第九話 目覚めた騎士としょうが焼き定食
生姜とニンニク摩り下ろし、醤油、酒に砂糖。
そこに豚肉の薄切りをざっくりと漬け込む。
その間にたまねぎをさくさくと刻んでいき・・・油をひいたフライパンに投入。
たちまち広がる玉ねぎの香り。
飴色になるまで弱火でじっくりと炒め、そこにタレごと肉を投入。
じゅわーっと広がるしょうが焼きの香ばしい香り。
隣では味噌汁がくつくつと煮えている。
戻ってきてから空腹を感じた俺は、いそいそと昼飯作りに励んでいた。
そろそろ太陽も中天を過ぎたころだったし、何より例の女騎士さんが目を覚ますまで動きが取れなかったしな。
ちなみに、鎧は脱がしてあるが,俺が脱がしたわけではないのであしからず。
そんなこんなで、俺の世界のマイフェイバリットである『しょうが焼き定食』作りと相成ったのだ。
聞いてみたらユーリも姫も異世界の料理に興味心身だったしね。
「おいしそうですね・・・・」
俺の料理を覗き込んできたユーリが、もの欲しそうな目でしょうが焼きを見つめる。
「旨いぞ?あ、ただ味噌汁は魚のにおいとか気にならないか?」
「え?そのスープですか?美味しそうな匂いしかしませんけど?」
「ならよかった」
「ふむ・・・トーマはあれじゃな。男子厨房に入らずとかいった先入観はないのじゃな」
いつの間にやら姫も覗き込んでいる、どうやら匂いに釣られたらしい。
「料理は好きだぜ?好きなもん食べられるからな」
コンビニやスーパーの惣菜も好きだが、矢張り飽きが来る。
外食も込みでローテーションしても、そうそう長く持つものではない。
その点こういう技能にはつくづく感謝している。
そこで鳴り響く若干間抜けな電子音。
どうやらご飯が炊けたらしい。
「よし、昼飯にす・・・」
振り向くと。眼前に剣が突きつけられている。
わぁお、大ピンチ。
いつの間にやらユーリは驚いた顔で、女騎士の後ろに庇われていた。
肩口でざっくりと切りそろえられた金色の髪と、警戒に満ちた紺碧の瞳。
微笑みでもすればモデル張りの美貌だ。
鎧の下に着ていたシャツとズボンという薄着だからこそ、鍛錬によって磨きぬかれた白磁のような肌の下に隠された筋肉が、否応の無い威圧感を発している。
「お、おーけー。話あお・・・」
「貴様ッ!ユーリ皇女様に何をしたっ!?」
「シュリ!おやめなさい!」
「こんな寝巻き姿で、こんな狭い部屋に皇女様を閉じ込めた狼藉!いくら男といえど容赦せん!覚悟は出来ているだろうな!?」
駄目だ。完全に頭に血が上ってやがる。
魔法でもう一回気絶してもらうしかないか?
いや、何も解決しないな、むしろこのやり取りがもう一回増えるだけなきがする。
それも大分悪化して。
「やめいシュリ!それでも神殿騎士か!」
「そのお声・・・まさかイワーナ様!?」
俺の横にいたイワーナ様=姫の声に、顔を引き攣らせる女騎士こと神殿騎士らしいシュリさん。
顔を見て気づかなかったのかよ・・・と思ったが。
そっか、俺と会うまで顔隠してたんだよな。
つか、格好で分かれよ・・・
「いかにも。このものは妾の客人。無礼は許さぬ」
「も、申し訳ございません!」
そういうと急いで剣を引く。
ナイスだ姫!
多少残念なところはあるが流石は、神様だ!
「トーマ。余計なことを考えてるいると、またけし掛けることも、やぶさかではないのじゃが・・・?」
「め、滅相も無いです姫!」
あれか、姫は心が読めるのか!?
姫、恐ろしい子!
「まぁ、トーマ。シュリも悪気は無かったんじゃ。許してやるがよい」
「俺は別にかまわんよ、シュリ・・・さんはお腹へってないか?」
俺の問いに『キュゥゥ』とかわいいお腹の鳴く音がする。
何よりも雄弁な返事だった。
「了解。すぐ用意するから待っててな。んで、その後状況を聞こう」
そういうと俺は、さくっと用意を済ませる為に皆をキッチンから追い出した。
流石に4人となると手狭だということで、姫の家の居間で食べることになったんだが・・・
TATAMIである。
やっぱいいね!畳!
ちょっと感動していると、姫が奥から何やら引っ張り出してくる。
おお、ちゃぶ台!元の世界でも最早見ることはまれな昭和の香りだ。
THE和風な食卓が着々と構築されていく。
なんという異世界ブレイク!
だがそれがいい!
「ボケッとつっ立っとらんで、さっさと用意せんか!」
「アッハイ」
そうだ、折角のご飯が冷めてしまう。
さっさと用意を済ませると、皆が席に着くのを見計らい。
「「いただきます!」」
ユーリとシュリさんはお米が初めてなのかおっかなびっくりスプーンを使って口に運ぶ。
俺と姫は箸だ。
流石にもともとこっちの世界の神。見事な箸捌きである。
「おいしいです・・・」
「これは・・・朝いただいたパンもそうでしたが、宮廷料理のレベルですね・・・」
「美味しいなら結構。遠慮せずに食べてくれ。残すのももったいないしな」
「うむ。これなら焼き魚なども期待して良いかの?」
「そのうち、な」
ゆっくりと味わうように食べるユーリとシュリさん。
姫は淡々と。だが、故郷の料理を懐かしむように食べている。
「これ・・・この調味量はなんと言うんですか?」
ユーリがしょうが焼きをさしながら聞いてくる。
「醤油と砂糖。あと日本酒に生姜とニンニクを摩ったもんだな」
「ショーユ・・・ニホンシュ・・・聞いたことがありません」
「だろうなー、最悪この辺りは魔力で補填・・・いや、まてよ・・・?」
この時俺の頭には、ある考えが浮かんでいた。
まぁ、人が集まってからだよなーなどと片隅に追いやる。
「こっちのスープは、何で味をつけてあるのだ?」
「味噌だな。後は魚の出汁だ」
「ミソ・・・なるほど」
神妙に頷くシュリさん。
多分、今の口ぶりからすると、味噌が何なのかわかってないだろうな。
「シュリさんは料理するのか?」
「シュリで構わない。そうか、私としたことが名を名乗ってなかったな。私は、シュリ・カート。神殿騎士だ。料理に関しては簡単なものなら作れるぞ。遠征の時には必須の技能だしな」
「よろしくシュリ。俺は、斉藤 冬馬だ。トウマとでも呼んでくれ。」
「了解した。トーマだな」
少し微笑む。
うっわー美人さんですわぁ・・・
ユーリや姫と話してたから多少免疫付いたが、そうでなければ確実に萎縮していた自信がある。
いや、じゃぁユーリたちのレベルが低いわけではなく。ユーリは『可愛い』に分類されるほうだろうし、姫に関しては『美人』の前に『残念』が付くからなぁ・・・
「トーマ。顔が緩んでおるぞ」
「そんなことはない、よしんばあったとしても、美人三人に囲まれているこの状況が悪い」
顔を朱に染めるユーリと姫。そして口に含んだ味噌汁を俺に向かって噴出すシュリ。
「うぉい!?」
「おま・・・おまっ!?」
「トーマ様・・・嬉しいです・・・」
「ふ、ふむ。まぁ、それなら緩んでも仕方ないな!」
あれ、ブサメン男の人生で初のモテ機じゃね?
その時は浮かれていたが、後であんなことになるとは予想もしていなかったこのときの俺である。
それはそれとして。
「お前っ!私などより褒めるべきお方が二人も居るだろうに!?」
「その前に、味噌汁が毒霧状態なんですがそれは・・・」
「あ、ああ!すまない!」
「よし、今から背中を流してやろう。神様直々じゃぞ?感謝せい」
「だが、断る!」
俺はその場を立つと自分の四畳半にきっちり鍵をかけ風呂に入ることとなった。