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華としのぶ

 八時十五分ー。この頃にはクラスの三分の一ほどの生徒が教室に着き、友達と話したり、携帯を触ったり、宿題や予習に追われたりよ各々の過ごし方で予鈴まで過ごしている。

 (さっきまでの静かさが嘘のようだな。)

 華は、一時間目の英語を予習していたノートから、左斜め前の席へ目線を移す。そこには、華が教室に入った時と変わらずに、机に突っ伏している河野修太の背中があった。夏の日差しは分単位で強さを増し、さっきよりも更に強く、修太の漆黒の髪色を濃くさせている。ほんの数秒、見つめているだけで華の胸はまた、ギュッと痛苦しくなった。

 「はーなっ!おはよう!」

 修太だけがいた華の視界に、ふいに、坂井しのぶの姿が飛び込んできた。

 「おはよう。」

華は、さっきまでの胸の痛みを誰にも悟られまいと自然な声色を演じた。

 「華、今日も白いねー!日焼け止めちゃんと塗ってる?」

 しのぶは、華の前をそのまま横切り、隣の窓際の席の前で、背負っていたリュックを下ろしながら、話を続ける。

 「一応、家を出る前に塗ってきたけど、学校来るまでに、汗で全部取れちゃったかも。」

 「塗りなおしたら?」と続けながら、しのぶが席へ座り、リュックのチャックを開く。缶バッチやぬいぐるみ、キーホルダーなどたくさんついた賑やかなリュックが、しのぶの動きに合わせて、カラカラと音を立てる。中から出てくるペンケースや下敷き、ノート等、どれもそのリュックと同じ黄色くてまん丸の、にっこり笑っているキャラクターだ。スマイルと呼ばれるそのキャラクターは、しのぶのお気に入りだ。どうしてそのキャラクターが好きか、しのぶがクラスメイトに聞かれたことがある。その時、華は、しのぶの隣にいたのだが、しのぶは、

 「この子みたいにいつも笑顔で居られるように!」

 と、キャラクターそっくりの屈託のない笑顔で言っていた。華は、しのぶの輝くようなその笑顔が眩しく、羨ましく思った。丸い輪郭に、クリッとした丸い目。ぽってりと厚みのある唇は、普段、表情を表さず、ただ閉じている時でさえ、口角が上がり笑っているように見える。しのぶの人懐っこく明るい性格が、この愛らしい顔を作っているんだ、と華は常々感じていた。このキャラクターは、しのぶに間違いなくぴったりだ。

 華は、しのぶとは反対に、昔から「静かそう」や「おとなしそう」と言われやすい方だった。少し面長な輪郭に、切れ長の涼しげな目、薄い唇、スッと通った鼻筋で大人っぽい顔立ちだ。そして、何よりも華は、人よりもずば抜けて肌の色が白かった。肌だけではなく、瞳の色も髪や唇の色も他の人より、色が薄い。ただでさえ涼しげで大人っぽい顔立ちの上、更に色素も薄く、どうしても周りから近寄りがたいと思われてしまう。華は、愛らしい容姿のしのぶが、心の底から羨ましかった。

 「後でトイレで塗りなおしてくるよ。でも既に、鼻の頭がヒリヒリしてる。」

 朝から笑顔のしのぶと、夏の日差しが重なり、華はその眩しさに目を細めながら返事をした。

 しのぶはリュックを、机の横に突き出たフックへかけながら、体をねじり、まじまじと華を見つめた。

 「うーん、赤くはなってないけど…大丈夫?もう一度塗り直したら?」

 「ありがとう、でもいつもこの時期になるとヒリヒリしてくるんだ。」

 心配そうに見つめるしのぶに、華は笑って見せた。

 「本当?酷くなる前に対策しなよ?いつも夏終わりとか凄いことになってるんだからさ。」

 朝日の逆光で、しのぶの首にかかるくらいのウェーブのある黒髪が、透けて茶色く見える。華は思わず、顎下くらいまでの短いボブの自分の髪を見た。華の髪は、さっきより強さを増した日差しに当たり、金色に近い色で光っていた。思わず華は、顔をしかめる。どうしてこんなに、目立つ髪色をしているんだろう。

 「地毛でその色だもんねー、羨ましいよ。」

 しのぶは華の明るい髪の色を、いつも羨ましそうにしていた。

 「でもしょっちゅう先生や先輩に注意されるし、いいことないよ。」

 華はしかめた顔のまま、しのぶに言った。華にとって大問題なのが、この明るい髪の色だった。誰が見ても、染めていると間違われるほど、華の髪は明るく、陽に当たると更に金色に近い明るい色に光った。そのため、昔から生徒指導に引っかかったり、先輩に呼び出されたりと、たくさんの苦労をしてきた。     

 (好きでこんな髪色に生まれたわけじゃないのに)

 華は自分の髪の色が大嫌いだった。

 しのぶは、髪の色の話になると顔をしかめる華を、いつものように、

 「そんな顔しなーい!みんな、華みたいな髪の色にあこがれて、染めたりするんだから。」

 と、なだめつつ、華の机の上に開いたままのノートを見つけて、あ、と小さく呟いた。

 「一時間目の英語って、今日、誰まで当たるっけ?」

 一時間目の英語の教師は厳しいことで有名で、あらかじめ、次の授業で当てられる人を机の並び順で予告する代わりに、予習をせずに答えられないと、こっぴどく叱ることで生徒に恐れられていた。

 華は、予習したノートをしのぶの方へ開いた。二人でノートをのぞき込み、教室に並んだ机を指さしだした。

 「……六、七、八番目!!」

 「ヤバい!私当たっちゃうじゃん!」

 しのぶは、さっきまで笑顔だった顔をゆがませ、両手で頭を抱えた。しのぶが、英語があまり得意な教科ではないことは、親友の華も知っていた。

 「予習してきた?」

 華は慌てて自分の英語のノートを開くしのぶに聞きながら、今まで一緒に見ていた華のノートを差し出す。

 「一応、訳だけはしてきたけど、自信ない。華ー、合ってるか確認させてもらってもいい?」

 うん、とうなずきながら、華はしのぶへノートを手渡した。ちょうどその時、チャイムが鳴った。黒板の上の時計は八時二十五分を指していた。

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