいのですよ」
レオは今のナディアに対しては、自分の本音を素直に話せてしまう事に気付いて
自分自身驚きを隠せなかった。
「確かに楽しいな。でも、こんな生き方を繰り返していると、
いつか愚者達に試練が立ちはだかる事になるぞ」
「それはどういう事ですか?」
「英雄は全ての人を助ける事は出来ない。そして、英雄はたくさんの血と屍の中から生まれる」
「ナディアさん・・・」
「英雄と狂人は紙一重という事だ。
1つのきっかけ次第では狂人にも、英雄にもなれるし
人の思惑次第で、そのどちらかを押し付けられる事すらある。
それでも愚者たちは、人に絶望せずに生き続けられるのか」
レオには、ナディアの言葉はナディア自身の願いのように聞こえた。
「ナディアさん・・・」
レオはナディアが話している内容は、昔その目で見た光景だと悟った。
「俺は堕ちていく英雄を何人も見てきた。
英雄とかつて囃し立てられたが、
最後には裏切り者、ペテン師と罵られ、死を迎える者を見た。
英雄と独裁者の差は何だったのだろうな」
ナディアは呟いた。
その呟きは、ナディアが昔から自分自身に問い続けた疑問だったのだろう。
「ナディアさん、安心してください。
あの二人は誰かに英雄と呼ばれたくて、日々精進しているわけではありませんよ。
心に英雄像があるのですよ。ずっと幼き日から追いかけてきた英雄の背中を・・・ね。
だから、彼らは人からの称賛も罵声も自分達の過去の行いによる物だと、理解しています。
今、この瞬間の正義を求め続ける事だけが、自分達の使命だときっと思っていますよ」
レオはそう言うとナディアに向かって、ウィンクしてみせた。
ナディアは、レオのウィンクを見て『あいつらを信じて大丈夫ですよ』と言っているように思えた。
そして、彼らの師匠ライオンマスクの最後の戦いを思い出した。
「そうか、愚者どもは本当の英雄を子供の頃からずっと見ていたのだな。
だから、軸が常に正義なのか。
こいつは面白いな。確かに面白い、がははははは!!!」
ナディアは大声で笑った。
誰から見ても屈託のない笑顔だった。
「丸々の悪ではないと言う事がわかった。
しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジャンはナディアとレオのやり取りを気付かずに、ひたすら考えていた。
「アニキ、自分達の取るべき行動がわからなくなっているのですね」
グリフォンはジャンの考えている事が手に取るようにわかっていた。
「ああ、そうだ。自分自身、仇に執着しすぎているように思えてくる。
だが、師匠の命を奪った。それ相応の代償は払わせる。
しかし、師匠の教えは、悪の心を砕き、人は許す・・・・だ」
「アニキ・・・・」
『どどどどどどっどどどどどどどどどどっどどど』
ジャンは地鳴りが微かに感じた。
「おい、グリ!!!」
「はい、連中達が帰ってきたみたいですね。
どうするんですか!?」
ジャンは取るべき対応を迷っていた。
師匠の仇として、向かい討つべきか。
今の話を聞いて、話し合いすべきか。
地鳴りはドンドン大きくなっていく。
「くそっ、どうすればいいんだ!!!」
ジャンは苛立ちを吐き捨てる。
「愚者よ、落ち着け。どうやら、待ち人とは違う連中みたいだ」
ナディアはそう言い放つと、
マーヴェリック盗賊団がやってくる方向とは反対方向を見つめていた。
ジャンはナディアの見つめる方向を見て気付く。
砂煙が微かに上がり始めている事を。
「あなた達は早くこの村から離れた方が良い」
長老は、マーヴェリック村に向かって上がる砂煙に、思い当たる節があったのだろう。
ジャン達にこの村からの脱出を勧めた。
地鳴りに気付いて長老の家から出てきた女性に長老が小さな声で話す。
長老の言葉を聞いた女性は村の家々に駈けずりまわり出す。
「何がこの村に向かって来ているんだ、長老」
ジャンは長老の顔色を見て、非常事態だと気付いた。
「おそらく、この村に対する討伐軍でしょう」
ジャンの方を見ずに、砂煙の上がる量があきらかに増えていく光景から目を離さずに呟いた。
「早く、マーヴェリック盗賊団を呼び戻した方がいいぞ」
ジャンは咄嗟に自分の口から出た内容に自分自身驚く。
「実は数日前に以前暮らしていた村の近くの村がゴブリンの攻撃を受けたとの知らせが来て、
救援に向かったまま、連絡がまだない」
長老の声は明らかに上ずっていた。
「あいつら、盗賊団だろうが、何故、救援に向かったんだ・・・・」
「アニキ・・・」
「あいつらが悪で、残酷で、師匠の仇で、その連中に復讐を仕掛けて、見事敵討ち。
ハッピーエンドで村に帰って、師匠の墓前に敵討ち成功の報告してひと段落だろうが!!!!!!」
ジャンは叫ぶ。
その叫びは、目の前の敵が敵と認識出来なくなった事を指していた。
「私たちのしてきた事には申し訳のしようもありません。
このような謝罪で償われる物でもない事も承知しております。
そして今から起こる事は、当然の報いで私たち自身が呼び込んだ災い、
せめて、これ以上迷惑を掛けない為にも、
あなた達は今すぐにこの村から離れてください、さぁ、早く!!!」
長老が叫ぶ。
そこに馬で様子を見に行っていた村の女性が戻ってきた。
「報告します。
敵は【ロンバルド共和国】、旗は獅子。
獅子将軍アドバンス・アネスティージャ大将軍の軍団
騎馬1000、歩兵2000規模です!!!!!!!!」
報告している女性の顔色も、その報告を聞いた長老タデも顔が真っ青になっていた。
「探せ、今すぐにハボックを探して、急を知らせてほしい!!!」
長老は焦りで体中から冷や汗を流しながら、声を振り絞って叫ぶ。
それを聞いた女性はすぐさまに馬に乗り直して、走り出す。
行き先すら検討がついているのかも怪しい、ましてや、ゴブリンに遭遇する可能性も高い。
それよりも、ゴブリンに立ち向かい、それ相応の被害が出ていた場合、
この村に向かっている軍に立ち向かい、勝利する事は厳しいだろう。
ジャンは、マーヴェリック村の人々のやり取りを黙って見守っていた。
次回更新予定日は2016年6月24日の12時ごろです