5 誕生
閲覧ありがとうございます。
――唐突にその時が来たことが分かった。
前兆も理屈も何もない。ただ分かるのだ。
今がその時だと。
これも一蓮托生という縁ゆえだろうか?
意識を寝室へと集中させる。
既にそれは始まっていた。
セバスの時と同じように……しかし比べものにならないほど濃密な闇が渦巻く。
あふれる魔素が脈動する生命を感じさせる。
――期待と不安に揺れる自分が見守る中、遂にこのダンジョンのダンジョン主が誕生した。
闇が晴れる中、現れたその姿は――
「……ふぁ?」
――赤子だった、乳児だった、幼子だった。
……人間で言うなら、生後半年といったところだろうか?
雪のように白い肌、生えそろってきた金髪、幼児らしいふっくらとした頬、紅玉のような紅くつぶらな瞳、そして立派な犬歯。
…………犬歯?
……なにやらありえない物が見えた気がしたので、もう一度確かめてみると、可愛らしい唇にはやはり立派な犬歯が二本生えている。
……うむ、こういう時はやはり――
《ダンジョン主の情報が追加されました。……条件が満たされました》
タイミングいいな、オイ!?
狙いすましたかのような天の声に、思わず突っ込みつつ、追加された情報を確認する。
ダンジョン主
名前:
種族:レッサー吸血鬼
性別:女
称号:ランクFダンジョン主
技能:吸血LV1
……吸血鬼かー、そうだよなー、アンデットの親玉みたいなやつだからなー、ナルホドナー。
いろいろと混乱しつつ、つい間延びした思考をしてしまう。
……しかし第一声が「ふぁ」とは。
……まさかとは思うが、よりにもよってセバスの影響を受けてしまったのだろうか?
なにしろセバスは連日連夜、祈りを捧げていたのだ……あり得ないとは言い切れない。
そんな益体もない思考を重ねていると……。
《……名前を入力してください》
やはり来たか名前入力。
実を言えば事前にいろいろと考えていたのだが、女吸血鬼、しかも乳児と言うのは想定外だったのでさすがに悩む。
やはり威厳がありつつも、可愛らしい名前がいい。
アイ、リンネ、レティス、ステラ……いろいろな名前が脳裏を過ぎる中、決定を下す。
『ノエル』
これが我がパートナーの名前である。
《……入力しました》
命名も終わり、改めてノエルを見てみると、好奇心が旺盛なのか、あちこちをキョロキョロと見回している。
……よし、まずは意思疎通である。
ダンジョンとダンジョン主は意思疎通が可能らしいが、同時に立場は対等らしいからな。
侮られないよう、初対面でビシッと決めねばなるまい。
――聞こえるか、ノエルよ……。
「う~?」
なるだけ威厳ありげな感じで話しかけてみるも……ノエルは答えない。
いや、聞こえてはいるのだろう。
話しかけたらキョロキョロとあたりを見渡し、上を向いてニパーッといった感じで笑いかけてきたのだから。
しかし、どうやら自分が望んでいた通り知性はあるようだが、見た目通りの赤子並みということらしい。
――自分の威厳はいったい……。
先程やらかしてしまったことに羞恥心がこみ上げる。
穴があったら入りたいとはこのことだ。
しかしどうしたものか。
無事にダンジョン主が誕生したことは喜ばしいが、この様子では自力での活動は無理だろう。
となると世話役が必要なのだが、今のダンジョン内でそれができるのは――アレか。
かなりの不安を感じつつ、許可を出す。
すると――。
「あぁぁぁあああるぅうううじぃいいいいいいいーっ!」
雄叫びを上げながら全速力でセバスが寝室に跳び込んで来た。
……自分と同じようにダンジョン主の誕生を感知したのだろう。
玉座の間の扉の前で待機してやがったのだ、このレイス。
一応入室は禁止しておいたのだが。
ノエルの前まで辿り着いたセバスは即土下座の体勢へと移行し、
「無事のご生誕、言祝がせていただきますぞぉおおお! このセバスめ、一日千秋の想いでこの日をお待ちしておりました!」
思い切り、思いのたけをぶちまける。
何が楽しいのか、ノエルはそんなセバス見てキャッキャッと喜んでいる。
そんな様子に際限なく肥大化していく不安に苛まれながらも、セバスにノエルの世話を命じる。
「むっ! この命に代えましても、お嬢様はこの爺めがお守りしますぞ!」
……呼び名はお嬢様に変わったらしい。
鼻息も荒く宣言するセバス……不安だ。
そんなセバスとノエルを横目に考える。
やはり専属の世話役が欲しい。
セバスに任せるのは正直不安だし、そもそもセバスには防衛を行ってもらわねばならないのだ。
先程、天の声から通知があったがダンジョン主が誕生したことで条件が満たされたのだろう、創造できる魔物の種類が少し増えていた。
しかし、残念ながらノエルの世話役が出来そうな魔物も、セバスの代わりが出来そうな魔物もいなかった。
すぐに解決法を出すのは無理そうだ。
加えてノエルが吸血鬼である以上、定期的な血液の獲得も必要になる。
……やって来る冒険者を数人生かして、飼い殺すか?
そうなると牢などの設備が必要になるが……。
ダンジョン主が誕生したことで新たなる課題が生じてしまい、頭を悩ませる。
――珍しい侵入者がやって来たのは、それから数日後のことだった。