カルタゴ帝国奪還作戦 その12
バウンディ村を離れた英雄の弟子達とナディア側のお話。
マーヴェリック盗賊団の本拠地を急襲する作戦を行うべく、
本拠地に向かって獣道を進む4人。
いつも通り晩御飯の準備に取り掛かっていた。
【バウンディ村】を離れて3日目の夕方。
山中の少し開けた広場で焚き火をしていたジャン達一行。
「アニキ、魚取って来ましたよ!!これぐらいあれば足りますよね」
川の方向から歩いてくるグリフォン。
腰にぶら下げていた笹カゴを高らかに持ち上げて、大漁を主張する。
「ああ、ありがとな。こいつは美味しそうな鮎だな。
さっそく内臓だけ取って、塩焼きにでもするか」
「いいっすね☆自分も手伝いますよ」
そう言うと石の上に大きい葉を3枚重ねて敷く。
その上に魚をおいて、もの凄い勢いでさばき出す。
「やるな、グリ。さばき勝負だ!!」
グリの包丁捌きに触発され、包丁のスピードを上げるジャン。
「華麗なる包丁さばきと言われたグリフォンがお相手します」
ニヤリと口の端を吊り上げるグリフォン。
「望む所だ!!」
同じように口端を吊り上げるジャン。
「あなた達は常に競争していないと気がすまないのですか?
もう見慣れましたが、良く飽きないものだと関心するばかりです」
レオが茂みの中から出てきて、相変わらずの光景に苦笑する。
「レオ、そいつは仕方ないだろ。競い合うのは格闘家の性質と言う奴だ」
「ですね、切磋琢磨ってやつですよ」
ジャンとグリフォンがそれぞれの意見を口にする。
「まぁ、料理と格闘の関係性について、議論をしたいと言うのが本音ですが
この際よしとしましょう」
まともにこの二人の間に入ると言う事が、いかに面倒くさい事なのかを知っているレオは、
いちいち突っ込むと言う事をしなかった。
「それよりも、レオの方はどうだった?」
「ジャン、この辺は食べ物には困らなさそうですね」
そう言いながら、レオは笹袋の中からキノコを取り出してみせた。
「レオさん、そのキノコはぁぁぁぁぁぁあああああああああ」
取り出したキノコを見て驚愕するグリフォン。
「ふふふ、さすがはグリフォンさん。一目でマツタケだと、よくぞ見破りましたね」
「なぁぁぁにぃぃぃい、マツタケだとでかしたぞ、レオ!!!
数は、数はいくつ見つけた!?」
「安心してください、ちゃんと人数分・・・」
「おおお」
「3つ用意しました。結構奥地まで入って探してきた甲斐がありました」
レオは誇らしげに胸を張る。
「えっ・・・・レオさん・・・・」
「いやいやいや・・・・・・・」
グリフォンとジャンが、レオの返答を聞いて言葉に詰まる。
「どうしました・・・・・・・・あっ」
2人の反応の意味に気付いて思わず声を上げるレオ。
「おい、お前ら、愚者なりに食べ物を集めてこれたか!?」
草むらから顔だけ出すナディア。
「おう!!!!!な・・・でぃあ!!!!!!!!」
いきなりのナディアの帰還に思わず声が上ずるジャン。
「どうした、3時間ほど俺に会えなくて、寂しさのあまり夜鳴きでもしてたのか!?」
何かを引きずっているのか、歯を食いしばりながら声を上げるナディア。
「安心しろ、それはない。
それよりもナディアの方はどうだった。
まぁ、収穫ゼロでも問題はないから・・・」
「愚者ども、その辺、邪魔だからあっちに行ってろ」
ナディアはアゴをしゃくってレオの立っている所を指し示す。
レオはその意味に気付いてその場を離れる。
自分の意思が通じた事に満足したのか、笑みを浮かべる。
「これでも食らって感謝しろ、愚者ども!!!!!」
【ドンッ!!!!】
ジャン達の前に黒い塊が放り投げ出された。
重い音と軽い振動、目の前に入ってきた物体を認識するまでに時間がかかった。
「こ・・・これって、イノシシ・・・、それもこの大きさは100キロ超クラス!!!」
グリフォンが感嘆の声を上げながら黒い物体に近寄る。
「いやいや、驚く部分はそこだけじゃないだろ。このイノシシ、現段階で
レア焼きになっているんだが・・・・・・」
「そんな事か!!!軽く雷魔法で焼いてやったのだ!!!」
再び、残念な胸を張ってみせるナディア。
「なるほど、ナディアさんは魔法少女・・・っと」
手のひらに指で何かを書きながら呟くグリフォン。
「おい、空飛ぶ愚者、少女って言うな!!!!
この獲物を食べる権利を剥奪してやろうか!!!!!」
「ナディア姉さん、すんません!!!!」
「よし、許す!!!!!」
「ナディア姉さん!!!!!!!!!!」
ナディアに許され、涙しながら感謝するグリフォン。
「おい、レオ、なんだ、この茶番は・・・」
「大分前から置いてけぼりです」
ジャンとレオは、ナディアとグリフォンとの寸劇を固まりながら見守る事しか出来なかった。
「おい、ジャン」
「お・・・う?」
「調理してくれ」
「えっと、このレア焼けのイノシシを・・・か?」
「そうだ」
「焦げた皮剥いで、内臓取ってか?」
「決まってるだろ」
「超面倒くさいのだが・・・」
「そのかわり、イノシシの骨で、カブトでも作っていいからな、がははっ。
俺の優しさは大地に沁みるなー」
「レオ、この湧き上がってくる感情が殺意って奴か?」
「今はその感情を確認するのは懸命な判断とは思えないですね」
「くっ・・・」
震える拳を必死に抑えつけようとするジャン。
「おい、ジャン。まさか、食材次第でやる気が萎えるレベルの腕だったのなら
調理しなくてもいいぜ!?」
ジャンの面倒くさいオーラに気付いたのか、挑発するナディア。
「上等だ、腰抜かすほどの料理を作ってやる。
食べて美味ければ、俺に向かって
『最高です、ジャンさん。あなたの腕に惚れる、痺れる、溺れたい!!!!』
って、三度叫べ、良いな」
「俺の舌を唸らせれれば、だがな」
「上等だ、見せてやるよ。食材を選ばないのが真の料理人だ」
そう言うと、包丁を持ってイノシシに向かい合う。
そして、格闘が始まった。
「ところでグリフォンさん、私の気になるのは、
この100キロ超クラスのイノシシをここまで引っ張ってきたナディアさんは、
どんな力の持ち主なんでしょう」
「あっ・・・・・たしかに」
レオは不意に思った事を口にする。
その内容に固まるグリフォン。
その後、小一時間で料理が並び、壮絶な夕飯が始まった。
「皆、準備が出来た。食べてくれ」
ジャンは料理を並べ終わると声を上げた。
「アニキ待ってました。頂きます!!!」
「今日も命に感謝して頂きます」
「今日の料理は何点だろうな、楽しみにしてろよ、愚者よ!!!!」
4人とも、お腹が空いていたのか、勢い良く食べだす。
食卓に上がった食べ物で、量がたくさんある食べ物は、イノシシの肉、ついで
川魚、そして、山菜、キノコだった。
かつて英雄の弟子と言われた3人は、キングオブキノコと言われた【マツタケ】をロックオンしていた。
その数、3本。
もちろん、存分に味を堪能するために、切らずに一本丸ごと焼くと言う暴挙に出ていた。
しかし、だからこそ1人だけ食いっぱぐれになる人間が出る事は、百も承知。
そう、もはや、ここは鉄火場だったのだ。
キングオブキノコの存在をナディアには伝えるタイミングを逃して、今に至る。
しかし、男達はこの展開をむしろ好機と捉えていた。
1人、状況を知らないのだとすれば、戦う事なく、皆ハッピーである。
まず、グリフォンが素早く動く。
「ナディアさん、イノシシの肉、美味しいっすよ。
さすがはアニキ、スパイスの使い手と言われるだけの事はありますね☆」
「愚者よ、スパイスを持ち歩いているのか?」
スパイスと言う言葉に反応したナディアがジャンに話しかける。
「えっ、ああ、まぁ、食べ物を精通する物、スパイスは必要不可欠だからな・・って、おい、てめ、グリ!!!!」
ナディアの視線がジャンに向いた瞬間、素早く木の枝に刺さって焼いていたキングオブキノコ【マツタケ】を取り、
頬張るグリフォン。
涙すら流して至福の表情を浮かべる。
「で、スパイスの知識は何処で手に入れた?」
「あ・・、ああ、子供の頃に師匠と森に入って・・・・・だな、レ・・・・お・・・・」
レオは何事もなかったように、キングオブキノコ【マツタケ】が刺さった枝を手に取り、かぶりついた。
「美味」
顔がとろけそうになるのを必死に堪えるレオ。
残った、マツタケは後1本。
グリフォンとレオはさすがに、2本目は食べないと信じ、ナディアの視線を逃れる事を思案するジャン。
「まぁまぁ、スパイスの話はすると長くなるからな、まぁ、まずは料理が冷めない内に食べようじゃないか」
ジャンはさぁ、たんとお食べと言わんばかり手を広げて見せる。
「今、美味って言った食べ物はどれだ?」
ナディアはレオを真正面から見据えて、先ほど漏れた言葉が指す食べ物を問いただす。
「えっ!?」
凍りつくレオ。
ジャンも同時に凍りつく。
「ナディアさん、この鮎っすよ。これ塩焼きにしているんですけど、元々の素材が良いから
何本でも食べれるんですよ」
グリフォンが助け船を出す。
ナディアがマツタケに辿りつかない様にチームプレーを行っていた。
「くっ・・・・・、何が・・・・チームプレイだ。焚き火を囲んでいる時点で仲間だろう・・・が」
ジャンは独り言を呟くと、少し焦げたマツタケを取って、半分に割る。
「ナディア、このキノコも食ってみろ。【マツタケ】って言ってな、風味も味も美味いぞ」
「アニキ・・・・」
「昔からジャンのこの辺は変わらないですね」
マツタケを半分に割いて、ナディアに差し出す。
ナディアは手に食べかけの鮎を持っていた為、ジャンの方に顔を向けて小さな口を目一杯開く。
「食べさせる所までしろってか、仕方ないな」
ナディアの側に寄って、口の中に半分に割いたマツタケを入れる。
口にマツタケが入った瞬間、咀嚼するナディア。
変わった食感に表情を歪めつつ、数秒後、目を輝かし出す。
「なんだ、これ、とてもとても美味いじゃないか、美味だな、初めての体験だ。
これもキノコなのか?」
「ああ、高級キノコ。いや、キノコの王様だ」
「キノコの王様か、もうないのか」
「・・・・・、はぁー、後、ここにも半分ある。気に入ったのならコイツも食べていいぞ」
「アニキ!?」
「いや、まぁ俺も既に食べたからな、ナディア、食べるか?」
ジャンはそう言うと残り半分のマツタケをナディアに渡した。
「遠慮なく貰うぞ」
そう言うとナディアは受け取ったマツタケを口まで運ぶ。
ジャンは唾を飲んだ。
ナディアは口の前でマツタケを入れるのを止めて、半分をさらに半分割いてから片方だけ口に入れた。
そして、咀嚼。
表情はやはりとても嬉しそうに食べていた。
そして、口の中からマツタケが消えたのか、トロンとした目でジャンを見る。
「愚者よ、口を開けるがいい。俺がマツタケを食べさてやろう。
ただ、条件は俺の言う言葉と同じ言葉を口に出来たら、だけどな」
「なっ・・・・・」
「ナディアさんの心意気に惚れる、痺れる、溺れたい!!!!」
悪い笑みを浮かべるナディア。
「・・・・・」
固まるジャン。
「おい、言う方も恥ずかしいと言う事を忘れるな」
「ナディアさんの心意気に惚れる、痺れる、溺れたい!!!!」
「ああっ!?声が小さすぎるんじゃねぇのか!!」
「ナディアさんの心意気に惚れる、痺れる、溺れたい!!!!」
「男だろ、もっと、声を出せ!!!!!!!!!!」
「 ナディアさんの心意気に惚れる、痺れる、溺れたい!!!! 」
「 うっせーよ、鼓膜が破れるだろーが!!!!!!! 」
ジャンが全力で叫んだと同時に叫び返すナディア。
「あ・・・あにき、なんて不憫な・・・・」
なみだ目になるグリフォン。
「いや、ナディアさんがアレすぎる・・・・」
「愚者よ、口を開くがいい」
「えっ・・・・」
「いらないなら、残りのマツタケも食べるけど良いのか?嫌なら口を開けろ」
「お・・・おう」
何故か目をつぶって口を開くジャン。
口の中に何かが入れられた瞬間、爆発的な風味がジャンを襲う。
その味は忘れるわけがない。
「それは、マ・ツ・タ・ケ!!!!!!!!!!」
確信に変わった瞬間、目を見開くジャン。
「美味--、美味-----、うましーーーーー」
何度も歓喜の声を上げるジャン。
もう、今日は食べれないと腹を括っていただけに、喜びも大きかった。
思わず、ナディアの方を見た。
ナディアもジャンの方を見て、ニコニコした笑顔だった。
そして笑顔のまま、ナディアはこう言った。
「愚者どもよ、俺に黙ってマツタケとやら、珍味を食べようとしていただろ」
笑顔だった。
それは、もう、可愛い天使にすら見える破壊力を持った笑顔だった。
「おい、どうなんだ!!!!!!ええっ、おい!!?」
笑顔のまま、低音ボイスで大声で怒鳴る。
「「「 すみませんでしたっ!!!!!!! 」」」
3人は一斉に頭を下げた。
腰が90度きっちりに折れるぐらいに頭を下げる。
ジャン、グリフォン、レオの連合軍は呆気なく、ナディアに陥落しました。
「俺は心が広い。今日の事は水に流そう。一生感謝するがいい!!!
がははっははははははっははははは」
いつの間にか立ち上がり、両腰に手を置いて、胸を張るポーズで高笑いをするナディア。
「アニキ、悪魔・・・・・っすよ。あれは、悪魔っすよ・・・・」
「今まで一番強い生命体ですな」
「グリ、レオ、俺はもう、何が何だか、わからなくなってきた」
ジャンは首を左右に振りながら、苦笑していた。
「おい、ジャン」
「どうした、ナディア」
「お前は嘘をついた。マツタケを食べていないのに食べたと言って、
俺にマツタケ全部を譲ろうとしたな」
「もう、いいだろ」
「良いわけないだろ。遠慮するな、俺たちはもう仲間だろ。
だったら、誰かが誰かのために我慢にするな。
皆で分け合えばいいだろう」
「悲しみも喜びも・・・か?」
「ああ、悲しみは分かち合い、喜びは共に祝えば良い。簡単だろ」
「簡単か」
「とても簡単だろ?」
ジャンはナディアを見る。
そこには明るい爆発しそうなほどの笑顔で見つめ返すナディアがいた。
「グリ、レオ、良いな」
ナディアから目を離さずに後ろにいるはずの2人に声を掛ける。
「元からそのつもりだったのですが、改めての約束ですね」
「口に出さないといけない言葉と言うのもありますから」
「俺たちは、今後、嘘は無しだ。そして、
悲しみは分かち合い、喜びは共に祝う、いいな」
全員を見渡すジャン。
「「「「 おう!!!!! 」」」」
4人全員の声が重なり、山にこだまする。
そのこだまは永遠に響き続けるだろうと信じている4人だった。
次回更新予定日は2016年6月10日の12時ごろです