41 灯台下暗し
村長なる人物はかなり高齢の老婆だった。
突然に訪ねたノエルたちを、特に隔意なく受け入れた様子にはなかなか人の良い印象を受けたが、肝心の質問に関してはのらりくらりとはぐらかされた。
……途中で釣り上げた怪魚の素材をアカネが取り出すと態度が変わった辺り、結構したたかな老婆のようだ。
まあ、これくらいでなければ村長など務まらないのかもしれないが。
「つまりぃ、この辺りでは魔物が出にくいってぇことですか~?」
「ああ、おかげであたしらは割とのんびり暮らさせてもらっているよ」
老婆の話によるとこの地域一帯では妙の魔物の出現率が低いらしい。
なので住民は魔物に対して人員を割かずに済んでいるそうだ。
ノエルやネリスが感じていた奇妙な感覚に関係があるのだろうか?
しかし、そんな場所ならばもっと人が大勢いてもよさそうなものだが――
「残念だけどそりゃあ無理さ。この辺りは禁域に指定されているからね」
自分が抱いた疑問はノエルが代わりに訊いてくれるが、それに対する返答がこれである。
「禁域とな?」
「都の姫様が決めたことでね。この辺りに立ち入るのには制限があるのさ」
言外にお前らはそんな場所に何でいるんだと問われている気がするが、そこはスルーするとしよう。
というか彼女たちは住み着いててもいいのだろうか?
「あたしらは例外中の例外さ。この辺りで捕れる魚を都に卸すのが仕事だからね」
なるほど……つまり要約すると、この辺りは何故か魔物が寄り付かず安全に魚が捕れる。ただし姫とかいう権力者によって禁域指定されているので、ほとんどの人間は寄り付かない。
村長を始めとした少数の村人は例外中の例外で、商売敵もおらず捕れた魚は確実に売れるのでそれなりの裕福であると。
「まあ、そういうわけだから妙な真似はせんことだね。お互い碌なことにならんだろうからの」
おかしなことをすれば官憲の類に通報するということだろうか? 確かに禁域とやら入り込んでいるから立場が弱いのはこちらだ。
とはいえ、すぐに行動に移さないあたり村人の安全を考え、敵対するつもりもないのかもしれない。
他にも一通り話を聞き礼をしてから、村長の家を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「それでぇ、どうして私たちはぁ、こんな場所にいるんでしょうか~?」
現在、村から離れた道なき道を進行中である。
村長から話を聞いた後、もう一度念入りに情報収集を行った。
別に村長が嘘をついていたとは思っていない。しかしどうにも肝心な部分が隠されている気がしたのだ。
残念ながら情報戦であの老婆には勝てるしない。「亀の甲より年の功」と言うように、経験が豊富であるということはそれだけで脅威なのである。
なので老婆から情報を引き出すのは諦め、子供を中心に情報収集を行った。要領を得ずとりとめもない話も多かったが、根気よく整理すると面白いことに気がついた。
「確か絶対に誰も近づかない場所だっけ?」
そんな風に村で噂されている場所だ。曰く、凶悪な魔物が出る・無念を残した亡霊が出る・恐ろしい呪いを受ける・村長にお仕置きされる……etc。
色々と統一されていない噂話が子供たちから聞き出すことが出来た。
そしてその場所にはどういうわけか本当に誰も近づいたことがないらしい。
これは実に奇妙なことである。分別のある大人ならともかく、好奇心旺盛な子供がそんな場所に近づかないなどあり得ない。
実際にノエルの行動を身近で見てきたからこそ言い切れる。
「――と言うわけだ!」
「なるほど~」
「確かにそう言われてみればおかしいね」
「さすがですお嬢様」
……うん、それ考えたの自分だけどね。いや良いんだけどね、どうせノエル以外には説明できないし。
そういうわけで目的地へと足を進めていると――
「どうやら当たりのようですね」
リディアが何かに気がついたようだ。
「どうかしたの、リディアさん?」
「この近くを起点として結界がはってあるようです」
ほほう?
「結界というと……フラニーが得意なやつか?」
「いえ、どちらかと言えば精神に干渉する類のようです。何となくこの辺りを意識しづらかったり、近寄りたくなくなるような……。方向性は違いますが、フラニーの術式以上ではないかと」
ということはその結界を張ったやつは最低でもフラニー以上の使い手だと。……近づかない方がいいか?
「よし! では進むぞ!」
もしもーし?
『言いたいことは分かるが、ここまで来た以上確かめないわけにもいくまい?』
まあ、そうだが……そういえばノエルたちの言っていた居心地の悪さというのはこの結界のせいなのだろうか?
『むっ、それはないのではないか? 仮にそうならばリディア達も同じように感じるはずだ』
…………。
『どうかしたのか?』
ノ、ノエルが理知的にものを考えるだと!?
『それはどういう意味だ!?』
そんな感じでノエルを揶揄いつつ結界の中心と思われる場所へと辿り着いたのだが――
「なにもぉありませんね~」
「だねー。村で聞いた話では確かにこの辺のはずなんだけど……」
そう、そこには何も見当たらなかった。少なくとも一見する限りでは、わざわざ結界で隠さなくてはならないようなものはないように思える。
「特に別の結界で隠されているわけでもないようですが……」
リディアが言うならばそうだろう。というかリディアでも気づけないならば正直お手上げである。
んー、どうも無駄足っぽかったが何もないのであれば良しとすべきか?
「お嬢様、どうかなされたのですか?」
「う、うむ……」
ってあれ? なんかノエルの様子がおかしい。ソワソワと身体を震わせキョロキョロと辺りを見渡している。
「なんというか……何か凄いモノがいる気がせんか?」
それはいくら何でも漠然とし過ぎだろう、そんな風に声を掛けようとしたその時――
《ふむ、なかなか勘の良いお嬢ちゃんだのう》
唐突に声が響いた。
「へうっ!?」
「なに、今の声?」
「…………」
肉声ではなく「天の声」に近い念話のようだが、どうやら自分とノエル以外のメンバーにも聞こえたらしい。
しかし声はすれども姿は見えず……いったい声の持ち主はどこにいるのか?
《ああ、ここじゃよ。ここ》
「のわわわわわわ!?」
辺りを見渡すノエルに答えるかのような声が響いたと思うと、ノエルと同調させている視界がグラグラと揺れる。
いや視界というよりも地面が揺れている。しかし地震といった感じではない……というかこれはまさか?
《とりあえず、儂の頭から降りてくれんかのう》
……やっぱりか。どうやらノエルたちが地面だと思っていた場所は、巨大な魔物の身体の上だったらしい。
ハッハッハ。うん、これはどう考えても詰んだな。




