M2 比較
短めです。
《やれやれ、わざわざ追い出す必要があったのかのう?》
ここしばらくの間、自分のような老人に付き合ってくれた愉快な少女とその仲間たちが去った地にて、古き魔物の一匹たる覇雁は昔馴染みのダンジョン主に問いかける。
「ふんっ、妾を『婆さん』呼ばわりしたのだ。この程度であれば温情であろうよ」
どこか拗ねたようにも見える龍花の姿にどうにも笑いがこみ上げてくる。
今でこそ、四大迷宮とやらの一角として怖れられている龍花だが、覇雁と出会った頃はまだ弱くそこらのダンジョン主と変わらなかった。
それがここまで成長するのだから世の中わからないものだ。……年齢と呼び名を気にするようになったことも含めて。
「それにだ……あの小娘は泳がせておいた方が面白そうではないか?」
《……むぅ》
肉感的な唇を釣り上げて笑う龍花に思わず唸ってしまう。確かにあのダンジョン主の少女――ノエルは異常だ。
覇雁は最も古い魔物の一体であり、魔物という括りの中では最上位に位置するという自負がある。
しかしその自分をしてダンジョン主と比較すれば、ランクC上位と同格程度なのだ。
それ以上はどうやっても上がらない。これはもはや生物としての器の違いと言えた。
《確かにあの娘の成長速度はおかしかったのう》
思うにダンジョン主と魔物は根本的に何かが違うのだ。両者の間には単純に種族の違いでは説明できない壁がある。
もはや魔物という存在は、ダンジョン主の劣化品なのではないかとさえ思えてくる。
そしてそんなダンジョン主の基準に照らし合わせても、あの娘はおかしかった――あるいはダンジョンの意思がおかしいのかもしれないが。
「仮に敵対することになったとしても、それはもう少し育ってからよ。あの様子ならそう遠くもあるまい」
齢を経ても未だにこうした稚気は変わらない。彼女の配下はさぞ苦労しているだろうと同情してしまう――あの娘に助力した自分も同類かもしれないが。
「ところで……いい加減に観念して妾に仕えんか? 待遇は応相談だぞ」
《……生憎と儂はこの辺りでのんびりするのが好きなんじゃよ》
性懲りもなく幾度となく断った勧誘の話を再び持ち出した龍花を適当にあしらう。
実力に圧倒的な差がありながらこんな真似が許されるのは、ひとえに年季の違いというやつである。
(若い頃ならば乗っておったかもしれんがのう)
覇雁は思い出す――この世界に生まれなおした日のことを。
当時の自分はどうしようもなく若く傲慢で視野が狭かった。
自分は選ばれた存在で誰よりも強くなれると信じて疑わなかった。
だからこそ自分を創造したダンジョンが消滅した後は、『はぐれ』となり世界を回った。
どこのダンジョン主にも仕えることなく月日を重ね、長い時間をかけて実力を伸ばした。
そしてその果てにようやっと気づいた――自分は滑稽な道化に過ぎなかったことを。
自分はどこまでいっても『魔物』という枠の中の存在に過ぎず、その外の存在はあっさりと自分を超えていくのだということを。
「貴様……聞いておるのか?」
《聞いとる聞いとる。まだまだボケてはおらんよ》
龍花もまたそんな存在の一人だ。
――だがまあ、それもいい。力に固執した日々はとうに過ぎ去った。
今の自分には平穏と偶の刺激、そして美味い酒でもあればそれで十分だ。
今の自分のような心境に、あの幼いダンジョン主が至るのはいつ頃であろうか――覇雁はそんなことを考えながら、年若い頃と全く変わらぬ空を見上げた。




