M1 知らないところでフラグは立つ
この世界『アレンスフィア』には数多くのダンジョンが存在する。
しかし一口にダンジョンと言ってもその規模や形状は様々で、それら全てを同列に扱うことなどできない。
最もポピュラーなのは『洞窟型』に分類されるダンジョンであるが、それにしたところで内部の構造はダンジョンによって変わってくる。
複雑な迷路の場合もあるし、罠の設置が多いこともあるし、大量の魔物が生息している場合もある。
当然のことながら分類を広げれば更に多種多様な構造のダンジョンが存在する。
あるダンジョンは天へと届こうかという巨木の中に存在する。またあるダンジョンではひたすらに地下へと下っていく必要がある。そしてとあるダンジョン内部には外部からは想像もつかない神秘的な光景が広がっている。
そうした様々な形式をダンジョンが持つからこそ、冒険者ギルドではダンジョンの事前調査を重視し、時に冒険者に調査依頼を行い、得られた情報は出来る限り共有するのである。
では四大迷宮の一角にして大陸南部を支配する夜の箱庭はどのような構造のダンジョンかというと……一言で言えば城である。
人種の王侯貴族が住まう城などよりも遥かに優美かつ洗練された巨城からは荘厳さを感じずにはいられないだろう。
そして見かけがどれほど優雅に見えようとも、そこはダンジョン。その堅牢さと凶悪さは推して知るべしである。
内観もまた外観に恥じぬ優美なものなれど、同時に十重二十重の罠と凶暴な魔物たちが侵入者を待ち受ける。
かつて南部解放を目指し城へと乗り込んだ気高き勇者たちは、いずれも等しくこのダンジョンにて無残な骸を晒すこととなった。
そんな恐るべきダンジョンの最奥。極々限られた者のみが入室を許されるその場所に一人の青年が佇んでいた。
月光の下に煌めく絹の如き白髪、女と見紛いかねない程に整い過ぎた容貌、大理石のような染み一つない白皙の肌。
女どころか男ですら魅了するその美貌は正に魔性である。
「ああ――」
もしもこの場に人がいて彼の表情を見たならば、陶然のあまり意識を失っていたかもしれない。
翠玉のように妖しく輝く瞳を扇情的に潤ませ、青年は踊るように唄う。
「愛しく可愛い僕の華――貴女はいったい何処にいるんだい?」
その瞳に映すのは大きな姿見。しかしその鏡面に青年の姿は映っていない。映っているのは人形の様な美しさの中に炎の様な激しさを宿す、まだ幼さの残る少女だ。
姿見の中で少女は仲間と共に果敢に挑んでくる。しかし青年の瞳には有象無象の姿など映らない。意識へと入るのは少女の勇ましき姿のみである。
彼女の前では花も星も金銀財宝も等しく輝きを失うだろう――本気でそう思っていた。
この姿見は勿論ただの姿見ではない。記憶を映像として映し出す魔法道具であり、映し出されているのはとあるダンジョン主の記憶である。
そのダンジョン主の王たる青年は、報告として提出されたこの記憶映像に魅了された。提出されたその日以来、毎日毎日繰り返し飽きることなく見続けている。
本音を言えば今すぐにでも少女の元へと馳せ参じたかった。しかし報告によると少女のダンジョンは既に何処ぞへ『移転』してしまったらしい。
如何に青年といえど、大陸の何処に跳んだかも分からぬダンジョンを探し出すことは難しい。
とりあえず八つ当たりも兼ねて、不手際を犯した配下のダンジョン主を鎧が原型を留めない程度に殴り倒した後で、全ての配下に命を下した。
少女とそのダンジョンに関して、些細なことでも良いので何か手掛かりがあれば報告するように。また出会ったとしても決して傷つけてはならない――と。
「必ず、必ず貴女を見つけてみせる」
青年――四大迷宮の一角たる夜の箱庭のダンジョン主、ヴィンセントは想い焦がれる少女との邂逅を渇望する。
その時こそ己が胸に秘めた想いを届けようと夢想する。
もはやそれは彼の中では予定ではなく確定された運命であった。
しかし彼の想い人たる少女のダンジョンが、ヴィンセントの存在を知ればこう言うだろう。
「ロリコンの上にストーカーとか業が深過ぎだろう。そんな奴にうちの娘がやれるか」と。