A1 ロイとシーラ
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「……はぁ~」
ロイは冒険者ギルドのテーブルに突っ伏し、ため息をついていた。
全身から脱力感と倦怠感と諦念が漂ってる。
それらの気配はただでさえ歳のわりに小柄なロイの身体をさらに小さく見せていた。
ロイは駆け出しの初級冒険者だ。
両親が流行り病で亡くなった後、頼る当てもなく食うに困り冒険者になった。
街中の細々としたクエストを請け負い、なんとか日々を過ごしていたが、何時までもこのままと言うわけにも行かない。
こんな有り様では貯えなどできないし、病気や怪我でもしようものならあっという間にお陀仏だ。
だからこそロイはパーティーを組み、もう少し上のクエストを受けたかったのだが、そううまくも行かなかった。
ロイは見るからに小柄で頼りない容貌で、何処のパーティーにも加入を断られてしまったのである。
冒険者ギルドとしても、実力の定かでない冒険者に上のクエストを回すことは出来ない。
クエストを受けて失敗されてはギルドの信用に関わるからだ。
もちろん冒険者とてクエストに失敗すれば違約金が発生する場合もあるし、何より命有っての物種だ。
自分に見合ったクエストを受けるのが一般的である。
だからロイの現状は理不尽とは言えずむしろ順当なもので、ロイもそれは理解していたが、だからと言ってこのままと言うわけには行かない。
そんなジレンマからこうしてギルドのテーブルで黄昏ていたわけだ。
仕方がない……そう思ってはいても、やはりため息は漏れてしまう。
『……はぁ』
――漏れたため息に重なるため息一つ。
思わずロイはもう一つのため息の持ち主へと目を向ける。
……目が合った。
年の頃はロイとそう変わらないくらい。
背丈は小柄なロイよりもさらに小柄で、体つきも華奢だ。
赤みを帯びた茶髪をセミロング位まで伸ばし、華やかではないが整った顔立ちをした、魔法使いと思われる服装をした少女だ。
少女もロイのため息を聞き、思わず顔を向けたようだが、目が合ったことに気がつくと目線をそらしてしまう。
(ええっと……)
その容貌故、割と年上の女性には受けのいいロイだが、同世代の少女と接する機会はめったになく、どう話しかけたらいいものか戸惑ってしまう。
……悩んだ末、当たり障りのない無難な話題からすることにした。
「その……君も初級冒険者?」
「…………んっ…」
無口な性格なのか、首を縦に振り答える少女。
話の取っ掛かりを掴めたことに気を良くしたロイは、続けて尋ねる。
相手が同年代の少女ゆえ戸惑っていたが、元来の性格は物怖じしない方なのだ。
「どんな魔法が使えるの? パーティーは組んでる?」
遠慮のないロイの質問の後半に、少女は思わず顔を顰めるも仕方なく答える。
「……火の初級魔法。…………パーティーは……組んで……ない…………」
渋々といった様子で答える少女に、無理もないとロイは内心で頷いた。
火属性はけして珍しい属性ではないし、初級魔法は基礎中の基礎だ。
さらに少女の華奢な容貌が加われば、積極的にパーティーを組もうとする冒険者はいないだろう。
――そこまで考え、「パーティーを組んでもらえない」のは自分も同じか、と思わず苦笑してしまう。
「……ッ!」
「ああっ!? いや、そうじゃないんだっ!」
自分は笑われたと勘違いしたのか目つきが鋭くなった少女に、ロイは慌てて言い訳をする。
「僕もまだパーティー組めてなくって! だから君を笑ったわけじゃないっていうか!?」
しどろもどろに言い訳するロイに勘違いを悟ったのか、少女の雰囲気が少し柔らかくなる。
しかし絶賛言い訳中のロイは少女の変化に気づかず、勢いそのまま思いもかけないことを口走ってしまう。
「ええっと……だからそのっ!……僕とパーティーを組んで下さりませんかっ!?」
言われた少女は目を丸くしている。
対するロイの顔は真っ赤なゆでだこ状態だ。
(~~~~~っ! 何を言ってるんだ僕は!?)
少女がパーティーを組んでいないと言った時に、頭を過ぎった考えではある。
しかしいくら何でも言い方というものがあった。
軽いパニック状態とはいえ、情けないにもほどがあった。
「…………いいよ……」
ロイにとって永遠とも思える沈黙の中、少女がポツリと口を開いた。
「……へっ?」
「……だから……パーティー。…………組んでもいいよ……」
少女からの返事が信じられず、間抜け面を晒すロイに少女は返事を繰り返した。
その返事が頭に染み込んでいくにつれロイの顔はほころび――
「うっしっ! 僕はロイ! クラスは剣士! よろしくっ!」
「……っ!……んっ……」
思わず少女の手を握りしめ、怒涛の自己紹介を行っていた。
いきなり手を握られた少女は戸惑いつつも返事を返す。
「……あっ、そうだ。君の名前は?」
念願のパーティー結成に浮かれていたロイは、肝心なことを聞き忘れていたとばかりに少女の名を問いかけた。
「…………シーラ…」
少女も特に逡巡することなく名乗る。
この短い間に、目の前に少年の性格は大体掴めたようだ。
剣士ロイと魔法使いシーラ。
二人の初級冒険者の出会いは大体こんな感じだった。
シーラとパーティーを組んだロイは、今までにも増して積極的にクエストを受けた。
もちろんパーティーと言っても二人だし、どちらも初級冒険者なので受けられるクエストはそう増えたわけではないが、それでも以前とは気合が違った。
シーラは見た目通り力仕事などは苦手だったが、慎重かつ冷静で、前のめりになりがちなロイにうまくブレーキをかけフォローしていた。
性格的にも能力的にも意外と二人の相性はよかったのである。
――ロイがダンジョンの噂を聞いたのは、そうして二人でいくつかのクエストを終えた頃だった。
ロイがその話を耳にしたのは冒険者ギルドでのことだった。
自分と同期の初級冒険者――同期と言っても向こうはちゃんとしたパーティを組み一歩先を行かれている――がこそこそと話していたのを盗み聞いたのだ。
――その話を聞いたロイは分不相応だと思いつつも、沸き立つ心を抑えきれずシーラに話を持ち掛けた。
「――だからさ、ちょっとそのダンジョン見に行ってみないか?」
「……危ないと……思う」
シーラはロイよりも現実的にものを見ていた。
いくらランクF下位のダンジョンでも、初級冒険者二人だけで挑むのは無謀だ。
しかし冷静に状況が見られるからこそ、相方がこの程度の言葉で止まることがないのも理解していた。
「大丈夫だって……ダンジョンに入らず、見るだけだからさ!」
「…………」
……見るだけで終わるはずがない。
そう思いつつも、この場で止めることは無理と諦め、いくつかのパターンを頭の中で想定しつつ、シーラは仕方なく頷いた。
盗み聞いた場所にあったのは洞穴だった。
パッと見、ダンジョンには見えないがランクF下位ならばこんなものだろうとロイは納得した。
――ここに来るまでロイは本当にダンジョンに挑むつもりはなかった。
将来に備えて、ダンジョンの雰囲気だけでも知っておこうというつもりだった。
しかし実際にダンジョンを目の当たりにすると、むくむくと湧き上がってくる冒険心を抑えることができなかった。
「……な――」
「ダメ」
「…………。まだ何も言ってないんだけど……」
そんな情けない顔をされてもシーラにはロイの心情などお見通しだった。
この数週間でロイの性格は把握している。
……だからこの程度でロイが諦めるはずがないのもわかっており、すでに妥協案も用意していた。
手間のかかることもあるが、パーティーに誘ってくれ、口下手で消極的な自分を引っ張ってくれるロイと諍いは起こしたくないのである。
「……なっ! 頼むよシーラ。危なくなったら引き返すからさ」
「…………わかった……その代わり……」
危なくなってからでは遅い……その言葉を飲み込み、シーラは妥協案を提示した。
シーラから言われた作業を終えたロイはシーラと共にダンジョンへ潜った。
ロイを前衛として慎重に足を進める。
盗賊が仲間にいない以上、罠への警戒は主にロイの役目だ。
……しかしこの役割は想像以上にロイの精神を削った。
罠を見落としていないか……魔物が突然現れるのではないか……そんな疑念がついて離れず、ロイの冒険心を圧迫した。
――だからだろう、視界の端に映ったスケルトンを見逃さずに済んだのは。
「――っ! 撤退!」
事前の取り決め通り、即座にダンジョンからの脱出を試みる。
シーラと共に出口へと向かいながら後ろを振り返ると、三体のスケルトンが追って来ていた。
気がついたのが早かったのが幸いし、距離は十分に取れている。
そのまま出口へと辿り着き、勢いをつけて飛び越える。
即座に反転し、背後にシーラを庇い、剣を構え息を整える。
そして――
「【火球】!」
狙い通り落とし穴に嵌った二体のスケルトンにシーラの火魔法が叩き込まれた。
ダンジョンに入る前にシーラに提案された時は何かの冗談かと思い渋ったが、この単純な罠は見事に効果を発揮した。
しかし――二体。
最後の一体は落とし穴に嵌らず、剣を構え斬りかかって来た。
「くっ!」
ロイは冒険者ギルドの鍛錬所で何度か訓練をしていた。
他の冒険者に相手をしてもらったこともある。
しかし本物の命のやり取りはこれが初めてだ。
実戦は想像以上にロイに恐怖と緊張と興奮をもたらしていた。
(――動きが速い!)
剣を交えるスケルトンは他の二体に比べ妙に動きが良かった。
重さこそないが、時にフェイントを混ぜ体勢を崩しても即座に持ち直し、倒せそうで倒せない。
斬りつけ、押し返され、かわし、斬りつけ、受け流し、また斬りつける。
何度も繰り返すうちに少しずつ体力が削られていく。
そして遂に――
「ぐッ!」
――ロイの剣がスケルトンに弾き飛ばされる。
そこを逃さじと振るわれた剣を何とかかわし距離をとるも、体勢が崩される。
「【火球】!」
タイミング良くシーラの魔法が炸裂する。
いつでも援護できるよう準備していたのだろう。
追撃を仕掛けようとしたスケルトンの動きを見事に止めていた。
その隙にロイは弾かれた剣まで辿り着き体勢を整える。
放たれた火球から泡を食って逃れたスケルトンは二人を見比べる。
『あっ!』
状況を不利だと判断したのか、ダンジョンへ逃げ帰るスケルトンに思わず二人は声を漏らした。
――しばし沈黙が流れる。
「……はぁ~」
緊張が解けたのか、ロイは思わずへたり込む。
初めての実戦を終え、体は正直に疲労を訴えていた。
「……また……入る?」
「……いや、さっきのスケルトンが仲間を連れてきたら不味い。すぐにでも街に帰ろう」
そんなロイへ尋ねるシーラに言葉を返す。
スケルトン一体にこの様だ。
シーラの言っていた通りまだまだ早かったのだろう。
――でも、それでもいつかは。
十分に恐怖を味わって、なおその気持ちは消えなかった。
そんなロイの心中などお見通しのシーラは、次はどうやって止めようかと思案しつつ、ひとまずはロイと共に帰路につくことにした。
二人の初級冒険者の初めての冒険は、こうして特に成果もなく、しかし犠牲を出すこともなく終わったのだった。