43 急襲
「【火球】!」
放たれた火球が轟音とともに爆炎を撒き散らす。
「【一斉掃射】ッ!」
想像し具現化された刃の群れが容赦なく降り注ぐ。
「【滅風刃】」
悍ましき切れ味を誇る死神の刃が標的を刈り取る。
「【水咆哮】ッ!」
荒れ狂う濁流が全てを飲みこみ洗い流す。
一撃一撃が其処らの手合いであれば致死確実な威力――それら全てを無防備、且つまともに受けた標的の様子は、
《うむうむ、実に良い感じじゃのう~》
……思いのほか満足そうである。
まぁ、何をやってるかと言えば巨大な魔物――覇雁に頼まれた身体の掃除である。
まずは手始めとして、長年の居眠りで積もりに積もった土や岩、果ては木々に至るまでを纏めて吹き飛ばしているところだ。
当人が動いて振り落とした方が早いのではないかとも思ったが、動くのも面倒くさいとのこと。
大物っぽい感じだが、それ以上に物臭疑惑が持ち上がった。
ついでに言えば、掃除代わりに使われている攻撃が程良いマッサージになり気持ちが良いらしい。
リディアを除くノエルたちは結構本気で攻撃しているのだが、鎧のような肌は頑強で内側の肉も強靭、結果ダメージとしてはまるで通らない。いや、戦いにならないで本当に良かった。
『むぅ、なぜ余がこのようなことをやらねばならんのだ』
まあまあ、そう愚痴らない。これくらいの事で滞在を認めてもらえるのだから安いものだろう。
『そなたは何もしておらぬから、そのようなことが言えるのだ!』
心外な。こう見えてダンジョン内にも意識を割り振って、何が起きてもいいように備えているというのに。
『……それはいつもと変わらぬのではないか?』
うん、そうとも言うな。
『そ・な・た・と・い・う・奴は~』
かなり不満そうなノエルではあるが、それでもここは譲るわけにはいかないのだ。
なぜならば……待ち望んだ安住の地が手に入るか否かという大事な案件だからな!
とはいえ、あまり不満を溜め込んでもらっても困るからなー。なにかノエルがやる気になるような材料があればいいのだが。
《ふ~む。その様子じゃとノエルのお嬢ちゃんは不満があるようじゃの?》
「むぅ、正直に言えば貴様の身体の掃除などつまらぬのだ」
……正直なことは美点などと誰が言ったのだろう?
まぁ、今までの様子からこの程度の事では怒らないだろうが。
《ふむふむ。……ではこういうのはどうじゃね? 儂の身体を掃除してもらう代償に、少しばかり駄賃をやろう》
「駄賃とな?」
《お嬢ちゃんは吸血鬼じゃろう? 儂の血とかはどうじゃろうか?》
「貴様の血だと?」
おっと、向こう側から好都合な提案が。これならばノエルもやる気を出すのではなかろうか?
「貴様はでかいし堅いから……あまり美味そうに思えんのだが」
よしっ、今回の一件が終わったら絶対に礼儀作法を学ばせると心に誓った。
《ワッハッハ、これは手厳しいのう》
「……」
笑って済ませてくれる覇雁の爺さん、マジ感謝である。
……ただし笑う時は事前忠告が欲しい。念話だけでなく、実際の笑い声と共に口から放たれた風で髪を乱されたリディアの機嫌が急降下である。
《だがまあ、物は試しと言うじゃろう? 不足かどうかは実際に飲んでみてから決めんかね?》
「ぬぅ、そこまで言うのならば――」
一応味見をしてみることにしたのか、ノエルは覇雁の足――既に掃除によって肌が露出した部分に近づくと勢いよく犬歯を突き立てる。
「――ッ!?」
なんだろう? ノエルは一度体を跳び跳ねさせると、そのまま動きを止めてしまった。
イメージとしては猫が毛を逆立てたような感じだろうか。
あっ、目元がじんわりと潤み始めた。
「……き、きひゃまっ、かひゃいわ!?」
涙目で口元を押さえながら文句を言うノエル。どうやら硬すぎる肌を噛み切ることが出来なかったらしい。
《おおっ、すまんのう。ちと待っておれ》
一言軽く謝った覇雁はもう片足を地響きと共に持ち上げると、巨大な刃物のような爪を器用に使い肌を軽く傷つける。
《どれ、これなら問題ないじゃろう》
「うみゅ、では――」
なんとか平静を取り戻したノエルは改めて覇雁が自ら傷つけた部分へと口を寄せる。
『……』
どうだー? 美味いかー?
『…………』
正直に言えば巨獣の血とかあまり美味そうな印象ないんだけど。……もしもーし?
『――ッ。――――ッ!?』
こちらの言葉に反応を示さないノエルを不審に思えば、一心不乱に血を啜っていた。
……どうやら言葉にならないほど美味だったらしい。
「プハッ! よしっ、続きだ続き! 塵一つ残さずピッカピカに磨き上げるのだ!!」
なんという掌返し。まあ、モチベーションが上がったのはなによりである。
◇ ◇ ◇
それから暫くの間はメンバーを変えつつ頼まれた掃除作業に従事することとなった。
幸か不幸か相手の巨大さ故に一日では作業が終わらなかったのだ。
予想通りこの辺りには野生の魔物の姿はほとんど見られず、最初に確認した他のダンジョンもすぐに『移転』したのか姿を消した。
冒険者の襲撃もなく、極めて緩やかではあるが順調に魔素を溜めることが出来ている。
偶に海辺の村に足を運んでは新鮮な海の幸に舌鼓を打つこともある。
初めは見慣れぬ食材に躊躇していたノエルだが、いざ食べてみるとあっさりと嵌ったようだ。
また、魚料理に最も喜色を露わにしたのはアカネである。その様子は涙を流さんばかりであった。
気持ちは分からなくはない。この世界の文化レベル的に、大陸の方では魚料理は発展しづらいのだろう。
日本人である彼女が魚料理で感動するのも理解できるというものだ。
覇雁との関係は良好である。
掃除のついでに彼から聞けた話の数々は実に有用であった。
例えば倭那国というのは大陸東方に位置する島国で、姫と称されるダンジョン主が治めているらしい。
ちなみに龍華という名のその姫は、四大迷宮と呼ばれる四つのランクAダンジョンのダンジョン主の一人だとか。
……絶対に敵対しないと誓ったことは言うまでもないだろう。
作業自体はノエルのモチベーションの高さもあり順調に進んでいる。
どうも報酬として支払われる覇雁の血がよほど気にいったらしい。曰く――
「うむ、そうだな……のうこー且つほーじゅんでコクのある味なのだ。これはリディアたちの血にはない魅力だな!」
――だそうだ。試しに味覚同調させてくれと頼んだがきっぱりと断られた。どうも譲れない拘りがあるらしい。
ともあれそんな感じで穏やかに日常を過ごしていたわけだが……日課となっている覇雁の身体掃除からの帰り道。
現在の状況――大量の見知らぬ魔物に囲まれている.
こちらのメンバー――ノエルとリディアとミューとクロ……ちょっとまずいかもしれない。




